母の足跡
「えー、次!ラント、橋本」
あれからも毎日訓練は続いている。正直な話、体格差が大きく、できるだけ技を流しているだけだった。
「かまえ。」
「始め!」
相手が勢いよく降り掛かってくる。
まともな力技ではかなわないので、とりあえずの抵抗だった。
***
「こちらが訓練場です。」
「、、、あれは!」
***
レンゲは初日、飛び級を命じられたが、なぜなのかわかっていなかった。
昔から腕っ節は強い。だが戦闘とは縁遠く、護身術くらいしか知らない。
他の人でもっと上手い人はいるだろうに。
(むしろできないことの方が多いのに。)
「レンゲさん、お昼行きましょう!」
「はい」
昼休み、千尋たちとカフェテリアに向かおうとしていた。
「レンゲ・ラント殿!」
「はい」
「お客様がお呼びです。」
「お客様、、、?」
「ごめんなさい、先行っててください」
***
(なぜ私は呼ばれたのだろう。)
目の前には教官と、見知らぬ老人がいた。
背の低い老人で、着古されたクタクタの道着を着ていた。
かれこれ呼ばれて10分程が経った。
「君、」
「ッはい」
(喋るんだ)
「名前は?」
「、、、レンゲ・ラントです。」
「っふっはははははっ!そうかそうか!あいつの娘か!ははははは!」
(???)
「父をご存知で?」
「いや、まぁそうなのだが、どちらかといえば君の母君だな」
「母、ですか。」
「あぁ、私は成瀬という。君のお母さんは僕の弟子でねぇ。先日訓練を見学しに行った時、君の技を流す姿があまりにもそっくりだから、笑ってしまったよ。」
確かに、レンゲは母に少しだけ学んでいた。
しかし、正直今それが生きているかと言われたら分からない。
「確かに、私は母に技を流せと昔教えられました。まぁ、それしかできませんが。」
「何を言っているんだい、それが1番大切じゃないか。」
「え?」
「まぁ、体格の大きい者には必要ないだろうが、体格の小さい者にとって1番必要なのは、いかに戦わずして勝つか、だ。」
(あぁ、それで母様は、、、)
「そんな大事なことをあいつは君に教えなかったのか?今あいつは何しとるんだ?」
「母は、、、10年前に、、、」
「、、、!」
「そうか、、、」
老人は少しわなわなと振るえ、やがてピタリと止まった。
「レンゲ、私の弟子になりなさい。」
「え?」
「見るにお前は十分な力量を持ち合わせている。十分に現場に出れるだろう。君は筋がいいね。」
「動き出しからの間のとり方も隙がない。こればかりは才能だろう。」
「、、、!」
「だがそれではダメだ。いくら強くたって、生き残れるのは戦わない者だ。逃げられる者だ。」
「強さは続かない。やがて衰える。鍛えた力は、いざという時にとっておくのが生き残りの秘訣だ!」
「あいつが教えられなかったこと、全て教えよう。いいね?」
(母上のことを知っている人、、、)
「、、、お願いします!」
***
「あ、レンゲさん!こっちです」
「お待たせしました。」
合流すれば、千尋、剛田、泉が四人席に座っていた。
「で?用事ってなんだったんですか?」
剛田がカツカレーを頬張りながら聞いてくる。
「実は、成瀬さんというおじいさんの弟子になりまして。」
「ぶふっ、、、は!?」
泉が啜っていたうどんを吹き出した。
「成瀬って、、、あの!?」
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も、この国の英雄さ!」
「先の大戦で陸部隊長として大活躍した武道の達人で、引退してからは育成に力を入れてるんだ。そんな大物に気に入られるなんて、すごいなぁ!!!」
うどんに夢中だった泉が興奮気味で語っている。
(そんな有名人だったのか、、、)
「え、弟子になるってことは、学院辞めちゃうんですか?」
千尋が筑前煮をポロリと皿に落としながら心配そうに聞いてくる。
「いえ、学院には通いながら、休日だけ、成瀬さんの家に。距離もありますから。」
「そうなんですか、、、!」
千尋は安心したようにまた食べ始めた。
「はぁん、、、国一番の英雄に教えてもらえるなんて、幸せ者め!」
「、、、すみません」
「そんなことより、泉先輩は勉学に力を入れた方がいいんじゃないですか?追試になったんでしょ?」
「剛田、、、お前結構言うようになったよな、、、」
泉は吹っ切れたのか、だんだんと素が出てきた。どうやら本当の彼は思っていたより馴染みやすい。
今日も賑やかな昼であった。
***
成瀬の稽古当日。レンゲは列車に揺られ、海沿いを走っていく。列車の連結部分からそっと除けば、雪が降り始めていた。
成瀬の住む地域は、海と山に囲まれ、自然豊かな場所と聞いている。
(アコウの自然はやっぱり大陸とは全然違うな、、、)
列車の寒さに少し凍えてまた席に戻った。
***
「ここかな、」
教えられた住所に行ってみれば、大きな家屋があった。
立派な家だが、古くからあるようでところどころ修復された跡がある。
「ごめんください」
少し声を張り上げて見るが反応はない。
「ごめんください!」
さらに声を大きくするがやはり反応はない。
「ごっごめんくだっ、ごふっ」
「聞こえとるわ!」
いきなりガラッと戸が開いて、成瀬が現れた。
「もう少し待ちなさいな、ちゃんと開けてあげるから」
奥から奥方らしき方が現れた。
「すみません、、、」
「まぁまぁ、入りなさいな」
案内されると、いかにもアコウの家、という空間が広がっていた。
こじんまりとした畳に洋風な家具が置かれ、高級感がある。
中には手作りらしい棚もあり、生活感がある。棚の横に手形が3つあり微笑ましい。
「まぁ、座りなさい」
「はい、お茶どうぞ!」
しどろもどろしながら何とか座ると、これからの話をされる。
「いいかい?これからはこの家の中庭で指導をする。わしのことは師匠と呼ぶように。」
「承知いたしました。」
「そんなかしこまらなくてもいい。実家のように過ごしなさい。」
「あらあら、本当に美船ちゃんみたいねぇ!思い出すわぁ、あの子が来てた時を」
(母上!)
「あなたったら、怪我して引退してすっかり落ち込んでたときで、弟子になりたい子が来たってすっごい喜びようだったわね!」
「母さん、やめんか!」
少し照れくさそうな成瀬に驚きを隠せない。
威厳のある感じがまるでない。
(家族の前ではこうなのか、、、)
「!」
2階からガタッとと音が聞こえる。
(何か落としたのか、、、?)
「2階に、どなたかいらっしゃるんですか?」
「、、、あぁ、息子がな、、、」
途端空気が暗くなってしまう。さっきまでにこやかだった奥方の表情がくすむ。
(この話はしない方がいいか、、、)
「あの、早速稽古をつけていただきたいのですが、、、」
「っあぁ、そうだな。」
***
「うむ。全敗だな。」
(そんな、まさかひとつも通用しないなんて、、、)
弟子になることが決まり、レンゲも気合を入れて訓練に望んだ。
教官に手合わせ願ってアドバイスをもらったり、千尋たちとも励みあってきた。
「だから言っただろう!もっと力をぬけ!もっと日常のようにするんだ!」
「っはい!」
それから何回もダメだしをされるのみ。めげそうになるのを何とかやり抜いた。
***
「さぁさ、そろそろおしまいにしましょう?レンゲちゃん、晩御飯食べてきなさいな!」
「そうするか!」
(つかれた、、、)
「わしは風呂へ入る。」
「はいはい、お湯沸かしておきましたよ。」
部屋へ上がると、美味しそうな食事が並んでいた。
「うわぁ!」
「ふふっそんなに喜んでもらえると嬉しいね!レンゲちゃんは落ち着いてるなぁと思ってたけど、好奇心旺盛なところは美船ちゃんそっくり!」
「あぁ、箸を持ってきましょうね」
お箸お箸〜っと奥方が取りに行く。
「っあれ、3人分、、、?」
思わず口に出すと、奥方がぴしゃりと止まった。
「、、、実はね、うちの子、もう15年部屋に篭ってるのよ。」
「え?」
「初めは、主人も私も、すぐ出てくるんだろうと思って、たくさん声もかけたんだけど、、、」
「私、もうあの子のこと可愛いと思えんのよ、、、」
「!」
奥方がボソッとつぶやくが、あとからハッとして口を紡いだ。
「忘れてちょうだいね。ほんの、ほんの気まぐれだから」
その日は何も返事出来ないまま、夕飯をご馳走になった。
***
「じゃあ、駅まで送ってくる。」
「分かりました。レンゲちゃん、気をつけて」
「ご馳走様でした、美味しかったです。」
しばらく歩き出すと、成瀬が足を止めた。
「?」
「すまなかったな、妻が。初日にあんな話聞かされたって、反応に困るだろう」
「!」
「あれでも本心じゃないと思うんだ。真面目で誠実な人だから、少しつかれてしまったんだよ。私が現場に出ていた時も、随分と苦労をかけた。」
「そうなんですか、、、」
「嬉しいと思うから、次からも、夕飯食べてってくれ」
「、、、はい」
***
電車の中で、レンゲは随分と考え込んだ。
(母上、、、)
レンゲの母は、レンゲが幼い時に亡くなっている。
幼い頃の朧げな記憶。
温かい腕のぬくもり。
(懐かしいな、、、)
今日の奥方の様子を思い出す。
一体どんな気分だったのだろう。
レンゲは結局、降りる駅を乗り過ごし、終点まで乗っていた。




