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エターナル  作者: 夕菜
19/40

第4話 「あの一本の木のように、一人で美しく咲くことができたらいいのに」(1)

「う・・・ぅ」

美森はゆっくりと目を開いた。

とても眩しい。それに肌寒かった。

美森はゆっくりと体を起こす。

そして美森はその光景を見て、目を丸くした。

目の前に広がる光景は海だった。しかし、海といっても美しい青色をしているわけではない。その海には色がなかった。ただの透明だった。空はあんなに青いのに。

美森はそんな海の浜辺に寝ていたらしい。

美森は着ていたはずのブラウスが、ないことに気づいた。今は下に着ていた、黒のタンクトップだけだ。

(そういえばあの時、やぶれちゃったんだっけ・・・)

美森はあの時のことを思い出して、身震いした。

・・・あんな経験はもうしたくない。

「・・・」

美森は自分の頬に、そっと手を触れてみる。そこに傷はなかった。

(・・傷・・消えてる・・)

傷が消えていることには驚いたが、それを深く考える気にはなれなかった。

ただ今はとても疲れていた。

美森はまた浜辺に横になる。

 優しい波の音と、空から降り注ぐやわらかな日差しが、美森の体全体を包み込んだ。

(あー・・・気持ちいい・・・)

 美森は目を閉じた。

 と、その時・・・・

「・・・美森」

「!」

美森は突然の声に驚いて、体を起こした。

横を見ると、そこには浜辺に腰を下ろしている雫の姿があった。

「・・・雫ちゃん」

「美森はどうしてこんなところにいるの?」

雫はその丸い瞳で、美森のことを見据えながら聞いてきた。

「え・・・分からない・・というかここ何処?」

雫は美森の答えに少し顔色を曇らせると、沈黙をおいて口を開いた。

「ここはチェリー島。ここに春の民の人たちが住んでるみたい」

「あっ・・・そうなんだ・・・島かぁ・・・」

美森は、視界いっぱいに広がる無色の海を見ながらそう呟く。と、同時に美森の頭にとある疑問が浮かんだ。

「・・・どうして雫ちゃんは此処にいるの?」

「あの日・・・何があったか知りたくて」

「・・・あの日?」

「ファルの街の入り口で、美森と兄さんと私が会った日・・・私、その日の美森と会ってからのこと思い出せないの」

「・・・」

美森はその日のことを思い出していた。

最近のことのはずなのに、随分昔のことに感じられた。

今まで沢山のことが、ありすぎたためだろうか。

・・・・そう、あの時の状況は普通ではなかったように思えた。勇は何かを隠している、美森はそう思った。しかし、その勇の隠している何かは、今でも何のか分からない。

「初音さんが雫ちゃんのこと・・・結って呼んでた。それに自分の妹だって。でも・・勇君も雫ちゃんのこと自分の妹だって言ってた・・・私もその時の状況、よく分からなかったの・・・でも初音さんは、雫ちゃんに会えて凄く喜んでた・・・」

 美森のはっきりと分かっていることはそれだけだった。

美森にとって、その時のことを話すことは辛かった。初音のことを思い出す。

初音は・・・まだ怒っているだろうか。

雫は美森の言葉を聞いても、顔色を変えずにただ海を見つめていた。そして静かに言った。

「私・・・よく分からない。でも・・・結って名前は、どこかで聞いた覚えがある」

美森は、雫の静かすぎる声に少し戸惑った。

「・・・勇君に聞いてみた?」

「・・・兄さんは何も教えてくれない」

雫は呟くようにそう答えた。

「よぉーす!」

「!!」

突然、美森と雫の前に、勇が爽やかな笑みを浮かべて現れた。

「・・・兄さん」

「・・・」

「美森久しぶり~!元気してたか?」

勇はそう言いながら、美森の隣にドカっと腰を下ろす。

「―――・・・」

美森はできるだけ勇と目が合わないように、前を見ながら頷いた。

「・・・兄さん。この島に何しに来たの?」

雫が、美森越しの勇に問いかけた。

「この島に春の民のパーツがいるって聞いてな。で、今日はその偵察。この島、初めてだからよく分からないんだよー」

「・・・あ、そう・・・」

雫は気の抜けた返事を返す。

「・・・それにしても美森!露出度の高い服着てんな~。またそんなにキスされたいか?」

勇はそう言うと美森の顔に自分の顔を近づけた。

「・・・!!」

「・・・なーんてね!」

勇は二カッと笑うと、美森の顔から自分の顔を離す。

「・・・・」

美森の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。

顔から湯気がでそうだ。

「くくっ。美森、また顔が真っ赤だぞー。かっわいい~」

勇は面白がってそう言うと、美森の頭をグリグリとなでる。

(・・・さいあく・・・)

 美森はそんな勇に何も言い返すことができず、顔を真っ赤にしたまま顔を伏せた。

「・・・美森。その印、前より薄くなったと思うんだけど」

「・・・え?」

美森は雫の言葉に、はっとして顔をあげると、雫のほうを見た。

雫はたんたんとした表情で美森を見ている。

美森は時の民の印を見てみた。

(・・確かに・・薄くなってきてるかも・・・?)

「何だって!?」

勇は低い声でそう言うと、困惑した表情で時の民の印を覗き込んできた。

「やっべぇ~!速く印を消しちまわないと“力”がなくなっちまう!」

勇はそう言うと、その印を手で力強く押さえつけてきた。

「・・・!!」

美森はなすすべなく砂浜に倒された。

必死に勇の手を払いのけようとしたが、美森の力では到底かなわない。

勇も手を放してくれる様子はない。

「・・・――っ」

 手で押さえつけられた部分が、異様に熱い。その熱さは全身にどんどん広がっていくように感じる。

・・・あまりの熱さに意識が朦朧としてきた。

「兄さん・・・やめて。美森が嫌がってる」

雫の声が聞こえるのと同時に、肌が焼けるような熱さも引いた。

「・・・」

勇は顔をしかめて雫を見た。

雫は無表情の顔で勇を見据えている。

「・・・・分かったよ」

勇は静かにそう言うと、印からゆっくりと手を離した。そして美森を不機嫌な表情で見下ろした。

「地球に帰りたくなかったのかよ!?」

「・・・」

自分の心臓がまだバクバク音をたてており、美森はそれに答えることができなかった。ただ今は“助かった”という感情で胸が一杯だった。

勇はそんな美森の様子を見ているだけで、何も言ってこない。

美森は自分の心臓の鼓動が少しずつおさまるのを感じながら、ゆっくりと体を起こした。

すると、勇が口を開いた。

「美森のところに、帆風ってやつこなかったか?」

「・・・きた」

「そっかぁー。帆風の妹になんなかったんだ。なってたら毎日一緒に遊べたのになー。つまんねぇーの」

「・・・」

勇は、美森の肩に腕をまわしてきて、美森のことを見ると顔に満面の笑みをつくる。

「俺たちのところにきたくなったら、いつでも来いよ!!俺はいつでも大歓迎だからな♪」

「・・・」

美森は勇の言葉が、少し嬉しかった。頼れる人がいない美森にとって、初めて頼っていい人ができた気がした。

「うん・・・」

美森は、勇に微笑んで見せた。

すると、勇は突然立ち上がった。

「さてとっ!・・・行くかぁ!!」

「「どこに?」」

美森と雫が勇のことを見上げ、同時に言う。

「どこにって・・・あっち!」

勇が指差したのは、島の奥のほうだった。

美森と雫は、同時にその方向を見る。

「!!」

二人はその光景に息を飲んだ。

海岸が終わった辺りから、満開の桜の木が一面に生えていた。そのせいで、島全体がきれいなピンク色に染まっていた。

「・・・こんなところに人なんているの・・?」

雫がぼそりと疑問を口にする。

勇はそんな雫の言葉も気にする様子なく、その方向に向かって走り出した。そして、肩越しに振り返ると、美森と雫に向かって叫んだ。

「あっちまで競争!!ビリの人は罰ゲーム~!」

「・・・・」

雫はそんな勇の姿を見て、呆れているようだ。

「美森・・・。歩いていこ。張り切っているのあの人だけだし」

「・・・うん」

(かわいそう・・・。勇君・・)

遠ざかる勇の背中を見ながら、美森はそう思った。










海岸の終わりまで歩いて行くと、勇が不機嫌な顔をして待っていた。

「何だよっ!二人とも!俺だけバカみたいじゃんか!!」

「・・・ごめん。兄さん。私たち兄さんのテンションについていけない」

勇は雫の言葉に明らかにショックを浮かべた。

「罰ゲームは受けてもらうからな!!」

勇はそう言うと、すばやく足元にあった砂を大量につかんで、それを団子状に丸めだした。そしてそれを美森と雫に向かって投げた。

「!!」

それが運悪く、雫の顔面に当たった。

「・・・・」

雫は鋭い目つきで勇のことを睨む。

「・・・はは」

勇はごまかすように、小さな笑い声を漏らした。

「・・・大丈夫?・・雫ちゃん?」

美森はまだ勇のことを睨んでいる雫を見ながら、控えめにそう言う。

「うん・・・」

雫は流すように答えると、顔の汚れを洋服のそでで拭った。

「美森いこ・・・」

雫はそう呟くと、勇の横をすたすたと通り過ぎて、島の奥へと続く階段をのぼり始める。

「ごめんな雫!!・・・でもこういう時は、俺に向かって投げ返すもんだぞー!」

「・・・・」

雫は勇の言葉に耳を傾けている様子はない。

「ごめんー!雫ぅーーー!!」

勇は、遠ざかっていく雫の背中に向かって大声で叫んだ。

しかし、それに答える声はない。

美森は少しだけ、勇のことが可愛そうに思えてきた。謝って許してもらえないことはとても辛いことだ。

(・・・でも、あんな謝り方じゃ仕方ないか・・・)

まだ叫び続けている勇を見ながら、美森はそんなことを思った。

「美森!!俺らもいくぞ!」

「!!」

勇は美森に振り返ると、全力疾走でその階段をのぼり始めた。

「!・・・」

美森も急いで勇のことを追いかけた。

そして、美森は息を切らして、最上段まで駆け上がった。

・・・勇と雫は待っていてくれているだろうか。

「!・・」

美森は辺りを見渡す。しかしそこに、二人の姿はなかった。

ただ辺り一面に、綺麗な桜の木があるだけだ。

(・・・先に行っちゃったのか・・・)

勇と雫が待っていることに期待していたので、けっこうショックだった。

(・・・でもあんまり迷惑かけちゃ悪いしね・・・。待っててくれなくてもいいか・・・)

美森はそんなことを考えながら、二人に追いつくことができるよう、歩調を速めた。

「わっ!・・・」

その時、真正面から強い突風がたくさんの花びらと共に吹き抜けた。

美森は思わず目を閉じる。

「!!!・・・」

美森は目を開いた瞬間、広がった光景に言葉を失った。

その時の光景は、先ほどとはとは全く違っていたのだ。

一面に広がる桜の木々はそこになかった。

そこには都市が広がっていた。

車も走っている。ビルや建物も、たくさん建っている。目の前を通り過ぎる人々は皆、忙しそうだ。

そして何よりも目に付いたのは、都市の真ん中に堂々とそびえ立つ、桜の木だ。

周辺に立っているビルよりも、断然高い。

「すごい!!」

思っていたことが思わず口に出た。

「すっごいよなー!」

「!」

美森が横に振り向くと、そこには勇と雫の姿があった。二人とも、目の前の景色に見入っている。

(・・・先に行っちゃったわけじゃないんだ・・)

美森は心底、安心した。

「・・・ここにいる人たち、やっぱり春の民みたい」

雫が勇のことを見上げながら言った(もう怒りは冷めたようだ)。

「・・・よし!!遊ぼう!!」

「!!」

勇は興奮気味にそう叫ぶと、美森と雫の顔を交互に見ながら言った。

「な!?な!?こんな大きな街にきて、遊ばなきゃもったいないだろ!?・・・金ならある!!」

「・・・」

美森は勇のあまりのはしゃぎぶりに、返す言葉が見つからずその場で固まっていた。

それに比べ雫は、鋭い口調で勇に言い返す。

「偵察にきたんじゃなかったの!?」

「偵察なんて遊びながらでもできるだろー?本当は雫も買い物とかしたいくせに~!よし!!行くぞぉ!!」

勇はそう言い放つと、道路沿いの道を歩き出す。

「・・・」

雫は図星をつかれたらしく、何も言い返さなかった。そして小さな声で、美森に問いかけた。

「美森・・・私たちも行こう?」

「あっ・・・うん」

(・・・たまにはこういうにもいいかも・・)









「ねぇ・・・。雫ちゃん」

美森は隣で黙々と歩いている雫に声をかけた。

雫は何も言わず、こちらを見た。

「私たち・・・こんな街中、堂々と歩いてて大丈夫なの?・・・またレストの民だみたいなこと言われて、騒がれたりしないかなぁ・・・?」

「・・・」

雫は美森の質問を聞くと、美森から目線を外して前を見た。

「このチェリー島はレストの民に対しての面識がないみたい。私たちは今まで、この島に一度も来たことないと思うし・・・。パーツが生まれたこともこの島にとっては初めてのことなんだと思う」

「あ・・・そうなんだ」

それっきり、雫との会話は途絶えた。

しかし、美森の顔には安堵の表情が浮かんでいた。

美森にとって安心して街を歩けることは、この街が初めてだった。しかも隣には雫もいる。

こんな些細なことで、嬉しがってる自分が少し変に思えた。

「・・・美森嬉しそう・・・。顔・・・にやけてる」

「え!?・・・うん・・・まあ・・何か嬉しい。・・雫ちゃんと一緒にいられるし」

美森は、思っていたことを口にだしてしまったことに恥ずかしさを覚えた。

雫は美森の言葉に少し驚いた表情を見せた。

「私も・・・美森と一緒にいられて嬉しいよ・・・」

雫はそう言うと、何事もなかったかのようにまた前を向いた。

「・・・」

その雫は気のせいだろうか・・・一瞬、微笑んだように見えた。





「美森・・・この店入ろう?」

美森と雫が立ち止まったのは、可愛らしい洋服や雑貨が売っている店だった。

「うん・・・。でも勇君は?」

美森は、すでに遠くの方を歩いている勇の後姿に視線を動かす。

勇は歩いている途中、こちらに振り向きもしなかった。やっぱり今もこちらを気にしている様子はない。

「兄さんなら大丈夫。あの人・・・私たちがいなくなったのも気づかないタイプだから・・・」

雫は早口でそう言うと、店へと入って行った。

「・・・」

(まぁ・・・大丈夫か)

美森は、遠くにある勇の背中から視線を外し、雫の後に続いた。




「いらっしゃいませ」

店に入るや否や、店員の元気な声が響き渡った。

店内には、数人のお客さんらしき人がいた。皆、美森と同じぐらいか、少し年上ぐらいの年齢に見えた。しかも皆、おしゃれだ。

店内にも、おしゃれな洋服やかわいい雑貨が、ずらりと並んでいる。

「・・・・」

美森は自分の格好を見て、恥ずかしくなった。

自分は今、黒のタンクットプにジーパン。明らかに、この店では浮いている。

美森は助けを求めるように、雫のところに駆け寄った。

既に雫は、何着も選んだ洋服を腕に抱えていた。そしてまだ、ハンガーにかかった洋服をかき分け、それを選び続けている。

美森がそんな雫の姿に見入っていると、雫が振り向きもせずに言った。

「・・・大丈夫。美森のぶんも一緒に選んであげる。美森・・・選ぶの遅そうだし」

「あ・・・ありがとう・・」

黙々と洋服を選んでいる雫に、かける言葉はそれしかなかった。









しばらくすると、会計を済ませた雫が両手に袋を持って帰ってきた。

雫は無表情の顔で、片方の袋を美森に突き出す。

「これ・・・美森のぶん」

「あっ・・ありがとう」

美森は雫から袋を受け取った。

(・・・雫ちゃん、お金持ってたのかな・・)

「・・・持ってるよ。カードだけど」

「!!・・・」

雫は美森の心を見たらしく、美森の目を見て淡々と答えた。そして雫は、ポケットの中からそのカードを取り出して、美森に控え目に見せてくれた。

「あっ・・・そうなんだ・・」

そのカードは何も文字は書いてなく、500円玉ぐらいの大きさの四角いカードだった。

雫はそのカードをポケットにしまいながら、そっけなく言った。

「ここで着替えちゃえば・・・?」









一言で言えば、雫のセンスは良かった。美森が着替えた洋服は、可愛いうえに動きやすかった。

上は薄いピンクを基調とした重ね着の洋服に、下は七分丈のジーパンをはいた。

「・・・いいんじゃない」

雫は試着室からでてきた美森の姿を見て、一回だけ頷く。

「それじゃ、店から出ようか・・・」

「あっ、うん!」

美森は少しだけ心が踊っていた。

やっぱり、買い物は楽しい。

「!・・・」

ふと、入口付近くに並べてあるネックレスに目がとまった。美森は立ち止って、そのネックレスをしげしげと眺めた。

そのネックレスは、真ん中にキラキラした十字架の飾りがついていて、その他には、水色やシルバーの小さな飾りがついていた。

「かわいい・・・」

美森はそのネックレスを手に取る。

「それ・・・買う?」

いつの間にか隣に来ていた雫が、そのネックレスを見ながら呟いた。

「え!?・・・大丈夫だよ!洋服買ってもらっちゃったし・・・」

美森は丁寧にそのネックレスを棚に戻す。

「遠慮しなくていいのに・・・」

雫はその丸い瞳で、美森のことを見ながらそう言う。

「・・・・それじゃ・・・雫ちゃんも、私とお揃いで買おう?・・・友だちになった記念に・・・」

美森は雫の返事を、ドキドキしながら待っていた。改めて自分の気持ちを口にすると、思いの他、照れくさい。

雫は美森の言葉に何も答えない。・・・やはり、唐突すぎただろうか。

すると、少したった後、雫が静かに口を開いた。

「友だち?」

「うん・・・。一緒にいて嬉しいと思える人は友だちかなぁって思った。だから・・・私と雫ちゃん友だちかなって」

「・・・・」

美森はとぎれとぎれに、何とか思っていたことを口に出せた。

雫は何の反応も示さずに、美森のことをみている。

すると雫が口を開いた。

「うん・・・。友だち。私・・・美森と一緒にいられて嬉しいし・・・」

「うん・・・」

美森は雫の言葉が嬉しかった。そして、ほっとした。








美森と雫は店の外へ出ると、さっそくそのネックレスをつけてみることにした。

「・・・何か嬉しい・・」

「・・・」

美森はそう呟いたが、雫からは何の反応もない。

「・・・・」

美森は恐る恐る雫のほうに、目をやった。

「!」

雫は笑っていた。微かに。

美森は雫が笑った顔を初めて見た。雫にとっては珍しい、子どもらしく、可愛い表情だ。

美森はそんな雫の姿を見て、思わず自分も笑みがこぼれた。

 とその時、近くで何かが割れるようなもの凄い音がした。

「!!」

美森と雫はそちらの方に素早く振り向く。

「!!」

割れたのは隣の店の壁になっている、大きなガラスだった。

その周辺には、たくさんのガラスの破片が散らばっている。

「兄さん・・・」

雫が呟いた。

そこには勇がいた。

しかしここからでは何をやってるかよく見ることが出来ない。

美森と雫はその光景に見入っている人々の間をすり抜けて、勇のところまで駆け寄った。

「!!」

勇は、美森と同じぐらいの歳の女の子の首元を掴んで、地面に押さえつけていた。

そして、彼女の顔にはガラス片で切ったのだろう、切り傷が何箇所かついている。

勇はガタガタ震えている女の子の顔を、勝ち誇った表情で見ていた。

「雫!パーツを見つけたぞ!!」

「!・・・」

勇は女の子の首元を押さえつけたまま、目線だけをこちらに向けて言った。

「・・・ちょっと派手にやりすぎたんじゃない?」

雫は半ば呆れた口調で言う。

とその時、その店内から美森と同じ歳ぐらいの女の子が飛び出してきた。

そして彼女はその光景を見ると、悲鳴に似た叫び声をあげた。

海月みつき!!」

勇はその叫び声を気にする様子なく、その女の子─海月を押さえつけている。

海月は恐怖の涙を流していて、対抗することもできず、震えた声を漏らした。

海咲みさき・・・・助けて・・・・」

その声を聞くと、もう一人の女の子─海咲は必死になって叫んだ。

「海月を放してください!!お願いします!!」

勇はその言葉を聞こうともしていない。

美森はその光景を見て、ぞっとした。

改めて、勇が自分と全く別の世界を生きている人だと実感してしまった。

(何で・・・?女の子があんなに怖がってるのに、平気な顔してられるの・・・?)

とその時、勇がぼそりと呟いた。

「眠らせてからつれていくか」

「やめて!!」

美森は無意識のうちに叫んでいた。

勇と雫が目を見開いて、美森のことを見る。

「・・・美森も言うようになったなぁ!」

勇は口元に面白がっている笑みを浮かべ、美森を見ながらそう言った。

まだその手は海月をとらえている。

「お願い・・・。勇君・・・その人を放してあげて」

美森の声は今にも消えてしまいそうなほど弱弱しい。

「やだー!」

勇はふざけたような声で答える。

「・・・・やめて・・・」

美森は俯いて、唇をギュッと噛みしめた。

こんな恐ろしい光景を一秒でも早く終わらせたかった。

しかし美森には、勇を止める勇気さえなかった。それに、ここで勇を止めてしまったら、完全に敵同士になってしまう気がして怖かった。

雫はその光景を何も言わずに見ている。そして俯いている美森を一瞥すると、力のこもった声で言った。

「兄さん・・・今回は諦めてあげよう・・・」

「!・・・」

勇は目を見開いて雫を見た。

「何でだよ・・!?」

「・・・・・こんな大勢の人達の前でパーツをさらったりしたら、私たちが面倒ごとに巻き込まれることになる。それに・・・」

「わかったよっ・・・」

勇は海月の首元から手を離した。

そして、不服そうな表情を浮かべたまま、勇の姿はとけるようにしてその場から消えた。

「・・・・」

雫は勇が消えた空間をしばらく眺めていると、美森のほうに向きなおる。

雫は、美森の目をしっかりと見据えた。そして微かに・・・本当に微かに笑うと、自分の首にかかっているネックレスにそっと触れた。

「!・・・」

美森も慌てて、自分の首にかった雫と同じネックレスに手を触れる。

しかしそれとほぼ同時に、雫は姿をかき消してしまった。

「・・・・」

美森はしばらくの間、その場に立ち尽くしていることしか出来なかった。

「・・・あ!」

美森はやっと、目の前状況を見ることができた。

美森の目の前には海月と海咲がいた。海月はまだ地面に倒れており、それを海咲が一生懸命、肩を組んで立ち上がらせようとしている。

美森は二人のもとへ駆け寄ると、海咲に恐る恐る声をかけた。

「あの・・・手伝います」

海咲は美森の声に気がつくと、顔だけを動かして美森を見た。

そして、少し驚いたような表情を見せると、微かにその淡いピンク色の瞳を歪ませて言った。

「ありがとう」


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