第7話(4)
時は少し遡り・・・
美森は、凛の行先が気になったので、そっと彼の後をつけることにした。
凛に気づかれないようにしなければ・・・。
凛は、廊下の突き当たりにある二つのドアのうち、右側のドアをゆっくりと開け中に入っていく。
ドアは開けっ放しだ。
(よかった・・・)
これなら、中の様子を伺うことができそうだ。
美森は、半開きになっているドアにそっと近付き、そこから中の様子を伺った。
「・・・!」
暗くてよく見えないが、どうやら凛は、葵と話をしているようだ。
「こんばんは!」
「!」
聞きなれた声がしたかと思うと、二人の隣に誰かが姿を現した。
その誰かは、間違いなく勇だった。
(勇君・・・!?)
「ひさしぶりだな」
「!!」
美森が声のほうに振り向くと、すぐ近くに立っている千世の姿が目に入った。
「・・・!!」
千世は、目を丸くしたまま固まっている美森を見て、満足気に微笑む。
(どうしよっ・・・)
美森は早くこの場から逃げ出すため、その部屋に駆け込もうとした。
とその時、美森の背中に強い衝撃が走った。
「っ・・・!!」
美森は吹き飛んだかと思うと、凄い早さで部屋の奥にあった本棚に叩きつけられた。
その衝撃で、数冊の本がバタバタと床に落ちる。
「「美森!!」」
勇とそらの張り上げた声が、同時に聞こえた。
「うぅ・・・」
美森はその声を耳にして、生きててよかったと思ったが、それと同時に全身が激しい痛みに襲われた。
それほど強く叩きつけられたようだ。
「しっかりしろ!美森!」
勇が美森に駆け寄って、横になっていた美森の体の上半身を起き上がらせてくれた。
「大丈夫・・・」
美森は小声で、そう呟くことしか出来なかった。
「・・・・」
勇は美森の言葉を聞いても、その引きつった表情を和らげようとしない。
「!!」
美森は自分のすぐ横に倒れている葵の姿を見た。
「・・・葵さん!」
美森は、勇の支えから離れて、葵方に這うようにして近づいた。
葵は、固く目を閉じている。
「大丈夫だよ。そいつは寝てるだけだから」
勇のその声が、背後から聞こえた。
「よかった・・・・・」
「やめてぇぇぇぇぇ!!!」
「!!」
突然、そらの悲鳴に似た叫び声が周囲を満たした。
目に飛び込んできたのは、千世がそらの首を片手で掴み、彼女の小さな体を持ち上げている光景だった。
「そらちゃんっ・・・」
そらは、千世の手から逃れようと、必死にもがいている。
「うっ・・・」
その時、そらの表情が苦しそうに歪んだ。
おそらく千世の手に、力が入ったのだろう。
凛はその様子を、平然と見ている。しかも、その顔には何の表情も浮かんでいなかった。
(やっぱり、凛君は・・・)
組織の一員なんだ。・・・こんな様子を普通に見ていられるなんて。
美森は悲しくなった。
凛は、美森と同じ地球からエターナルに来た“仲間”なのに。
(こんなの・・・間違ってるよ・・・)
その時、千世が、空の胸元辺りにそらいている方の手を入れた。
しかし、そこから血は出ていたかった。
・・・まるでそこだけ、別の空間に繋がっているようだ。
そして千世は、そらの中から何かを取り出した。
その丸い玉は、暗闇の中、琥珀色に美しく輝いている。
そらは、その瞬間、体の力が抜けたように動かなくなった。
千世は、そのそらをドサリとベッドに落とす。
千世はこちらに振り向くと、その琥珀色の玉を握りしめながら言った。
「最後の“力”を手に入れたぞ・・・」
美森はドキリとした。
(パーツの力が、全部集まったんだ・・・)
そして、絶望した。
確かその“力”を時の裂け目に入れられてしまうと、トワとノワは消えてしまう。
「いくぞ。勇。そいつを必ず連れて来い」
千世は美森のことを一瞥すると、勇の方に目を移し言った。そして、その姿をかき消した。
凛も、美森の方には振り向きもせず、この場から姿をかき消した。
「・・・・」
部屋には美森と勇だけになった(そらと葵の意識はなかった)。
美森は我慢できずに、勇の方に向き直る。
勇は、目を伏せており、美森と目を合わせようとはしなかった。
そして、嫌な沈黙が二人を包んだ。
きっと勇は迷っているのだろう。千世の言葉に従うべきか否か。
「美森・・・このまま逃げろ」
勇は目を伏せたまま、力強い声でそう言った。
「ううん・・・大丈夫だよ。私のこと連れてっても」
「!」
勇は驚きの表情で、美森を見る。
美森は思った。
凛のことを救わなければ。
そして、トワとノワのことも。
今まで出会った大切な人たちのことも。
「でも、そんなことしたらっ・・・」
「私は大丈夫だよ。きっと大丈夫だから・・・」
美森は、自分に言い聞かせるつもりで言った。そして、小さな声で「行かなくちゃいけないから・・・」と付け加えた。
勇は美森の気持ちを察してくれたのか、不安げな瞳でこちらを見据える。
美森はそれに応えるために小さく頷いた。
すると勇は、美森の手を丁寧に握った。
「・・・・」
勇の大きな掌は、美森のこれからを「きっと大丈夫」と励ましてくれている気がした。
そして、次の瞬間、美森の視界の光景は消えた。
美森の視界に、白い壁の部屋が現れた。部屋の隅には、シンプルなベッドが一つ置いてある。
そして、窓際に立っている人は千世だ。凛もその近くに立っているが、美森に背を向けており、ここからでは彼の顔は見えない。
千世は、美森が来たことに満足したらしく、薄い笑いを浮かべている。
「いいぞ。勇」
「・・・・・」
勇が千世の言葉に、小さく舌打ちをしたのが聞こえた。
美森は黙って立ち上がった。
まだ体中が痛い。
しかし、そのことは気にしていられない状況だと美森は思った。
勇も美森の隣で立ち上がる。
「美森。こっちへこい」
千世は、闇色の瞳で美森のことを見据え言った。
「・・・・」
美森は沈黙を守って、千世に近づいた。
・・・・ここで拒絶したとしても、今の状況は変わらないだろう。
背後から勇の強い視線を感じる。
勇は、自分のことを心配してくれてるんだ。・・・千世に何かされるんじゃないかと。
(・・・ありがとう。勇君・・・)
自分のことを心配してくれる友だちができて、美森は嬉しかった。
美森は、小さな幸せを噛みしめて千世の前に立った。
「時の民の印を見せてみろ」
「・・・・!」
美森は一瞬躊躇ったが、洋服の襟もとを掴み、それを押し広げて千世に印を見せた。
千世は、美森の首元に視線を送ると、一回だけ頷く。
「・・・」
美森も自分の首元に目を向けた。
・・・呪の印は、まだそこにしっかりと刻み込まれてあった。
・・・・美森が初めて呪いの印を見たときよりは、確かに薄くなってきている。しかし、その三日月の形はまだそこにしっかりと残っており、消えるという感じはしなかった。
「さて・・・星夜・・・時の裂け目を作ってもらおうか。最後の“パーツの力”を入れるためのな」
凛は、千世のことを一瞥すると頷いた。
「・・・!!」
凛は、右腕の袖をたくし上げた。
そこには、ノワにつけられた・・・太陽の形の・・・呪いの印が刻み込まれていた。
そしてその色は、濃い黒だった。
しかも前、美森が見た時の凛の印より、一層、濃くなっている気がする。
千世は手に持っていた光る玉を凛に差し出した。
凛は、印のついていない手でそれを丁寧に受け取ると、ギュッと手の中で握り締める。
凛は印がついている方の手を、自分の目の高さまでゆっくりと持ってきた。
そして次の瞬間、呪いの印が光った。
黒い煙のような光を放って、凛の呪いの印は眩いほど輝いている。
・・・しかし、その光は美森にとっては希望の光ではなく、絶望に導くための光だった。
(このままじゃ・・・)
取り返しのつかないことになる。
みんなの笑顔は消える。
そして、一生戻れなくなる。




