第6話 (5)
時は少しさかのぼり・・・・
勇は、秋の民の街・・・雫の住む街・・ファルの街に来ていた。
美森のお陰で、雫に会うための勇気がもらえた。
(俺が、雫に会いに行くことが大切なんだ!)
勇は、帽子を深く被るためにそのえを、ギュッと引っ張った。
この瞳の色には気をつけないと・・・。雫に会う前に、レストの民とばれてしまえば、即座にこの街から追い出されてしまうだろう。
勇の歩いている道は、朝の仕事に向かう人だろうか。人通りが多い。
少し歩くと、雫の家が見えてきた(場所は昔、美森に聞いて知っていた)。
(いよいよだ!)
勇は、期待と不安を胸に抱いて玄関の前に立った。
否・・・勇は、雫に会うことがとても楽しみだ。不安なんてこれっぽっちもない。
勇は、玄関のチャイムに手を伸ばした。
「・・・!」
が、次の瞬間すぐさま手を引っ込めた。
ここは雫の家でもあるが、雫の姉=初音の家でもあるのだ。
もちろん初音は、勇のことをよく思ってない。というより、自分から妹を奪いにきた悪党だと思うだろう。
もし、勇と初音が出くわすことがあったら・・・。
(俺は、初音に殺されるかもしれない・・・なんて・・)
勇は、家の裏側にまわってみることにした。
そこには、人が出入りできるような大きな窓があった。その窓には、薄いカーテンひかれており中の様子は見づらい。
勇は、カーテンの隙間から中の様子をそーっと窺った。
(・・・雫!)
右側の壁ぎわにあるソファに雫がいた。
雫は、その上に横になって眠っているようだった。ソファの横の床には、本が伏せておいてある。
おそらく、本を読んでいる間に眠くなって、そのままソファに横になったという感じだろう。
勇は、ドギマギしながら家の中を見渡した。
見た限り、雫以外は誰もいないらしい。もしかしたら初音は、仕事に行ったのかもしれない。
(よーし。・・・今のうちに・・)
勇は、窓のはしに手をかけた。
窓には、鍵がかかっていないらしく、普通に開く。
勇は、雫が目を覚まさないよう、ゆっくりと窓を開けた。そして、中へと侵入する。
(よし!驚かしてやるぞ!)
勇は、忍び足で雫に近づき、雫の隣で立ち止まると、彼女の顔を覗きこんだ。
雫は小さな寝息をたてて、気持ち良さそうに眠っている。
「くくくっ・・・」
雫の寝顔は可愛い。
いつもは、表情をほとんど変えなく、子どもっぽくない雫だが、寝ている時だけは普通の可愛い女の子だ。
勇は、笑い声が漏れないよう、必死で口を両手で押さえた。
「!!」
途端に、背後から人の気配がした。
勇は、ドキリとして後ろに振りかえる。
「・・・!!」
振り返った瞬間、勇のこめかみのすぐ横を何かが勢いよく通り過ぎた。
それは、勇の耳の上の髪を少しばかり切り裂いて、後ろの壁に突き刺さる。
勇の金色の髪が、はらりと床に舞い落ちた。
「!」
勇の目の前には、刺すような目つきでこちらを睨んでいる初音の姿があった。
初音を囲むようにして漂っていた葉が、先端をぎらつかせて次々と勇に襲い掛かってくる。
「うぉ!」
勇は、反射的に床にしゃがんでそれをよけた。が、最後の一枚が進路をかえてこちらに向かってきた。その葉は、勇の目の前に迫ってくる。
勇は、よけることができず、自分の顔を右の掌で庇った。
「っ――・・・」
その葉は、勇の掌に勢いよく突き刺さった。
その瞬間、今までにない激痛が勇の掌を支配した。
ポタポタと気味の悪い真っ赤な血が、勇の太もものズボンに滴り落ちる。
「いって・・・・」
勇は、あまりの痛さに顔を歪めながら、普通の状態に戻った葉を掌から引き抜いた。引き抜いた瞬間、その葉は手の中で粉々になった。
「――レストの民。今すぐこの家から出て行って!!」
「・・・」
勇は、無言のまま初音を見上げた。
とその時、後ろのソファで眠っていた雫が動く気配がした。
「!・・・」
勇は顔を歪めた。
初音は、ソファで眠っている雫に駆け寄って、雫のことを抱きかかえようとする。
「・・・姉さん?」
懐かしい雫の声が、後ろから聞こえた。
雫は、勇がいることにまだ気がついていないようだ。
(・・・これじゃやっかいだな・・・)
勇は、雫に伸ばされた初音の腕を押しのけて、雫の前にでた。そして、雫の額に傷ついていないほうの掌をそっとかざした。
「兄さん・・」
雫は勇の顔を見ると、一瞬目を丸くした。
「雫!久しぶりー」
勇は、動揺の表情はあえて見せず、にっと笑った。
「あいた・・・」
が、雫のまぶたは、言葉がいい終わらないうちにゆっくりと閉じる。そして彼女は、眠りにおちた。
「!!」
勇は横に飛びのいた。
勇がさっきまで立っていた場所に、鋭い葉が突き刺さる。
勇は、さっきにもまして鋭い目つきで勇のことを見ている初音の姿を見た。
「結に何をしたの!?」
初音は叫ぶように言い放った。
「雫には眠ってもらっただけ。妹にそんな怖い顔、見せられないだろ?」
勇は初音の顔を見て、にやりと笑った。そして言葉を続ける。
「それに・・・自分の姉が、俺のことを容赦なく攻撃したって気づいたら、雫はどう思うんだろ~な?」
勇は、血で真っ赤に染まった掌を初音の視界に入るように、わざとちらつかせた。
「私はっ・・・!レストの民から結を守るためなら、結にどう思われてもかまわない!!」
初音は休みなく葉を飛ばしてくる。
勇は被っている帽子を素早くとると、その葉を帽子で払い落した。
が、その葉はわずかに進路を変えて、帽子を巻き込んだ。そして、勇のすぐ横をとおり過ぎて、後ろの壁にそれは突き刺さった。
「・・・!」
勇は初音のわずかな隙を見逃さなかった。勇は初音のほうへ駆けだした。そして、そのまま勢いを緩めず、両手で初音のことを押し倒した。
その時、傷を負った右手が痛んだが無視した。
「放して!!」
初音はそう叫びながら、勇の頬を拳で殴ってくる。
勇は一瞬くらっときたが、二発目が来る前に、何とか初音の手首を掴んでそれを止めた。
「俺の目を見ろ!!」
勇は自分の顔を初音の目の前に持ってきた。
初音は恐ろしいのもでも見たかのように、目を大きく見開いた。そして、暴れることをやめた。
・・・正確には、勇が初音の動きを封じたのだが。
「出て行って!!」
初音は動きを封じられても、抵抗することを諦めない。
「嫌だね!」
勇は、初音の顔をまっすぐ見ると勝ち誇ったようにそう言った。
そして素早く、左手を初音の額にかざした。
「やめて・・・」
初音はその言葉を呟くと、眠りへ落ちて行った。
「・・・」
勇は瞼が閉じた初音を見届けると、初音から離れた。
そして、雫が眠っているソファに近づき、その前まで来ると歩みを止めた。
「雫!起きてるんだろ?」
雫は勇の声に、黒色の大きな瞳を開いた。
そして、乱れた髪を整えながら体を起こす。
「姉さんは・・・眠らせたの?」
「そうだ・・・よっ!」
勇はその言葉を言うなり、雫に抱きついた。
「雫!会いたかった!」
勇は強く雫を抱きしめる。
「・・・私も・・・」
雫は勇に聞こえるギリギリの音量でそう言った。
「やっぱり雫は可愛いなー」
「兄さん・・・手、怪我したの?」
雫はそう言うと、勇の体を引き離して、勇の血で真っ赤に染まった掌を見た。
勇はドキリとした。
「・・・あぁ。ちょっとな・・・」
「・・・」
雫は黙って、ソファから立ちあがった。
「姉さんは・・私のことをとても想ってくれてるから・・・」
雫は早口でそう言うと、部屋の隅にある木製の小さなタンスの引き出しを引いた。
雫は手に包帯を持って、戻ってきた。
「手・・・だして」
「ん」
勇は傷ついた掌を前に出した。
雫は、唇をギュッと結んで、その掌に包帯をぐるぐると巻きつける。
「ありがとな!」
勇は傷の手当が終わった雫に、笑顔でそう言った。
雫は、こくんと一回だけ頷いた。
「これも・・・美森のお陰だな。美森が俺に、雫に会いに行く勇気をくれたんだ!」
「・・・うん」
雫は、勇の顔を見て少しだけ微笑んだ。
雫のこんな顔を見たのは・・・初めてだ。
が、雫は次の瞬間には、いつもの表情に戻ってしまっていた。
「美森は・・・私たちが、会うことのできるきっかけを作ってくれた」
勇は雫の悲しげな声にドキリとした。そしてその言葉に「そうだな」とだけ言った。
雫は言葉を続ける。
「でも、美森はいない。私たちが"美森"と呼んでいい人間は、エターナルにはもういない・・・」
「!!」
(やっぱり雫は気づいてたか・・)
勇は、胸が締め付けられる思いがした。
"美森"を消したのは自分だ。弱かった自分だ。
雫は震えた声で呟いた。
「私たちが会うことができたのも、美森のお陰なのに・・・美森にありがとうも言えない・・・。
美森は、地球にいるはずの大切な人とも会えない・・」
勇は唇を強く噛みしめた。
自分は、なんてずるい人間なのだろう。
美森の幸せを奪っておいて、自分は幸せになっている。
(俺には・・・"アカリ"を"美森"に戻す責任がある)
「俺が"美森"に戻す!・・俺が絶対にもとに戻すから!!」
勇は叫んだ。
雫は涙で潤んだ瞳を見開くと「うん・・・」と言った。
・・・勇は"強さ"を手に入れた気がした。
勇は大声で「よーし!」と言うと、雫に背を向ける。
「兄さん。私も行く」
「!」
勇は肩越しに振り返った。
雫が決意に満ちた瞳でこちらを見ていた。
「雫は・・・ここに残れよ」
「!・・・」
「だって、初音さんがいるだろー?」
勇はにかっと笑った。
雫は黙って目を伏せた。
「初音さんは、雫のこと・・・いや、結のことをとても大切に思っているんだぞ!
また、雫がいなくなったら、凄く悲しむな!そして怒る!」
「・・・」
「美森のことは俺にまかせなぁ」
「・・・分かった」
雫は床で眠っている初音を見て、呟くように言った。
「・・・」
勇はニコリと笑うと、最後に「また会いに来るから!」と叫んで雫の家を後にした。
勇はレスの街に戻ってくると、一目散にアカリの家に向かった。
吏緒と留維も家にいるかもしれないという考えは頭の隅に追いやった。いるかもしれない、と考えていてはいつまでたってもアカリの家には行けない。
アカリだけが家にいるということを願って、勇は走った。
(はやく美森に戻さないと・・・)
アカリのままでは、あいつらにいいように利用されるだけだ。
勇はアカリの家の前で足を止めた。
考えながら走っていたら、思ったよりの早く着いた。
勇は、飛びつくように玄関の前まで行くと、チャイムを鳴らす。
「・・・」
応答がない。
もう一度鳴らした。
「・・・」
応答がない。
「・・・誰かいないのかー!?」
勇は思わずそう叫んだ。
しかし、返って来るのはただの沈黙だけだ。
(もしかしたらまだ寝てるかも!)
勇はわずかな可能性を信じて、ドアノブに手をかけた。
ガチャ・・
(開いた!)
勇はほとんど迷わず、ドアを開くと、家の中に一歩、また一歩と侵入した。
家の中はやはり誰もいないようだ。
カーテンは全開に開いており、誰かが寝てるという雰囲気はない。
「!」
勇はテーブルの上に三人分の食事が並べてあることに気づいた。
あまり、考えたくないがアカリと留維と吏緒のぶんだろう。
「美森がこいつらと一緒にいるなんて・・・」
勇は思っていたことを、無意識のうちに口にしていた。
すべては自分のせいなのだが・・。
あの頃の自分に腹が立った。しかし、過去に戻ることはできない。
しかし、今の自分にできることを絶対に実行することはできる。
「・・・どこにいんだよ」
周囲をぐるりと見渡しても、手がかりらしい手がかりはない。
「不法侵入はいけませんよ。勇君」
「!!」
勇が、後ろに振り返ると、そこには留維と吏緒の姿があった。
「勝手に人んちに入ってんじゃねーよ!」
吏緒は明らかにイラだっている。
「おはようさん!留維、吏緒~」
勇はなるべく、明るく聞こえるように言った。
「勇?それでお前はここへ何しに来た?」
吏緒は一歩勇に近づいて、焦りの色を隠せないでいる勇の瞳をとらえた。
「別にたいした用はねーよ!ははは~」
勇は、懸命に吏緒の視線から逃れようとする。
が、次の瞬間、吏緒に力強く襟首を掴まれた。
「ふざけてんじゃねーよ。俺の質問に真面目に答えろ」
「・・・・」
「吏緒、落ち着いてくださいよ」
留維が二人の間に割って入って、吏緒の手を勇から引き離した。
「あくまで私たちは、同じ組織に所属する仲間、なんですから」
留維は勇のことを一瞥して、ニヤリと口元に笑みを作った。
「そっそうだよ!」
勇は内心焦りながらも、留維の言葉に同意した。
吏緒は不服な表情を浮かべ、留維を見た。
留維は言葉を続ける。
「吏緒、今日は本当によい仕事をしましたね。・・・もう、アカリは美森に戻ることは決してありませんね。
これで、私たちもアカリをほったらかして、背伸びしてすごすことができそうです」
「ああ。そうだな」
「!!」
(何だって!?)
勇は目を大きく見開いた。
心臓の鼓動がより一層早くなる。
「私たちが、アカリに"幸せ"と思わせなくても、アカリが心にどんな衝撃を受けても、アカリから"美森"が顔を出すこともないですしね」
「・・・・」
留維は明らかに、勇の反応を観察しているようだ。
(・・・俺のしようとしてることに、もう感づいたのか・・?)
留維は言葉を続ける。
勇は気持ちを顔に出さないよう、努めた。
「もし、勇君が組織を裏切って、アカリの記憶を消そうとしたとしても、それは無理なことですしね。勇君が消せないほどの強い記憶を、アカリに植え付けましたから」
「っ・・・」
「それじゃ"美森"とは、もう一生会うことはないんだな!」
吏緒は今の状況を飲みこんだらしく、わざとらしく留維の言葉に念を押した。
(こいつらっ・・・)
もう、完全に勇がしようとしていることがばれたようだ。
「うるさいんだよ!」
勇はそう叫ぶように言うと、二人の横を通り過ぎ玄関へ向かった。
そして、家を後にした。
「・・・勇君がどうあがこうとも、今の状況は変えられないと思いますよ・・・」
勇が家を出た後、留維はそう呟いた。