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エターナル  作者: 夕菜
26/40

第5話(3)








美森は目を覚ました。

美森は塔に寄り掛かるようにしていつの間にか眠っていた。

(寝ちゃった・・・)

 雫と勇の関係が、壊れてしまったことがすごく嫌で悲しくて何もする気になれなかった。そして、ひとまず雪の降る様子を眺めていたら、こうなってしまったのだ。

「雪、積もっているぞ」

「!」

驚いて横に振り向くと、そこに凛が座っていた。

「あっ・・・雪、積もってるよね・・」

「違う。美森の体にだよ」

凛は笑いをこらえながら、そう言った。

美森は慌てて、体についている雪を払い落とした。

顔が熱くなるのを感じた。

「で・・・なんで美森はこんな所で寝てるんだ?」

「・・・」

美森は、凛の言葉に目を伏せた。

凛は、そんな美森のことを心配そうに見る。

「・・・何かあったのか?」

「・・・・」

美森は凛にそのことを話したくなかった。

話すと、また泣いてしまいそうで嫌だった。

凛は美森のことを、しばらく美森の応えを待っていたが、突然立ち上がると、呟くように言った。

「美森が話したくないんなら、話さなくてもいいぞ。・・・誰にもそういうことあるしな」

「・・・」

美森は、立ち上がった凛のことを見上げた。

凛は微笑んでいた。

凛は「ほらっ」と言うと、美森に手を差し伸べてくる。

美森は黙って凛の手をとると、立ち上がった。

「ありがとう・・・」

美森は呟くようにそう言った。

「いいって。速く行かないと、また雪積もっちゃうしな」

そういえば、雪が降っているのに、二人は傘をさしていなかった。

凛は、相変わらず笑っていた。

「うん・・・」

凍えるような寒さの中、凛の優しさが心にしみた。

その時、二人は気づいていなかった。

後ろに建っている塔の窓から、一人の人影が見つめていることに。



美森と凛は傘をさしながら街中を歩いていた(傘は近くの店で買った)。

街頭には灯りが燈り始めており、夜が近づいていることを示している。

「この街のおかしな噂、知ってるか?」

凛がいきなり声をかけてきた。

「え?・・・分かんない」

美森は驚いて、凛を見た。

凛は言葉を続ける。

「この街の隠された場所に、恐ろしい魔物が住んでいるんだってよ。そして、不思議な声に導かれて、気づいたら、その場所にたどり着いてしまった人がいたらしいんだ。その人はその魔物に、暗くて寒い場所に閉じ込められて、一生帰って・・・」

「やめて!!」

美森は凛の言葉を遮るように叫んだ。

公衆の目が一気に、美森に集まったのを感じた。

「ごめん・・・。そういう話苦手・・・」

凛は必死にそう言う美森を見て、少しだけ笑うと「そうなんだ」とだけ言った。

美森は凛の話が本気で怖かった。

それに美森は、不思議な声を聞いたことがある。あの塔の前で聞いた声だ。

(まさか・・・ね)

美森は今度こそは、あの塔には近づきたくないと思った。

「もしかして君、レストの民?」

「!」

背後から声がしたかと思うと、誰かに強引に肩を掴まれ、後ろに振り返させられた。

その衝撃で持っていた傘が手からはなれる。

「!」

目の前に飛び込んできたのは、フードをかぶった中学生ぐらいの女の子だった。

彼女は、丸い瞳で美森のことを見ると、いきなり両手で美森の首を掴んだ。

「っ・・・?」

「その瞳の色・・・間違いなくそうだね。噂どおりだ・・・。闇の心、憎しみの心を持つ民よ・・」

彼女の手に力が入るのと同時に、呼吸が苦しくなる。

美森は、彼女の手を引き離そうとしたが、寒さのせいで思うように力が入らない。

「!!」

彼女の手から、氷が広がってくるのを感じた。

美森の首は、氷に巻きつかれていた。しかも、氷の浸食は止まることを知らず、凄いスピードで広がっていく。

女の子は子どもとは思えない、冷たい表情で、苦しんでいる美森のことを見ている。

「やめろ!!アオイ!!」

凛の声が背後から聞こえた。

「その子はレストの民じゃない!」

しかし彼女─葵は、凛の言葉を聞いている様子はなかった。

「やめろ!!」

凛は無理やり、葵の手を美森から引き離した。

美森は地面に倒れる。

既に氷は、美森の腕のほうにまで達していた。

(苦しいっ・・・)

美森は、そのまま意識を失った。




美森は目を覚ました。

どうやら、ここは宿のベッドの上らしい。

起き上がって、窓の外を見てみると、外は完全に夜になっていた。

・・・雪はまだやみそうにない。

その時、凛が静かに部屋に入ってきた。

「目、覚ましたか・・・」

「あっ・・・うん」

美森は、凛が隣まで来ると言葉を続けた。

「あのっ・・助けてくれてありがとう」

「・・・いいって」

凛はそっけなく言った。

その後、しばらく二人とも何も話さず、沈黙が続いた。

美森が何か話そうと戸惑っていると、凛が静かに口を開いた。

「あいつ・・・葵は、俺がこの街に来て、初めて知り合った奴なんだ。

葵とまともに話ができるようになるには、時間がかかったよ・・」

「・・・」

「冬の民には葵みたいな奴が多いんだよ。変わった人がな・・」

「・・・何で私を殺そうとしたの・・?」

凛は美森の言葉を聞くと、申し訳なさそうに言葉を続けた。

「葵は、この街の誰よりもレストの民を憎んでいる。

・・・一年ぐらい前に、葵の妹の“そら”が、レストの民に誘拐されそうになった事件が起こったんだ。でも、葵を含め、街の人々がそれを防いだ。

そらは助かった。でもその争いで犠牲者がでてしまった。そして誰かが言ったんだ。「そらのせいでこいつは死んじまった」ってな。そして、他の人々も言い出した。「そらがいなければ、何も起こらなかった」ってな。

そして、すべてがそらのせいにされた。そらは、一生出られないところに閉じ込められた。

葵はそらのことを必死に助け出そうとしたが、無理だった。街の人々がそれを止めた。

葵は妹に会えなくなった。誰もそらの姿を見なくなった」

「・・・・」

 凛は悲しげな表情で、また口を開く。

「だから葵は、すべてをレストの民のせいにした。そして、街の人々ともまともに話さなくなった。

・・・葵は、レストの民の目の色と同じ美森の目を見て、いてもたってもいられなくなったんだろうな」

美森は凛の話を聞き終えた後、目を伏せた。

そして、唇をギュッと噛みしめた。

(ひどすぎる・・・)

 そらは、悪いことなんて何もしてないのに。

凛はそんな美森のことを見て、呟くように言った。

「葵には・・・美森のこと、ちゃんと言っておいたから・・」

「うん・・」

「・・・これから外歩くとき、なるべく気をつけろよ。他に、勘違いする奴がいてもおかしくないからな・・・」

「分かった・・」

美森は目を伏せたまま答えた。

次に凛を見たときには、彼は美森に背を向けて、歩きだしていた。

凛は、ドアノブに手をかけた後、肩越しに振り返ると「またな」と言って出て行った。

美森も慌てて「またね」と言ったが、その時にはもう凛の姿はなかった。





勇は、レスの街を一人で歩いていた。

あの店で食事がしたいとか、あの店で買い物がしたいとか、そういう具体的な目的はなかった。

ただ、暇な時間を作りたくなかったからだ。

暇だったら、いろいろなことを考えてしまう。

・・・いや、雫のことを考えてしまう。

今までは、雫が隣にいることが当たり前だった。しかし今は、その当たり前を失った。

昔の、何もなかった頃の自分に逆戻りした。自分で、そうなることを望んだ。

・・・そのことが、こんなにも苦しくて、辛いものなんて思いもしなかった。

それに、組織にいると、息苦しさをおぼえた。

それも、雫がいなくなってしまったことが原因なのだろうか。

(・・・俺ってこんなに弱かったっけ?)

「勇!」

後ろから、誰かが声を掛けてきた。

勇は立ち止ると、後ろに振り返った。

そこには星夜せいやの姿があった。

星夜は、ここまで走って来たのだろう、微かに息を切らしている。

「勇、大丈夫か?」

「・・・何が?」

「元気、なさそうに見えたからさ」

「・・大丈夫だって!ほんと、星夜はいい奴すぎだよ」

勇は、半分呆れてそう言った。

星夜みたいなやつが、どうして組織にいるのかと思う。

星夜はいい奴だ。少なくとも表面上は。

しかも星夜は組織で、特別だった。

星夜は他の奴は持っていない、特別な力を持っていた。組織にとっては、必要不可欠な力だ。

一部だけ時の流れを狂わせる力。・・・時の裂け目を作る力だ。

少し前までは、フードを被った変な奴が、その役目を担っていた。

でも、星夜が来てから、あいつの姿は消えた。

あいつの正体は、結局、謎のままだった。

「今日は雫、一緒じゃないのか?」

何も知らない星夜は、そう聞いてきた。

「あ~、一緒じゃないって!そんなにいつも、一緒にいるわけねぇーだろ」

「・・・そうか」

「って言うか、雫はめったに俺と出かけたりしねぇーし」

「──・・・・雫はいなくなったんだろ」

「!・・・」

勇は、星夜の言葉に凍りついた。

もう、この時点でその情報が、組織に広まっていることが分かったからだ。

「・・・いったいそのこと、誰から聞いたんだ!?」

「私が星夜に知らせたのさ」

「!」

勇と星夜は横に振り向いた。

そこには、勇と星夜よりやや年上の女性が立っていた。

彼女=千世チセは、明るい栗色の髪とは正反対の、真黒な瞳を歪ませて、その手で勇の頬に軽く触れる。

「勇・・・お前が雫の記憶を消した・・・そうだろう?」

勇は、眉間にしわをよせ、千世のことを睨んだ。

「うるせー」

勇は千世の手を、乱暴に払いのける。

「雫をどうするも俺の勝手だろ!?」

千世は勇の言葉に動じる様子もなく、口元に不気味な笑みを浮かべると言った。

「私はそのことを悪いこととは、一言も言ってないぞ?・・・なぜそんなにむきになる必要があるんだ?」

「っ・・・」

「・・・そのことが悪いことだと理解してるからか?」

「・・・だまれ」

「確かに、組織から見れば不都合以外、何もないな。・・人材が一人、減・・・」

「だまれ!!」

勇は、声を張り上げ、千世に殴りかかろうとする。

それでも千世は、口元から笑みを消そうとしない。

「勇!!落ちつけよ!」

星夜は振り上げられた勇の腕を、慌てた様子でつかんだ。

「っ・・・・」

勇は震えた息を漏らし、その腕をゆっくりとおろした。

千世は、相変わらず口元に笑みを浮かべながら言った。

「・・・感情に流されるなよ。自分がやっていいことと、悪いことの区別もつかなくなるからな」

「・・・」

勇は思わず言い返したくなったが、隣にいる星夜が「勇!」と言ったのが聞こえたのでそれをぐっと堪えた。

千世は、そんな勇の姿を見て、楽しんでいるようだ。

「勇・・お前は本当に素直なやつだな・・」

勇は、これまでにない鋭い目つきで千世のことを睨みつけた。

「千世は何の用事があって来たんだ?」

星夜は、勇が口を開く前に、千世に訊ねた。

千世は星夜の言葉を聞くと、彼を見る。

「二人に言っておきたいことがあってな」

千世はまだ怒りがおさまらない勇を一瞥すると、言葉を続ける。

「時の民の印を持った少女が、ウィタの街にいるらしい。そいつを探して、私のところまで連れてきてほしい。そいつに話しておきたいことがあってな」

「・・・」

星夜は千世の言葉を聞くと、顔を曇らせた。

その時、勇が叫んだ。

「俺が美森のところまで行くから!」

星夜は目を見開いて、勇の顔を見る。

・・・美森を、千世のところまで連れて行かせるわけにはいかなかった。

千世は、美森に何をするか分らない。

美森は、今の勇にとって大切な存在になっていた。

以前は勇も、美森の時の民の印を利用しようとしたことがあった。しかし今は、自分でも不思議なくらいにそのような感情は起きなかった。

すると、千世が口を開いた。

「・・・いや。星夜、お前がいけ。・・今すぐにだ」

星夜は、千世の言葉を聞くと「分かった」と呟いて、その場で姿を消した。

千世は、星夜のことを見送ると勇に向き直った。

「お前は、最後の一人の冬の民のパーツを連れて来い」

「・・・」

千世はクスリと笑うと、不服な表情を浮かべている勇の耳元に、自分の唇を近づけた。そして、低い声で言った。

「勇・・・お前は優しすぎるぞ。余計な事だけはするなよ。

・・・もしもそのようなことがあった場合には、お前が持っている大切な人との記憶だけ、を消してやるからな」

「!!」

勇は、千世の言葉に凍りついた。

千世は勇の耳元から、顔を離すとそっけなく言った。

「まっ・・。私たちにとっては、そっちのほうが都合がいいんだがな」

千世は最後に、硬直している勇の顔を一瞥すると、その場から立ち去った。

「っ・・・」

勇はただ黙って、千世の後姿を見送ることしかできなかった。




美森はまた、あの塔の前に来ていた。

もうここには来たくと思ったが、凛の話を聞いてから、塔の中にいた女の子のことが気になって仕方なかった。

もしかしたら、その女の子が、一生出られないところに閉じ込められた葵の妹―空かもしれない。

そんな都合のいいことあるわけない・・・。

しかしどうしても気になって、ここまで来た。

美森は窓のほうを見上げる。

しかしそこには、誰の姿もなかった。

(そんな上手くいくわけないか・・)

美森は小さくため息を吐いた。

「あっ・・・雪」

いつの間にか、雪がちらつき始めていた。

ほとんど毎日降っている気がする。

ウィタの街に住んいでる人は大変だなぁと、改めて感じた。

『助けて』

「!!」

またその声が、耳の奥で響いた。

美森の心臓が高鳴る。

美森は恐る恐る、窓のほうを見上げた。

――いた。女の子の影が窓際に立っている。

それに気のせいだろうか・・。その影は、美森のことを見ている気がした。

「・・・だれ・・?」

美森は、その影を見据えながら呟いた。

「―!!」

突如、何か大きなものが、美森の前に立ちふさがった。

・・・それは、トビラだった。

しかも、そのトビラは、すべてが氷でできていた。

美森はその光景に息を呑む。

まるで、その氷のトビラは、美森のことを迎え入れようとしているように見えた。

美森は急に怖くなった。

すぐさまこの場から、立ち去ろうとする。が、足が動かない。否、足だけではない。もはや美森の体全体が、石になったかのように動かなかった。

「――っ・・・何これ?動かない・・・」

辛うじて、声は出るようだ。

しかし、今の美森には目の前にある氷のトビラを見つめているしか出来なかった。

その時、視界の端に誰かの姿が映った。

美森はそのほうを、目線だけを動かして見ようとした。

「葵さんっ・・!?」

そこには、こちらを見ている葵の姿があった。

「・・・へぇー。君、捕まっちゃったんだ」

「!・・・」

葵はそのまま表情を動かさずに、言葉を続ける。

「ウィタの街の噂、知ってる?不思議な声に導かれて、知らず知らずのうちに、その場所にたどり着いてしまう。――恐ろしい魔物の住んでいるって場所にね・・」

「・・・」

「つまり・・・今の君のことだよ。・・・黒い瞳のお姉さん?」

葵の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいるように見えた。

「お願い・・助けて・・・」

美森は必死にそう言って葵に助けを求める。

葵は美森の言葉を聞くと、ゆっくりと片方の腕を美森の肩にまわした。そしてその指を、美森の首に絡ませた。

「それは無理なこと・・。ただ君は導かれるだけ・・。・・・何も出来ない」

葵の言葉が、耳のすぐ近くで聞こえた。

「っ・・・」

葵の手は、氷のように否、それ以上に冷たく感じられた。

トビラがゆっくりと、音もたてずに開く。

美森の体は葵を離れ、トビラの中に踏み出した。

葵の姿はあっと言うまに視界から消えた。

美森は、目の前に広がる闇しか見ることが出来なくなった。

「!!・・・」

突然、美森の体が自由になった。

すばやく後ろを振り向く。

しかしそこに、トビラはなかった。

(閉じ込められた・・!?)

美森は真っ暗な闇に一人になった。

「――!!」

不安な気持ちが襲ってくるよりも速く、一瞬にして周りの景色が変わった。

美森は天井も石で造られている部屋に立っていた。

窓際には木製のいすとテーブル。窓からは、ウィタの町並が広がっているのが見えた。

テーブルの上には大きなスケッチブックが開かれ、その上には色とりどりのクレヨンがばら撒かれている。

「!・・・」

 美森はその椅子に腰かけている女の子の姿を見た。

 真っ白な長い髪に、短く切り揃えられた前髪。

 女の子は靴も靴下も履いていない足で、ゆっくりと床に下りると透きとおるような琥珀色の瞳で美森を見る。

「ようこそ。魔物のもとへ」

「・・・え?」

 美森は彼女の言葉と大人びた表情に思わずドキリとした。

(魔物・・・?)

 女の子は、一歩一歩、ゆっくりと美森に歩み寄る。

 美森はどうすることもできず、ただこの場に立ちつくしていた。

 女の子は足を揃えて、美森の一歩手前で立ち止まった。そして、その大きな瞳で美森を見上げる。

「・・・人はみな、私のことを“魔物”と呼ぶわ。私は誰も持っていない特別な力を持ってるの。力を持ってるだけ。でも、魔物だわ。人がそう見ることで、私はそれになるのよ」

 女の子はそう口にすると、瞳を悲しげな色に変える。

 ・・・なぜ彼女は、こんな哀しげな瞳をしているのだろう。

 ・・・なぜそんな彼女が、魔物と呼ばれているのだろう。

 美森には分らなかった。

 しかし、ただ一つ分かることがある。

「あなたが助けてって・・・言ってたんでしょ?」

 そう、あの声は間違いなくこの子のものだ。

 窓に時々見えた女の子の姿・・・その彼女が、今、目の前にいる綺麗な女の子。

「私はその言葉を言うことを許されないの。・・・だから、降り積もる雪にその言葉を託していたのよ。そうしたら・・・あなたが応えてくれた」

 すると女の子はその細い腕を、美森へと伸ばす。そして、ギュッと抱きしめた。

「!・・・」

「私・・・すごく嬉しいわ。あなたがここにきてくれて。ずっと・・・さみしかったの」

 女の子は美森の服へ顔を埋める。

 美森は女の子の行動に驚きを隠せなかった。

 その小さな体は、微かに震えていた。

(冷たい・・・)

 美森は女の子の腕・・・いや、彼女の全身が、とても冷たいことに気付いた。まるで氷のようだ。

 女の子が美森に強く抱きつているため、美森の体温は、女の子にだんだんと吸い取られているようにさえ感じる。

 それでも美森は、女の子のことを突き放す気になれなかった。

 ・・・なぜ彼女はあんなに哀しそうな声で話すのだろう。

 ・・・なぜ彼女はこんなにも体を震わせているのだろう。

「私は人の体温を奪う魔物。このままあなたの体温を奪い続けるわ」

 女の子は、美森の服に顔を埋めたまましっかりとそう口にする。

「!・・・──」

 美森はどうすることもできず、この場に立ちつくしていた。

 たしかにこのままだと、冷たい女の子の体は、美森の体温を吸いとってしまうだろう。

(でも・・・──)

 とその時、女の子は美森からゆっくりと離れた。そして、美森のことを見上げ言った。

「あなたは逃げないの・・・?」

 女の子の声は、とても弱々しく今にも消えてしまいそうだった。

「私は魔物よ?」

 女の子はもう一度、その琥珀色の瞳で、美森を見据えた。

 女の子の声はピンと張りつめているが、それとは逆に、その瞳には不安の影が落ちているように見える。

「──・・・違うよ・・」

 美森は呟くような声でそう言った。

 こんなに小さくて哀しそうに話す少女が、魔物のはずがない、美森はそう思う。

 女の子は一瞬、美森の言葉に瞳を歪めた。

「・・・──何が違うの?・・・私が魔物じゃないなら・・・姉さんも・・・町のみんなも・・・私に会いに来てくれるはずだもの」

「!─・・・」

 美森はその言葉で確信した。

(この子・・・)

「!!」

 その時、美森の目の前に、氷のトビラが立ちふさがった。ここに来る前に、足を踏み入れたトビラと同じものだ

「明日、私に会いに来て」

 女の子はそう呟きながら、美森の後ろに回ると、背中を軽く押す。

 それと同時に美森の足は、勝ってに動きだし、そして氷のトビラは美森の迎え入れるためにゆっくりと開く。

 美森はトビラの中に足を踏み入れた・・・そして、辺りは暗闇に包まれた。


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