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エターナル  作者: 夕菜
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第7話(6)

ノワは、無の表情で美森のことを見下ろしていた。

「ノワさん・・・」

美森はゆっくりと立ち上がった。

「美森は過去の自分を思い出して、涙を流した。それだけのことよ」

「―――・・・」

ノワの声には少しも迷いは感じられなく、そのことが真実であることを美森に告げていた。

「その容貌、間違いなく金の時の民だな」

千世はそう言うと、立ち上がった。

「時の民!?」

勇の声は今までになく、興奮している。

ノワは千世、そして勇を軽く一瞥すると、美森の視線をとおりすぎ、そして凛を見た。

「・・・ノワ・・・」

凛はただ目を見開いて、ノワを見ている。

「残念だったな。時の民。もうお前たちは消える。

星夜が時の裂け目を作り、そして最後の“力”をそこに入れればな」

千世は自分の勝利を確信しているように、そう言った。

ノワは凛から視線を外し、千世を見据える。

「・・・ええ。そうね。でも、あなたは間違ってる。―――お前たちではなく“お前”よ」

「!?・・・」

沈黙・・・

「その意味が分かる?日菜野 美森」

「!!」

美森は、ノワの突然の問いかけに固まった。

「―――・・・」

(・・・トワはここに来ないってこと・・・?)

「ふん。そんなこと、どうでもいい。どっちにしろ結果は同じだからな」

千世の言葉を聞いても、ノワは美森から目を外そうとしなかった。

黄金に輝くその瞳は、ただ美森の答えを待っている。

「トワは・・・・」

美森はどぎまぎしながら口を開いた。

自分の答えは合っているだろうか。

「ここに来ないの?」

ノワは美森の言葉を聴くと、スッとその瞳を細める。

「残念だったな。時の民。お前らの印を持つこの二人は、私が利用させてもらうぞ。“印”だけでも、強力な力が使えるしな」

千世は片腕を美森の前にだし、美森を一歩後ろに下がらせた。

「力がほとんど残っていない時の民なんて無力だ。星夜、さっさとやるんだ」

凛は千世の言葉を聞くと、印のついている腕を、高々と上にあげる。

そして、黒の光が見えたと思った瞬間、凛はその手で空を切り裂いた。

「――!!」

鼓膜が破れると思うほどの音がしたかと思うと、凛の前の空間に大きな裂け目ができていた。

・・・それは間違いなく、時の裂け目そのものだった。

「・・・ノワ。俺のことを止めないのか?」

凛は瞳を細めて、ノワを見る。

「・・・私はゲームのエンディングを見守るって決めたの。どんな結果になろうと。・・・・それは私が、無理やり変えていいことではない。

・・・それに、そのことが残された私の義務でもある」

美森はノワの言葉にドキリとした。

(残された・・・?)

思わぬノワの言葉に、美森の胸の鼓動は早鐘のようになる。

「ノワが消えることになってもか・・・?」

ノワは凛の瞳をしっかりと見据え、「ええ」と言った。

「・・・そうか」

凛は俯いた。

「俺が・・・間違ってたのか・・・」

凛が何かを呟いたが、美森の立っている場所からは、よく聞き取ることが出来なかった。

「星夜!さっさとその時の民を消してしまえ!!」

千世が怒鳴る。

「・・・・・・」

凛は琥珀色に輝く玉を、手から離した。

その玉は、カツンと音をたて、床へと落ちる。

「俺は・・・“星夜”じゃない・・・。“凛”だ」

凛は低い声で呟いた。

「・・・ふん。今更心変わりか?

だが、もう遅い。時の民には消えてもらう」

千世が床に落ちている玉に、素早く手を伸ばす。

しかし、凛がそれよりも早く、その玉を足で遠くに蹴り飛ばした。

「!!」

「・・・俺は、“この世界で一番大切なもの”をもう一度探してみる。だから、まだこの世界を変えさせるわけにはいかない!!」

「・・・その答えを待っていたのよ」

「!!」

一瞬、空気が揺れた気がした。

そして、千世の時間だけが止まっていた。

「一体、何が起こったんだ!?」

勇は美森の隣に駆け寄ってきて、止まったままの千世をしげしげと眺める。

「ノワさんが・・・」

その時、ノワが口を開いた。

「私は時の民よ。時はこの世のすべてを支配するもの。人間一人を支配することなんて、たやすいことなの。・・・・たとえ、力が残りわずかでも。・・・・そして、日菜野 美森。神山 凛を救うことができたようね・・・」

「・・・・え?」

「そして貴方たちは、もといた世界に帰ることができる・・・」

ノワは目を伏せそう言うと、凛の作った時の裂け目に手をかざした。

時の裂け目はゆっくりとその口を閉じた。

「帰れるって・・・俺たちは“この世界で一番大切なもの”なんて見つけてないぞ・・・?」

「・・・・」

美森も凛の意見と同じだった。

美森は自分の呪いの印に目を向ける。

(呪いの印が・・・)

もう、ほとんど消えかかっている。

三日月の形が、分かるか分からないほどに。

「私が、美森をそして凛を信じることができたのは・・・トワのお陰・・・」

ノワは目を伏せたまま言う。

「ごめんね。凛。私が間違っていた。

私が凛を信じたいと思わなければ・・・凛がそれをできないことは当たり前だった」

美森と凛は、口を開くことが出来なかった。

・・・今のノワの顔は、悲しみで満ちていた。

「・・・・“この世界で一番大切なもの”。・・・この世界は・・・貴方たち自身を示す。誰もが、自分の目で見る世界、心で感じる世界で生きている。

そして、一番大切なものは・・・・」

「・・・─」

ノワは美森、凛を見てふんわりと微笑んだ。

・・・美森はもう、何も言うことができなかった。

そのノワの微笑みはなんだか、寂しくて、でもどこかほっとした。

彼女は、ポツリと呟く。

「だから、もう、なくさないで。大切なもの」

「・・・」

 ノワは、少しの沈黙のあと、目を伏せた。

「ごめんね。二人とも。私たちのゲームに巻き込んでしまって」

ノワは優しく微笑みながら言う。

「・・・・大丈夫です。私は・・・エターナルに来ることができて、今では本当によかったって・・・思えます・・」

美森の声は震えていた。

本当に自分は、地球に帰るのだろうか。今、目の前に広がる景色が、変わってしまうなんて思えなかった。

エターナルにいることがもうすぐ“過去”になろうとしている。そんな気持ちには、全くなれない。

・・・しかし、その時はもう目の前に迫っている。さっき自分が発した言葉が、それを証明していた。

「私は今までたくさんの時間を生きてきた。そのことが私たちに与えられた義務・・・。

私はその義務をやり遂げることだけに、気持ちがいってしまったようね。

そのせいで、当たり前のことを忘れていた・・・」

凛の瞳は、まっすぐノワのことをとらえている。

「あなたたちにつけた印は、もうすぐ消えるけど・・・私の最後の力を、美森と凛に授ける。

きっと・・・もとの世界に帰って役に立つはずよ・・」

ノワは二人の瞳を交互に見ると、「手を出して」と言った。

美森は戸惑いながらも、ゆっくりと手を差し出した。

凛も美森と同じように、ゆっくりとノワに手を差しだす。

「・・・・」

ノワの白い掌が、美森の手を包んだ。

その瞬間、とても温かい何かが美森の手の中に入ってきた。

「ゲームは引き分けよ。トワ・・・」

ノワはそう呟くと、美森と凛の背中にゆっくりと手をまわした。

「!・・・」

ノワは、しっかりと二人のことを抱きしめた。

「・・・ありがとう」

ノワの言葉が聞こえた。

しかし、次の瞬間に、ノワは光に包まれる。そして、ぱっと弾けたかと思うと、細かな光の粒になって消えてしまった。

「ノワさん!!」

美森は声を張り上げる。

ノワは消えてしまった。一瞬のうちに。

あの優しい微笑みも、あの美しい瞳も、一緒に消えてしまった。

凛は唇を固く閉じ、さっきまでノワがいた空間を見つめている。

美森は悲しかった。そして、悔しかった。

ありがとうの一つも、伝えることが出来なかったんだ。

ノワに・・・そして、トワに。

きっとトワも、ノワと同じように光の粒になって消えてしまったんだ。美森の知らないところで。

あの優しい声も、あの笑顔も、美森の知らないところで消えた。・・・もう二度と見ることはない。

私はトワのことを憎んでいない、と伝えたかった。

憎めるはずがない・・・エターナルに連れてこられたお陰で、私はたくさんの人と出会うことができた。そして・・・自分を信じることができたんだ。

トワは私の気持ちを分かってくれていただろうか。

本当はトワに「ありがとう」と言いたかった、という気持ちを。

「もうすぐでお別れだな」

「!!」

美森は凛を見た。

凛は、悲しそうに微笑んでおり、そしてその掌を美森に見せた。

「!・・・」

凛の掌は透けていた。

確かに、凛の掌がそこにあるのに、その掌を通しても向こう側の壁が見えた。

美森は自分の掌に視線を移す。

「!!」

・・・やはり、自分の掌も凛と同じように透けていた。

掌を通して、自分の洋服が見える。

「帰っちまうのか!?」

「!」

美森が横に振り向くと、そこに勇が、表情を引きつらせて立っていた。

「そうらしいな」

凛は手首の方まで透け始めている手を、勇に見せる。

「!」

いつの間にか自分の両足も透け始めていることに、美森は気づいた。

「そっか!よかったな!」

勇は笑顔でそう言う。

「星夜も美森も!・・・あっ!違う。凛なんだよなー」

凛は曖昧に微笑んでいたが、すぐにその笑みを消した。

美森も、勇の表情と声にその口をキュッと結ぶ。

(勇君・・・)

「せっかく気の合う友達になれたのにな!・・・星夜とは、もっといろんなことして遊びたかったな!ほとんど一緒に遊んだこと、なかっただろ?

美森・・・俺、雫に会いに行ったんだよ!今度、美森とも一緒に会いに行こうって思ってたのになー。残念だなー」

「・・・」

美森は、勇の心が手に取るように分かる気がした。

勇の無理に作った笑顔は、前にも見た。その時と今の勇の表情は、まったく同じだった。

「ほんと勇は強がりだな・・・。本当は悲しくてたまらないんだろ?俺達と別れるのがさ・・・」

凛は笑顔で・・・とても悲しそうな笑顔でそう言った。

勇の表情が、一瞬動いたように見えた。が、勇は元気な声で言う。

「まっ、悲しいと言えば悲しいけどな!だって、今までより寂しくなっちまうのは、事実だろ。でも・・・そんなこと、口にしたら・・・お前らが困るだろ。・・・美森と星夜はさ、ずっと地球に帰りたいと思ってたはずだしな・・・」

勇の声は、最後には弱弱しくなり、そして彼は目を伏せた。

・・・既に自分の体の半分以上は透けてしまっており、ここに体がない感じがした。

(・・・まだ早いよっ。こんなの嫌だ。まだ私は・・・)

「私、まだ帰りたくない!だってみんなに、ちゃんとお別れ言ってないよ・・・。楽しい思いで、もっと作りたい!」

美森は叫ぶようにして言った。

あともう少しだけでいいから、エターナルにいたい。それしか、思い浮かばなかった。

「美森・・・」

凛は驚いたように美森を見て、呟いた。

「本当か!?じゃ、まだここにいろよ!」

勇は美森の手を取ろうとした。が、彼の手は美森の掌を通り過ぎ、空をつかんだ。

「!・・・」

「ダメなんだよ・・・。勇。俺達は印が消えたとき、地球に帰れる。帰らなくちゃいけないんだ。・・・美森も本当は分ってるんだろ?」

「・・・・・・」

美森は黙って頷いた。

・・・もちろん、分っている。

「!」

勇の姿が薄れていることに、美森は気づいた。

色素が薄くなり始めており、もうすぐこの場から消える・・・・・勇ではなく、自分たちが。

「ありがとう。・・・本当にありがとうな。二人とも。・・・また会えたら・・・・」

凛の声が聞こえた。

「っ・・・・・」

(またね・・・)

美森は最後に言うべきはずの言葉を、口にすることが出来なかった。

本当は「またね」と言いたい。「さよなら。ありがとう」なんて嫌だ。

それに、その言葉はエターナルで出会うことのできた、大切な人々に言いたいんだ。

今、ここで独り言のように言うべき言葉ではない。

そして、美森の視界は闇に包まれた。

何も・・・・見えなくなった。



「・・・・!!」

美森は、冷たい何かが頬に当たるのを感じて、目を開いた。

・・・美森の頬に当たっているのは、フローリングの床だった。

ゆっくりと体を起こす。

美森の視界に、見慣れていたはずの景色が映った。

夕日の差し込む玄関。

壁にかけてある誰が描いたか分からない絵。

居間に続く扉。

どうやら美森は、自宅の廊下に倒れていたらしい。

(・・・帰ってきたのか・・)

美森は心の片隅で、なんとなくそう思った。

(エターナルから・・・?学校から・・・?)

美森は今、きちんと学校の制服を着てるし、冬なのでその上からコートも着ている。そしてその上、マフラーも巻いている。

しかし、美森の心には別れるときに見た勇の苦しそうな笑顔が焼き付いてた。

・・・そうだ。結局、私はさよならの言葉を、きちんと伝えることが出来なかったんだ。

美森はすごくすごく後悔した。

胸が今までになくギュッと締め付けられた。

(でも・・・)

全てが夢だったかもしれない。そう思った。

自分は夢の中でたくさんの人々と出会って、たくさん泣いて、笑って・・・そして、初めて自分のことを信じることができただけかもしれない。

どっちが現実だったかが分からない。ただ、今、の現実は自分の目の前に広がる景色が、特に変わりない自宅の廊下だということ。

「!・・・・・」

美森の目から、涙があふれ出した。

美森の手の中には、ネックレスが握られていた。夜の色をした三日月の形のネックレスが。

・・・すべては現実だった。

そのネックレスは、トワの首にかかっていたものと似ている気がした。そして、その三日月の飾りは“呪いの印”そのものように見えた。

凄くうれしかった。

凄く悲しかった。

美森は“この世界で一番大切なもの”を手に入れることができた。

・・・・すべての物語は終わってしまったことは事実だけど。

でも“気持ち”は、美森の心の中にちゃんと残っている。

この気持ちがあれば、エターナルにいる大切な人たちのことを想うことができる。

不安なときは、このネックレスを見ればいい。

このネックレスには「エターナル」が詰まっている。

まるで時間が止まったみたいに、この気持ちは消えることはないんだ。


そう・・・・永遠に。



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