エピローグ「この世界で一番大切なもの」
「俺もいつかこの町をでるのかなー!?」
楓は、サマの町を歩きながら、隣を歩いている自分の母=実明に問いかけた。
実明は買い物袋を片手にそれに答える。
「何?急にどうしたの。楓が将来のことを話すなんて、珍しいんじゃない?」
「そうかぁ!?でも、たまには俺だって考えたりするんだぞ!」
不機嫌な顔をしてそう言う楓に、実明はその淡い青色の瞳を歪ませた。
「楓になんてできるの?この町を出るなんて。母さん、そうは思わないわー」
「できるよ!!・・・美森にだって、できたんだしな!」
楓は吐き捨てるようにそう言うと、両手の指をくんで、それを後頭部にまわした。
(美森は今、どこにいるんだろ・・・?)
楓はそんなことを頭の隅で考えた。
初めて美森と会った時は、「生きてく自信ないよ!」などと言われて、内心かなり焦ったが、次美森と会ったときは、彼女はきちんと自分の足で立っていた・・・気がした。
きっと今もどこかで、元気にやっているのだろう。
「あ。おじいちゃんだわ」
「!」
前を見ると、そこにこちらに手を振りながら歩いてくる楓の祖父=サトの姿があった。
「じーちゃん!おはよー!!」
楓はサトのそばへ駆け寄る。
「おはよう」
サトは楓の姿を見て、ニッコリと笑った。
「お散歩ですか?今日は、天気が良いですから、気持ちいいですね」
後から来た実明はそう言って、サトに笑いかける。
そして、実明は真っ青な空を仰いだ。
「すげー!!青色!」
楓もつられて空を仰ぐ。
サトも「そうじゃのー」と呟きながら、空を見上げた。
楓は空の広さに感心した。そして、こうしてみんなで空を仰げることに少しだけ感謝した。
そして・・・本当にこの場を飛び出して、どこか別の場所でこの真っ青な空を仰いでみたい、そう思った。
*
「見てみてー!こんなに集まったよー!!」
海月は学校から帰るなり、現像してきたばかりの写真をアルバムいれ、そして大声でそう言った。
「着替えてからやればいいのにー!」
海咲はそう言いながらも、制服のままそのアルバムを覗き込む。
そのアルバムには、自分たちが幼いころの写真、家族で撮った写真、友達と一緒に撮った写真、そして海月と海咲、二人で写っている写真などが入れてある。
二人で撮った写真は、つい最近撮ったものだった。
カメラの最後の一回分が余ってしまったので、折角だから二人で撮ろうということになったのだ。
伸ばした手の中にカメラを持ち、レンズを自分たちのほうに向け、シャッターを押した。
そして、出来上がった写真がこれだ。
「うちらってほんと、似てるよねー」
海月はその写真を見て、嬉しそうにそう言った。
「当たり前じゃん。双子なんだし!」
海咲は、その写真を見て幸せそうに微笑んだ。
写真の中の海月は、黒色の瞳で笑っている。
写真の中の海咲は、淡いピンク色の瞳で微笑んでいる。
頭は半分、切れているけど・・・
いい写真だ。と海咲は思った。
「美森ちゃんとも一緒に撮りたかったな」
海咲は呟くようにそう言った。
海月は海咲の言葉に、すぐこちらに振り向き、言う。
「えー?でも、美森ちゃん、また来るかもしれないよ?その時に撮ろうよー。絶対に!」
「・・・うん。そうだね!」
海月は微笑んで、ゆっくりとアルバムを閉じた。
「・・・・今日さー海月が夕食当番だよ!何作るか考えてる?」
「あ!!すっかり忘れてたー!アルバムに写真入れることで精一杯で、そこまで頭がまわらなかった!」
「海月はいつもそうじゃん!」
「ははははー」
海月は困ったように笑うと、海咲に背を向け「何にしようー」と呟きながら、居間から出て行く。
(美森ちゃんか・・・)
美森は今頃、どこで何をしているのだろう。
・・・・また自分たちに、会いに来てくれるだろうか。
海咲はそんなことを考えながら、アルバムをテレビの横の棚に戻した。
・・・・そこには、枯れることのない二本の淡いピンク色の花と、一本の白い花が一緒の花瓶にさしてある。
*
「姉さん!家まで一緒に帰ろう?」
葵は、校門を出たところでそらに呼びとめられた。
「そら・・・学校まで来てくれたのか」
「そうよ!」
そらは満面の笑みでそう言うと、葵の手をとった。
葵は戸惑いがちに、そらの手を握り返す。
そして二人は歩き出した。
ウィタの街は今日も灰色の空だ。そして、町並みの向こう側にあの塔が見える。
葵はあの塔を見るたび、心がチクリと痛んだ。
過去のことを思い出す。そらの泣き叫ぶ声が耳の奥で聞こえる気がする。
(・・・・でも)
葵は自分の手に繋がれている、そらの小さな手を見た。そして、幸せそうに微笑んでいるそらの顔に目線をうつす。
今は、過去のことを忘れることができるぐらいの幸せ・・・いや、完全に忘れることはきっと葵にとって難しいことだ。
しかし、確かに手に余るぐらいの幸せが、今ここにあることは事実。
「美森はどこに行ったのかしら・・・」
そらは遠くの方を見ながら、呟いた。
「・・・・」
葵もつられて遠くを見る。
(・・・あの二人はどこに行ったのだろう)
そう、あの二人はあの日以来、忽然と姿を消した。
葵のまえにも、そらの前にも姿を現さない。
二人は・・・元気でやっているのだろうか。
それとも・・・地球という惑星に帰ったのだろうか。
葵はどちらにしろ、心の奥で少しばかり後悔していることがあった。それは・・・感謝の気持ちをきちんと伝えることが出来なかったことだ。
・・・特に美森には。
塔の中に閉じ込められていた“魔物”を“そら”に戻してくれたのは間違いなく、美森だった。
・・・そのことが、「幸せ」への近道になった気がする。
「私、美森にありがとうって言いたかったわ」
「!」
葵はそらの言葉にどきりとする。
そらは葵と同じことを考えていたのだ。
「・・・そうだな」
葵は少しだけ微笑んで、そう言った。
・・・空の色は相変わらず灰色一色だが、今までと違い、空が広く、明るく見えた。
きっとそれは、葵の心が少なくとも灰色ではなくなったからだろう。
*
初音はゆっくりと目を開いた。
目に映るのは、見慣れた光景。そして、つけっぱなしのテレビ。
どうやら、テレビを見ている間に、うたた寝をしてしまったらしい。
初音は、低いテーブルの上にあるテレビのリモコンを手に取ると、ぽちりとテレビの電源を消した。
・・・・とても、幸せな夢をみた。
昔、まだ“姉妹”が一緒に暮らしていたころの夢。あたり前に、妹が自分の隣にいたころの夢。
「・・・」
(あの頃は、それが当たり前だったのにな・・・)
初音は、大きな伸びをするとソファから立ち上がる。
(そろそろ夕食の準備、しなくちゃ・・・)
初音がテレビの前を通り過ぎようとしたとき、初音はその歩みを止めた。
「・・・・」
そして、テレビの上に置いてある写真を手に取る。
昔に撮った家族写真。
少し前までは、ほとんど開くことのないアルバムの一番後ろのページに入っていた。
・・・でも、今はこうして、手にとって一緒に微笑むことができるんだ。
とその時、玄関の扉が開いた。
「ただいま」
結が玄関の扉を開け、家に入ってきた。
「おかえりー」
初音は、写真をもとの位置に戻し、結の方へ歩み寄った。
・・・・が、結の後には・・・
「お邪魔しまーす!」
「・・・何で君まで一緒にいるの?」
黒い瞳を持つ青年=勇の姿があった。
勇は、初音の不機嫌な声色も気にする様子なく言う。
「だってこの前、いつでも家に来ていいって言ったのは初音さんだよなー。なー、雫ー?」
「いつでもなんて言ってない!!たまには来ることを許すって言ったのよ。結の言葉に免じてね!」
「でも、この家に入ることを許されたのはた確か!だから俺の言ってることは正しい!!なー、雫ー?」
が、勇が振り向いた先には結の姿はなかった。
結は、二人が口論している間にいつの間にか家の中に入っていた。
結は、肩越しに振り返るとぼそりと言った。
「・・・兄さん。いちいち大きな声でしゃべらないで」
「・・・俺はな~、この声が普通の大きさなんだぞ!?」
勇は靴を脱ぎ捨てると、家の中に足を踏み入れる。
「ちょっと・・・」
が、初音はそこで言葉を止めた。
どうせ、これ以上言っても無駄なことだ。
「・・・姉さん。この写真・・・」
結はテレビの上に置いてある写真を、食い入るように見つめている。
初音は結の方に歩み寄りながら言った。
「あっ。結はこの写真、見るの初めてなのよね。この写真はね、結がやっと立って歩けるようになった頃に撮った写真なのよ」
「・・・・」
初音は思った。
結はこの写真を見て、何を思っているのだろう。
家族のなかにいる綺麗な朱色の瞳の自分を見て。
「・・・私・・パーツに生まれないほうがよかったのかな」
結は初音の耳に、やっと届くぐらいの音量でそう呟いた。
「え・・・」
「だって・・・」
「雫はパーツに生まれてよかったよ!」
テーブル越しのソファにいつの間にか腰かけている勇は、いつもの大声でそう言った。
「確かに、全てがよかったって意味じゃないけどな。・・・でも、出会えただろ!?俺に!!それなのに、全てを後悔しているような言い方するなよー?」
「・・・・」
結の表情が、微かに動いた。
・・・そして沈黙。
「・・・そうだね。パーツじゃなかったら、美森、と出会えなかったし」
「なっなにー!?俺は!?」
その言葉を聞いて、取り乱した勇を見て、結は微笑んだ。
「・・・冗談。兄さんとも出会えてよかったって思ってるよ・・・」
「そうかぁ。よかった~。・・・・・って・・・」
『雫が冗談!?』
『結が冗談!?』
勇と初音の声がみごとに重なった。
「・・・」
勇と初音は、お互いに相手の顔を横眼でみる。
「・・・私が冗談言ったら、変?」
「べっ別に変じゃないよなー?初音さんもそう思うだろ?」
「もちろん・・・」
初音はドギマギしながら言う。
「・・・はははははっ」
雫はそんな二人の姿を見て、満面の笑みで笑った。
結はそんな二人の姿を見て、満面の笑みで笑った。
・・・とても幸せそうに。
「はははー」
勇も大声で笑う。
「・・・」
初音は困ったように微笑んだ。
「・・・姉さん。まだ美森のこと怒ってる・・?」
結は初音の顔を見上げ、控え目な声でそう問いかけた。
初音は結の言葉に、微笑みを返す。
「・・・怒ってるわけないじゃない。・・・あのときは、感情が抑えきれなかったんだけどね」
「あー、あの時の初音さんは、かなり怖かったしな!」
初音は勇の言葉を無視して、言葉を続ける。
「美森も、必死だったんだろうね。地球に帰ることに」
「・・・うん・・・・・・」
そして結は俯いた。
「・・・・何で美森は帰っちゃったんだろ・・・。別れの言葉も言わずに。もう一度、美森に会いたいよ・・・」
「・・・・」
「・・・」
勇は黙って、ソファから立ち上がると、結の傍らに歩み寄る。そして、励ますように結の頭をポンポンと優しくたたいた。
「雫・・・。俺も辛いよ。あいつらに会えないってことは」
「・・・・」
すると、勇はぱっと笑顔になった。
「でも、すべてが消えてなくなったわけじゃないだろ!?あいつらに出会わなかったら、なにも残らなかったけどさ。
出会えて、友だちになれて、思い出ができて!!そのことは紛れもなく事実なんだし。
な!?俺たち得しただろ?」
結は勇の言葉を聞いた後、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・・・うん。私・・・得した・・・のかな。でも・・・兄さんに励まされるのって変な感じ」
結は少しだけ微笑んだ。
「何だよそれ~!?」
勇は苦笑いを浮かべながらそう言う。
「っていうかさー、雫が俺と初音さんのこと、兄さん、姉さんって呼ぶから、俺たち本当の兄弟みたいだなぁ~」
勇はにやにやしながら、初音を横目で見る。
初音は慌てて、それに言い返した。
「何言ってんのよ。私は、結、の姉なのよ!」
「俺は雫、の兄だ!!」
「・・・・」
雫は、半ば呆れた様子で二人の会話を聞くと、ムッとした表情で二人を見上げる。
「・・・私は、結でもあるし雫でもある。だから・・・私から見れば、本当の兄弟みたいなものなのかも・・・」
結はその言葉を言い終えると、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「・・・だってよー。初音さん!結ちゃん、がそう言ってるぞー?」
勇はより一層、顔をニヤつかせて初音を見る。
「それは結から見た場合でしょ!?私には関係ないことだから。
それに私は、君のこと完全に認めたわけじゃないんだからね!!あんまりふざけたこと言わないで!」
「おー!?相変わらず、厳しいなぁ。まぁ、そのうち認めさせてやるよ」
勇はそう言うと、鼻で笑った。
「何カッコつけてんのよ。私は、そう簡単に君のこと認めるつもりはないから!」
「それはどうかな?俺は、ちょー優しいやつだから、すぐに認めざるをおえない状況になるぞー!?」
「・・・少し黙っててくれる!?このナルシスト!!」
結は二人の口論を気に留める様子なく、ズボンのポケットから何かを取り出す。そしてそれを、手の中で広げた。
それは・・・・十字架の飾りがついた可愛らしいネックレスだった。
「お?なんだそれ?」
勇は初音との口論をやめ、そのネックレスに視線を落とす。
初音もそのネックレスを見下ろした。
「これ・・・美森とおそろいで買ったネックレス。“友だち”の記念に」
「・・・・」
「・・・・」
雫はそこまで言うと、可愛らしく微笑んだ。
「・・・今日からこれを、私のお守りにする。
・・・事実を忘れないでいるための。そして・・・奇跡を信じるための」
*
ここは、夏の心地よい風が吹き抜ける森の中・・・。
その風にのって、誰かの歌声が微かに聞こえてきた。
「♪夢を失うよりも・・・悲しいことはー・・・自分を信じてあげられないこと・・・」
その声の主=金の髪を持つ、美しい女性は、木に背中をあずけて軽く目を閉じ、気持ち良さそうに音を奏でる。
「綺麗な歌声だね。最後まで聞かせてくれる?」
突然、その女性の前に一人の青年が姿を現した。
銀の髪と、美しい銀の瞳を持つその青年は、その瞳を歪ませ笑っている。
その女性は、その口を閉じ、金色の瞳をすっと細めた。
「・・・それはできない。この歌を終わらせることは、私にとって難しいこと」
「・・・なんで?僕は最後まで聞きたいな」
青年はそう言うが、相変わらずその口には微笑みが浮かんでおり、そのことを強く望んでいるようには見えない。
「・・・物事の終わりは、儚く悲しい。
だから、この歌の終わりも、儚く悲しいものになってしまうと私は思うの。
だから、最後まで歌ってしまうということはできない」
・・・風が吹き抜けた。
木々の葉が、ざわざわと鳴る。
「・・・永遠ってあると思う?」
青年が静かな声で、女性に問いかけた。
「・・・・・永遠はある」
すると女性は、沈みかけている朱色の夕日を指差した。
「あの太陽は永遠。そして、それに代わる月も。
太陽と月は、気が遠くなるほど昔に誕生した。そして、今もここに存在する」
・・・風が二人の髪を優しく揺らす。
「でも、これからも永遠であり続ける証拠はどこにあるの?」
「・・・・それは・・・」
女性は青年のまっすぐな視線から、逃げるように目を伏せる。
「・・・永遠なんて分からない。誰も永遠の真実を知らないんだ。そして、知ることができないんだよ。・・・だって、すべての生き者は“永遠”を見届ける前に、消えてしまうから」
青年は、どこか寂しげにそう言った。
「・・・永遠なんてものは、この世界にない、そう言いたいの?」
女性は、揺らぐことのない金の瞳で青年の瞳をとらえる。
「・・・多分ね。少なくとも、僕たちが立っている“この世界”には」
「・・・・・どういう意味?」
青年はクスリと笑う。
そして、満面の笑みで言った。
「また永遠を感じそうになったら・・・新しい“ゲーム”を始めようよ。ノワ」
*
春がきた。
そして、美森はめでたく第一志望の大学へと入学することが決まった。
美森は前々から、人の心などに興味があったので、心理学を勉強できる大学を受験することに決めたんだ。
家からは近いとは言えない場所にあるけれど、この大学を受験すると自分で決めた。決めることができた。
本当にこの進路でよかったのかな・・・と思うときは、もちろんある。でも・・・きっと、よかったんだと思う。
・・・信じる気持ちで同じ世界も違って見える。だから・・・。
自分を信じて、少しずつ歩いていければいいと思う。
美森は入学式が終わると、大学内から出た。
敷地内に植えられた、たくさんの桜の木々が、やわらかな風と共にふわりふわりと花びらを落とす。
それと同時に、美森の首にかかった十字架のネックレスも微かに揺れた。
「美森もこの大学に入学したんだな」
「!」
後ろに振り返ると、そこに少しだけ大人っぽくなった凛の姿があった。
「うん!」
凛はその懐かしい琥珀色の瞳を歪ませて、あの頃と同じように微笑んでいた。
end.
・・・・・・・・
ここまで読んで下さり、有難うございました。
少しでも楽しんで頂けたならば幸いです。
美森と凛のこれからの物語は、どこかでひっそりと続いていくんだと思います・・・。
一言でも歓迎ですので、感想頂けると嬉しいです。
ではでは。
夕菜