第3話 (3)
美森はその夜、ソファに寝転がった後もなかなか寝付けずにいた。
その理由はもちろん分かっている。──“初音の知っていること”を聞きそびれてしまったのだ。
初音の買い物に付き合うという条件も満たしたのだし、夕食のときにでも聞けばよかったのだが、なかなか言い出せずそして、この時刻になってしまった。
(明日こそはちゃんと聞こう)
美森は自分の小心さに飽きれながらも、そう心に誓った。
次の日・・・
「美森。ごめんね。そう言えば、あのこと言ってなかったね」
初音は朝食のとき、そう言った。
「あ・・・えっと・・・」
「私が条件を満たしたら、話すって言ったこと!」
「あっ・・・はい」
美森がそのことを切り出そうか苦戦している最中、初音が美森より先にそのことを言ってくれた。
初音は食べ終えた食器をテーブルの上に置くと、美森を見る。
「美森・・・。美森は忘れてなかったんでしょ?言ってくれればよかったのに」
初音は“あの瞳”で美森の瞳を見据える。
「──は・・・い・・・」
「・・・よしっ。それじゃ話すから、良く聞いて?」
初音はにこっと笑う。
美森は即座に頷いた。
「えっとね・・・美森以外に地球からエターナルに来た人のことなんだけど・・実はその人に私、会ったことあるの」
「!・・・」
「彼・・・美森みたく変わった瞳の色をしていた。彼も、“この世界で一番大切なもの”を探してたみたい」
「・・・あの、その人にはいつ頃あったんですか?」
美森が質問すると、初音は「うーん」と唸って口を開いた。
「・・・半年ぐらい前の話かな」
「・・・・」
(けっこう前だ・・・)
美森の心は沈んだ。
少し前の話だったら、その人に会えたかもしれないのに。半年も離れていては、その人がこの近くにいるという確率は少ないだろう。
「彼、私とまともに会話、してくれなかったし。今思えば、街で突然話しかけたから、警戒されたのかもね・・・。街で変わった瞳の子を見かけたから、他の街出身の子かなーって思ったんだけど・・・まさか、異世界からきているとは思わなかった」
初音は曖昧な笑みを浮かべる。
「・・・」
「それじゃー、行こうか!」
初音は立ち上がると、背伸びをして美森のほうに向きなおった。そして言った。
「“この世界で一番大切なもの”があるところ!」
美森は初音に続いて、街中をあるいていた。
初音が言うには、「私についてくれば分かる」らしい。
美森は、初音からもらった帽子をぎゅっと深めに被る。
(本当にあればいいんだけど・・・)
街の奥まで来たようだ。もう周りには、少し前までたくさんあった家が見当たらなくなっていた。道幅も狭くなり、地面は、砂利の隙間に茶色い地べたが見え隠れしている。
そして少し先には、大きな洞穴のようなものが見えた。
「あれが・・・そうよ。あの中に“この世界で一番大切なもの”がある」
初音が隣に立っている美森に、真剣みのある声で言った。
洞窟の前まで来ると、その様子がはっきりと分かった。
近くで見ると、より一掃不気味に見える。洞窟の奥から誰かの叫び声でも聞こえてきそうだ。
しかし、その入り口は木の根っこや、無造作に伸びた雑草で、人の通れるスペースはないように見える。
(・・・これじゃ通れない・・)
美森は助けを求めるように、初音の顔を見た。
しかし初音は、美森とは違い、動揺などしていなかった。
「よしっ」
初音はそう呟くと、右手を高々と頭上まで持ってきた。そして、すばやくそれを、空を切り裂くように下におろす。と同時に、朝日のような淡い朱色の光と、ものすごい突風が巻き起こった。
「・・・!!」
美森はあまりの眩しさに目を閉じた。
突風で帽子が飛ばされないよう、美森はとっさにそれを手で押さえる。着ているブラウスもバサバサと音をたてた。
「もう大丈夫よ」
初音の声を聞いて、美森はゆっくりと目を開いた。
すでにその時には突風も治まっており、眩しい光も治まっていた。
「!」
そして、美森の目の前には、今までには無かった大きな洞窟の入り口が広がっていた。
「よしっ。これで中に入れるね」
「――・・・」
初音は嬉しそうにそう言ったが、美森はそういう気分にはなれそうになかった。
・・・洞窟の中は真っ暗な闇に包まれており、何も見えない。一歩でも中に入ると、本当に帰ってこられなそうだ。
初音はそんな美森を、知ってか知らずか言った。
「・・・それじゃ、行っておいで」
「・・・一人で・・・ですか?」
美森は初音の言葉に動揺する。
「・・・美森が探しているものでしょ?私はここで待ってるから」
「・・・」
・・・そうだ。自分のことは自分でやるって言ったんだ。サマの町をでるとき、自分でそう言ったではないか。
それに、自分で探そうとしない限り“この世界で一番大切なもの”は見つけることはできない。
「・・・分かりました・・・」
美森の声は明らかに不安が入り混じっている。
「えらい!よく言ったね」
初音は嬉しそうに頷くと、肩掛けカバンから何かを取り出す。
それは、小さなランプのようだった。
「ちょっと待ってね」
初音はそう呟くと、あいている方の人差し指に小さな朱色の光を灯す。そして、それをランプに持っていくとその光がランプに移った。
ランプに移った光は、たちまち大きくなる。
「これ持って行っておいで」
「・・・」
美森は黙って初音から、そのランプを受け取った。
「・・・あっ。この世界で一番大切なものは、この洞窟の一番奥にあるはずよ。・・・行けば分かると思うから」
「・・・・はい」
(本当に大丈夫かな・・・)
初音は美森の気持ちを察したかのように、困ったような笑みを浮かべる。
「それじゃ、頑張って行ってきてね」
初音は、固まっている美森の背中を優しく押した。
「・・・・」
美森は・・・・行くしかなかった。
洞窟の中は、闇と湿っぽい空気だけが存在していた。
これが本当の闇なんだ、美森はそう思った。前を見ても、後ろを振り返っても目に映るものは闇、闇、闇。それ以外は何もない。
ただ、手に持っているランプの灯りが、美森の顔半分を照らしだしている。
(怖い・・・だけど前に・・・進まなくちゃ・・)
「キャーーー!!」
と、美森は出っ張った地面につまずき、壮大な叫び声をあげる。
「・・・」
(つまずいただけなのに・・・)
たったそれだけのことだったが、こうも大声で叫んでしまった。
・・・・自分で自分が恥ずかしかった。
(おちつけ・・・自分。きっとここには闇以外、何もない・・・から・・)
美森は早鐘のようになった心臓を落ち着かせて、また暗闇の中を歩きだした。
洞窟の入口にいる初音は、美森が洞窟に入りしばらくした後、洞窟の奥からの叫び声を耳にした。
(美森でもあんな声出すんだ・・)
しかし初音は美森悲鳴を聞いても、心配することはしなかった。この洞窟は危険じゃない。そのことは既に分かっている。
「きっと何処かにつまずいただけでしょ」
初音はそう呟くと、口元に笑みを作った。
すると突然、初音の目の前に金髪の青年があらわれた。
「――――!!」
「こんちは!」
「――・・・レストの民!!」
初音は、闇色の瞳を持つ青年を目の前にして、その表情を一変させる。
ずっと憎み続けたレストの民が今、自分の目の前にいるのだ。