とにかく私は平凡な結婚がしたい!〜悪徳神子の歪んだ溺愛⁈〜
「ニーナ嬢! 君との婚約は破棄させてほしい!」
「……はあ、そうですか」
大の男に目の前で頭を下げられ、呆れて言葉も出ない。はいはい婚約破棄ね、そうですか。
またですか。
「本当にすまない! これはその、ニーナ嬢に非があるわけではなく……」
「分かってますよ。『神子様』のお告げがあったんですよね」
「ええ、そうです! 神子様が『この結婚は災いのはじまり』とおっしゃったので……」
「まあ、それは大変ですね」
私はそう相槌を打って、元婚約者となった男に微笑んだ。クソが。
おっと失礼、素が出てしまった。でもね、私この理由で婚約破棄されるのこれで三回目なの。
私ももう十八歳。貴族令嬢としてそろそろ身を固めたいのに。
また、あのクソ神子のお告げのせいで破談になった。
この国では『神子様』の発言は絶対的だ。
神子は十年に一度、若い貴族令息の中から一人が選ばれる。選ばれた若者は齢十歳前後にして神殿に籠り、任期を終えるまで神職として神の声を聞くという。
で、今代の神子が誰かというと――ヴェナライン家の令息、エドワード。
彼のことは物心ついたころから知ってる。いわゆる幼馴染。
子どものころから知ってるけど、アイツほど聖人と真逆な男いないわよ。不真面目で、腹黒で、口が悪い。それがなんで神子よ。神様も節穴ね。顔で選んだの?
流石に黙っちゃいられない。
私は婚約が破談になったその足で、神殿の廊下をズカズカ歩いていた。目的はもちろん、あのクソ神子に文句を言うためだ。
エドワードは昔から負けず嫌いだったから、私が結婚して先に大人になるのが気に入らないのよ。
まったく、いつまで子供なの。
廊下の角を曲がると、ステンドグラスの扉があった。そこに入ろうとした瞬間、若い神官がすっと立ち塞がる。
「困ります。この先は祝福料をお支払いしていただいた方しかお通しできません」
「祝福料⁈ なんであいつに会うのにお金払わなきゃいけないのよ!」
「……ルールですから」
神官は貼り付けた笑顔のまま、手のひらを差し出してくる。つべこべ言わずに早くお金を払えと。
クソね。ほんとにクソ。
渋々、私は懐からお小遣いを取り出して渡した。
「ありがとうございます。中でお待ちください」
そして通された先には、人、人、人。その中心に立つ一人の青年に、自然と視線が引き寄せられる。
白の神職衣に、肩まで伸びた銀色の髪。
ステンドグラスの光を背にして、まるで後光が差しているようだった。
くっ、なんであんなに神子っぽいのよ。中身はあのエドワードのくせに!
「神子様! うちの商会が……!」
「焦ってはなりません。今は耐える時です」
「さすが神子様!」
いやいやいや、当たり障りのないことしか言ってないじゃない!
呆れて睨んでいたら、ふとエドワードと目が合った。
「ニーナ!」
やめて! 名前呼ばないで!
周りの信者たちが一斉にこっち見てるじゃない!
エドワードは嬉しそうに笑って、迷いなくこちらへ歩いてくる。
その様子が妙に無邪気で、余計に腹が立つ。
「ああ、ニーナが僕に会いに来てくれるなんて嬉しいよ」
「はあ? そんなわけないでしょ! 苦情を言いに来たの! 苦情を」
「苦情か。心当たりがありすぎる」
「真面目な顔で何言ってんの!」
そう言い合っていると、エドワードはふいに自分の神職衣の裾を踏んでよろけた。そう。この人、意外と鈍臭いの。
私は咄嗟に手を伸ばした。それぐらいの良心はあるわ。
だけどその瞬間。
バチン、と私の手が弾かれる。
「いだっ! はあ⁈」
叩いたのは大神官のアザノラ様だった。
「女人の分際で神子様に触れるとは何事だ!」
「不可抗力でしょうが!」
「懺悔室に連れていかれたいのか!」
「ひっ……!」
やだやだ! そんな噂立ったら、更に結婚が遠のくじゃないの!
「まあまあ、大神官殿。彼女は僕を助けようとしただけです」
エドワードがそういえば大神官も引き下がる。この扱いの差よ。なんなのよもう!
「それで、ニーナ。悩み事って何なの?」
「だから、悩み事じゃないわ! 苦情よ!」
そうもう一度言えば、エドワードは即座に人払いをした。みーんなあんたの言うこと聞く。まるで神になったみたいね。厄介な神だわ。
「アンタのお告げのせいで三回も婚約破棄されたの! どうしてくれるのよ!」
「はは、聞いたよ。『呪われた令嬢』って呼ばれてるって」
「笑い事じゃないわよ!」
怒鳴る私を見つめるその目が、急に静かになる。
「……だって、仕方ないんだ」
「何が!」
「君が勝手に話を進めてるから」
意味が分からない。
「君が誰かと結婚するって聞くたびに、僕がどんな気持ちになるか分かってるの?」
「はあ? 知るわけないでしょ!」
「……鈍いもんね。はあ、僕はあと三年もここに縛られてるのに」
そう呟くとエドワードはじわりと距離を縮める。そして私の目の前まできてふっと身を屈めた。
額に、冷たく柔らかな感覚。
思考が止まる。
「あーあ、こんな務め早く終わんないかな」
「……っ、な、何してんのよ! 今私のおでこにキキキキキキ……!」
「え? 祈っただけだよ」
嘘つけ!
そんな祈り聞いたことないわ。
私は急に身体が熱くなって、咄嗟に額を拭う。
「これであと三年は結婚できないよ。僕の任期が終わるまで待っててね」
「は……? なにそれ……神託⁈」
「もちろん」
詰んだ。
あと三年も独身で社交界の笑い物ってこと? やっぱり私が先に結婚して大人になるのが悔しかっただけじゃん!
「ばか!」
私はそう叫び、エドワードをひと睨みして部屋を出た。
その後どうやって帰ったか覚えていない。イライラとモヤモヤで頭がパンクしそうだった。
もうあいつにも会いに行かない。
行ってやるもんか。あんなエセ神子。
――そして、三年が過ぎた。
あれから私は神託通り、相変わらず婚約と破談を繰り返した。気がつけば『呪われ尽くした令嬢』にレベルアップしていた。
だけどまあ、最近はもう独身も悪くないと思い始めている自分がいるのだけれど。
そんな折、エドワードの神子の任期終了の知らせを聞いた。
あれから三年間会っていない。
どうせ会いに行ったって変な神託で呪いを増強させられるだけだから。
新聞記事には彼の功績がずらりと載っていた。インタビューもまあまあいいこと言ってたわ。
ようやく、あいつも自由になるのね。
ふーーーーーん。
まあ……色々あったけど、頑張ったね。
三年もすぎて、私も結婚に憧れがなくなっていたし、もう意地を張らないでもいいかなって思いはじめてた。
それに一般人のエドワードなんて怖くない。
過去の怒りもイライラも、一旦水に流してあげよう。それで嫌味の一つでも言って、また昔みたいに腐れ縁の仲としてやっていこう。時の流れがそんな風に私の心を大人にしていた。
迎えた彼の祝賀会は、華やかな貴族たちで溢れていた。
そして、その中心にいるのはやはりエドワード。
三年前は喧嘩別れみたいな感じで離れちゃったから、ちょっと気まずいけど……ここは軽く挨拶して……。
と考えていると、数多の令嬢たちに先を越されてしまった。
「エドワード様! わたくしのこと覚えていらっしゃいますか?」「次は私と踊りましょう!」「素敵ですわ!」「婚約者はまだ決まっておりませんの?」「うちの家は婿養子を探してまして……」
……は?
令嬢たちは口々に話し始める。
それをあいつは涼しい顔で聞いている。しかも笑ってるし。
……なんでよ。
なんで。
別に、嫉妬じゃないからね。
ただムカつくだけ。
(私はあんたのせいで数えきれないほど婚約破棄されてるのに! あんたは任期が終わったらモテモテかい!)
再びじわじわと怒りに似た感情が湧いてくる。
決めた。
あいつの結婚、今度は私が邪魔してやる。
目を細めて悪い顔を作る。
そしてそのまま人混みを押しのけ、私は前に出た。
「ちょっといいかしら! みなさんに言うべきことがあります!」
ざわり、と空気が変わる。
全員の視線を浴びながら、私はエドワードを指差した。
私の奇行に、周囲のどよめきが広がる。
それでも構わず私は言葉を重ねた。
「三年前、この人――神子のくせに私にキスしました! 神子任期中に堂々と私――女人に触れました! これは神への冒涜です!」
会場が凍りつく。
周囲の貴族たち、そしてエドワード自身も目を見開いて固まっている。
ざまぁみなさい! これであんたの人生、詰みよ!
ふん、言い訳するならしなさいな。
見苦しい言い訳をね!
証拠はないし、あんたがここで嘘だって一言言えばそれで終わり。
でも、これであんたに多少は疑いの目がいくの! 年配のお堅い貴族連中は娘をエドワードに嫁がせたくなくなるわ。これであんたのモテ人生は終わりよ! ふん、自業自得ね!
――そのはずだったのに。
「エドワード様……嘘ですよね?」
「本当ですよ」
「……え?」
令嬢たちの問いエドワードはただ肯定する。しかもなぜか笑っていた。
令嬢たちはぎょっとしたまま引いていく。
居合わせた神官は真っ赤な顔で詰め寄ってくる。
「エドワード、どういうことかね! こんなこと前代未聞だぞ!」
「はいはい、どうもすみませんでした。でももう昔のことなんで。じゃ」
「おい! 待て!」
エドワードは悪びれる様子もなく、私の手を取って走った。
私も一緒になって走ってた。
あれ……? あれ??
なにこの展開。
人気のない中庭まで来て、ようやく手を振り払う。
「はあっ……ちょっと、急に走らないでよ!」
息を整えながら睨みつける。だけどエドワードはほっとしたように呟いた。
「君に……嫌われてなくてよかった」
「……な、どこをどう解釈したらそうなるのよ!」
「だってニーナは自分の評判を下げてまで僕のことバラしたじゃないか。……そんなに僕を誰かに取られたくなかった?」
「はあ⁈」
いや、それはあんただけモテモテだったらムカつくから!
私はあんたを巻き添えにするために――って、あれ?
言い返そうとして、ちょっと詰まる。なんかこう、完全否定しきれないのが引っかかる。
気を取り直して腕を組む。
「これからどうするのよ。あんた今、元神子にあるまじき問題児よ?」
「どうするって君と結婚する以外ある?」
「え?」
「『この人、私にキスしました』って、斬新なプロポーズだよね。なんか独占欲を感じて痺れたな」
「プロポーズじゃないから! ただの告発よ告発! 勘違いしないで!」
夜空に私の反論が虚しく響く。
だけどそんなのお構いなし。エドワードは嬉しそうに頬を赤らめてやがる。
こら、勝手に手を握るな。
だめだ。完全に浮かれてるよ。……やっぱ腹立つ。
……だけど、だけどね。
本当はなんだか悪くない気分なの。今は内緒にしておくけどね。腹立つから。
【完】
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