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心安らぐ場所は

 


 一新暦758年 ハレイル王国にてー


「父上、今なんと?」


「お前には、アコウ国の陸部学院にいって欲しい。」


 レンゲ・ラント18歳。

 誕生日当日だというのに、ついていない。


(よりにもよって陸部だなんて。)


 陸部学院。それは大陸から少し離れた島国、アコウ国で最も誇り高き陸部隊員を輩出する学院。

 レンゲはハレイル王国の名門ラント家の令嬢であるが、世間のイメージするお淑やかなご令嬢とはいえない。

 裁縫や料理は得意ではないし、繊細な作業より、剣を振り回す方が似合うと昔から誰もが思っていた。


「お前ももう18になるだろう。少しは世の中を知っておきなさい。可愛い子には旅をさせよだのなんだの言うしな。」


「父上、だとしてもです。なぜ、なぜアコウの陸部学院なのですか。」


 父は困ったように笑い、眉尻を下げている。


「、、、。それがだな、ラント家に正式に命が来たんだ。」


「命?一体どんな!」


「家からアコウ国陸部学院へ人を送れと。」


「、、、はぁ!?」


「いやいやいや、私も送りたくはないさ。でも、しょうがないじゃないか!命令に背けばハレイルとアコウに溝ができてしまう!国王陛下からもそれなりに言われているし、、、。それに弟のシグレはどちらかというと頭脳派だろう?」


「それはそうですがなぜうちに!我が家は騎士の家系ではありません!」


「実は以前からハレイルとアコウで関係性を深めるために、交流が計画されてたんだ。海を挟むが大陸で1番近いのはハレイルだからな。何かあれば、互いに連携を取れた方がいい。それで、未来ある若者に先駆けになってもらおうということだ。」


 さっきとは打って変わって、突然真面目に話し出す。


「だが、昔から陸部は大陸でも鬼だの悪魔だの言われてきたんだ。今や地獄だと言われてる。流石に陸部もイメージの悪さに焦ってるのさ。」


「そこで!一応名門だし年頃の子いるし、うちに話が来たのさ。父さんアコウに留学してたし!」


(原因最後のじゃ、、。)


「それに!父さんはお前に合うと思うぞ!お前は母さんに似て綺麗だから、婚約話は絶えないし、対応に困っていただろう?もしお前が陸部学院に入れば、向こうから引いていくぞ!」


 確かにそうだとは思うが、あまり快くとはいかない。というか気に食わない。


「、、、承知いたしました。」


「おぉ!行ってくれるか!」


「えぇ。結婚よりも楽しそうですから。それに、、、」


「それに?」


「もし私が断ってシグレが行くなんてことになれば、あの子トラウマになってしまいます。」


 ***


「ふぅ、やっと着いた」


 アコウ国までは船で1週間。

 大陸の文化を採り入れ、自分たちの技術を組みあわせて作られた洋館が建ち並ぶ街は趣深く、ところどころ木造建築が残っているのも面白い。

 古くより続く独自の文化には、やはり目を見張るものがある。

 昔から父のアコウ文化好きのおかげで何度か訪れていたが、来る度に景色が変わっている。

 それだけ発展の速度が早いのだ。


(にしても人が少ない気がする、、、以前はここうどん屋じゃなかったか?)


 ドンッ!

 肩がぶつかって振り返れば、明らかに雰囲気の悪い人達にぶつかってしまったようだ。


「おうおう嬢ちゃん。なんだよ、そんな仏頂面しやがって!」


(うわあ、酒臭っ!)


 レンゲに近づいてきてしつこく絡んでくる。

 どうやら言葉が分からないと思っているらしい。


(悪いが公用語は同じだ!)


 確かに仏頂面と言われれば否定はできない。しかし内心は割と繊細だ。面と向かって言われると腹が立つものである。


(酒臭いし侮辱されたし、もういいだろう。)


 とりあえずはこの場を抜けることが最優先だ。

 多少の戦闘は致し方ない。

 まずは相手の反応を伺おう。


「、、、」

「あ、いたいた!お待たせしてしまってごめんなさい。行きましょう!」


 突然横から聞こえた声に驚く。

 そこには茶髪を後ろでくくっている青年と、後ろにひょっこりと隠れる男の子がいた。


「なんだあ?兄ちゃん、この姉ちゃんの彼氏か?」

「あははっんなわけねぇだろ」


「えぇ、そうですね、、、ってことでお茶しましょう、お姉さん。」


「ぅえ?」


 拍子抜けして弱々しい声が出てしまった。

 手を引っ張られ素直について行く。


 何本もの道を通りぬける。街ゆく人達の間をぶつからないように走るが、いつになっても止まらないので、思わず腕を振りほどく。


「っあの!」


「えっあ、ごめんなさい、、、ってあそこで何してたんですか!お姉さんあそこが危険な通りってわかってます!?」


「え、そう、、、なんですか?」


「そうですよ!あんなとこ観光客でも近づきません!僕らがいなかったらどうなってたか、、、」


(道を間違えてたのか、、、)


「ありがとうございます。でもそんなに危険ならあなた方はどうしてあそこに?」


(すぐ横にいたのに気配に気づかなかった、、、)


「、、、弟の一張羅を干してたら、風で飛んでっちゃったんです。」


「あぁ、そうだったんですね。」


「もうあんなとこ行っちゃダメですよ!」


 食い気味な青年に驚きつつも、ぷんぷんと音が出そうな感じで怒る彼に怖さは微塵も感じない。


「すみません、、、」


(言えないけど、面白い怒り方するなぁ、、、言えないけど)


「あ、そうそう、それにあの時!武器出そうとしてたでしょ!」


「!」


 確かにあの時レンゲはあと1秒遅かったらあの男に一発食らわせようと思っていた。

 しかし武器はまだ見せていなかったはずだ。


(この人、相当な目利きだ)


「、、、すみません」


「まぁ、終わり良ければ全てよし、ですよ!」

「さぁお茶にしましょう!生憎今月はキツキツなんで、安いあんみつぐらいしかご馳走できませんが。」


「え?ほんとにお茶するんですか?」


「え、はい。」


 2人で見つめ合ってしまって、彼が少し赤くなる。そのつもりだったのが自分だけで恥ずかしいのだろうか。


「、、、私の分は私で払います。」


 正直胡散臭いので行きたくはないが、甘味は食べてみたい。


 ***


 木造建築の甘味処。風情があり、昔ながらという感じに思わず胸が踊る。


(、、、!ここ前に来たところだ!)


 まだ残っていたことにびっくりしたが、古い記憶に懐かしくなる。

 代替わりしたのか、店主がおじいさんから若い女性になっていた。


 さらに若い店員さんに案内され、奥のテーブルに座る。


(おぉ!これぞアコウ!)


 木が使われた卓上には、お品書きと砂糖などが丁寧に置かれている。


「なんにしましょうか、、、。あれ、まだお名前聞いてませんでしたね。僕は落合千尋。こっちは弟の織。あなたは、、、。」


「レンゲ・ラント。ハレイル人です。」


「レンゲさん?なんだかアコウの名前みたいだ。」


「私の母がアコウの出身だったんです。それで、、、」


「そうなんですね!レンゲさん、いい名前!」


 素直な褒め言葉に、一瞬顔が緩む。ハレイルでは明らかなお世辞ばかりで慣れていなかったから、なんだかむず痒い。

 こちらが油断していると、千尋は少し驚いた顔をしてこちらを見ていた。


(?)


「お兄ちゃん、まだぁ、、、?」


「あぁ、すまない、織。」


 千尋の隣を見れば、まだ4,5歳くらいの男の子がオドオドとこちらを覗いている。


「はい、どうぞ」


 そう言ってお品書きを渡すが、こちらにはあまり目を向けてくれない。

 並んでるふたりは雰囲気こそ兄弟という感じだが、顔はあまりにていないのだなと感じる。


「お兄ちゃん、僕これがいい、、、」


「えぇ?」


 目をやればそれはメニュー表の表紙にでかでかと写っているパフェだった。


「うーん、、、」


(今月キツキツとか言ってたからなぁ。)


「、、、わかった。いいよ!」


 織がパッと顔を明るくする。


(、、、可愛い)


 ほっぺが少しぷっくりしていて可愛い。つやつやで丸っこい髪型で余計に丸く見える。


「レンゲさん、何にするか決まりました?」


「あ、はい。」


「店員さーん!すみませーん!」


 彼は店員さんを呼び止め、注文を始めた。


 ***


 織はグルメだなあと思いつつも、やっぱり好きな物を食べさせてあげたい。


「それじゃあこのパフェと、」


 今日知り合ったばかりの彼女を見ると、メニューと無表情でにらめっこしている。


(あ、今ちょっとにやっとした。)


「何にします?」


「あんみつ特盛みたらしトリプル丼で。あ、取り皿ください。」


 ***


 しばらくして、頼んだものが運ばれてきた。パフェはフルーツがザクザク入っているし、あんみつ、、、なんとかは確かに特盛だった。


(お腹すいたなぁ。)


 普段はあまり贅沢させられないから、たまの休日は甘やかしてしまう。織を見れば、目をキラキラさせながらホイップクリームをぱくついている。


(可愛いなぁ。)


「はい」


「?」


 見れば取り皿をこちらに渡すレンゲがいた。

 あんみつが乱雑に盛られている。


「え!いいですよ、申し訳ない。」


「思い出したんですけど、昔ここでこれを父と弟と分け合いっこしたんです。意外とアッサリしてて─」


 彼女の純粋な優しさに嬉しくなる。


(僕が自分の分頼まなかったから、気づかってくれたのかな)


「、、、、じゃあ、少しだけ!」


 ***


「今日はありがとうございました。」


 店を出て、お礼を言う。

 なぜ彼があれだけ鋭いのかは分からずじまいだが、敵意は感じないし危険はないだろう。


「こちらこそ!僕こそ、あんみつ分けていただいちゃったし!」


「いえ。あ、織くん。」


「なあに?」


 レンゲはポケットにキャラメルを忍ばせていたのを思い出し、取り出す。


「これ、私の祖国のお菓子で、キャラメルと言います。甘くて美味しいですよ。」


 織は訝しげに受けとったが、一口食べて目をキラキラ輝かせている。気に入ったようだ。


「お姉ちゃん目も髪も僕と違うから最初は緊張したけど、いいひとだねぇ、、、!」


「こら織!失礼でしょ!あと、ありがとうは?」


「へへ、ありがとう」


(そうか)


 確かに織があまり懐いてないのにはレンゲも気づいていたが、初対面だからかと思っていた。


(そりゃあ、まだ小さいし、アコウ以外の人知らないよね)


「ふふっ」


 幼かった頃の弟を重ねて、知らず知らずに笑みがこぼれる。


「どういたしまして」


 思えばこんな気持ちになったのは久しぶりだ。

 シグレが紅茶の卵を割って間違えて殻ではなく中身を捨てた時以来だろうか。

 それとも、父が酔っ払って猫のタロウにキスをしていた時以来だろうか。


(どっちでもいいや)


「、、、お姉ちゃん、笑ってた方がかわいい!」


「うん、僕もそう思う!」


 思わず顔に熱がこもる。それを見て少しふたりが笑った。


「ではまた!」

「またね、お姉ちゃん!」


「ええ、また。」


 ***


「兄ちゃん、あのお姉ちゃんが兄ちゃんの愛人?」


「ぶっ!」


 歩き始めてしばらくした頃、隣を歩く織の一言に思わず飲んでいたお茶を吹き出した。


「なんてこと言うの!っていうかどこでそんな言葉覚えたの!?」


「家にあった本にかいてあった!」


「愛人って何?って聞いたら、本当はダメだけど大好きになっちゃった人っておばさんg、、、」

「違う!違うからね!」


「織、もうその話は絶対しちゃダメだからね!絶対!」


「はぁい」


 会う度に新しいことを知って学んでいる織は誇らしいが、同時に今のようなこともあるので、素直に喜んでいいものか。真面目に悩むも答えは出ない。


「、、、兄ちゃん」


「ん?」


「またすぐ帰ってくる?織のこと忘れない?」


「もちろん!」


(やっぱり、寂しいよなぁ、、、。)


 落合千尋、18歳。

 貴族に生まれ、教育に恵まれ、両親が事故死するまですくすくと育ってきた。

 当主の父が亡くなり、色々あって、まだ小さな弟と共に、途方に暮れる日々。

 幸い、親戚の夫婦が迎えてくれた。

 しかし落合家は貴族とはいえ、余裕がないので頼りきれないのが現実である。おまけに当主不在で立場もグラグラ。

 普通の学院を勧めてくれた義両親に無理を言って、給料が出る陸部学院に通うことにした。


(早くお金を貯めて、恩を返さなければ)


「、、、ちゃん!兄ちゃん!」


「ん!?ごめん、ぼーっとしてた」


「また会える?」


「ん?誰に」


「お姉ちゃん」


 今日あった彼女を思い出す。

 切りそろえられた前髪と、ふわふわとなびく金色の髪。

 初めて見た時、昔聞いた童話の中のお姫様のような風貌に目を奪われた。


(綺麗な人だったなぁ)


 思わず目で追えば変なやつに絡まれていて、しかも無謀にも反撃しようとしている彼女に、声をかけずにはいられなかった。

 もしかしたら彼女は本当にあの大男達を圧倒してしまったかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。

 どうにかして連れ去りたかった。


「うん、またきっと、、、あっ!!」


(連絡先を聞くの忘れた、、、)





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