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エターナル  作者: 夕菜
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第4話 (5)





 一通りの用事を済ませてから居間の方へ行くと、海咲と海月は丁度、学校へ行くところだった。

「あっ美森ちゃん、おはよー」

「おはよー、美森ちゃん」

 海咲と海月は学生カバンを肩にかけ、今まさに居間からでようとしている。

「おはよー・・・ごめん、寝過ぎちゃった・・・」

 そう言った美森に、二人は苦笑する。

 そして海月が言った。

「大丈夫だよ!私も学校ないときは、まだ寝てる時間だし!・・・それじゃ、行ってくるねー」

 海月は美森の横を通り過ぎ、玄関へ向かった。

「いってらっしゃい・・・」

「朝ごはん、テーブルの上に置いておいたからよかったら食べてね」

「あっ・・・うん」

 そして、海咲も美森の横を通り過ぎ、玄関へ向かう。

「・・・・──」

 二人の後姿を見て、また美森に大きな不安が襲ってきた。

(もしかしたらこのまま・・・帰ってこないかもしれない)

 美森は二人の後姿を見送ることができず、玄関で靴を履いている海咲と海月に駆け寄った。

 海月はこちらに気付かず、家から出て行ったが、こちらに気づいた海咲が振り返った。

「あっ・・・美森ちゃん!いってきまーす!」

「いっ・・・いってらっしゃい」

 海咲は手を振ると家から出て、玄関の戸を閉めてしまった。

「っ・・・──」

 美森にはできなかった。このまま家にいることが。

 美森は急いで靴を履くと、家を飛び出す。そして叫んだ。

「海咲ちゃん!海月ちゃん!」

 美森の声に、二人は同時にこちらに振り返った。

「どっどうしたの?」

 海咲は動揺した声を漏らす。

 美森は二人に駆け寄ると、言葉を選ぶように言った。

「海月ちゃん・・・危ないかもしれない」

「え!?何が?」

 海月は大きく目を見開き、美森を見る。

「・・・・えっと・・・──」

 美森の目に浮かぶのは、あの時の海月と海咲の姿。海月は恐怖でガタガタ震え、海咲は悲鳴に似た叫び声をあげる。

 ・・・こんなに幸せそうな二人に「また、あういうことが起きるかもしれない」なんてこと言えない。

 美森は改めて、そのことに気付いてしまった。

 黙りこくっている美森を、二人が不思議そうな表情で見ているのが分かる。

「大丈夫だよー、美森ちゃん。うちら、信号は青になってから渡るし!それに横断歩道は手を挙げて渡るし・・・って!そんなことまではしないけどねー。どちらにしろ、交通事故には気をつけるから大丈夫だよ!」

 そう言った海月は、あははと笑う。海咲も海月と一緒になって笑う。

「・・・うん」

 美森も笑おうとしたが、上手く笑えた感じがしなかった。

「美森ちゃん?どうせなら途中まで一緒に行こうか」

 海咲は微笑んでこちらを見る。

「うん!」

 美森は即座に返事をした。

 もし、勇が現れたとしても自分が何かをできる自信はなかったが、今は二人の傍にいたかった。

「やったー!美森ちゃんと学校行くなんて初めてじゃん!」

「海月ー、美森ちゃんは学校に入れるわけじゃないからね?」

「分かってるって!」

「・・・」

 そして三人は歩きだす。

 住宅街を抜け、桜の木の広場を通り抜け、また住宅街を歩く。

 その頃になると、海咲と海月以外にも制服を着た学生の姿が、ちらほら目に入るようになってきた。

「もしさ、美森ちゃんが制服着たら、学校内に入っても誰も気付かなそうだよね~」

「えっ・・・でも、クラスの人とか先生は気づくって!」

 二人がそんな会話をしている頃には、広い通りの向こう側に学校らしき建物が見えてきた。

「あれがうちらの学校だよ」

 海咲はそう、美森に説明してくれた。

「・・・そうなんだ!」

(もう着いちゃった・・・)

 赤信号で二人は立ち止まった。

(でも、よかった・・・ひとまずは何もなくて)

 信号が青に変わり、歩き出そうとしたその時・・・

「美森・・・ごめん」

 美森は聞き覚えのある声にドキリとし、弾かれたように振り返る。

 そこには雫の姿があった。

 雫はその大きな黒い瞳で、美森のことを見る。

 その瞳にはどこか悲しさが入り混じっていた。

「雫ちゃんっ・・・」

 美森は彼女のその目を見て、確信した。

「海月ちゃん!逃げないと!!」

 美森はとっさに海月の手首を掴む。

「え!!?」

 海月が今までにない、驚いた声をあげたが、美森は気にしなかった。

「海咲ちゃんも一緒にきて!!」

「!?」

 そして美森は海月の手首を握ったまま、走りだした。

「美森ちゃん!あの子は・・・」

 隣を走っている海咲がそう呟く。

「・・・」

 美森はただ、必死に逃げていた。

 もう、あんな光景なんて見たくない。

 美森は住宅街の方へ引き返し、ただひたすら走っていた。

 自分でも何処を走っているのか、何処に向かっているのか、全く分からない。

「美森ちゃん!うちらって何所に向かってんの!?」

 美森に手を引かれたままの海月が、後方から問いかけた。

「わっ・・・分からない!」

「・・・」

 そう、ただ逃げることができればいい。それ以外の考えはなかった。

「!!」

 とその時、美森と海咲の間を何か黒くてギラギラしたものが通り過ぎた。

 それはバチバチッと壮大な音をたてると、視線の先にあった電柱に勢いよくぶつかる。

 美森と海咲と海月はその思いもよらぬ光景に、歩みを止めざるをえなかった。

 ─その電柱は、大きくえぐられグラグラと揺れたかと思うと、隣の家の屋根を突き破り倒れた。

「逃げんじゃねーよ!!」

「!!!」

 その声に振り返ると、そこには黒髪の青年の姿があった。

 彼は突き刺すような黒い瞳で美森たちのことを見ると、ニヤリと笑う。

「へへっ。パーツはどいつだ?」

 美森の心は、彼の言葉と彼の黒の瞳で、一瞬のうちに絶望感で満たされた。

 彼は勇ではないが、間違いなくパーツを狙うレストの民だ。

 すると前に立っている海月が、へなへなと地面に座り込み、それと同時にガタガタと震え始めた。

「海月・・・!!」

 海咲は海月の隣にしゃがみ込むと、彼女の腕の下に自分の腕を滑り込ませる。

「美森ちゃんも早く!」

「!」

 美森も海咲の声に押されて、海月の片方の肩をかつぐようにして持った。

 そして美森と海咲は、走れる状態ではない海月に肩を貸して走りだす。

 ・・・先ほどの青年は追ってくる様子はないようだ。

「─・・・!」

 三人はいつの間にか、桜の木の広場まで走ってきていた。

 そこに人気はなく、ただ桜の花びらだけがゆっくりと舞い落ちている。

 広場に足を踏み入れたその時、雫が姿を現した。

「一体なんなの!?」

 海咲は雫の姿を目にした途端、そう叫ぶ。

「!・・・」

 美森は雫の首にかかっている、あのネックレスに目がとまった。

 ・・・美森の首にも同じものがかかっている。

 そう・・・それは“記念”に買ったネックレスなのだ。

 とその時、視線を上げた雫と目が合った。

「私たちは・・・パーツを捕まえなくちゃいけない」

 雫は感情のない、淡々とした声でそう言うと、美森から目を外してしまう。

「雫ちゃん・・・」

「きゃぁぁぁ!!」

「!!」

 その叫び声に振り返ると、そこにはあの黒髪の青年に捕まっている海月の姿があった。

 彼女の首に腕がまわされ、海月はその場から動くことができない。

「海月!!」

「海月ちゃん!」

 とその時、海月のまわりから、視界を埋め尽くすほどの桜の花びらが溢れだした。

 青年が怯んだ隙を見て、海咲は海月の手を取り走り出す。

「あ~!うぜぃよ!!弱いくせにいちいち抵抗すんじゃねー!!」

 青年は周りに舞い散る花びらを、乱暴に払いのけた。

 すると、海咲ははしることを止め、こちらに向き直る。そして、青年を刺すような目つきで見た。

「海月!!早く逃げて!!」

 海咲は海月を隠すように彼女の前に立ち、そう叫ぶ。

「海咲もっ・・・こんなところにいたら危ないよっ・・・!!一緒に行こうよ!!」

 その時、美森の隣にいた雫が呟いた。

「吏緒さん、気をつけて。あの人・・・攻撃しようとしてる」

 雫は海咲の心を見たらしかった。

 彼―吏緒は、その言葉と同時に横に飛び退く。

 その瞬間、先の尖った花びらがそこの地面に突き刺さった。

「私でも・・・一応、能力は使えるの」

 海咲はそう言いながら、また手の中に花びらを現した。

 すると、海咲と海月の後ろに、帽子を被った青年が音もなく現れた。

 二人はその青年の登場に、気付いていない様子だ。

「!!・・・海月ち・・・」

 美森はとっさに叫ぼうとしたが、それを雫が遮った。

 雫は痛いほどの力で、美森の手首を掴んでいる。

 そして海月は、その帽子の青年に捕まってしまった。

「海月っ・・・」

「吏緒はいつも油断ばかりですね・・・」

 彼は海咲の叫び声は気に留める様子なく、溜息混じりにそう口にした。そして、その姿をかき消すと、すぐに吏緒の前に姿を現した。彼の腕には、海月が捕らえられたままだ。

「留維!!そんな言い方はねーだろ!?俺だって、いつも油断してるわけじゃねーし!今日はたまたまなんだよっ」

「はいはい」

「・・・っ」

(どうしよっ・・・)

 隣の雫は手を離してくれたが、美森にはどうすることもできなかった。

「留維さん、気をつけて」

 雫はまたそう呟く。

「分かってますよ・・・」

 留維はそう言うと、海月の額に手の指を乗せる。

 その瞬間、抵抗していた海月の動きがピタリと止まった。

 次に留維が手を離すと、海月はドサリと地面に倒れた。

「海月に何をしたの!?」

「・・・雫ちゃん。パーツのことを連れ帰ってください」

 留維は海咲の言葉を聞き流して、雫にそう指示する。

 雫はその言葉に一回だけ頷いて、美森の前を通り過ぎ海月の方に歩み寄った。

「お願いっ・・・やめて!」

 美森はとっさに雫の腕を掴んで、彼女のことを引き留めた。

「美森・・・離して」

 雫はこちらに振り返ることなく、美森の手を振りほどこうとする。

 それでも美森は、少しの希望を信じて、離さなかった。

 その時、雫が肩越しに振り返る。

「!」

 その瞬間、雫の黒い瞳と目が合う。・・・それと同時に、美森は動きを封じられた。

「お願い・・・やめて!」

「・・・・・」

 雫は美森の言葉にその目を伏せ、美森の手から自分の手を抜き取った。

 ・・・もう、美森にはどうすることもできなかった。

 雫は美森に背を向け、海月の方へ向かう。

 そして海月の隣にしゃがみ込むと、その姿を彼女のと共にかき消してしまった。

 ・・・それとほぼ同時に、美森の体は自由を取り戻した。

「っ──・・・」

「あんまりしつこいと殺すぞ?」

「!!」

 吏緒の声に振り向くと、衝撃的な光景が美森の目に飛び込んできた。

 海咲は吏緒の大きな掌で、その首を掴まれている。

「海月を・・・かえして・・・」

 海咲がとぎれとぎれにそう言い終えたと同時に、吏緒はその手により一層、力を込めた。

 海咲の顔は苦しみに歪む。

 吏緒は薄い笑みを浮かべると、その手を海咲から離した。が、今度は強い力で彼女のことを蹴り飛ばす。

「海咲ちゃん!!」

 美森は泣きたくなった。

 このままでは、海咲まで・・・。

 吏緒は倒れ込んだ海月の襟首を持ち、彼女の体を地面から浮かせる。

「まっ、どっちにしろ殺すんだけどな!念には念をいれて!」

吏緒は、口元をつり上げて、そう言った。

すると、吏緒の周りに、黒い電撃が集まりだした。それはやがて、何本にも枝分かれし、それらの先端は矢のように鋭く尖り始める。

「やめてください!」

 美森は思い切ってそう叫んだ。

吏緒は海咲から目を離し、こちらを見た。

それと同時に、吏緒のまわりの黒い電撃も消えた。しかし、その手はまだ海咲のことを捕らえている。

「お願い・・・殺さないで。その代り・・・私が死んでもいいから・・・」

 美森の声は震えていた。

 この光景をこのまま見ていることなんて、絶対にできない。

 もう嫌だ。“何もできない”のは。

「・・・・へぇ。変わったこと言う奴もいるんだな」

吏緒は面白そうにそう言うと、海咲から手を放した。

海咲は崩れるようにして、地面に倒れた。

吏緒は、震えがとまらない美森のところまでゆっくりと歩み寄ると、その首をガッと掴む。

「・・・今回はお前の勇気ある発言に免じて、お前を殺すだけで我慢してやるよ!」

吏緒の手に力が入る。

美森は、自分はもう死ぬんだと思った。

死ぬことはとても怖いけど、嫌だとは感じなかった。

人が殺されるのを見るよりは、自分が殺されるほうがいい。

悲しまなくてすむから。心が痛まなくてすむから。

(・・・ごめんね・・海咲ちゃん・・・海月ちゃん・・・)

「吏緒、ちょっと待ってください」

留維が吏緒の後ろから声をかけた。

「あ?なんなんだよ!」

「その子の首元をよく見てみて下さい」

「?」

吏緒は美森から手を放すと、美森の洋服の襟元を押し広げた。

「!!・・・」

そこには時の民の印がついている。

「この印は確か・・・」

 吏緒は眉間にしわを寄せる。

「そう・・時の民の印ですよ」

留維はそう言うと、吏緒の隣までゆっくりと歩み寄った。

そして時の民の印にそっと手を翳した。

「やはり"力"を感じますね・・・。これは面白いことになりました。組織につれて帰りましょう」

「――っ!やっ!」

美森はその言葉にぞっとして、留維の手を払いのけた。

死ぬということより、何をされるか分からないという恐怖のほうが断然怖い。

「・・・殺してからのほうがいいんじゃないか?」

「・・・いや、駄目です。体が死んでしまったら、力は消えてしまうかもしれないですしね」

吏緒は留維の言葉に不服な表情を浮かべ、軽く舌打ちをした。

「それでは・・・一緒に来てもらいましょうか」

留維はそう言うと、美森の腕を無理やりに掴んできた。

「!!」

「ダメ!!美森ちゃん!行かないで!」

立つことがやっと海咲が、美森に力強く抱きついてくる。

それとほぼ同時に、美森の視界は一瞬にして消えた。





美森はいつの間にか、全く知らない場所に立っていた。

そこは部屋の中だった。この部屋には特に何もなく、あるのは白いベッドと、小さな窓ぐらいだ。

そして、その窓からは、見慣れない町並みが見えた。見える景色からして、どうやらここは一階ではないらしい。

そして、美森の隣には海咲が立っていた。どうやら海咲も一緒に、ここへとばされてしまったようだ。

「海月!!」

そのベッドに横たわっていた彼女を見て、海咲はそう叫んだ。そして海咲は、海月のもとへ駆け寄る。

「キャッ!!」

海咲が海月に駆け寄った瞬間、何かの力によって勢いよくはじき返された。

海咲は勢いに負けて、床に倒れこむ。

「大丈夫!?海咲ちゃん!」

美森は急いで、海月のもとへ駆け寄った。

海咲は体を起こすと、悔しそうに顔をゆがめる。

「・・・っ!いったい何なの!?海月が目の前にいるのに」

「・・・」

とその時、部屋のドアがゆっくりと開いた。

「!!」

部屋に入ってきたのは、満足そうな笑みを浮かべている留維だった。

すると、留維は美森の隣にいる海咲を見て、顔色を曇らせる。

「・・・余計なものまで連れてきちゃいましたね・・」

「海月になにをしたの!?今すぐ海月を放して!!」

海咲は、立ち上がってそう怒鳴ると、留維に向かって走り出した。そして、留維の顔に殴りかかろうとする。

留維はそれを軽くかわすと、海咲の襟もとを勢いよく掴んだ。そして、自分の顔を海咲の顔に近づける。

「・・・そんなに早く死にたいですか?」

「・・・・」

留維は不気味な笑みを浮かべて、海咲を見た。そして、海咲を美森のほうへ突き飛ばす。

「!」

美森はなんとか、海咲のことを受け止めることができた。

留維はその光景を、見届けると口を開く。

「・・・あなたに選択権をあげますよ・・・。せっかく此処まで来て、あなただけすぐに殺さる、っていうのは嫌でしょうからね」

「・・・」

海咲は留維の言葉を聞いて、顔をゆがめた。

美森は嫌な予感がした。選択権と言っても、どちらも海咲にとっていいことではない気がする。

「選択肢その1」

留維はそう言うと、右手の人指し指をたてた。

「あなたとパーツは解放する。そして、あなたの隣にいる印を持った彼女はここに残る」

「選択肢その2」

留維は笑みを浮かべてそう言うと、二本目の指を立てた。

「パーツと印を持った彼女は解放する。そしてあなたはここに残って私に殺される」

「・・・・」

「どちらもあなたにとって、良い選択肢でしょう。パーツを助けることができるんですからね」

「・・・っ」

美森は唇をギュッと噛みしめた。

この選択肢では、どちらを選んだとしても、どちらかは犠牲になる。自分を犠牲にするか、相手を犠牲にするかだ。

海咲は、俯いたまま、顔を上げようとしない。

留維はそんな海咲を、楽しんでいるかの表情で眺めている。

美森は思った。海咲が幸せになれる方法は、海咲と海月が一緒にいることだ。自分がいなくても、今まで通り、幸せにやっていける。

(・・・それにこの瞳の色なら、ここにいた方がお似合いかも・・)

とその時、俯いていた海咲がゆっくりと顔を上げた。

「!・・・」

美森は自分の目を疑った。

海咲は微笑んでいた。

「よかった・・・。どっちにしても海月は助かるんだ・・」

海咲は、ベッドに横たわっている海月に、愛おしそうに目を向けた。

「それじゃ・・・・私・・・死んでも・・・」

「ダメ!!」

美森はいつの間にか叫んでいた。

海咲は、驚いたように美森のことを見た。

「だめ・・海咲ちゃんが死んじゃ・・・。海咲ちゃんが死んじゃったら、海月ちゃんが悲しむよ?絶対悲しむ。きっと海月ちゃんにとって、海咲ちゃんは一番大切な人だよ。海月ちゃんは、そんなことで助かっても、絶対嬉しくない。悲しいだけだよ・・・」

「・・・・・・美森ちゃん」

「それに私、ここに残っても殺されるって決まったわけじゃないし・・・。私も海咲ちゃんが死んじゃう・・・一生会えなくなっちゃうの・・・絶対に嫌だよ」

海咲は、美森の言葉を聞いて、しばらく美森のことを静かに見ていた。

そしてその目を伏せた。

「ごめん・・・。美森ちゃん」

・・・美森と出会えたことは、もう取り消しにはできない。出会えて、友だちになれて、とても楽しかったこと。

ここで美森のことを手放してしまったら、それらのことは全て、辛い思いでに変わってしまうだろう。

そのことは、海咲にとって耐えられないことだった。

「え!?・・・」

美森は驚きと戸惑いの声を漏らした。

海咲はゆっくりと歩きだした。そして留維の前で歩みを止めた。

「私を殺して。そして、海月と美森ちゃんを解放して!」

「・・・・わかりました。・・・でも、パーツと印を持った彼女は、解放しませんよ」

「!?」

海咲は、留維の言葉を聞いて一歩後ずさった。

「・・何言ってんの!?言ってたことと違う!!」

留維は淡々とした表情で、海咲の言葉を聞くと、黙って片手を前に突き出した。すると、その手の中に、拳銃が音もなく現れた。

留維はそれを、まっすぐ海咲の頭にむける。

「!!・・・・」

留維は口元に笑みを浮かべ、そして言った。

「私の言うことを信じてたんですか?・・・敵の言うことは簡単に信じないほうがいいですよ。まだまだ考え方が甘いですね」

海咲はその場で固まった。彼女は、悔しさと悲しさで顔を歪めている。

「・・・それでは、さようなら」

留維は引き金に指をかけた。

 それとほぼ同時に、鼓膜を切り裂くような音が鳴り響く。

海咲は床に倒れた。

美森も、海咲に覆いかぶさるように、床に倒れていた。

間一髪、美森が体当たりをしたことにより、海咲は弾をよけることができた。

「私の邪魔をすんじゃない・・・」

「!!・・・」

美森は急いで立ち上がると、留維の顔を見た。

留維は、今までにないとても恐ろしい表情をうかべ、美森を睨んでいた。

「お前のことを殺したいが、印がついてるから殺せない・・・。命拾いしましたね・・・」

「・・・」

そして留維はその目を、美森の隣でよろよろと立ち上がった海咲に向けた。

「でもお前のことなら殺せる!!!」

留維は半ば、叫ぶようにそう言うと、銃口を海咲に向けた。

海咲は怯える様子なく、ただ鋭い目つきで留維を睨んでいる。

留維は引き金に指をかけた。

「お願いやめて!!どうしてそんなに、殺すということにこだわるの!!?」

美森は必死に叫んだ。

今、この状況を変えられるのは自分しかいない。

「殺すことが楽しいからに決まっている・・・」

留維は海咲から目線を外さずに、当たり前のようにそう言った。

美森は思った。この人はやばい、と。

きっと自分がどうあがこうとも、この人は海咲のことを必ず殺す。

助かる道はただ一つ・・・逃げることだ。

「海咲ちゃん・・・逃げよう」

「!・・・」

美森は海咲の手をとった。

「・・・でも海月が」

「・・・ここで海咲ちゃんが死んじゃったら、一生、海月ちゃんのこと助けられないよ!」

美森は必死の思いで叫んだ。

「・・・」

美森は、海咲の手を取ったまま、ドアに向かって走り出した。

 とその時、また鋭い音が鳴り響く。

「!!」

留維の撃った弾が、海咲のすぐ横の壁にめり込んだ。

「逃がしませんよ」

「-っ!」

美森は、留維の顔を見ることもせずに、素早くドアを開いた。

ドアを開いて、初めてここが、アパートに似た建物の一室だということに気づいた。廊下沿いの壁に、同じようなドアが、何箇所かあるのが見える。

「美森ちゃん!速く!!」

「!!」

海咲が、いつの間にか、美森の手を離れていて、美森の前に立っていた。

「あっ・・・うん!!」

美森は、背を向けて走り出した海咲のことを追いかけた。

恐る恐る肩越しに振り返る。

そこには、余裕の表情で追いかけてくる留維の姿があった。彼の手に握られてる拳銃が、今の恐怖をより一層、引き立てている。

廊下の突き当たりに階段が見えた。どうやらそこしか逃げ道はなさそうだ。

美森は海咲に続いて、コンクリートがむき出しの階段を駆け降りた。

とその時、海咲の動きがピタリと止まった。

「・・・どうしたの?海咲ちゃん!早く逃げないと・・・」

「!!」

美森はその光景に目を見開いた。

階段の踊り場には、二人のことを待ち受けている吏緒の姿があった。

「へへっ!待ちくたびれちまったよ!!」

と背後から、階段をゆっくりと下りてくる足音が聞こえた。

美森が後ろに振り返ると、案の定、そこには留維の姿があった。

「これでもう、逃げられませんね」

留維は得意そうにそう言って、美森の首を素早く腕で捕まえた。

「!!」

次に留維は、空いている方の手で拳銃を握りそれを海咲に向けた。

既に吏緒の周りには、電撃の矢が象り始めていた。

「お願い!!やめて殺さないで!!」

美森は、必死にもがいて留維の腕から逃れようとするが、美森の力では、到底かなわない。

海咲は、焦りの表情をこちらに向けると叫んだ。

「美森を放して!」

「今は他人の心配より、自分の心配をしたほうがいいと思いますよ?」

留維は楽しげにそう言うと、銃口を海咲の頭に突きつけた。

「留維だけ抜け駆けすんじゃねーぞ!二人の獲物なんだからな!」

「分かってますよ・・」

海咲は、ただ黙って俯いた。

「海咲ちゃん!逃げて!」

海咲は、必死に叫んでいる美森の声を、聞いてる様子もなかった。

そのとき、海咲が右手をゆっくりと広げた。

「力を使おうとしたって無駄なんだよ!この建物では、俺たち以外の能力はすべて無効化されるからな!」

吏緒が勝ち誇った声で叫んだ。

「・・・」

(どうにかしないと・・・二人とも助からない・・・!)

美森は決意を固めて、留維に肘うちをくらわせた。

「!!」

美森は、留維が怯んだ隙に、彼の腕から素早く逃れる。

「海咲ちゃん、逃げよう!!」

「・・うん!!」

海咲は、驚きの表情を浮かべながらそう言って、美森の後に続いて階段を駆け下りた。


「・・・追いかけましょう」

「チッ。ボーっとしてんなよ!留維!」

「すみませんね・・・」

二人はそう言うと、美森と海咲のことを追いかけた。






やっと建物の外に出ることができた。

外には、多くのレンガ造りの建物が、道なりにずらっと並んでいる。ただ、美森たちが出てきた建物だけが、全身灰色のコンクリートでできているようだった。まるでそこだけが、別世界にあるようだ。

美森と海咲は、必死になって逃げた。

道を過ぎ行く人々が、次々と美森たちのことを振り返る。

「きゃぁぁ!」

銃声が聞こえたのと同時に、海咲が、勢いよく地べたに転んだ。

「海咲ちゃん!」

美森は足を止め、急いで海咲のもとへ駆け寄った。

「!!」

海咲の右ふくらはぎが、真っ赤な血で染められていた。

海咲の顔は、今までにない苦痛で歪んでいる。

(どうしようっ・・・血がっ・・・)

 美森の心は、今までにない絶望感で満たされた。

「へへっ。やっとやれるよ!」

「・・・もうこれで逃げる事はできませんね」

「!」

美森が顔を上げると、そこに吏緒と留維が笑みを浮かべて立っていた。

「――っ!」

美森は思わず、海咲に覆いかぶさるように、彼女に抱きついた。

それと同時に、吏緒の顔が歪む。

「邪魔なんだよ!」

吏緒はそう怒鳴ると、美森を蹴り飛ばした。

「―っ!!」

道を行き交う人々は、そのような光景を見ても、何事もなかったかのように通り過ぎて行く。こちらへ振り向く人さえ、一人もいない。

 そして、銃声が鳴り響く。

美森はその音を聞いて、もう駄目だと思った。

「・・・?」

しかし様子が変だ。

辺りは静まり返っていた。

動いているものも、美森以外、一つもない。

(・・・よかった)

海咲は生きていた。

銃弾が、海咲の頭に当たる寸前で止まっている。

吏緒と留維も、勝ち誇った表情で固まっていた。

このようなおかしな現象は、前にも体験したことがある。

「・・・トワ?」

美森はゆっくりと立ち上がって、周りを見渡した。

「!!」

美森の目の前に現れた人物は、トワではなかった。

彼女は、軽いウェブのかかった長い金色の髪をしていた。

そして、彼女の首から下げられている、夜の色をした太陽の形のネックレスが美森の目にとまる。

その女性は、金色の瞳を歪ませて、綺麗に微笑んだ。

「初めまして。日菜野 美森。私は時の民のノワよ。・・・危ないところだったようね」

「・・・・」

美森は、目の前に現れた美しい女性に、ただ見入ることしかできない。

彼女―ノワは、ゆっくりとその口を開いた。

「真実の答えは見つかった?」

「え・・・?」

美森は聞き覚えのある言葉に、ドキリとした。それに、ノワとは初対面でないような気がする。

彼女とは確か、あの時森の中で・・・

「見つかってない事は見れば分かるけど・・・」

「?」

ノワの声が小さすぎて、よく聞き取れなかった。

ノワは、美森のことは気にする様子なく、またその口を開いた。

「今日は、あなたにお願いがあってきたのよ。日菜野 美森」

「!・・・」

ノワは無表情の顔で、淡々と言葉を続ける。

「私がエターナルに連れてきた子・・・神山こうやま りんを助けてほしいの。

神山 凛は今、とてもよくない状況に陥っている。このままいけば、取り返しのつかない状況になってしまうの。

そして、その彼を助けられるのは、あなたしかいないのよ。日菜野 美森。

だからお願い。凛を助けてあげて。その子のためにも」

美森は沈黙を守って、ノワの話を聞いていた。

神山 凛という人を助ける?そんなこと自分にできるのだろうか。自分のことだけで精一杯なのに。それにまだ呪いの印は消えていない。

自分のことも助けることができないのに、他人を助けられる自信なんて、美森にはなかった。

ノワは黙りこくっている美森を見て、微笑むと言った。

「大丈夫。あなたが心配していることは。きっと、神山 凛を助ける事ができたら、それと同時に自分自身も助けることができると思うから」

「・・・助けるって・・いったいどうやって・・」

美森は、今にも消えてしまいそうなほど弱弱しい。

「そのことは、本人に会えば分かるはずよ。私が、その子のところへ連れてってあげる」

「・・・ちょっと待ってください!」

美森は、引きつった表情で固まっている海咲のほうへ目をやった。

ここに海咲を、置き去りにするわけにはいかない。

「・・分かった。あの子も一緒に連れて行くから」

ノワがそう言ったのと同時に、彼女から金色の光が放たれた。

ノワが見えなくなるほどの強い光だ。

「――っ・・・」

美森はあまりの眩しさに、目を閉じた。


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