表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暇でやることない!  作者: 月火水木


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

安楽死について。

適当に書いてたのにほかの作品より読まれてる、、

なんだかフクザツ。

皆さん、安楽死についてどう思いますか。

多くの人にとって身近なテーマじゃないかもしれないですね。

何はともあれ、今日は安楽死について考えていきましょう。

安楽死は、末期のガンになってもう治療の仕様がない、の様な場合において苦痛をあまり感じずに死ぬことです。

この制度はスイスで既に導入されていて、条件さえ整えば誰でも合法的に死ねます。

僕の意見は賛成派です。

安楽死制度が整えられるのが理想だとは思いますが、現実的に導入するべきか否かは現時点の社会において反対です。

さて、我々は自らの意志によって生まれたわけではありません。(変な宗教じゃないですよ?)

自分の意思で生まれたわけでもないのに死ぬこともできずに生きていかなければいけないだなんておかしいじゃないですか。

要は死ぬ権利、を今主張しているわけです。

だから僕は死にたいと思う人が死ねるような社会じゃないとだめだと思うんです。

つまり!!!

現時点では安楽死は非常に条件が厳しいですが、僕は死にたいと思ったらコロッと死ねるような社会もありなんじゃないかなと思います。

さあでは反対の立場になって考えてみましょう。

安楽死を絶対悪として考えるんです。

まず、安楽死を認めるということは全体として自殺を認めていくことになりかねない。

どこまでの死を許容するかが曖昧になってくるんです。

だから一律に死を否定すべきである。

次に、死の不可逆性について。

死は不可逆で、死んだら二度と元には戻らない。

その点で、自殺は軽率で、かつ自殺をするぐらい思い詰めていると正常な判断を下せない可能性が高いということ。

最後に、社会制度において。

現実的に、我々の生きる社会というものは、個々人が自ら生を手放さないという前提で作られています。

それなのに自殺が可能になってしまったら社会全体が崩壊しかねないという点です。

具体例を出しましょう。

例えば、国は、日本は特に教育に力を入れてますね。

年で数億数兆規模でそこに税金を投入しているわけです。

なぜそこまでして教育に力をいれるかと言うと、教育は一種の投資だからです。

子供たちに金をたくさんかけて、将来その子供たちが社会に奉仕して経済を回すために投資している。

なのに、ぽんぽんぽんぽん若者が死んでいったらどうでしょう。

金の持ち逃げのようなものです。

税金ちゅーちゅーして社会に還元せずに勝手に死んでるんですよ。

別に彼らは勝手に金をかけられてるので死んでも彼ら自身に否はないです。

ですが社会を潤滑に回すために人々は生きる義務を負わなければならないんです。

冒頭でも言ったように、ここの制度が整わない限り、安楽死は導入すべきではないと思います。

なんか書いてほしいトークテーマあったら全然書く。

コメントたのむう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ