第4話 (4)
美森と海咲は家に戻ってきていた。
もう、その頃には空の色は褪せてきており、夕方が近いことを示していた。
海月は何もいうことなく、家の中へ足を踏みいれ、そのまま居間へ向かう。
美森も海月と同じようにした。
・・・が、心は家の外へと向いていた。
(海咲ちゃん・・・大丈夫かなー・・・)
海月はいつもの笑顔で「大丈夫」と言った。
・・・もしかして、このようなことが昔にもあったのだろうか。その時、大丈夫だったから今回も大丈夫、海月はそう思って“大丈夫”だと言ったのだろうか。
・・・・そうかもしれない。
そして海咲の言葉が、美森の頭の中で渦を巻いていた。
美森は二人のことが羨ましかったのに。
何であんなこと言ったの?どうして・・・──。
海月は居間に入るとすぐに、テレビの横の棚へと足を運んだ。そして、そこからあるものを取り出した。
それは間違いなく、あのアルバムだ。
美森が勝手に見てしまった・・・多くの写真が抜け落ちているアルバム。
海月はテーブルの前に腰をおろすと、そのアルバムをテーブルの上で開く。
「・・・・・」
美森は自然に海月に近寄って、そしてゆっくりと彼女の隣に腰を下ろした。
「やっぱりね・・・。アルバムに写真がないとさみしいよ」
海月は消えてしまいそうな微笑みを浮かべながらそう言う。
それは独り言なのか、それとも美森にあてた言葉なのか分からない。
だから美森は、海月の方は見ずに一回だけ小さく頷いてみせた。
海月はカバンの中から、先ほどの写真を取り出し、一枚一枚丁寧に、それらをアルバムの中に戻していく。
元通りになっていくアルバム。が、海月と海咲の間に亀裂が入ってしまった写真・・・笑顔で写っていてもそれがまた哀しい。
「海咲ちゃん、何でこんなことしたのかなぁ」
美森の口から、思わず本音が漏れる。
美森の頭に浮かぶのは、疑問ばかり。しかし海月は、一言も疑問を口にしない。
「海咲・・・きっと忘れちゃったんだよ・・・」
海月はそっとアルバムを閉じ、そう呟く。
「え!?・・・何を・・・」
美森は海月の言葉に戸惑った。
海月は意外にも、微笑んでこちらを見ていた。
「ん~・・・と、“想い”とか。写真は記憶なの。ただの記憶。記憶は写真を見れば思い出せるけど・・・想いまでは思いだせないんだよなー。・・・だから海月はこんなことしたのかなー・・・」
「・・・」
「・・・とかって言ってみたり!」
海月は恥ずかしそうに笑って立ち上がる。そして、アルバムをもとの位置にもどすと、こちらに振り返った。
「私、海月の考えてること、分かるんだ」
「えっ・・・海月ちゃん、人の心が見えるの?」
海月は美森の言葉を聞いて、一瞬、目を見開くと「はははっ」と笑った。
「違う違う!でも、本当に見えたら面白そうなのにねー」
「・・・」
「何となく、分かるんだよ。・・・だってうちら“似てる”でしょ?」
海月はその綺麗なピンク色の瞳を歪ませ、笑う。
──とても幸せそうに。
「よしっ。夕飯つくりながら、海咲のこと待ってるか!今日は何にしようかなー」
そして海咲は、ぶつぶつと夕飯の候補を呟きながら、居間から姿を消した。
・・・居間には美森だけ。
(何で・・・)
海月はあんなに幸せそうに笑うのだろう。
海咲はあんなにかなしそうに笑うのだろう。
・・・でも、何となく分かりそうな気がしてきた。
・・・何となく。
海咲は桜の花びらが舞い散る公園に戻ってきていた。
時間がたったためか、すでにそこには海月と美森の姿はない。そして、地面にばらまかれたあの写真も・・・。
おそらく海月が持って行ったのだろう。
海咲は公園に誰もいないことに、安堵の溜息をつくと、またベンチに腰をおろす。
(なんであんなこと、言っちゃったんだろ・・・)
美森は“あの言葉”を聞いてどう思っただろう。
もしかしたら“海月はわがままな奴だ”と思ったかもしれない。
しかも、海月にあの写真を見られてしまった。
“二人の思いで”を折り曲げた写真。
海咲は街並みの向こう側に沈んでいく、朱色の夕日を眺めた。
「・・・」
そしていつの間にか、その光景はだんだんと滲んでいく。
海咲は目のふちにたまった涙がこぼれ落ちる前に、それを拭った。
はぁ・・・。何で涙がでるんだろ。
ちゃんと笑えていたはずなのに。無理して笑っているつもりはなかったのに。
ただこの気持ちを誰にも知られたくなくて、笑顔でそれを隠していただけなのに。
(・・・そうかー)
“笑顔”を忘れてしまった結果がこれだ。
写真を落としてしまったときも、海月がこの広場に来たときも、自分は笑顔でいなかった。─・・・いや、いられなかった。
だから、今の海咲はこんなところで一人、涙なんて流している。
苦しい。
悔しい。
こんなところで、涙を流している自分が情けない。
だから海咲はギュッと唇を噛みしめ、目から溢れ出てくる涙を必死でこらえた。
「泣いてるんだ」
「!」
その声に振り向くと、そこには長い髪を頭のてっぺんでおだんごに結わえている女の子─雫の姿があった。
雫は海咲の隣に座って、ただ静かに沈みかけている夕日を眺めている。
「──・・・」
海咲は素早く目の淵にたまった涙を手で拭った。
彼女─雫が、また海咲の前に姿を現すなんて。
それに、雫は変わった力を持った子だ。
海咲の体を石のように動かせなくしたり、口にださなくても考えていることが分かったり・・・。
海咲はかばんを持ち、立ち上がった。
きっと雫と一緒にいても、ろくなことにはならない。
「教えてくれる?あなたの片割れの居場所」
「え!?」
海咲は、雫から離れようとした足をとっさにとめる。そして、こちらをじっと見ている雫の目を見た。
雫はその表情を動かすことなく、言葉を続けた。
「私たちが、あなたの片割れをこの街から連れ去ってあげる。“思いで”を折り曲げるぐらいなんだから・・・あなたは片割れのことが大嫌いなんでしょ?」
雫は目を伏せゆっくりと立ち上がった。そして、その真っ黒の瞳をすっと細め海咲の目をとらえた。
「!!─・・・」
海咲は大きく目を見開く。
この少女の発した言葉に、自分の耳を疑った。
(海月をこの街から連れ去る・・・?)
そんなこと、絶対に・・・
「私は他人の心を見ることができる。だから、本当の心を隠そうとしたって、それは無意味なこと」
「!!・・・」
海咲は思った。
速くここから離れたほうがいい。
海咲がここから逃げだそうとしたその時・・・
「だから私には分かる。あなたが、“片割れのことが大嫌いでこの街から消えてもらいたい”と思ってること」
雫の言葉に、海咲はこの場から動けなくなった。
・・・だって、雫の言葉は嘘だらけだ。何一つ、合っていることを言っていない。
「私はそんなこと思ってない!!」
海咲は、ほぼ反射的にそう叫んだ。
そう、自分はそんな最低なこと思っているはずない。絶対に。
「・・・本当の心を隠そうとしても無駄だから」
「違う!!」
海咲はきびすを返し、走りだした。
とてもイライラする。
自分はそんなこと思ってないのに。それなのに・・・!!
・・・雫は自分のことを全て知っているかのように、そう言ったのだ。
海咲は広場を出たところで、歩調を緩めた。そして今度は、住宅街を黙々と歩く。
「・・・そんなこと思ってないし!!・・・だって私、海月のことが・・・・」
(・・・大好きなんだ)
「!・・・──」
海咲は立ち止まった。
「・・・」
・・・どうして私は、写真を折り曲げたんだろ。
・・・どうして私は、さっきまで涙なんて流してたんだろ。
私は・・・海咲のことが大好きなのに。
そんな海咲と、楽しくおしゃべりができて、毎日一緒に学校に行けて、仲のいい友だちみたく何でも話すことができて・・・それなのに。
私は、海咲と二人で写っている写真が大嫌いで。
“この世界にたった一人しかいない自分”を信じたくても、信じることができなくて。
(写真・・・折り曲げちゃったこと・・・謝らないと)
海咲は、ひっそりとしている住宅街をゆっくりと歩いた。
カーテンの閉められた窓からは、家々の明かりが漏れている。
同じだから。似ているから。
そんなこと間違っている。
私は忘れてただけ。
私は、自分のことしか考えていなかっただけだった。
美森は、海月と一緒に夕食を居間のテーブルに運んでいた。
三人分の夕食。運ぶのにそう時間はかからない。
海月はパスタの乗っている皿に、フォークを添えると言った。
「海咲、遅いなー・・・。お腹すいちゃったよね?美森ちゃん」
「うん・・・」
美森は落ち着かなかった。
もう外の景色は、朱色から夜の色へ染まりつつある。
海咲は今頃、何をしているのだろう。
・・・もしかしたら、いくら待っても海咲は、家へ帰ってこないかもしれない。
「海咲ちゃん、大丈夫かな?探しに行った方が・・・いいかな・・・」
既にテーブルの前に腰を下している海月は、美森の言葉に微笑んだ。
「大丈夫だよ!ここで待ってれば。美森ちゃんもすわってなよー」
「・・・」
海月はさっと立ち上がり、美森の隣までくる。そして、美森の肩を押してテーブルの前まで誘導した。
「さっさっ!座って座って!」
「でも・・・」
と、その時、玄関の戸を開く音が聞こえた。
「あ!帰ってきた!」
海月はとても嬉しそうにそう言うと、玄関へ向かって走り出す。
(よかった・・・)
美森も、心底安心した。
とても不安だったが、海月の言っていることは間違っていなかった。
海月は、海咲のことを誰よりもよく分かっている。美森はそう感じた。
「海咲!お帰り~」
「お帰り。海咲ちゃん」
海咲は唇をキュッと結んで、玄関に立っていた。
その顔には、不安の二文字が浮かんでいるように見える。
「・・・ごめん。海月、美森ちゃん。嫌な思いさせちゃって・・・」
海咲の声は、今にも消えてしまいそうだ。
「大丈夫だって!それより何処にいたの?海咲がうちらのこと、待たせるなんて珍しいね」
「・・・桜の木の広場だよ」
「そうかぁー。あっ、もう夕食できてるんだ!と言っても、いつもと同じパスタなんだけどねー」
海月はそう言うと、海咲に背を向け居間の方へ向かった。
そして、玄関に残ったのは、美森と海咲。
美森は玄関に海咲を一人にするわけにもいかず、ドアの鍵をしめている彼女に声をかけた。
「海咲ちゃん・・・大丈夫?」
海咲はドアから離れて、美森を見る。そして、ニコッと笑った。
「心配してくれてありがと。・・・もう大丈夫だよ!」
海咲は靴を脱ぐと、家へとあがる。そして「お腹すいたー」と呟きながら、居間へ入って行った。
「・・・」
(私もお腹すいたかも・・・)
海咲が居間の方へ姿を消した後、美森も居間へ向かった。
海咲が席につき、夕食の時間は始まった。
昨日の同じ、楽しげな会話・・・。
しかし美森は海咲の表情ばかりを窺ってしまう。
・・・海咲は本当に元気になってくれただろうか。
「ごめん。海月・・・写真のこと・・・」
夕食も食べ終えた頃、海咲はとても不安げな声色でそう口にした。
少しの沈黙。
美森がその沈黙に焦りを感じていると、海月は手に持っていたフォークを皿の上にゆっくりと乗せる。
「私・・・海咲と一緒に写ってる写真、大好きなのにさ!・・・もったいないよ。それなのに・・・あっでも、大丈夫だよ。だってやぶれちゃったわけじゃないしね」
海月は珍しく、その顔に不器用な笑顔を浮かべる。
・・・海咲は海月の言葉に戸惑った。
“大好き”という言葉に。
「・・・うちらってどうしたら違くなれるんだろう」
海咲の口から漏れた言葉は、自分が一番疑問に思っていることだった。
自分が双子の片割れである海月のことが、大好きだということは知っている。一緒にいることが幸せだとも感じている。
でも、“似てる”ということだけは、どうしても嫌だった。
「海咲は・・・私と似ていることが嫌なんだ・・・?」
「そういう意味じゃないけど・・・でも・・・──そういうことかも」
海咲は言った後、後悔した。
否定する言葉が見つからなくて・・・つい、そう言ってしまった。
が、海月はそんな海咲とは逆に、「あはは」と笑う。
「?・・・」
「なんだー。海咲も同じこと思ってるのかー!私もね、海咲と同じことがすごく嫌で嫌で・・・そう思ってたこと、あったんだよ」
「え・・・」
海咲は信じられなかった。
「海咲は私よりしっかりしてて、誰からも信頼されてて、料理も上手で・・・そんな海咲と似てるって・・・すごく嫌だなーってそう思ってたこと、あったんだよ・・・」
海月は幸せそうに、微笑む。
「──・・・」
「やっぱりうちらって“似てる”ね?」
「あはは・・・そうだね」
・・・海咲は自然に笑うことができていた。
それは、海月の言葉が嬉しかったから。自分よりもたくさんいいところを持っている海月が、当たり前のように自分のいいところを見つけてくれたから。
なんだかとても・・・気が抜けた。
「よし!片付けちゃうか。あっ・・・美森ちゃん、残しちゃったのか・・・」
海月は自分の皿を持って立ちあがり、そう言って動きをピタリととめる。
「あっ食べるよ!二人が話している間、食べてちゃ何か悪いかなぁ・・・って思って」
美森は曖昧な笑みを浮かべ、急いだ様子でフォークを握る。そして、皿の上に残っているパスタをぐるぐると巻きはじめた。
「そんなこと気にしないでよかったのに!・・・って言うか、美森ちゃんがいるのに二人で話しこんじゃってごめんね」
「だ・・・大丈夫だよ」
海月はまたその場に座って、皿をテーブルの上に置く。
「海月・・・気、早すぎだよー!美森ちゃん、ゆっくり食べてて大丈夫だからね」
美森は海咲の言葉にこちらを見る。そして、「うん」と言うと少しだけ表情を緩めた。
「まっいいじゃん!っていうか、美森ちゃんて食べるのゆっくりだし、大人しめだし・・・すごく女の子って感じだよね!」
「たしかにそうかも!どっちにしろ、うちらよりは女の子らしいよー」
「え・・・そんなんじゃないよ!」
・・・楽しい。今、海咲は心からそう思うことができていた。
美森と海咲と海月は片づけが終わった後、外へでた。
目指すは桜の木の広場。
夜空に映える桜の木もすごくきれいなんだよ、と海月が夕食時に話していた。それに美森が見てみたい、と言ったところ「さっそく行こう!」ということになったのだ。
しかし美森には、気になることがあった。
それは海咲のこと。
あの広場は、折り曲げられた写真が、ばらまかれた場所。そして、海咲が笑顔を失った場所なのだ。
(大丈夫・・・だよね・・・?)
美森は、隣を歩いている海咲の顔を盗み見る。
海咲は、夕食の時と変わらない笑顔で、海月とおしゃべりをしていた。
・・・もう、広場は目の前だ。
「やっとついたよー」
海月がそう言うのとほぼ同時に、三人は広場へと足を踏み入れた。
「ほらほらっ・・・すごく綺麗・・・」
海月は走りだすと、桜の木の近くまで駆け寄る。
(すごいっ・・・)
美森も、夜を背景にした大きな桜の木に見とれながら、足を速めて海月に近づいた。
「あれー?でも、何か違うような」
海月は腕組みをして、海咲の方を見る。海咲もそれに首をかしげた。
「何て言うか、前に見たときはもっと・・・」
海咲はそこまで言うと、言葉を止める。
「え?どうしたの・・・」
美森は首をかしげている二人が疑問だった。
広場の周りに立っている街灯に、淡く照らされた桜の木はとても幻想的で美しいと思うのに。
「前に見た時はもっと・・・」
海咲は独り言のように、また呟く。
そして・・・
『明るかったんだよ!』
二人の声が見事に重なった。
「明るかった?」
「そう、前見たときは・・・絶対に今より何倍も明るくて、綺麗だったんだよ」
海咲は困った笑顔で美森にそう言う。
「あっ・・・でも、これでも十分綺麗だから・・・」
「・・・そう言えばでてないじゃん!月と星が」
「!」
夜空を見上げて、海月はそう口にした。
美森と海咲も、続いて夜空を見上げる。
──・・・そこには月も星もでていない、黒いペンキで塗りつぶしたような平らな空がある。
「そっか・・・そう言えばあの時は、大きな満月がでてたっけ」
海咲の声が美森の耳に届いた。
「─・・・」
「・・・」
「そうだ!いいこと思いついた!!」
海月の声に、美森と海咲は彼女を見る。
「海月、いいことってなに?」
「えへへ。ちょっと待ってね」
海月はにこにこしながらそう言うと、その場でダンスをするようにくるりと回る。
すると、彼女の周りから、この前見せてくれたときより、多くの桜の花びらが溢れだした。
「!」
そしてそれらは、淡いピンク色の光をおび始める。
「いっけー!!」
海月は両手を夜空に向かって伸ばした。
と同時に、強い風が光を帯びた花びらを、夜の空に向かって吹き飛ばす。
「すごいっ!!」
美森と海咲はそれらの花びらを目で追った。
それらの花びらは、桜の木よりも高く高く昇っていく。
高くまで上がった花びらたちは、その光をより一層強くし、桜の木を、そして木から舞い散る花びらを暖かい色で照らしだした。
「ね?きれいでしょ?」
海月はその鮮やかなピンク色の瞳を歪ませ、笑う。
「うん・・・」
美森も自然と笑みをこぼした。
海咲はその光景を見て、幸せそうに微笑んでいた。
光をおびた花びらは、他の花びらと一緒に、ゆらゆらと地面に向かって降りてくる。
そして、地面に溶けるようにして消えていった。
その帰り道・・・
「海月ってあんなこともできるんだーすごいね」
「・・・できないかなーって思ってたんだけど、やったらできた!」
「すごいねっ海月ちゃん」
美森と海咲と海月は、静かな住宅街をゆっくりと自宅に向かって歩いていた。
ところどころ立っている街灯や、家々の窓から漏れる明かりで辺りは程よい明るさになっている。
「また明日も学校かぁ・・・」
海咲が溜息混じりにそう呟いた。
「まっ、仕方ないよ・・・っていうか美森ちゃんって、どこの学校行ってんの?うちらとは違うとこだよね?」
隣を歩く海月が、興味津々の表情でそんなことを訊いてくる。
「あっえーと・・・─ここからは遠いところかも」
美森はとっさにそう答えた。
(・・・遠いって言うか、別世界にあるんだけど・・・)
「そっかー。うちらの親も遠い街に仕事に行ってるんだ。だからもしかしたら、美森ちゃんの学校がある街と近いところかもね~」
「・・・そうかもね!」
笑顔を見せる海月に、美森も笑顔を返した。
すると、海月が言った。
「でも、今月末には帰ってくるから、ちゃんと部屋の片づけしておかないと!じゃないとまた怒られちゃうし・・・」
「そういえばそうだねー」
「・・・」
すると突然、海月が立ち止まる。
美森と海咲も何事かと立ち止まり、海月の方に振り返った。
海月が片方の手を胸の前まで持ってくると、そこにたくさんの花びらがある、白い花が現れた。
「!」
海月はそれを美森に差し出す。
「はいっ。これ美森ちゃんにあげる!」
「あっ・・・ありがとう!」
美森は海月の行動に驚きつつも、海月からその白い花を受け取った。
ひとつひとつの花びらはとても小さいが、たくさんの花びらがある花だ。
「その花さー、何か美森ちゃんっぽいよね!記念にってことで貰っといてくれる?」
「・・・うん!」
(嬉しいな・・・)
まさか海月から、こんな可愛らしい花を貰えるなんて。
美森の心は、感激の気持ちで一杯だった。
「海月―、記念って何の記念?」
海咲は苦笑しながら、海月に問いかける。
「うーん・・・何だろう?・・・あっそうだ!さっき、桜の木、一緒に見たじゃん!その記念ってことで」
「あははー何それ~」
「あははっ」
「で、うちらはこれ!」
海月がそう言うと同時に、彼女の両方の手の中から、淡いピンク色の花が一本ずつ現れた。
それらの花は、同じ種類で、美森がもらった花とはまた種類が違う。
海月はそれらの花の一本を、海咲に手渡した。
花を受け取った海咲きは、呟く。
「この花さー・・・色も薄いし、花びらも少ないし・・・」
「まるでうちらみたいだよね!」
そう言った海月は、幸せそうに微笑む。
「・・・──」
「うちらは未熟なんだよ。この花みたいにさ。相手にばっか憧れて、自分のことは見ようとしてないし・・・。でも、そんな花でも・・・」
海月はそこまで言うと、海咲の手からその花を抜き取る。
そして、海月の持っていた花と海咲の持っていた花を一つにまとめるようにして、手に持った。
「ね?こうすると少しは綺麗にみえるでしょ?そんなもんだよ・・・うちらって!」
「・・・──うん」
海咲の声はとても小さいが、その顔は笑顔で満ちていた。
その笑顔は、美森が今まで見た中で一番安心できる笑顔だ、美森はそう思った。
そしてまた三人は歩きだす。
「私・・・やっぱり好きかも。二人で写っている写真」
海咲のその声が美森の耳に届いた。
・・・海月には、その声が届いただろうか。
ただ、海月はいつもと同じく、幸せそうに微笑んでいるだけだった。
その日の夜・・・
美森は海月から貰った花を小さな花瓶にさしてから、布団に潜り込んだ。
海咲と海月も、それぞれの花を美森と同じ花瓶にさし、それぞれのベッドにもぐり込む。
『おやすみ~』
声をそろえてそう言った海咲と海月に、美森も「おやすみ」と返した。
そして美森は、暗い天井をジッと見つめる。
「─・・・」
二人が自分と仲良くしてくれて、とても嬉しかった。
美森はゆっくりと目を閉じる。
辺りはしんと静まりかえっていた。
・・・きっと二人も美森と同じように目を閉じ、眠りへ落ちようとしているのだ。
が、美森はいくら長い間目を閉じていても、なかなか寝付けずにいた。
・・・美森には、不安でたまらないことがあった。そのことについてはあまり考えないようにしていたが、やっぱり一人の時間になるとそのことを考えてしまう。
“無事、地球に帰るとことができるか”ということも、もちろんその中に含まれる。でも今は・・・
(また、勇君が海月ちゃんをさらいに来たらどうしよう・・・)
そう、あの鮮やかなピンクの瞳を持って、あんな綺麗な力が使える彼女は、間違いなくパーツだ。
美森は寝返りをうつ。
・・・今夜は、眠れない夜になりそうだ。
朝がきた。
美森はゆっくりと体を起こす。
(うぅ・・・眠い)
結局、美森は部屋がほんのりと明るくなるまで、起きているはめになった。
夜というものが、こんなにも長く感じたのは今回が初めてかもしれない。
海咲と海月のベッドの方に目をやったが、そこに二人の姿はなかった。代わりに、居間の方から二人の話し声が聞こえてくる。
(寝過ぎちゃった・・・)
二人は今日、学校に行くのに、自分はのんきに朝寝坊なんかしている。
「・・・」
美森はゆっくりと立ち上がると、窓の方まで歩みよった。そして、カーテンをバッと開け放つ。
(今日も晴れてるなー)
あの桜の木と淡い青空が、美森の目に映る。
美森は小さな幸せを感じていた。