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エターナル  作者: 夕菜
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第6話「偽りの繋がり」(1)





勇は、空が眠っている部屋の扉をゆっくりと閉めた。

今、勇が立っている廊下らしき場所は、昼間でも光が入りにくく薄暗い。

勇は、そんなところを一人で歩く。

きっと星夜は、美森のことをつれてくるだろう。星夜は優しい奴だが、やるときはやる奴だ。

そして、星夜は変わっている。組織のなかでは。

琥珀色の瞳を持ってるくせに、レストの民だと名乗り、組織にいる。

噂によると、星夜の目的は俺達と同じらしい。

本当かどうかはわからないが。

しかし、組織にとっては時の裂け目を作れる奴がいるだけで、好都合だ。だから、そのことについて組織の奴らは、ほとんど気にしてないらしい。

それから星夜には、もう一つ変わっているところがある。

多分、このことは組織の中では自分しか知らないことだ。

・・・・星夜は美森と同じだ。







美森は目を覚ました。

どうやら眠ってしまったようだ。

(ここは・・・どこだろう?)

ゆっくりと体を起こす。

辺りは薄暗かった。ドアから微かに漏れる光だけが、部屋を照らしている。そのせいで、周りに何があるかもよく分らない。

上にある小さな窓は、闇の色に染まっていた。もうすっかり、夜になってしまったようだ。

美森はよろめきながら、立ち上がった。頭がズキズキと痛い。

そして、ドアの前まで歩いて行くと、ドアノブに手をかけた。

ガチャガチャ・・・

案の定、ドアには鍵がかかっており、開かなかった。

(どうしよ・・・)

美森は、ここまで凛によって連れてこられたことは分っていた。

とても悲しかった。

泣きたくなった。

しかし、怒りは湧いてこなかった。

凛は、とても辛そうに見えた。きっと彼は、美森以上に大変な思いをしてきたのだろう。

美森をこうしたのも、きっと何か特別な理由があるのだ。

(・・・凛君は優しいから・・)

美森は壁に寄り掛かかり、床に腰をおろした。

これからどうなるのかは、あまり考えないようにした。考えても、不安が大きくなるだけだ。

「・・・」

美森は抱えている自分の膝に、顔を埋めた。そして、目を閉じた。

(・・・早く帰りたい)

美森は、地球に帰ってからのことを考えた。

平凡で、平和な日常に戻れる。

あの時は、全く望んでいなかったことが、今ではこんなにも愛おしい。

あの頃の自分は、馬鹿だと思った。いつも気づくのは、失ってからだ。

「・・・」

(・・・でも地球に帰ったら・・)

もし、地球に帰ることができたらとても嬉しい。でも・・・もうエターナルに来ることは、できない。

来ることができないということは、エターナルで出会った人とも一生、会えなくなるということだ。

「楓君、初音さん、海月ちゃん、海咲ちゃん・・・・・雫ちゃん・・」

美森は、雫の顔が浮かんだ時、ドキリとした。

雫は勇のことを忘れたままだ。

勇はそのことを顔に出していない。辛くて、悲しいはずなのに。

雫は今頃何をしているんだろう。

笑っているのだろうか・・・。それとも・・。

美森は首にかかっているネックレスに、そっと手を触れた。

自分は二人のために、何もすることが出来なかった。自分のことで精一杯で・・・。

勇と雫は、元どおりの二人に戻ってほしかった。

「!・・・」

その時、眩しい光が入ってきたことに気づいた。

驚いて顔を上げると、ドアの前に凛が立っていた。

凛は、美森のことを申し訳なさそうに見下ろすと、言った。

「・・俺と一緒にきてくれるか?」

「・・・」

美森は、凛の姿を見て泣きそうになったが、それをぐっと堪えた。

美森は、壁に手をついてゆっくりと立ち上がった。

凛の顔は見れなかった。

凛が、そんな美森のことを見ているのが分かる。

そして、凛が口を開いた。

「・・・ごめんな。美森」

「・・・・」

美森は凛の顔を見た。

凛は目を伏せていた。

「いくら探しても、見つからなかったんだ。この世界で一番大切なもの、が。だから俺は、レストの民が作る世界にあると思った。これが最後の賭けなんだ。だから・・・ごめんな」

「・・・・」

美森は言いかけた言葉を飲み込んだ。

そして、凛の目を見ると、精一杯の笑顔を作ったつもりで言った。

「・・・・大丈夫だよ」

「・・・」

凛は、美森の言葉に驚いたようだった。

しかし、凛はすぐに美森に背を向けた。

「ついてきてくれ」

凛はそう言うと、美森のことは見もせずに、歩きだした。



美森と凛は、廊下を歩いた。そして、凛は、突き当りにある部屋の扉をあけた。

美森は凛に続いて、ドギマギしながらその部屋に足を踏み入れた。

「つれてきた」

凛は、部屋にいる誰かにそう言う。

すると、部屋にある数人がけのソファに座っている女の人が「よし」言った。

(・・・あっ)

その女の人の隣に座っている女性は、美森の知っている人だった。

帆風だった。

そして、少し離れたところに勇が俯き加減で座っていた。

美森はできるだけその人たちと目が合わないよう、凛の背中ばかり見ていた。

「あっ!美森、久ぶり~。美森も座りなよ!疲れたでしょ!?」

「・・・」

帆風が、満面の笑みでこちらに手招きしている。

美森は嫌な汗が出てくるのを感じた。

「大丈夫だって!何もしないからぁ」

「・・・大丈夫です」

「いいから早く!」

「・・・」

美森は恐る恐る帆風に近づくと、隣にそっと腰をおろす。

「いつ見ても美森って、ちょー可愛いね!あ!髪、伸びたんじゃない?」

「・・・はぁ」

美森は笑顔で話しかけてくる帆風に、曖昧な笑みをかえすことしかできなかった。

・・・今すぐここから逃げ出したかった。

離れたところに座っている凛と勇が何かを話しているが、帆風の声でよく聞き取れない。

(・・あの二人、知り合いだったんだ)

目の前にある低めのテーブルには、いくつかマグカップが並べてあった。そして、帆風の前には、さっきまで読んでいたらしい雑誌が広げてある。

その時、帆風の隣に座っていた女の人が、彼女の肩を軽く叩いた。

帆風は女の人のほうに振り向いて、表情を曇らせると「分かった」と言って、立ち上がった。

そして、帆風は勇の隣に腰を下ろした。

美森の隣には、帆風の代わりに、その女の人が座っていた。

彼女は、美森を見て微笑んだ。

「初めまして。日菜野 美森」

「・・・」

美森は、彼女に嫌な雰囲気を感じたが、出来るだけ気にしないようにして、彼女に軽く頭をさげた。

凛、勇、帆風の三人は話をやめこちらの様子を伺っているようだ。

「私の名前は、千世だ」

「・・・」

美森は、彼女―千世の言葉に一回だけ頷いた。

「今日は・・・お前に話があって、星夜にお前のことを、ここまで連れてきてもらった」

「・・・」

(・・・そうだ。凛君は、ここでは星夜なんだ)

しかし美森は、そのことは分かっていても、凛が星夜とは思えなかった。美森は彼が、凛である姿しか知らなかった。

「お前は、時の民の印を持っているだろう?」

「!!」

美森は千世の言葉に目を見開く。

「時の民の印を持つ者は、時の民の力を使える。すべてではないがな。

星夜も時の民のその力を使って、時の裂け目を作り出した。星夜も時の民の印を持っているからな」

千世は、凛のことを一瞥してから言葉を続けた。

「お前も、私たちに協力してくれないか?その力を使ってな。

お前の力は、これからの世界で必ず役に立つ」

「・・・」

時の民の力を使える・・!?そんなこと自分には、絶対に無理だと思った。

それに協力なんてできない。

自分は、地球に帰るのだから。

それに、レストの民に協力したら、今まで出会ったすべての人を裏切ることになる。

美森には、そんなこと絶対に出来なかった。

「・・・すみません。私には・・できません・・・」

美森は千世の顔を見ずに、呟いた。

「・・――やはりな」

「!?」

美森はドキリとして、千世の顔を見た。

千世は口元に笑みを浮かべながら、美森を見ていた。

「お前がどう答えようとも、結果は同じだ」

「!!」

(・・この人は、無理やりでも協力させるきだ)

美森はすばやく、ソファから立ち上がった。

(早くここから逃げなきゃ)

「!」

その時、千世に手首を掴まれた。

「逃げても無駄だ」

「――!」

美森は必死に、千世の手を振り解こうとした。

――千世の手は、あっけなく解けた。

美森は無我夢中で、ドアに向かい、そして部屋を飛び出した。






「あーぁ。逃げられちゃったじゃん。どぉすんの?」

帆風は足を組みながら、千世に問いかけた。

「簡単に捕まえられるさ。ここは私たちの街だしな」

「あっ。それじゃー私が捕まえてきてあげようか!?っていうか行きたい!」

帆風は目を輝かせる。

千世はにやりと不気味な笑みを浮かべた。

「帆風ではなく、勇・・・お前が日菜野 美森のことを捕まえてこい」

「!!」

勇は思わぬ千世の言葉に、ソファから立ち上がった。

「なっなんで俺が!?帆風でいいだろ」

千世は勇のことを直視する。そして、勇の瞳を見据えたまま言った。

「つべこべ言わず、行ってこい。いいか必ず捕まえてくるんだぞ・・・・分かってるな」

「・・・・」

千世の瞳は勇のことを逃がすつもりはないようだ。

勇は千世の言葉を聞くと、唇をかみ締めて、顔を背けた。

そしてそのまま姿を消した。





美森は暗い廊下を駆け抜けた。

(・・・出口はどこ?)

 美森の胸の鼓動は早鐘のように波打つ。

廊下の突き当たりを曲がると、目の前に大きな扉が見えた。

(・・あった!)

美森はその扉まで行くと、鉄で造られているらしい、重い扉を両手で押した。

・・・外は、夜の闇に包まれていた。

ほんのりと冷たい空気が、美森の頬をなでる。

レンガ造りの建物が並ぶ街並みには、ところどころ街灯が燈っていた。

(ここ・・・)

美森は、この街並みに見覚えがあった。

・・・たしか、あの時は昼間だったが、ここは海月が捕まっていた街だ。

似たような道を、海咲と二人で逃げた。

(ここは・・・レストの民の人が住んでる街・・?)

「!」

背後から足音が聞こえた気がした。

(早くここから離れなきゃ・・)

美森は念のため、後ろを確認してから、夜の街を走り出した。







美森は街灯の立っている場所で歩みを止めた。

周りに人の気配はない。そして、恐る恐る後ろを確認した。

(・・・よかった)

そこには誰もいなかった。

美森は呼吸を整えるため、その場にしゃがみ込んだ。

「美森」

「!」

頭上から誰かの声が、聞こえた。

見上げると、そこには無表情の勇の顔があった。

「あっ・・・勇君・・・」

美森はゆっくりと立ち上がる。

「・・・美森・・・変わったな」

「!」

美森は、勇の突然の言葉に目を見開いた。

「え・・・私・・変わってないと・・」

「変わったよ!美森は」

「・・・」

美森はいつもと違う、勇の真剣な表情と声に戸惑った。

こんな勇を見たのは、初めてだ。

「前の美森は、いつも怖がって逃げるってことさえもしなかっただろ!?

・・・でも、今の美森はさっきのような絶望な状況のなかでも、少しも怖がることなく、逃げようとした。まるで、成功できるって信じてるみたいにな」

「・・・・」

勇の声は、力強かったが、不思議と怖い感じはしなかった。

勇は、その瞳で、ただ美森のことを見据えている。

「俺は、変われてない!ずっと昔から。変わりたいけど、変われないんだよ!!この場所からずっと動けない」

「・・・・」

美森は目を伏せた。

どうして勇は、こうも苦しそうな表情をするのだろう。

勇は、いったい何に縛られてるのだろう。

美森は、呟くように言った。

「・・・私・・・怖いよ。本当は、逃げることもすごく怖い。・・・・でも、何もしないでいることももっと怖かった」

勇の瞳が、わずかにひらかれたのが分かった。

「だって・・・これから先、恐ろしいことがあるって感じたから。そう思ったら、足が勝手に動いてた。

逃げられるかどうかなんて、分からない。ただ、変えたかった。今の状況から逃げれれば、それでいいと思った・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・っぷ・・はははははは!!」

「?」

美森は驚いて、勇の顔を見た。

そこには、いつもの勇の顔があった。

勇は、笑い終えると、目の淵に浮かべた涙を拭う。

「・・くくっ・・・・そうだよな。怖かったら逃げるのは、当たり前だよな・・・。

あ~・・・俺って、まじで怖がりだったんだな。美森よりも、怖がりだったなんて、自分で自分が信じられねーよ。ははは!」

(・・・勇君・・・)

美森の目の前には、普段と変わりない勇の姿がある。

(・・・よかった)

勇は、美森の頭をぽんぽんと叩いて言った。

「よし!それじゃーあいつに会いにいくか!」

「・・・あいつって・・・」

勇は、二カッと笑った。

「そりゃーもちろん・・・」

「勇!!なにやってんの!?」

「!!」

美森はどきりとして、振り返った。

そこには、怒りの表情の帆風の姿があった。

勇は、そんな帆風を見ても表情を崩さず、帆風に笑いかける。

「よ!帆風。俺は、美森と話してただけだけど。なーー美森」

勇は、そう言うと、美森の腕を掴んで、帆風から美森を引き離した。

帆風は勇の行動に、余計苛立ちの表情を見せる。

「じゃなくて、どうして早く美森を捕まえないのって聞いてるの!」

今度は帆風が、美森の腕を掴んで自分のほうへ引き寄せた。

「これから捕まえよーかなーって思ったんだよ!」

また勇が、美森の腕を掴んで、自分のほうに引き寄せる。

しかし、帆風は美森の手を離そうとしない。

(・・・どうしよう)

美森は焦った。

帆風から逃げようと思っても、腕を掴まれていて逃げられない。しかも、今の帆風は怒っている。

「勇は遅いから!あたしが連れて行くから!!」

帆風はより一層、美森の腕を引っ張った。

「離せよ!美森が困ってるだろ!?」

「・・・・」

その時、帆風が目を大きく見開いた。そして、勇の後ろを指差した。

「勇!!あれ見て!やばいよ!!」

「!」

勇は、肩越しに振り返る。しかし、そこには何の変哲もない夜の道が続いているだけだった。

「!!」

その時、美森の腕が勇の手からすり抜けた。

「ばーーか!!」

「!!」

前に振り向くと、そこには勝ち誇った帆風の顔があった。

勇は瞬時に手を伸ばすが、遅かった。

帆風は美森の腕を掴んだまま、走り出す。

「待て!!」

勇も足を踏み出す。

が、その瞬間、地面から黒い手の影がにょろっと出てきて、勇の両足首を掴んだ。

「――!!」

勇は勢い良く地面に倒される。

(・・・いってー・・)

「じゃぁね~」

「!」

勇が、地面に直撃してまだじんじんと痛む顔を上げると、帆風と美森の姿は、夜の闇に消えかけていた。

「くっそーーー!!」

勇の叫び声が、夜の静けさの中に響いた。




美森は帆風に促されるまま走った。

怖い。このままではあの建物に逆戻りしてしまう。

美森は無意識のうちに歩調を緩めた。

帆風がそれに気づいて立ち止まり、美森のほうに振り向いた。

街灯に照らされた帆風の顔は、苛立ちが混じっているように見える。

「はやく!美森!」

「・・・」

美森は帆風から目を逸らした。

「はやくして!!」

「・・・怖いです・・」

「・・・は?」

帆風は大きく目を見開いた。

美森は帆風の顔を見ることができず、ただ、自分の足元ばかりを見つめていた。

「何言ってんのー?そんなこと言われても、あたしが困るんだけど」

「・・・・」

その時、美森の足元の地面から、何か黒いものが出てきた。

それは、凄いスピードで伸び、美森の首を勢いよく掴む。

「!!――・・・う・・」

(苦しい・・・)

帆風は自分の顔を、美森の前まで持ってきて、その顔を見ると微笑んだ。

「・・ねぇ?・・・苦しい?怖い?」

「――・・・」

「あたしが苦しみから解放してあげる。気持ちいい気分にさせてあげるよ」

「・・・!」

いつの間にか、美森の目の前には帆風の大きな黒い瞳があった。

(・・・また・・あの時の目だ・・)

「美森・・・いいよ・・その調子」

美森にはもう、体の感覚がなくなっていた。

指の一本も動かせない。

瞬きもできない。

「美森・・・いいこだね・・」

「―――・・・・」

「帆風ーーー!!やめろーーー!!」

「!!」

帆風が声の方に目をやると、必死の形相で走ってくる勇の姿があった。

勇は勢いを緩める様子なく、帆風に向かって走ってくる。

帆風は一瞬、顔をしかめると、両方の掌を前に突き出した。

勇は何のためらう様子なく、帆風に体当たりをしたように見えたが、その勢いは帆風の掌に吸い込まれるようにして消えた。

それとほぼ同時に、勇は後ろに吹き飛ばされる。

帆風もその衝撃で、バランスを崩し地面に尻餅をついた。

その時、美森を掴んでいた黒いものもスッと消えた。そして、美森はそのまま地面に倒れる。

帆風は立ち上がって、服についた汚れを払うと勇に向かって叫んだ。

「勇!!邪魔しないでよ!」

「・・・帆風こそ邪魔すんな!」

勇は立ち上がると、帆風の前に倒れている美森に駆け寄った。

「おい!大丈夫か?美森」

「・・・」

美森はゆっくりと体を起こした。

「美森!しっかりしろよ!」

「・・・」

勇は美森の肩を激しく揺さぶったが、彼女からは何の反応もない。美森の目は虚ろで、何の表情もなかった。

「おい!!美・・・」

「無駄だって!!」

「!」

帆風は勇のことを見下ろしながら、言葉を続けた。

「美森の今までの記憶は、全部、封印しちゃったから。今の美森は、自分の名前さえも分からないと思うけど」

勇は、美森から手を離すと素早く立ち上がり、帆風のむなぐらを掴む。そして叫んだ。

「美森をもとに戻せ!!」

帆風は眉間にしわを寄せ、勇を見る。

「ちょっと何?・・・何でそんなに怒ってんの~?」

「・・・・」

「この子がこんなに大切なの?」

「・・・当たり前だ」

「・・ふーん」

帆風は口元に笑みを浮かべると、思いっきり勇のことを両手で突き飛ばした。

「!!」

勇は、勢いよく地面に倒れる。

「・・・っ!」

次に勇が、帆風の顔を見ると、勇の首元には帆風の尖った爪の先端があった。

帆風は、爪の先端をより一層、勇の首に近づける。

「勇!組織にいるからには、そういう感情は持たないほうがいいと思うけど。ったく・・・ほんとに勇は、優しすぎるよ!!すべてにおいて」

帆風はそう言い終えると、爪をもとに戻した。

「・・・」

勇は、帆風の言葉にも動じず鋭い目つきで帆風を見た。

「もとに戻せ!!」

帆風は腰に手を当てると、ため息を吐く。そして、呆れたように言った。

「まじでうざい。・・・勇はもし、美森のことを千世さんのところに連れて行くことが出来なかったら、どうなると思う?」

「――・・・」

「大切な人との記憶を消されちゃうんでしょー?」

「・・・」

「それとも何?美森のことを助けて、千世さんのことを倒してやろうとかそんなことを考えてるの?」

「・・・違う」

「・・・そんなこと勇に出来るわけないと思うけどー。

・・・勇は人を殺すこともできない怖がりだからね。勇は強がって、見た目は強そうに見えるけど、ほんとはとても弱いんだよー!?分かってるよね?」

「・・・うるせぃ!!」

帆風は鼻で笑うと、言葉を続けた。

「ほらー!また強がってる!ほんとは分かってるくせに。自分は、よ・わ・いって!!」

「・・・・」

勇は帆風の言葉に、言い返すことが出来なかった。

――帆風の言うとおりだ。

自分は、本当はとても弱いのだ。

自分でも悔しいくらいに。

雫のことだって、全然平気じゃない。本当は、雫がいなくなってから寂しくてたまらない。

美森のことだって・・・

「ねぇ。勇。今は千世さんに従ってたほうがいいと思うよ。記憶を消されるなんて嫌でしょー?」

帆風はにっこりと笑って、勇に問いかけた。

「――・・・」

「きっと千世さんは、組織に都合がいいように、勇の記憶をいじると思うよ。

もちろん、必要のない、美森や勇の妹との記憶は消されると思うケド。

そうなれば、勇は組織のためだけに生きる、組織のためだけの操り人形になっちゃうってワケ。それでもいいのー?」

「いいわけねーだろ!!」

勇は大声で叫んでいた。

そんなこと、想像するだけで寒気がする。

帆風は今の状況を楽しんでいるかのように、くすりと笑った。

「・・・それじゃ、千世さんに従っていたほうがいいねー。

それに、もしかしたら、美森が記憶を取り戻すかもしれないしね。・・・まっ、そんなことないに等しいけど」

「・・・」

帆風は、美森の両手を掴むと、美森を立つように促した。

美森は帆風に支えられて、ふらふらと立ち上がる。

帆風は、勇を見ると、言った。

「勇、いい?この子に、組織に都合のいい記憶を植えつけて。・・そういうの勇は得意だよね?」

「・・・――」

「私は、先に帰ってるから。ちゃんとその子を連れてくるんだよー」

帆風はその言葉を残して、勇に背を向けると歩き出した。

帆風の背中は、みるみるうちに遠ざかる。そして、その姿は、夜の闇にかき消された。

勇は、帆風の姿が見えなくなると、隣に立っている女の子に目をやった。

「―――・・・」




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