からから
そんな風に昼休みが過ぎ、あっという間に放課後を迎える。
人もまばらになった教室で、俺は日直日誌を開いていた。
別にまた雑用を押し付けられたのではない。今日はただ、俺が当番の日というだけだ。
「ねぇ、黒板消し変わってくれないかな。私じゃ届かなくて」
「だからいったじゃん。俺がやるから手伝わなくて良いって」
そしてその相方は侑夢である。俺達の学校では隣の席同士で日直を担当するので、俺のペアは藤咲のはずなのだが、アイツは初めての日直を侑夢に押し付けて逃げたようだ。
「自分は他の人の日直手伝うのに、人が手伝うのには厳しいんだ」
「もういい加減許してくれよぉ」
侑夢は黒板消しを置くと俺の前の椅子に座って日誌を自分の方へと手繰り寄せた。
「意外に字、キレイだよね」
「そんな汚い感じしないと思うけど」
「うーん、そうかな」
侑夢はあまり感情が見える人間ではないこともあって、ふざけて言っているのか、本気で言っているのかわからりづらい。
「私、あんまり源元くんのこと、わからないから」
まただ。俺は密かに眉をひそめる。
二人きりになると侑夢は俺の芯へと歩み寄ろうとしてくる。そこに下心は感じられない。かといって侑夢自身が人間に強い興味を持つような人間にも思えない。
端的に言ってしまえば気味が悪いのだ、二人のときの時の侑夢は。
思い出されるのは藤咲の言葉。
あんたが勝手に距離おいてるだけのように見えたけど?侑夢が心配しているのに、そっちが嘘をついて壁を作ってるんでしょどうせ。忠告だけど、侑夢みたいな子は大切にしなさいよ
そのせいというわけではないけども、少しくらいはいつもと違うことしてみても良いかもしれない。俺はそう想って、恐る恐る本心に近い部分をちょっとだけ見せてみる。
「それを言うと、侑夢だってよくわからないけど」
「えっ」
侑夢は驚いたようにこちらを見る。俺はそこまでおかしなことを言っただろうか。
「そうだね。私も、よくわからないかも」
くすくすと笑う声も、囁くような声も、鈴の音のように軽やかだ。
「源元くんは、どうして花奈ちゃんと仲いいの?」
「俺達仲いいのかな。正直、藤咲さんの強引さに巻き込まれてるだけな気がするけど」
「そういう事言わない、相手に失礼だよ。それに、傍から見てると私達三人よりも源元くんが気を許してるなーって思うよ」
俺はどこか責められているような心地になって、押し黙ってしまう。
侑夢の所感の理由は明白だ。俺は藤咲に対しては演じていないからだろう。そして藤咲も俺に対して「源元光」でいることを求めていない。
「源元くん、最近大丈夫?」
「どうしたんだよ急に」
「急じゃないよ。最近ずっと、つらそう」
「寝不足とかかな」
俺がヘラリと笑うと、侑夢は日誌を書いていた手を止めて酷くつまらそうに俺をみる。
「私には、言えない?」
「・・・いや、そんなことは」
言い淀む俺に、侑夢はため息を付く。
俺は怒られる子どものような気分になって、侑夢の些細な一挙手一投足に真意を探って、怯えてしまう。
「本人には言うなって言われてたんだけどさ、花奈ちゃんにお願いされたんだよね。『光の話を聞いてあげて』って」
「え?」
どうしてアイツは俺が必死に覆い隠してきた嘘を暴くようなことをしたのだろう。
藤咲に対して疑うような思考を張り巡らせていると、侑夢は変わらず日誌を記入しながら懐かしむように語り出す。
「源元くんはさ、私との出会いって覚えてる?」
「あんなに泥だらけになった日はないからな」
「ふふっ、そうだね。私も、あれ以来どろんこにはなってないかも」
からからと笑う侑夢につられて俺も笑う。
ふかふかなベットに体を預けた時のような心地よさと共に、俺はあの日のことを鮮明に思い出そうとひっそりと、目を閉じた。




