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エターナル  作者: 夕菜
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第5話(2)



美森は、街にある宿に来ていた。凛が予約してくれた宿だ。

凛はこのウィタの街に、長い間住んでいるらしい。

美森は、凛がこの街にいるだけでも安心できた。凛は、自分と同じ不安を抱えている仲間だからだ。

美森は部屋のベッドに腰をおろした。

部屋の中は、淡いオレンジ色のランプが燈っていて、いい雰囲気をかもしだしていた。

美森は肩越しに振り返って、窓の外を見る。

外はもう夜になりつつあって、街灯が明かりを灯していた。そして、遠くに塔のような建物が見えた。ウィタの街に入ったときに、目についたあの建物だ。

(近くで見たいかも・・。明日、行ってみるか・・)

そう思っている間にも、外の景色は随分と暗くなってきた。そのせいで、道路に積もった雪が、闇に生えている。

(ねむい・・・)

そう言えば、今日一日、いろいろなことがありすぎて、とても疲れた。それに、こんなに安心できたのは久しぶりのような気がした。

美森は、一通りの用事を済ませてから、ベッドに潜り込む。

(あー・・・。気持ちいい・・・)

そして、一分もしないうちに、美森は意識を手放した。




次の日、美森は外に出てみた。

見上げると、今にも雪が降ってきそうな灰色の空が、そこにあった。

そして、とても寒かった。吐く息も真っ白だ。

(そういえば・・エターナルに来る前の日も、寒い日だったな・・・)

ここの世界に来たばかりのころは、泣いてばかりいた。

これから先が、とても不安で生きていく自信がなかったから。その気持ちは、一生消えることはなくて、永遠に続いていくものだと思っていたから。

でも違った。

今はこの異世界で、笑うこともできるようになったし、いろいろな人とも出会うことができた。

「・・・」

美森は、塔に似た建物を目指して、ゆっくりと歩き出した。





街並みを通り過ぎて、その建物の前にでた。

近くで見ると、その塔は古いものだということが分かった。白い塗料がところどころはがれおちている。

その塔の周りには、人の通った形跡が見当たらない。民家は、その塔を避けるようにして、離れたところに建っていた。

(・・・何の建物だろう)

美森は、塔に近づくため、白いじゅうたんのような雪の上を歩いた。そして、塔を見上げる。

それほど高くない塔には、大きめの窓がついていた。しかし、その窓は、高い位置にあったので中の様子はよく見えない。

その時、窓ぎわに誰かが現れたのが見えた。

その人は、髪が長く、背が小さかったので女の子らしかった。

やはりここの位置からは、よく見ることができない。

(あの子・・・何してるんだろ・・)

「!」

その時、美森の頬に何か冷たいものが触れた。

美森はふと空を見上げる。

・・・それは雪だった。雪は、いつの間にか、空から絶え間なく降っていた。

まるで、空の中心から、美森を包み込むように降っているようだった。

『助けて・・』

「!」

誰かの声が聞こえた。

美森は辺りを見渡して、声の主を探す。

・・・しかし、周りには誰もいなかった。

『助けて・・』

また聞こえた。

その声は遠くから聞こえてくるような声なのに、しっかりと聞き取ることができた。まるで、耳の奥から聞こえてくるような、そんな感じだった。

『助けて・・』

(!!・・・もしかして幽霊!?)

美森はその不思議な声が急に怖くなる。

そして・・・全力疾走でこの場から逃げ出した。





美森は、自分が泊っている宿に逃げ込んだ。息がとても苦しい。

美森は呼吸を整えながら、ゆっくりとベッドのほうに歩いていくと、そこに腰をおろした。

(いったい何だったの・・・?)

塔の中にいた女の子のことも気になったが、声のことも気になった。

思わず逃げ出してしまったが、よく考えるとその声は、そんなに恐ろしい声ではなかった気がする。

(・・・もしかしたら、その女の子が出した声かもしれない・・)

「!・・・」

とその時、美森の目の前に、突然誰かが姿を現した。

その人は、勇だった。

勇は珍しく、険しい表情を浮かべて美森の前に立っていた。

「美森・・・雫のこと知らないか?」

「え・・!?」

「雫がどこにもいないんだよ!」

「!!」

美森は勇の突然の言葉に、沈黙しか返すことが出来なかった。

勇は興奮気味の声で、言葉を続ける。

「きっと誘拐されちまったんだ!!雫、可愛いから!もしかしたら帆風が、可愛い妹のいる俺に嫉妬して、雫を誘拐したのかも!!・・そうだ。あいつならやりかねない!!」

「・・・勇君・・・落ち着いて・・・」

勇はその言葉を聞くと、美森を見て震えた息を漏らした。

「いったい俺は・・・どうすればいいんだ!?」






雫は、ファルの街に来ていた。そして、初音の家の前に立っていた。

雫は、すべてを思い出してしまったのだ。

海月がさらわれる光景を見て。あの時の海月が自分に重なった。その時の光景は、あまりにも4年前のあの日に、似すぎていた。

姉に会いたかった。あの時、姉に言ってしまった「誰?」という言葉を取り消すために。

大切な人を傷つけてしまった、そのことがとても苦しくてしかたなかった。

だからここへ来た。だからこそ、ここへ来ることができた。

「・・・」

雫は、震える指先をチャイムの方に持ち上げる。そして、そっとその上に指をおき、チャイムを押した。

ほとんど間を開けることなく、玄関の扉がゆっくりと開く。

雫の心臓は今までになく、速くなった。

「・・・結?」

姉は雫の姿を見て、大きく目を見開いた。

「・・・姉さん・・・」

雫は、姉の瞳をしっかりと見据えて、その言葉を口から発した。

「!!・・・結っ。思い出してくれたの!?」

「うん・・姉さん、今までごめんなさい・・・。私・・姉さんのこと大好きだったのに・・本当にごめんなさい・・」

雫の声は、震えていた。

雫は罪悪感の気持ちで一杯だった。

姉さんは、今までたくさん苦しんだ。雫は、そのことも理解できていた。

それなのに自分はどうだろう・・・。

"忘れる"それ以外、ひどい裏切りは他にないと雫は思った。

すると、姉は雫の背中に腕をまわし、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「結・・。謝らなくていいのよ。本当によかった・・・結が思い出してくれて」

「っ・・・」

 雫は目を閉じる。

 とても懐かしかった。姉が自分に与えてくれていたこの温もりが。

 雫の目から溢れ出た涙が、頬を伝った。

 ・・・自分はとても大切なものを忘れてしまっていたんだ。






その日、美森と勇は、ウィタの街をくまなく探した。

しかし、いくら探しても雫の姿を見ることはなかった。

そして瞬く間に、町並みには夕闇が訪れ、街灯もそこに暖かな光をともした。

「美森・・今日はもう帰る」

勇はそう言うと、帰って行った。

美森は、そんな勇を見ているのが辛かった。

勇はとても落ち込んでいた。いつもは元気すぎるほど、元気なのに。雫は勇にとって、とても大切な存在なのだろうと思った。







その日の夜、勇は自室にあるベッドに寝転がり、天井を見ていた。

いつもなら、隣にある雫の部屋から、雫が毎晩聞いているお決まりの音楽が微かに聞こえてくるはずなのに。今日は聞こえない。

それだけのことなのに、どこか物足りなくて、胸が締め付けられる思いがした。

雫と勇は本当の兄弟ではない。そのことは、十分すぎるほど分っていた。

しかし、そのことを雫に話したことは一度もなかった。もし、話してしまったら、雫が離れていってしまう気がしてとても怖かった。

勇にとって雫は、かけがえのない存在になっていた。本当の妹だと思えるほどに。

勇は、天井から目線を外して、窓の外を見た。

黒いペンキで染めたような空には、小さくて明るい月がポツンと浮かんでいる。

(そう言えば・・・雫と初めて会った時も、月が出ていたな・・)


約4年前・・・

その夜、勇は組織の建物のある一室に、一人でいた。

ここで待っているように言われたからだ。

当時、勇は組織に入ったばかりだった。入った理由は、特になかった。この世界に不満は感じてはいたが、そんなに強くはそのことを思っていた訳ではなかった。

ただ、何かを変えたかった。

勇は壁に掛けてある時計に目をやった。針は、もうすぐで12の数字を示そうとしている。

(いったい、いつまで待たせる気なんだ・・・?)

勇はさすがにイライラしてきた。

カーテンも何もついていない窓から、小さな夜空を見て退屈しのぎをするのにも、もう限界だ。

少し前まで見えていた明るい月は、もうこの位置からでは見えなくなってしまった。

とその時、部屋の扉がゆっくりと開いた。

「待たせましたね。勇君」

「!・・・」

留維が穏やかな表情で部屋に入ってきた。

そして、留維の腕には小さな女の子が抱えられていた。その子は、眠っているのか留維の腕の中でぐったりとしている。

「その子は?」

留維は勇の方へと歩きながらそれに答える。

「この子はパーツですよ。・・・この世界を平等にするための一人目が、やっと手に入りました」

留維は満足げな表情を、勇にむけた。

勇はただ、無の表情をかえした。

「勇君はまだそのことについてはよく分ってないようですね・・・」

「・・・」

すると留維は、その子に「起きて下さい」と声をかけた。

その子は、留維の言葉の後、何の前触れも無しに、ゆっくりと目をひらいた。そして彼女は、留維の腕から降りると、留維の前に立った。

「!」

勇は、女の子の瞳の色を見て驚いた。

彼女の瞳は、とても美しい朱色をしていた。

勇は今までに、黒以外の瞳の色を見たことがなかった。

(・・・変わった瞳の色をしてるんだな・・・)

「!!」

その時、勇の隣に誰かが現れた。

勇はこの人のことを知っていた。ただし、知っているのはその人の姿だけだった。

いつもその人は、頭からすっぽりとフードを被っており、そのせいで顔を一度も見たことがない。そして、声も聞いたことがなかった。性別も、ダボダボの服を着ているせいでよく分らなかった。

「連れてきましたよ」

留維はその人にそう言うと、女の子の肩を軽く押した。

女の子は留維に促されるように、その人の前までゆっくりと歩いて行くと、その人の前で歩みを止めた。

女の子は今までと同じく、まったく表情を変えずに、ただ目の前の空間を見つめていた。

その人は、女の子を見て頷くと、彼女の頭を軽くなでた。その口元には笑みが浮かんでいるように見える。

するとその人は、女の子の胸の前に片方の手をかざした。

すると、そこから眩しい光が発せられた。が、その光は、数秒もしないうちに消えた。

代わりに、その人の手の中に、朱色に光る綺麗な玉が音もなく現れた。

女の子は床に膝をつき、うつ伏せに倒れた。

勇はその光景を見て、ぞっとした。

女の子の瞳は開かれたままだった。今までにあった瞳の輝きは、完全に失われていた。まるで人形のように。

「眠っていなさい」

留維がそう言うと、女の子はゆっくりと目を閉じた。

留維はそんな彼女を一瞥すると、その人の手の中にある、綺麗な輝きを放っている玉を改めて見た。

「ほお・・。綺麗ですね・・」

その人は頷くと、片方の手を天井に向かって伸ばした。そして、人差し指を突き出すと、勢いよく空を切った。

「!・・・」

勇はその奇妙な光景に目を見開く。

その人が空を切った空間だけが、青白い光を発していたのだ。

やがて、その部分はファスナーを開けた時のように、音も立てずにゆっくりと開いた。

その中は、今までに見たことのない空間が広がっていた。間違いなくそこは、この世の空間ではないように思われた。

その人は、その空間に、手に持っていた輝く玉を、何のためらいもなく入れた。

玉は、その空間に飲み込まれてすぐに視界から消えてしまった。

「これで完璧ですね」

留維がそう呟くのとほぼ同時に、その空間はゆっくりと閉じて、跡形もなく消え去った。

その人はその光景を見届けると、満足そうな笑みを浮かべて頷いた。そして、すぐにその姿をかき消した。

「・・・」

勇はその人が消えたのを見届けると、倒れている女の子に目をやった。

女の子は留維に言われた通りに、小さな寝息をたてて眠っている。

勇は、女の子が気の毒に思えて仕方なかった。まるで操り人形のようだ。

最初からそうだったはずがない。きっと誰かに、そうされてしまったんだ。

誰かと言わなくても、大体の予想はついていた。しかし、不思議と怒りは湧いてこなかった。ここでは、それが普通だ。

「さて・・・この子はここで始末しますかね・・・。起きてしまったら、厄介ですから」

「・・・」

留維はその手を、穏やかに眠っている女の子に向けた。が、その手はすぐに引っ込んだ。

「・・勇君が始末してくれますか?勇君は殺ったことがないでしょうからね」

「!・・・」

勇は留維の言葉を聞いて固まった。

(・・・俺がこの子のことを殺す・・?)

「組織に入ったからには、そのくらいの覚悟はできているんでしょう?」

「っ・・・」

勇にはできなかった。この子のことを、殺すということが。怖くて、そんなこと出来るはずがない。

それに、この子のことを殺してしまったら、今までの自分がいなくなってしまう気がした。きっと普通の人ではいられなくなる。

「ほら・・・どうしたんですか。勇君?・・・早くしてください・・」

「・・・分った。俺がこいつのことをちゃんと始末するから・・・留維は出て行ってくれないか・・。現場を見られたくないんだ」

勇は震える手足を庇いながら、呟くように言った。

留維は「わかりました」と笑みを浮かべて言うと、部屋から出て行った。

「・・・」

勇は留維の後姿を見送ると、恐る恐る女の子に近づいた。そして、まだ起きる様子のない彼女の隣に膝をついた。

(・・・ごめん)

勇は、女の子の額にゆっくりと手をかざした。そして、"力"を使った。

すぐさま手を引っ込める。

勇は女の子の今までの記憶を閉じ込めた。絶対に思い出さないように。そして、新しい記憶を植え付けた。自分が兄だという記憶を。今まで一緒に育ってきたという、偽りの記憶を。

これでうまく言い訳すれば、留維も分ってくれるだろう、と思った。

今までの女の子は、もうここにはいないのだから。

これでは、女の子を殺したも同然ではないだろうか。そんな考えが頭をよぎった。

(結局、俺はこの子のことを殺した・・・)

自分の手は汚さずに。一番卑怯なやり方で。

勇の心は真っ暗な闇に閉じ込められた。

初めて、自分のことが大嫌いになった。

「・・・ごめん」

勇の口からは、その弱々しい言葉しか出てこなかった。




あの時は、雫と自分がこんな関係になれるとは思わなかった。

自分は雫のことを大好きになれた。雫は自分のことをどう思っているのだろう。

偽りの記憶でも、自分のことを好きになってくれたのだろうか。

勇はゆっくりとまぶたを閉じた。

(朝になったら、雫が戻ってきてたらいいのに・・・)









次の日、美森はあの塔の前に来ていた。雪は降っていなかった。

謎の声と、塔の中にいた女の子のことが気になったからだ。

(・・・もしかしたら、その女の子が雫ちゃんかもしれない・・)

しかし、そう簡単にいくはずがなかった。

女の子の姿も見えなし、声も聞こえない。

「・・・はー」

美森は小さくため息をついた。

雫は何処に行ってしまったのだろう。

昨日、勇と二人で街中を探しまわったが、手がかりの一つさえ見つけられなかった。

昨日の勇の表情を思い出すたび、心が痛んだ。

(雫ちゃん・・・早く戻ってきて・・)

とその時、勇が美森の前に、突然姿を現した。

「美森のところに、雫来たか?」

「・・・きてない」

美森は出来るだけ、勇の顔は見ずにそう言った。

「・・・そうか・・・」

「・・・」

「雫・・・俺のことが嫌いになったから、本当の姉のところへ行ったのかもな・・・。

雫と俺は本当の兄弟じゃないんだよ・・」

「!・・・」

勇は少しの間を置いてから、言葉を続けた。

「雫は秋の民だった。・・・それで・・」

その時、美森と勇の隣に誰かが姿を現した。

「雫!!」

「雫ちゃん!!」

美森と勇はほぼ同時にそう叫ぶ。

二人の目の前には、いつもの無表情の雫が立っていた。

勇は勢いよく雫に抱きついた。

「雫ぅ~!よかった!!」

「・・・」

雫は勇に抱きつかれても、その表情を崩そうとはしなかった。ただその表情は、ほんの少しだけ悲しそうに見えた気がした。

「雫ちゃん?・・・今までいったい何処にいたの?」

美森が声をかけても、雫は何の反応も示さない。

そして雫は、抱きついていた勇をゆっくりと引き離すと、俯いて言った。

「私は・・・結」

「!!」

「・・ついに思い出しちまったのか・・・」

俯いている雫の頭を見下ろす勇の声は、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい。

「俺のこと・・・憎んでるか?」

「・・・」

「俺のこと・・・・嫌いか?」

「・・私は・・・秋の民の結。・・・でもレストの民の雫でもある・・・」

勇は雫の言葉に目を見開いた。

「雫・・」

「私・・・姉さんと一緒に暮らしてるとき、とても楽しかったよ・・・。幸せだった。

・・・それに姉さんに、"結"として会うことができて、とても嬉しかった。・・でも、姉さんとずっと一緒に暮らすことはできない」

「・・・」

「だって私には兄さんがいる。・・・美森にも"雫"として出会えた」

「私・・・どうすればいいの?・・・姉さんのことも大好きだし・・・兄さんのことも大好きなのに。どっちかの関係を捨てるなんて・・私にはできない・・」

雫の声は微かに震えていた。

俯いている雫から、水滴が一滴、二滴と雪の上に落ちていく。

すると雫は、ゆっくりと顔をあげ、涙で潤んだ大きな瞳を勇に向けた。

「お願い・・兄さん。私を雫に戻して。絶対に、結に戻らないように。

こんなに苦しいの、もう嫌だよ。私・・・ずっと雫のままでいたかった・・」

勇は、雫の嗚咽を聞きながら、複雑な表情で雫のことを見下ろしていたが、暫くすると

彼は笑顔になる。

「そっか!・・・分ったよ。俺も、雫が苦しんでるところ見たくないし。・・・もとの雫に戻してやるよ」

「!!」

雫は勇の言葉を聞くと、手で涙を拭った。そして、一回だけこくんと頷いた。

「後悔しないな?」

「・・・うん」

「後からまた、思いだした!なんて言うんじゃないぞ!?」

「・・・うるさい・・・分かってる・・」

美森はいつも通りの二人の会話に少しだけ安心する。

そして、勇はそっと雫の額に手をかざした。

雫は軽くまぶたを閉じる。

「・・・」

少しの沈黙の後、勇はゆっくりと雫の額から手を離した。

どうやら、終わったらしい。

「・・・・だれ?」

「!!」

雫は目の前に立っている、勇のことを見てそう言った。

勇は雫の言葉を聞いても、落ち着いた表情で雫のことを見ている。

雫は美森の方に視線を移した。

「美森・・・この人誰?もしかして・・・レストの民の人?」

「っ・・・・!」

美森は予想もしていなかった展開に、言葉を返すことができなかった。

ただ、目の前にいる女の子のことを凝視していた。

(雫ちゃん・・勇君のこと忘れちゃったの・・・?)

その時、勇が口を開いた。

「お前こそ誰だよ。・・・さっさと俺の前から姿を消せ!!」

雫は一瞬、目を見開くと、鋭い目つきで勇のことを睨んだ。

そして、雫の姿はその場からかき消された。

その場に残ったのは、美森と勇だけになった。

勇はただ、目の前の空間を見つめていた。

「勇君!雫ちゃんが・・・」

「いいんだよ」

勇は美森の言葉を遮るように言った。

「雫にとって、この方法が一番幸せなんだ・・・。俺と出会わなかったことにすることが。

偽者の兄より、血の繋がった、本当の姉と一緒に暮らすほうがいいに決まっている」

「っ・・・・」

「それに、雫に大好きって言ってもらえたし!」

勇はそう言うと、嬉しそうに笑った。

「これでハッピーエンドだな!」

美森には、勇が悲しさを隠して、笑っているようにしか見えなかった。

「ぜんぜんハッピーエンドじゃないよ・・・」

「何でだ?雫も、もとの家に戻れたし、俺も嬉しいし・・・」

「・・・っ」

美森の目からは、いつの間にか涙が流れていた。

勇は、そんな美森の頭をポンポンと叩くと笑顔で言う。

「泣くなよ!な?」

「・・・なんで・・・勇君は・・・笑っていられるの・・・?」

美森は苦しくてたまらなかった。

雫と出会って、今まで過ごしてきたことは、まぎれもなく事実なのに。

それを一瞬で、なかったことにしてしまうなんて。

勇は、こんなにも雫のことを想っているのに、雫の中には勇の存在すらなくなってしまったなんて。

「なんでって・・・嬉しいからに・・・」

勇の目からは、一筋の涙が流れていた。

勇は、その涙を隠すように、素早く手で拭った。

「っ・・・」

「・・・・勇君・・・」

勇は美森から顔をそむけると、その場で姿を消した。

・・・雪は静かに降り始めた。




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