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エターナル  作者: 夕菜
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第3話 (10)






「雫ちゃん・・・もうすっかり勇君の妹って感じですね」

留維は、雫の背中から視線を外すと、店員が置いていった水を軽く啜った。

「・・・そうだな」

勇も頬杖をつきながら、にやけた顔で言った。

「まっ!最初は俺も大変だったけどな。でも今では、俺のかわいい妹だけど」

留維は勇の言葉を聞いて苦笑する。

「ははは。もうすっかりお兄さん気取りですね。組織に入った頃は、びくびくおどおどしてたんですけどね」

「うるへー」

勇はわざと、子どもらしく頬を膨らませた。

留維は勇の仕草に笑いを返すと、言葉を続ける。

「でもあの時、雫ちゃん・・・でも、あの時は結でしたか・・・が、記憶を失くしてくれて助かりました。そのお蔭で、記憶を少しいじるだけで済んだんでしょう?」

「・・・・―――おう」

勇は留維の言葉にドキリとし、彼から視線を外してそう呟く。

「それで・・・星夜せいやは“夏の民の力”を手に入れたのですか?」

「おう!とっくの昔に手に入れた」

勇はにかっと笑って、指で丸の形を作った。

「・・・それで残ったものはどうしたんですか?」

「星夜が好きにしていいって言ったから、美森にあげたよ」

「・・・美森?」

留維は初めて聞く名前に、眉を寄せた。

勇は留維の表情の動きに気が付く。

そういえば、留維は美森のことをまったく知らないのだ。

「あ~と、留維には話してなかったな。美森のこと。一言で言えば・・・美森は俺の友達!」

「ほお・・・。友達ですか。その子はレストの民なのですか?」

留維は、妙にトーンの落ちた声で聞いてきた。

勇はそれに比べ、元気な声で言う。

「いやっ、違うな!瞳の色はそうだけど。なんか地球って惑星から来たらしいぞ」

「・・・地球?聞いたことありませんね。・・・彼女は何をしにエターナルに?」

「あー、なんか、そいつの首もとに時の・・・・」

勇はそこまで話すと言葉を止めた。

(そうだ・・・こいつらは・・・)

・・・こいつに時の民の印のことを話したら、多分やばい事になる。時の民の印と聞いただけで、こいつは目の色を変えるだろう。

そして殺してまでも、その力を手に入れようとする。こいつらは・・・。そう、人殺しが好きだ。殺すのを、そして殺されるところを見るのが好きなんだ、こいつらは。

雫の実の姉─秋の民の初音を、留維は五年前のあの日に殺した、と思っているらしいが・・・彼女は生きていた。雫の姉は留維と吏緒には殺されてなかった。

留維はそのことを知るはずないが、そのことをあえて勇は話そうとは思わなかった。

勇は留維のそういう考えには絶対についていけない。殺すなんてそんな恐ろしいこと、できるはずがない。

「ときの・・・何ですか?」

留維は眉間にしわを寄せ、勇のことを見てきた。

(こいつに時の民の印のことを話したら・・・美森のことを殺しに行けって言ってるようなもんになっちまうっ・・・)

勇の心臓の鼓動はいつの間にか早鐘のようになる。

「あ~あ~あ~っと!違う!違う!時の・・・じゃなくて・・・と・・・と・・そう!!トースト!トーストが食べたいがために、美森はエターナルに来たんだよ!エターナルのトーストは美味しいからなぁ」

 勇は言った後、すぐに後悔した。

トーストが食べたいがために、違う惑星から来る奴なんてまず、いない。

勇は怪しまれることを覚悟で、言葉を続けた。

「あ~!美味しいもんな!!トースト!食べたくなっちまったよ!」

「・・・・」

勇は笑顔を作ってドギマギしまがら、留維の無表情の顔を伺う。

留維は少しの間の後、くすっと笑うと「そうですね」と言っただけだった。







「・・・どこだここ?」

楓が目を覚まして、最初に発した言葉はそれだった。

「もっ森だよ!」

美森は即座に返事をする。

楓はぼんやりと美森のことを見ると沈黙の後、言った。

「・・・っていうかお前誰だっけ?見たことあるような、ないような」

「・・・私・・美森だけど・・・」

「・・・・あっ!そうだった。そういう名前だったな!」

「・・・・」

美森は顔をしかめた。

(・・・あんなに心配してたのに・・)

楓が自分の名前を忘れてしまっていたなんて、ショックだった。

すると楓は顔をしかめる。

「・・・俺どうしてこんなところで寝てんだ?・・・確か俺・・・レストの民に会って・・・それからどうしたんだ!?」

「・・・・分かんない」

美森は思わず目を伏せた。

その先の事は話したくなかった。美森にとって、思い出したくも無い出来事だ。

美森があのとき、どうにかしていれば、楓は今のようにならなくて済んだかもしれない。

今の楓の瞳は、夏の民のパーツの瞳ではない。今の楓の瞳は――――レストの民のものだ。

それに、その事を楓は気づいていないようだ。

・・・その事をどうやって楓に伝えればよいのだろう。

「なーに暗い顔してんだよ!分かんないならさっさとサマの町に帰るぞ!?」

楓はそう言うと地面から立ち上がる。

美森は、彼の発言と行動に心の中でかなり焦っていた。

「・・・」

美森は、地面にしゃがみ込んだまま何もできずに固まる。

「どうしたんだよ?立たないのか!?」

楓が、美森のことを見下ろしながら困ったように聞いてきた。

「・・・・」

(どうしよう・・・。このままサマの町に帰ったら、絶対に町の人たちは気づく。・・・今、ここで楓君に言った方がいいの・・・?)

心臓の鼓動が速くなる。冷汗も出てきた。

言うなら今がチャンスだ。

「立たないなら、俺だけで先に帰るからな!」

「!!」

楓は呆れたようにそう言うと、スタスタと歩きだした。

「・・・!!」

(ちょっと・・・待って!)

美森は慌てて立ち上がると、楓の背中を追いかけた。




「あったぞ~!サマの町!」

「・・・!」

美森は俯いていた顔を上げた。

木々の間から、あの懐かしいサマの町が見えた。

(・・・どうしよう!もう着いちゃった・・・。言うには今しかない・・・)

事実を知った楓の顔が美森の頭のなかを埋め尽くすが、町の人たちが楓の瞳の色に気付いてしまった情景も美森にとって、とても見るに堪えないことだった。

(それなら・・・・)

美森は心の中で深呼吸をすると、緊張しながらゆっくりと口を開く。

「・・・楓君・・」

「なんか町の様子がおかしい!!」

「!!」

楓は唐突にそう叫ぶと、町の方へ猛スピードで走り出した。

「!!・・・」

(やばいっ・・・!)

美森も必死に、楓の後を追いかけた。








「それにしても勇君、昔に比べて随分と明るくなりましたね」

「・・・そうか?」

勇は話題が変わったことにほっとしながら、留維の顔を見た。

留維は相変わらず、口元に薄い笑みを浮かべている。

「そうですよ。・・・やっぱり妹ができたからですかね」

「~まあ、そんなところかもな!でも、もともと俺の性格が明るかったっていうのも、あると思うぞ!」

「ははは。そうですね」

留維は軽くそう笑うと、水を一口啜る。

「そういえば・・・あの人も、妹か弟がほしいって騒いでましたね」

「・・・あぁ。帆風ほのかのことか。そういえばそんなこと言ってたなぁ」

「・・・」

「・・・」

勇は沈黙の後、口元に笑みを浮かべた。

「帆風にあの2人のこと、紹介してやっか!・・・あ~~っ、面白くなってきた!!帆風きっと喜ぶぞ!」

 そう、帆風は勇のもとに雫がやってきてから、それをいつも羨ましがっていた。雫の近くに勇がいないときを見計らっては、いつも雫を買い物につき合わせたり、夕食に誘ったりする始末だ。

「帆風の奴、いつ雫を誘拐するか知ったもんじゃないしな!」

「・・・勇君はシスコンですね」

「ん?なんか言ったか?」

「いや・・・何も」

 留維はいつもと同じように、微笑みを浮かべ勇を見ているだけだった。








美森と楓はその光景を見て、言葉を失った。

・・・美森が、最後に目にしたサマの町は、青々した木々や、家々があって綺麗な町だったのに。

しかし今では、青々とした木々はすべて枯れ、数多くの家々が半壊している状態だった。

「―――っ!何だよ!?これ!」

楓はそう怒鳴ると、町の入口に向かって走り出す。そして、地面に倒れている看板を飛び越えて町中に向かった。

(一体、何があったの・・・?)

美森も、楓に続き、倒れた看板を飛び越えて彼の後に続いた。




「誰かいるのかーーー!?」

静まりかえった町の中、楓の必死に叫ぶ声だけが木霊した。

「俺、楓!!帰ってきたーーー!!」

それでも楓は叫び続けている。楓の顔には、今までにない、不安と焦りの表情が浮かんでいた。

 一方、美森も焦っていた。

 楓の瞳の色を見る町の人々がいないことは幸いだったかもしれない。しかし、この町の状態は異常だ。

 町の人々は・・・どこに行ってしまったのだろう。

「そうだ!俺の家は・・・──行くぞ!オネーチャン!」

「えっ・・・あっ・・・うん!」

 また駈け出した楓の後姿を、美森は必死に追いかけた。





 変わり果てた町中を、美森と楓は走った。

 その間も、町の人は一人として見かけない。

「よかった・・・!俺の家は、何ともないみたいだ・・・」

 楓は、自分の住むマンションを目にするとそう呟き、歩みを止める。

「・・・・」

 美森も歩みを止めると、楓のマンションを見上げた。

「・・・家の中になら・・・母さんがいるかもしれない・・・」

「!・・・」

 楓はそう呟くと、マンションの階段を駆け上がった。

 美森も急いで楓の後に続く。

 ・・・もし、ここで楓の母に出くわすことがあったらどうなるんだろう。楓の家族が無事なことはもちろん嬉しいことだ。

 しかし、美森は瞳の色のことをまだ楓に言ってない・・・いや、言えないのだ。こんな状況のなかで、楓によりショックをあたえることなんて美森には出来なかった。

 楓は、自分の部屋のドアの前で歩みを止めると、勢いよくドアを開ける。そして、早足で家の中へ入って行った。

「母さん!いるかー!?」

 楓の大声が聞こえたのと同時に、美森の楓の部屋の中に入る。

 美森の心臓の鼓動は早くなる一方だ。

 少しの希望を持って、楓の瞳の色を再度確認してみるが、やっぱり彼の瞳の色は・・・黒色だった。

「楓なの?」

「!」

 背後から、女性の声が聞こえた。

 美森と楓は、瞬時に声の方に振り返る。

「母さん・・・!!よかった!」

 部屋の入口には、楓と同じオレンジ色の髪の女性・・・楓の母の姿があった。

 楓の母も楓と同様その顔は、無事に会えた喜びで満ち溢れている。

 楓は母のもとへ早足で駆け寄った。

 が、次の瞬間・・・楓の母は楓の頬を、軽快な音と共に勢いよく平手打ちする。そして、叫んだ。

「いったい今まで何してたの!?ずっと帰ってこないで・・・あんまり心配させないで!」

 彼女のその瞳には、溢れだしそうなほどの涙が溜まっていた。

「ごめん・・・なさい・・・」

 楓は叩かれた頬を手で庇いながら、目を伏せた。

「でも、楓が無事だったんだから・・・それでよしね!」

 楓の母は、楓の前でしゃがみ込み、彼の目を見るとその瞳を幸せそうに歪める。

「きゃぁぁぁ!!」

「!?」

 突然、楓の母は壮大な悲鳴をあげ目の前の楓を突き飛ばした。

「!!」

 美森は、楓の母の大声に思わずビクリとする。

 床にしりもちをついた楓は、困惑した表情を浮かべ固まった。

 楓の母は立ち上げると、先ほどとは対照的な冷たい目で楓のことを見下ろした。

「あんたは楓じゃない!今すぐこの家から出て行って!!」

「何言ってるんだよ!?俺は楓に決まってるだろ!」

 そう言う楓の声は明らかに動揺している。

「・・・・っ」

 しかし、美森には理解できた。楓の母は・・・楓の瞳の色を見てしまったのだ。

 すると楓の母は、美森の方にもその冷たい目を向ける。

「その瞳の色・・・あんたもレストの民ね!!」

「!─・・・」

 楓の母は美森の方に大股で近づくと、美森の手首を乱暴に掴み引っ張った。

「さっさと出て行って!二人とも!!」

 美森は楓の母の力にかなわず、彼女に促されるまま玄関まで引っ張られる。そして、家の外に追い出されてしまった。

 続いて楓も、家の外へと乱暴に追い出される。

「レストの民って・・・何言ってんだよ!!俺はどう見たって楓だろ!?」

 楓の必死の言葉にも、楓の母は耳を貸そうとせず、玄関の扉を閉めようとする。

楓はそれを両手ですばやく防いだ。

「母さん!俺は・・・」

「町を半壊させておいて、何が物足りないの!?この町にはパーツはいない!何度も言ったでしょ!!あんたが化けている、パーツの偽者ならいるけどね!!」

「!・・・」

「楓じゃないか!」

「!」

 声の方に振り返ると、そこにはサトの姿があった。

「じーちゃん!」

「!・・・」

 美森は思わぬサトの登場に、内心かなり動揺していた。

 楓のことをレストの民だと疑わない楓の母がこの場にいる限り・・・・いや、楓の母がこの場にいなくとも、サトも今の楓の瞳の色を見れば・・・。

 サトは両手にもったカバンをその場におくと、美森と楓の傍へ駆け寄った。

「楓・・・美森・・・無事で何よりじゃ!」

 すると、楓の母が美森と楓の間を押しのけて、サトの前に立つ。

「おじいちゃん。騙されないでください!」

「・・・何いっとんだ?実明みあけさん」

 サトは顔をしかめる。

 楓の母─実明は言葉を続けた。

「この人たちは・・・レストの民です。レストの民が、楓に化けているんですよ・・・」

 美森は、実明の言葉を聞いていることさえ辛かった。

 美森の隣にいる人物は、間違いなく夏の民の楓なのに。

「っ─・・・」

(このままじゃ、楓君が・・・)

 美森は動揺している楓を横目で見ると、キュッと唇を噛みしめ、そして言った。

「あの・・・違うんです!」

 が、サトは美森の言葉を聞く様子なく、楓のことを引きつった表情で見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。

「なんと言うことじゃ・・・!!」

「!!・・・じーちゃんまで!何言ってるんだよ・・・!俺の瞳の色は・・・夏の民のパーツのものだろ!?」

 一瞬の沈黙。

 そして、実明は楓のことを睨みつける。

「・・・・そう言って、騙そうとしたって無駄よ。あんたのその闇色の瞳が、夏の民であるはずないじゃない」

「!!・・・なっ・・・」

 楓は言葉を止めた。

 いや・・・止めざるを終えなかったのだ、と美森は思った。

 美森が言うのを躊躇っていたことを、たった今、実明が口にしたのだ。そしてそれは、楓にとって一番残酷な言葉になりえる。

 楓はそのまま口を閉ざしたままだ。

 ・・・・楓は今、何を思っているのだろう。

「・・・実明さん。美森はレストの民ではないぞ。この子の瞳がこの色なのには、理由があるんじゃ」

 美森の視線が、こちらを見たサトの視線とぶつかった。

「!・・・・」

 そして、サトはカバンを手に持つと、実明の横を通り過ぎる。

「すまん。今日も家に泊めて貰っていいかの?・・・・まだまだわしの家は、住める状態ではなのでな・・・」

「え!?・・・はい・・」

 実明は戸惑いが入り混じった声色で、とっさにそう言う。

 サトは、楓の方には見向きもせず彼の横を通り過ぎた。そして、楓の後ろに立っていた美森の肩を優しく押した。

「美森も、実明さんの家にいるんじゃ。まだ外は安全とは言い切れないからの」

「えっ・・・楓君は・・・!」

 美森は必死にそう言う。

 楓が表情を歪ませてこちらを見ているのが分かる。

「・・・あいつは楓の偽者じゃ!きっと良からぬことでも考えいるんじゃろ。相手にせんほうがいい・・・」

 サトはそう言いながら美森の背中を力強く押して、美森を部屋の中に入れる。

「楓君は、レストの民じゃありません・・・!」

 美森がそう言っている間に、続いて実明も部屋の中に入る。そして、何の躊躇いもなく玄関の扉をバタンと閉めてしまった。

(どうして・・・楓君だけがっ・・・!!)

 立ち尽くしている美森の背中をサトが押し、部屋の奥に進むよう促した。

 美森は、入口の前で立ち止まっている足をゆっくりと動かす。

 サトと実明は部屋に入り、立ち尽くしている美森には見抜きもしない。

(何で・・・サトさんも楓君のお母さんも、楓君のことを信用しないの・・・?)

 美森は、目の前でおこったことが信じられなかった。楓は、あんなにも必死だったのに。

 ・・・・それほどまで“闇色の瞳”は、二人にとって嫌うべき存在なのだろうか。

「美森、楓はどこに行ったか知ってるか?美森と一緒に町を出て行ったきり、帰ってこんのじゃよ」

 サトが荷物の整理をしながら、美森に問いかけた。

「っ・・・──闇色の瞳でも、あの人は楓君です」

 美森の声は、自分でも頼りないぐらい弱弱しい。

「闇色の瞳は、レストの民以外何者でもない!お前さんは、例外じゃが・・・」

「でも、楓君も・・・・」

「いいかげん気づいたらどうじゃ。お前さんは騙されておる」

「─・・・」

 サトの呆れ気味の声色に、美森の心がズキリと痛む。

(何で・・・)

 美森はこれ以上、思っていることを口にする勇気がなかった。

 自分の言葉を否定されるのは怖い。まるでそれは、自分自身を否定されているようで。

 しかし、美森はこの場から動こうとしなかった。

 もし、ここから部屋の中へ一歩でも進んでしまったら、楓を見捨てることになってしまう気がした。

 ・・・・そう、楓がこうなってしまったのも、町を一人で出て行かなかった自分に原因があるのだ。

(楓君のところに行かなくちゃ・・・!)

 今の楓に歩み寄って行けるは自分しかいない。楓のために“何か”をできる自信はまったくないが、今の楓を一人にはさせたくないと美森は思った。

「・・・」

 美森はサトと実明に背を向ける。そして、玄関へ向かおうとしたそのとき・・・

「美森、ここにいるんじゃ!」

 後ろから、サトに腕を掴まれた。

 サトは、美森の腕をグイグイと引っ張って、美森を部屋へと入れる。そして、テーブルの前の椅子に美森を座らせた。

 美森は思わぬ事態に、ただ茫然とサトの顔を見上げていることしかできない。

「わしの言っていることが分からんのか?外にはまだでちゃいかん!」

「─・・・」

 サトの表情には、苛立ちが混じっているように見える。

 サトは美森のことを心配してくれているのだ、と美森は思った。

 レストの民がまだ外には潜んでいるかもしれない。こんな子どもを一人で、そんな町中をうろつかせるわけにはいかない、と。

(でも・・・私は・・)

「まだ、ここにいなさいよ」

 実明が、美森の隣に腰をおろしてそう言った。実明は、テーブルの上に置いた三つコップのうちの一つを、美森の前に持ってくる。

 実明の方に視線を移すと、彼女は微笑んでいた。

「・・・・は・・い」

 美森はみんなの優しさが嬉しかった。そして、安心した。

 しかし・・・・そう返事をしてしまった自分を嫌になった。



 美森は、実明の部屋にいた。

 部屋の照明は消えており、あたりは暗く静まり返っている。そして、隣のベッドからは、実明の静かな寝息が聞こえてくる。

 美森は実明が用意してくれた布団の上で、膝を抱えて蹲っていた。

 ・・・・もう、こんな時間になってしまった。

 サトや実明を裏切ってしまう気がして、あれから外には行けなかったのだ。

(自分・・・最低だ)

 もしかしたら楓は、「美森にも疑われてしまった」と思ってしまったかもしれない。

 今の今まで、楓のことは気にしていないように振る舞っていたが、本当は楓のことが心配でたまらなかった。

(楓君・・・大丈夫かな・・・──)

 今の楓の心境を考えただけで、心臓の鼓動が自然と早くなる。

「・・・・行かないと・・・」

 こんな気持ちを抱えたまま、朝を迎えることはできない。

 いや・・・こんな気持ちのまま、朝を迎えることなんてしたくなかった。

 美森は実明に気付かれないよう、ゆっくりと慎重に立ち上がる。そして、実明の部屋から抜け出した。

 美森は、物音をたてないよう気を使って廊下を歩く。そして、玄関まで辿り着くと、夜の闇ではっきとしない視界で玄関の扉を開けた。

「・・・・」

 外は、部屋の中よりは視界がはっきりした。

 離れたところに立っている、街灯のお陰だろう。

 「!」

 美森は次の瞬間、どきりとした。

 扉の横の壁の前に座り込んでいる人物は、楓だった。彼は・・・眠っているようだ。

「─・・・」

 楓は待っていたのだ。誰かがこの扉を開けてくれることを。しかし、誰も開けることはなかった。

 楓はここで信じて待っていたのに。

(最低だ・・・)

 何で自分は、この扉を開けなかったのだろう。

 美森は、ゆっくりと扉を閉めると、楓の隣に立つ。そして、ゆっくりとそこに座り込んだ。

「・・・っ・・・」

 大嫌いだ。・・・自分なんて。






「オネーチャン!」

「!」

 美森は楓の声で目を覚ました。

「なんでオネーチャンまでここで寝てるんだよ~」

 楓は困った顔でこちらを見下ろしている。

 楓の背景に映る景色は明るい。どうやらもう、朝が来たようだ。

「ごめんね・・・」

 美森は昨日のことを思い出して、そう言った。

 きっと楓は、たった一人で不安や恐怖と闘っていたに違いない。

「は?何でオネーチャンが謝るんだ」

 楓は微かに眉間にしわを寄せる。

「・・・だって、私・・・部屋からでてこなかったし・・・楓君に悪いことしちゃったかなって・・・」

 美森は楓が以外にも元気だったことに安心した。しかし、それでも楓に申し訳ない気持ちで一杯なことにかわりはない。

「なんだー・・・そんなことかよ。それにオネーチャンは部屋から出てきてくれたわけだし・・・・謝る必要なんてないと思うぞ」

「・・・」

「まっ・・・俺にとっては、母さんかじーちゃんが出てきてくれた方が嬉しかったんだけどなー」

 楓はにやっと笑ってそう言う。

 美森は楓のいたずらっぽい笑みを見て、自然と気が抜けた。

「・・・あっ・・・そうか・・・」

「って言うか、そこ突っ込むところだぞ!」

「・・・あはは」

 よかった。楓は、自分が思っていたより元気そうだ。

 楓は美森の隣にどかっと座る。

「まっ、どっちにしろ俺は、二人を説得するまでここを離れるつもりはないし!」

「・・・」

 その後、重い沈黙が二人を包む。

 美森の口からは「きっと大丈夫だよ」ということは言えなかった。だって、そんな保証なんて何処にもない。

 ただ、美森に目に映る楓の横顔は、強く揺らぎないものに見えた。

「オネーチャンに聴きたいことがあるんだけど・・・」

 楓は呟くようにそう言うと、美森を見る。

「え・・・何?」

「俺の目って・・・本当に黒色なのか?」

 楓の言葉に、美森の心臓が跳ねた。

 そうか。楓は、自分の瞳の色・・・黒くなってからの自分の瞳の色をまだ一度も見たことがないのだ。

「俺の目の色は・・・夏の民のパーツのものだよな!?レストの民と同じ色だなんて・・・みんなの見間違いだよな?」

「──・・・」

「・・・なんで黙ってるんだよ?」

 本当のことを言ったら、楓は間違いなく今まで以上に傷ついてしまう。しかし・・・このまま黙っていても・・・・

「あんたはレストの民なんだから、その色で当たり前でしょ・・・」

「!」

 その声に振り返ると、部屋の扉の前には実明の姿があった。彼女はその淡い青の瞳を細め楓を見る。

「俺はそんなんじゃない!俺は夏の民の楓だよ!!母さん!なんで信じてくれないんだよ!?」

「─・・・」

 実明の視線が一瞬、楓の顔へ動く。しかし、それは逃げるようにすぐに地面へ落とされた。

 ・・・自分の言いたいことが美明には伝わらないかもしれないけど、またすぐに否定されてしまうかもしれないけど。

 美森は言った。

「楓君・・・ずっとここで待ってたんです。実明さんとサトさんのことを・・・夜がきても、朝になってもずっとここで待ってたんです・・・」

 実明の表情が動く。伏せがちだった瞳が、大きく開かれる。そして彼女は楓の顔を見た。

 と、そのとき・・・

「この子たちが、勇の言ってた妹か弟の候補かぁ。う~ん、どっちも可愛くて迷っちゃう!」

「!!」

 聞きなれない女性の声が聞こえた。

 美森はどこからの声かと辺りを見渡す。そして、目に入った。

 マンションのすぐ近くに立っている街灯の上に、黒髪の女性が腰掛けている姿が。

「・・・誰だよ!?お前!」

 楓がそう怒鳴ると、その女性は街灯の上から自分たちのいるマンションへぴょーんと身軽に飛び移る。

彼女は漆黒の髪に白い肌、カールした長いまつげ・・・・そして、真っ黒な瞳の持ち主だ。

「あたしは、帆風!ちなみにレストの民でーす!よろしくね☆」

 レストの民という言葉に楓、そして実明が息をのむのが分かる。

 そして、美森自身もレストの民─帆風の登場に驚きを隠せなかった。

「・・・こんなときにっ一体なにしにきたんだよ!?」

 楓の声には焦りの色が入り混じっている。

 帆風はそんな楓とは対照的に、可愛らしい笑みを口元に作った。

「何って~、君たちのどっちかをあたしの兄弟にしてあげるため!あたし、ずっと前から妹か弟がほしかったのー!」

 帆風は、楓、美森の顔をまじまじと見つめる。

「きゃー!近くで見ると余計に可愛いく見える!!」

 帆風は一人ではしゃいで、両手をぶんぶん振った。

 美森は帆風の言葉よりも、彼女のあまりのはしゃぎぶりに驚いて思わず一歩後ろへ下がる。

 楓も帆風の様子に表情を歪めると言った。

「うるせー!夏の民の俺が、レストの民のお前の弟になれるわけねぇーよ!って言うかなりたくねーし!!」

 すると帆風は先ほどとは違った、不気味な笑みを浮かべた。

「・・・君たちの瞳の色。レストの民になるには十分だと思うけど。・・・ちなみに、記憶操作なんてあたしたちにとっては簡単にできることだから」

「・・・何言ってんだよ!俺の瞳は夏の民のものだ!お前らみたいな汚い色なんてしてない!!」

「あははっ。君こそ何言ってんのー?君の瞳の色、あたしと同じ色してるんだけど」

帆風はとても楽しそうに、長めの爪の指で楓の瞳を指し示す。

楓は帆風の手を、素早く払いのけると怒鳴った。

「嘘つくな!!」

「嘘だと思うんなら、後ろにいる・・・君の母親っぽい人と、隣にいる女の子に聞いてみれば?まぁ、結果は見え見えだけどね~」

帆風は相変わらずにやにやしている。

「・・・」

 楓はそれっきり、その口を閉ざした。

 楓は分かっているのだ。実明にも、そして美森にも「楓の瞳の色はレストの民のものではない」とは言ってもらえないことを。

「・・・・聞かなくても分かる。俺は夏の民のパーツなんだから、お前のような汚い目の色なんてしてない!」

 沈黙。

美森は俯いて唇をかみ締めた。

(楓君・・・)

 楓はたった一人で不安と恐怖のなかにいる。自分は、ただ見ているだけしかできないのに。

「そんなに信じられないなら、自分で確かめた方がいいんじゃない?」

「!!・・・」

帆風はそう言うと、スカートのポケットから何かを取り出した。そして、険しい顔をしている楓にそれを突き出した。

―――それは鏡だった。

帆風の顔は、自信で満ち溢れているように見える。

「─・・・」

楓は覚悟を決めたように、その唇をきゅっと結んだ。そして、その鏡にゆっくりと腕を伸ばすと、震える指でそれを掴む。

楓はそれを自分の顔の前まで、少しずつ、少しずつ持ってきた。

「!!!―――っ!」

楓は、鏡に映る自分の瞳を見た。

「!!」

 美森は思わず、楓の手のなかの鏡を払い落とす。

 ・・・鏡は鈍い音とともに床へ落ちた。

「─・・・」

 美森は嫌だった。その楓の顔を見ているのが。

 もう、どうしようもないことは分かっている。分かっていても嫌だった。

「・・・これで分かったでしょー?自分の瞳の色。そう!!あたしたちとお・そ・ろ・い!」

「・・・こんなの信じられっか!!」

 楓はその言葉と同時に、帆風の手首を乱暴に掴む。そして彼は、その手に力を込めた。

「─・・・!?」

 しかし、何もおこらない。

 帆風はそんな楓の様子を見て、くすりと笑うと楓の手を払いのける。

「夏のパーツの力を使おうとしたって無駄なんだけど?もう、その目の色・・・君は夏の民じゃない、レストの民なんだから!」

「っ・・・・!」

 楓の表情が見る見るうちに絶望の色で染められる。そして「どうしてだよ・・・」と震える声で呟くと、ガクンと床に膝をついた。

「・・・違う!違うよ!!楓君は夏の民なんだから瞳の色なんて関係ないよ・・・。楓君は楓君なんだから!」

美森は膝をついた楓を見下ろして、必死に叫ぶ。

しかし、楓は美森の言葉に反応せず、震えた息を漏らしながら深く俯いてしまった。

「っ・・・・」

美森はただそのような楓を見守るしか出来なかった。

楓のために出来ることは・・・それしかない。

すると帆風が、美森に笑いかける。

「名前・・・美森っていうんだよね?」

「・・・・」

「美森・・・分かってないね・・・。あっ、でも仕方ないか!違う惑星から来たんだしね。・・・エターナルでは君が思っている以上に、瞳の色は重要なの!

瞳の色はその民であるという証。つまり、その証が無くなると、その民である資格は無くなるわけ。そして、その民だけが使える能力も同時に無くなる。

つまり・・・この楓君だっけ?・・彼はもう、夏の民の力は持ってないし、あるのは・・・残り物のただの魔力」

美森はただ、帆風の顔を見て黙っていた。

楓をこのようにした人が許せなかった。・・・そう、自分の欲望のために、楓の夏の民の力を奪って、楓をこんなにも苦しませた人が。

「なに怖い顔してるのー?ちなみにこの子をこういうふうにしたの、あたしじゃないからー!あんまり怒んないでよ」

「・・・」

「あっ!そうだぁー。あたしの兄弟、どっちにするか早く決めないとぉ」

美森は帆風の言葉に目を伏せた。そして唇を強く噛みしめる。

何も言い返せない自分が悔しくて。帆風に対しての怒りが募りに募って。

「どちらにしようかな・・・よし!!こっち!」

帆風が嬉しそうに指さしたのは、美森の隣で俯いている楓だった。そして、楓の細い腕をつかむと、力強く引っ張った。

「ほら!楓!!早く立って!今度から私が、楓のお姉ちゃんなんだから~!」

「・・・・」

 楓は何も言わずに立ち上がる。その表情は俯いているためここからではよく確認することができない。

「よし!それじゃ、行こうか!!楓!」

 帆風は楓の手を引いたまま、マンションから飛び降りようとする。

「楓君!」

 美森は楓のことを引きとめようと、彼の腕に手を伸ばした。

 が、その瞬間、帆風の人差し指の爪がシュンと素早く伸び、それを遮った。その爪先は美森の手のすぐ横を通過して、床に勢いよく突き刺さる。

「!!・・・」

 美森はその刃のように尖った爪先と、それに削られた床を見て心臓が凍りつく思いがした。

「じゃぁねぃ」

 帆風は肩越しに振り返り、美森を見てにやりと笑う。

 楓はこちらに振り向きもしない。

 帆風は、楓と一緒に、マンションから近くにあった街灯の上に飛び移った。そして彼女と楓は、離れた街灯の上や木の上を次々と飛び移る。

「楓!!」

 突然、そう叫んだのは実明だった。

 実明はマンションの手すりから身を乗り出し、喉が枯れてしまうほどの大声でまた叫ぶ。

「楓ーーー!!戻ってきて!!!」

「!─・・・」

(・・・実明さん)

 美森はそんな実明の様子をただ茫然と眺めていた。

 実明はその表情も声もすべてが必死で、今までの実明とは全くと言っていいほど様子が違う。

 実明がいくら叫んでも、帰ってくるのはただの沈黙だった。

 楓と帆風は、すでに木々の向こう側に姿を消してしまっていた。

「私・・・なんてことしちゃったんだろ・・・。今さらになってあの子が本当の楓だって気付くなんて・・・」

 実明はこちらに振り向かず、ただ呟くようにそう言った。実明は言葉を続ける。

「あんな強がりであきらめが悪い子・・・間違いなく、うちの楓だわ。・・・美森は、夜中もずっと楓と一緒にいてくれたのに・・・私は・・・」

 その後、実明は口を閉ざした。

 美森から見る実明の後姿はとても静かだが、その肩は微かに震えているように見える。

「楓君・・・まだ実明さんのこと、待っているかもしれません・・・。速く行かないとっ・・・」

 美森は早まる鼓動を感じながら、独り言のように言った。

 ・・・・早くいかないと、楓はレストの民の帆風という人に連れていかれてしまう。

(早くしないとっ・・・)

 そして美森は、その場から一歩、踏み出した。

 もう無理かもしれない・・・そう思いながらも、美森の足は自然と早まる。そして美森は、マンションの階段を駆け降りた。




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