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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不解決案件

作者: 堀乃す

【捜査資料】No.38265(解決済み)

※文書レベル…最高機密

・情報の組織内での共有。外部の漏洩を固く禁ずる。

・漏洩発覚時、契約書の条項三、並びに条項四が履行される。

・事件の概要を把握している人物には特別手当を支給。

→特別手当0000受給者一覧.xlsx

該当者数:6名(最終更新日:2015年2月4日)


【事件概要】

事件内容:「自殺」

・事件発覚は2005年10月2日(日)。

・遺体は床に倒れる形で発見。

・遺体の首には麻縄が巻かれており、反対の先にはフックが付けられていた。

・天井にはフックが付いていたと思われる5mm幅の穴が空いていた。

・遺体は死後1週間が経過しており、腐敗が進んでいた。

・首が伸びていたことから首吊りしたことは確実とされる。

・その他、目立った外傷は確認されず。

・室内を物色された跡はなし。

・遺書と思われる資料が確認出来たため、当事件は自殺とする。

→「遺書」と記載した書物を禁書指定とし、厳重に保管すること。


発生現場:「東京都東村山市栄町6丁目25-6 305」

・住宅街の集合住宅。

・夜間は閑静な住宅街であり、通行するのは一部の地元民と住民のみ。

・近隣住民から異臭がするという通報を受け事件発覚。

・被害者は近隣住民との関わりを持たず、有力な情報は得られず。


被害者:「田中タナカ 健一ケンイチ

・年齢25歳(1980年6月15日生)

・大学卒業後、一般企業に就職。2005年7月付で退職。事件時は無職。

・死亡推定日は2005年9月20~25日とされる。


補記

・被害者宅には遺書の他、数十もの破り捨てられた紙が散乱していた。

・この紙片を接合した文書も含め「遺書」とし、禁書指定とする。

・また、当事件に類すると思われる案件は特別手当0000受給者が即刻対応すること。

・該当案件リストを作成。随時更新すること。

→不解決案件:神社現象.xlsx

※Pass-当事件被害者名をカタカナ入力。スペースなし。


――――――――――

禁書:「田中健一の遺書(復元済み)」


私は告白します。私自身の罪を。

誰かに伝えたい。

ですが、誰かに話す勇気は私にはありません。

きっと話したとしても、こんな話を信じる人はいないでしょう。

私がおかしくなったと思われて終わりです。

そう自分に言い聞かせたとしても、私には勇気が足りませんでした。


だから書き記します。


~黒く塗りつぶされていた箇所の復元~

【私のたわごととも思えるこの話を。少しでも信じてくれるのなら、調べてほしい。あれがなんだったのか。】


告白と書きましたが、これは告解かもしれません。

きっとこの世界に神はいるのでしょう?

私自身の命をもって、この罪を償えないでしょうか。

足りるとは思いません。

少しでも情状酌量が得られれば、それだけで私は満足です。


好奇心は猫を殺す。


これを読んでも絶対に。この話が真実か、なんて調べないでほしい

これを読むのは両親か、それとも警察の方か。はたまた違う人か。

分かりませんが、お願いします。


間接的とはいえ、その人を殺してしまう。

私はこれ以上、罪を重ねたくはないのです。


それでも。

何があったのかを告げなければ気がすまない私の愚かさを、どうか許してほしい。


(以下は破り捨てられていた紙片の復元)


書き記す上で、少しは私のことを説明しておきます。

私は田中健一。就職に合わせて上京し、今は無職です。


務めていた会社は今年の7月に辞めました。

上司からの叱責と年々増える責任に耐えかねて衝動的な決断でした。

当然、次の会社など決めておらず、早々に再就職先を見つけなければ生活に困るのは目に見えていました。

貯金をするような人間ではなかったので。


それでも私なら。すぐに就職先など見つかるだろうと思っていました。

……話が逸れてしまいました。


結論からいえば、まあ無職と書いているので結論など出ているのですが。就職したかった企業からはお祈りメールをいただきました。ランクを下げれば書類は通るものの面接で落とされ。

私は焦っていました。


何度目かも分からないほど履歴書を書き、面接のために企業に赴き、届いた選考結果に肩を落とす日々。


あの日は履歴書を書く手が思うように進まず、時計が零時を過ぎても志望動機に頭を抱えていたのを覚えています。

翌日も午前から面接があるというのに。その焦りが逆に筆の進みを遅らせていました。


書き終えた時間を正確に覚えてはいませんでしたが、喉が渇いていたのです。

ビールでも飲みたい。

そんな気分でしたが、翌日のためにも我慢しました。ですが、水道水では味気ない。

履歴書を書き終えた達成感を味わうためにも炭酸飲料が飲みたかったのです。


私の家は住宅街なので、少し歩かなければコンビニはありません。

自販機はありますが。少し。歩きたい気分だったのです。


夜風が心地よかったのを覚えています。

夏の暑さが緩和した9月の夜は軽く散歩するには最適と思える気候で、最寄りのコンビニを通りすぎて散歩を楽しみました。喉の渇きなんて忘れて。翌日の面接の予定すらも頭の片隅に追いやって、ただ純粋に散歩を楽しみました。


気の向くまま歩いていたら神社が目に入りました。

思えば私はこの地に引っ越してから一度も神社に参拝したことがなかったのです。

今の私は神にも縋りたい状況なわけで。

夜の闇のせいで輪郭さえも曖昧な、妖しい雰囲気の神社に踏み入ったのです。


ここまでの私の行動。そのどれが誘われるきっかけになっていたのか。

私には分かりません。

ですが、神社に入ったことが明確な分岐点になったのは間違いないでしょう。

そう思えるだけの不気味さが、あの神社にはあった。


~筆跡が荒く書きなぐられている~

【どうして俺は立ち入ったんだ。明らかにおかしかった。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして…………】


久々に立ち入る神社という場所は私の地元の神社によく似ていて、初めてくるのに懐かしさを覚えました。

元は朱色だったと感じられる色褪せた鳥居。

水の音を響かせる手水舎。

少し白さを感じる石で出来た参道。

参道の傍には石柱が立っていて、社号標と呼ぶらしいですね。知りませんでした。


その社号標に神社名が記されていることは知っていましたので、

入口で神社名を確認し忘れた私はそれを確認しました。

ところどころ削れていて、凹凸を失いながらもまだ神社名を伝える機能は保たれていました。


修羅神社。

たしかにそう書かれていました。


その神社では夏に祭りが開かれていて、地域にポスターが張られていたのです。

私は興味がなかったので凝視することはありませんでしたが、修羅神社などという名前ではなかったと思いました。

ですが、そんなことは微かな違和感でしかなく、私は本来の目的である参拝に向かったのです。


財布を開き、いくら賽銭箱に入れるのが正しいのかも分からないため5円玉を投げ入れてお参りしました。

夜の闇のせいで参拝儀礼が書かれたイラストを読み解くことができないため、なんとなくですが。

たしか、一礼二拍手一礼したと思います。

基本は二礼二拍手一礼だったのですね。誤って覚えていました。


最後の一礼をしながら私は就職を願いました。

そして、再び目を開き。

帰路につこうと出口に振り返った私の目に映ったのは、不可解な光景でした。


神社の境内は変わらず夜が落とした漆黒の闇。そこはおかしくないのです。

ですが、鳥居の先に見える景色が明るいのです。

夕焼け空の朱色によく似た輝きが鳥居の外界を支配していて、その眩しさに目が眩みました。


まさか明るさに恐怖を感じることがあるなんて想像すらしていませんでした。

本来ならありえないというのは、安心できるものにさえ怖さを感じさせるのですね。

ことその場において正常なのは暗闇に包まれた神社の方で、深夜だというのに明るい鳥居の外の方が異常なのですから。


ただ、怖いものというのは好奇心をくすぐるのです。

その朱色の世界に向けて、私は歩を進めました。


鳥居の先は、知っている景色とよく似ていました。

似ているだけです。

世界の色がおかしいこと。

太陽も月もないのに地面が照らされていること。

今考えればそこも異常だったのですが、それ以上の異変に私の意識は釘付けになりました。


鳥居から見えていた範囲は知っている景色でしかなかったのです。

似ている、ではなく景観だけで言えば同じ。

だから怖さを感じつつも、それは好奇心と背中合わせの感情だったのです。


鳥居に近づき、外の景色が広がっていくにつれて違和感は増していきました。

ここまで進めば見えているはずのガソリンスタンドがないのです。

代わりにその場所には小学校の体育館が。


鳥居をくぐり外の世界に侵入すれば、違和感という言葉では片付けられない明確な異常の発見に変わりました。

右を見れば見えていたはずの歩道橋は消え去り、それどころかスーパーがあるのです。スーパーの入口は車道に面していました。

左を見れば遠くに交差点が見えるはずなのです。

それもまた、変わっていました。

森林が広がり、道路の先が途中から舗装された緑道に変わっているのです。


私は、何を書いているんでしょうね。

自分で書いていて意味が分からない。ありえない。

これのせいで私は頭がおかしいと思われてしまうかもしれない。

いや、むしろ。その方がいい。

本当は私の頭がおかしくなっただけで、この勝手な妄想で私は自らを殺すのです。


〜用紙1枚を使用して大きな文字で書かれている〜

【真実だ。間違いない。】


私はその街の様相を見て、ようやく本当の意味で恐怖を感じました。

好奇心はなりを潜めて、理解の出来ない状況に対する恐怖が心を支配して神社に逃げるように戻りました。

境内を駆け回り、社務所の扉を引いても開かない。戸を叩いても返答はない。そもそも人の気配がない。


夜の街も静かではあった。

ただそれは人が寝静まった静けさであって、この世界の人の気配すらしない静けさとは全くの別物。

その事に意識が支配された私は更なる恐怖に駆られ、異常の少ない神社の中を駆け回ったのです。


唯一入る事が出来たのは本殿の中でした。

そもそも建物というものが数える程がないのですが。

トイレすらも入口の引き戸が鍵でも閉まっているように固定されていたのですから、逆に扉を開いて入ることが出来た本殿は異常だったのでしょう。


いえ、入ることの出来ないトイレの方が異常なのでしょうか。

あの世界から帰ってきた今でも、どちらが異常で正常だったかは分かりません。


きっとどちらも。あの世界の全てが異常だった。


詳しくないので本殿内部のどこまでが異常だったのかは分かりません。

なので覚えている限りの情報を書きます。


本殿の奥には何かを祀っていると思われる木製の両開き扉が開かれていました。

その扉の中は人が2人は入れる程度のスペースがありました。

何も祀られていませんでした。空っぽです。


両側の壁には絵が描かれていました。

朱色の世界で人々が殺し合う絵でした。

精巧なわけでもなく、絵の意味するものは分かる程度のもの。

エジプトの壁画と同等といえば伝わるでしょうか。

そもそも、神社に絵が描かれているのは普通なのですか?私には分かりません。


そして、私が最後に見つけた床の片隅に書かれた文字。

入って右奥です。


人の首を捧げろ。

十の首を捧げなければ帰れない。


そう、書かれています。

その文字は黒いのですが、どこか赤みを帯びて…

回りくどい書き方はやめます。あれはおそらく血液でした。


もうこんな悪夢はうんざりでした。

精神の他にも何か大切なものが磨り減る気がして、目覚めようと頬をつねり。頭を叩きつけても目覚めることはありませんでした。

私は確かに痛みを感じたんです。ですが、気づかないフリをしました。

だって、夢ならば痛みを感じないはずでしょう?


ここにいると私までおかしくなる気がして、私は睡眠という選択肢をとりました。夢の中で、更に眠るのです。

そして再び目覚めた時には、普段の日常。

苦しかったが普通だった就活の日々を渇望して。


本殿の中は少しひんやりとしていて寝やすかったです。

目を瞑ってしまえば不吉な絵も見えないですから。


私の願いは虚しく、目覚めた景色は本殿のそこでした。

どれだけ寝ていたのか分かりませんが本殿から見える景色は暗いままで、鳥居の外は未だに朱色に染まっていました。


私は不安と恐怖に押し潰されそうでした。

ひとりというのはこんなにも心細いのかと。

誰でもいい。あの大嫌いだった上司でもいい。誰か人に出会いたい。

過呼吸になりかけた私の耳に届いたその音に気がつけたのは、僅かに残っていた理性のおかげでした。


誰かの足音。切望しすぎた結果の幻聴かと、音のする方。

つまりは参道に目をやると確かに人の姿が見えました。

これが幻覚だったら立ち直れないだろうと、私は二度三度と目を擦り。それが現実に存在している人間だと確信しました。


ただ、近づくにつれて暗闇に慣れた目には相手の姿が、朧気ではありますが見えるようになってきたのです。

歩き方もシルエットも男性。

その男性は手にボールを持っていました。

ボールから生えた毛を掴んで。


それがボールなどではないことは私にも分かっていました。

ですが、認められなかったのです。認めたくなかったのです。

まだ朧気である今なら勘違いで終わらせることができるのですから。

これ以上、異常なことは嫌だったのです。


男は本殿へと進み、私は本殿の中にいる。

当たり前のように徐々に輪郭は鮮明さを増し、本当の意味で姿を捉えました。

捉えてしまえば、あれだけ切望していた人を見つけたというのに声をかける気は失せました。

逆に身を潜め、バレないように本殿から男を覗きました。


男は血でまみれ。顔には生気がなく、あるのは狂気だけ。

人の首を手にして。

それから滴る鮮血は、先程起きたであろう惨劇を想像させました。


その男は声を出しました。


これで10人目だ。もう嫌だ。早く帰してくれ。と。


多少記憶違いはあるかもしれませんが内容は合っているはずです。

私は自分がいることがバレたのかと思いまして、肝を冷やしてそれどころではなかったので。曖昧にしか覚えていないのです。


そう言って男は、手にした生首を賽銭箱に投げ入れました。

入るはずのないそれは当たり前のように賽銭箱の上に乗り。

しかし転がることなく賽銭箱の上に留まったのです。

そしてズルズルと何かに引き摺られるように賽銭箱に飲み込まれ、やがて無くなりました。


その光景が何を意味するのか。

本殿の中に書かれた文字を見ていた私には理解出来ました。


彼はあの言葉の通り、10人の首を捧げようと思い。

今、達成したのだと。


言葉通りならば彼は帰れるのだ。

逆に、あの言葉が偽りだったならば彼はこのまま。


私はこの時、何を思っていたでしょうか。

きっと何も思っていなかった。何も考えられず、思考を放棄していた。


ただ呆然と見つめる景色の先で、彼の背後にはいつからか扉が現れていたのです。

なんの変哲もない、普通のアパートでよく見る扉が。


男は背後を振り返り一言。

うちのドアだ。と言いました。

呟きほど小さな声でも静寂が支配するこの世界では聞こえるのです。


男は手から何かを落とし、扉へ向かって1歩を踏みしめて歩いていました。

男の落とした何かは金属音を響かせて地面に転がり、それには目もくれず男は扉を開けて中へと入りました。


そうして、男の姿は消えたのです。

ああ、彼は今。どうしているのでしょうか。

彼もこちらの普通の世界に帰ってきているのでしょうから。

あの世界のことを夢だと思っているのなら、私が知ってしまった事実を伝えるのは彼を不幸にするだけ。

結局、彼も話す相手にはなり得ないのですね。


私は男が消えてしばらく、呆然と。ただ男のいた場所を眺めていました。

この夢を終わらせる。元の世界に帰る方法が近づいたからです。

文字の示す帰る方法では信ぴょう性にかけていました。

ですが、実際にそれが事実であると証明されてしまった。


ただし、そのためには人の首などという、考えるだけでも恐ろしい物が必要なのです。

それがひとつだけではない。10もの数が。


それを理解したからこそ踏ん切りがつかず、私は呆然としていたのです。

動くものが少ないあの世界では、時間の流れが曖昧になってしまいます。

私は長い間、自身と葛藤していた気がしますが、それは5分にも満たない僅かな時間だったかもしれません。

私も。あちらの世界の色に染められていくようで。


~黒く塗りつぶされていた箇所の復元~

【今の俺は、本当に俺なのか?】


私は、彼が消えた場所へと行きました。

本当に消えたのかを知るために。なにかが残されていないかという期待を胸に抱いて。


彼の姿も、扉も消え去っていました。

彼が消えたのはここで間違いない。そして、彼が存在していたことも間違いありません。


私は、彼の落としものを拾いました。

扉に入る直前に落としていたそれ。


今も鮮度の残る鮮血がこびりついた包丁。

持ち手にも付着した血液は、私の手を汚しました。

ぬめり気とべたつきが不快で、手水舎でそれを洗いました。


どうして。手に取ってしまったのでしょうね。

その時の気持ちは思い出せません。思い出したくないだけかもしれません。


綺麗になった包丁を眺めて、朱色の世界に踏み出した私は。

これから先のことを理解して。


~入念に破られていた箇所の復元~

【笑っていたよ。これがあれば帰れると、安心して。】


既に生気を失った顔をしていたことでしょう。


朱色の街は店の形をしたハリボテばかりでした。

コンビニがあったとしても自動ドアが開くことはなく、中に人の気配はない。

ガラスを蹴っても到底ガラスとは思えない鈍い音を鳴らすだけでぴくりともしませんでした。


この世界に人はいるのか。


そんな予感が何度もよぎりながらも、唯一出会ったあの男が私の心の希望でした。

人はいないのではなく、少ないのだと。


神社から出て左の森林を抜け、畑を進み、高層ビル群を抜け、海に突き当たって。

それでも誰とも出会えませんでした。


少し歩めば景色が一変するとはいえ、4度も景色が変わったのならそれなりの距離を歩んでいたと思います。

だというのに私には疲労が少しもありませんでした。

空腹にもならない。あの世界に行ってしばらく経ってから気づいた新たな不可思議な現象でした。


その程度の異常は平常に価値観が歪んでいましたので、この時の私はそれに気がついても何も思いませんでしたが。


先が海になってしまった以上、先を行くのは難しい。

神社から遠く離れて、帰れなくなった時。

首を手に入れても、捧げる場所がなければ意味がないと。

そう思っていました。


来た道を戻り、森林の中で。

私が踏みしめる落ち葉の音の他に、もう一つ音があることに気が付いたのです。


~書きなぐられており、歪んだ文字~

【私は走りました。その音の方に。そこにいたのは高校生くらいの男。髪を茶色に染めた細見の男。何の警戒もなく歩く彼が、俺の走る音に気が付いて振り向いた。その時には俺は包丁を突き刺していた。肉を抉る確かな感触が気色悪くてすぐに包丁を引き抜けばそこからは血液が溢れ出し。傷口を抑えてうずくまる彼の首目掛けて包丁を振り下ろした。何度も。何度も。何度目かでようやく切り離せたそれを掴んで。】


私は気が付けば神社にいました。

衣服は汚れ、とてもじゃないが手水舎で洗い流せるような汚れじゃありませんでした。

すぐにでも手放したい手荷物を賽銭箱に投げ入れて、包丁だけを洗いました。


精神的には酷く疲れているというのに肉体は疲れていません。

このまま休憩をとってしまえば、二度と立ち上がれない気がして。

それは帰ることができない最悪の選択な気がして、私は再び朱色の世界に行きました。


二人目は高架下で寝ていた老人の喉笛を切り裂いて、絶命するのを待ってから切り離しました。

包丁は振り下ろすよりも引いた方が斬れるのですね。


三人目は家屋の屋根の上にいた子供。

小学生くらいでした。子供の顔なんてどれも同じに見えるのですが、この子供の顔は目を閉じれば今も思い出せます。


四人目はスーツを着たサラリーマンでした。

彼の服には大量に血がついていたので、きっと私と同じく帰り方を知っていたのでしょう。

彼は素手で私には武器がある。それが命運を分けました。


五人目はくたびれた様子の男性。

私と同い年くらいで駅のホームに座っていました。私を見た瞬間逃げ出して、なんとか追いつきました。

進んだ先が行き止まりか分からないあの世界では追う側の方が有利だったのです。


六人目は中学生くらいの学生。

制服を着ていて、彼も駅で見つけました。ホーム下の避難スペースに縮こまっていました。

彼は鞄を持っていて、名前は石田勇作というらしいです。


七人目は太った中年の男性。

神社で騒いでいるのを見つけて、そのまま仕留めました。来たばかりだったのでしょう。


そう。このころです。

探索範囲が広がり、更に先へと足を伸ばしたところ別の神社を見つけました。

鳥居の先は暗闇が広がり、社号標はありませんでしたが、本殿の上に書かれた神社名は修羅神社でした。


八人目はヤンキーのような高校生くらいの男。

刺したというのに怯まずに殴ってきました。服は血で汚れていなかったので、そういう性格の人だったのでしょう。

一度逃げて、血痕を辿れば座り込んでいる彼を見つけて仕留めました。


九人目は私より少し年上の男性。

彼も神社で見つけました。本殿に向けて祈りの言葉を捧げて、帰してくれと懇願していました。


最後は小学生か中学生くらいの少年でした。

橋の下で隠れていたというのに泣いていたので分かりやすかったです。


私はこれで10人の


~黒塗りが続く。解読したところ黒塗りの下に文字はなく、ただ黒く塗っただけの用紙が6枚続く~


私は最後の奉納を終え、長く手にし続けていた包丁を落としました。

それが私の凶器の元凶だったように思えて、勝手に手から力が抜けました。

私を救ったのも間違いなくその包丁だったというのに。

持ち帰っていたなら証明に成りえたかもしれませんが、私も捨てたのです。


背後を振り返れば見慣れた懐かしい自宅のドア。

ドアだけがそこにありました。


磨り減らせるものは全て磨り切れた私は縋るようにドアノブに手を伸ばし。

開いた先に見えた私の自室に飛び込むように。倒れこむように。


玄関に四つん這いの形で倒れこんだ私の背後でドアの閉まる音が響きました。

ドアが閉まるときに鳴る軋みも。ゆっくり閉めなければ大きな音を鳴らすドアも。

懐かしくて愛おしいと感じました。


そのまま気を失うように。

私は玄関で眠りにつきました。



スマホが着信を知らせる音で私は目覚めました。

玄関で寝ていたことに疑問を感じつつも、電話番号だけを知らせるスマホの画面を見てだるさを感じながらも電話に出ました。


電話の先は面接予定だった企業の人からでした。

向かう途中で事故にあったのでは、と心配の言葉と。いつ来れそうかという問いを、ぼんやりした頭で聞いていました。

辞退します。と呟いて電話を切って、その場に座りこみました。


この時、私はあのことを覚えていなかったのです。

立っているのも辛いだるさと違和感。その理由を思い出してはいけないと、ストップをかける脳によって発生した頭痛すらもが私を襲って。

その痛みのせいで、私は思い出しました。


あの不可解な出来事を。


まっさきに自分の手のひらを見れば血で汚れて、肌の色すら失っていた両手は肌色のままで。

なら、この体のだるさは何故なのか。

この記憶はなんなのか。


重い体を引き摺ってトイレに急ぎました。

胃から這い上がってくるものを全て出すために。


気を抜けば右手は包丁を握る形をしていて。


きっと昨夜は飲みすぎたのだ。

そんな記憶は無くても。

そして、あれは夢だったのだ。

そうじゃなければ私は、殺人鬼だ。


夢だ。夢だ。と自分に念じ。

パソコンを起動しました。

あれは夢だったという証拠が、欲しかったのです。


スマホも確認して友人たちとのメッセージを確認しても一緒に飲んだらしいやりとりはなかった。

財布を確認すればあの時、炭酸飲料を買うために抜いた千円札だけが確かになくなっていた。

ポケットをまさぐれば千円札が出てきて。


やめてほしかった。

私の記憶通りの証拠なんていらないのですから。


起動したパソコンでネットを開き。

開いたところで何を調べるのかと固まりました。


私の手は無意識に。

いいえ。証拠欲しさに私の知らない。知っている名前を打ちこんでいました。


石田勇作。


六人目に私が殺した中学生と思しき学生。ホーム下の避難スペースにいた彼。

そんな名前の人物には、これまで出会ったことがない。

検索して何も出てこなければそれでいい。

出てきたとして、私が殺した彼と同じ見た目の同じ人物なわけがない。


試しに調べていただければ分かりますよ。

石田勇作という人名を。スクロールし続けると行方不明者捜索サイトが見つかると思います。

そこに掲載された写真の石田勇作は私の記憶の中の彼と瓜二つなんですよ。


私はその行方不明者捜索サイトを陽が沈んで、朝日が昇るまで探し続けました。

偶然の一致だったと、きっとどこかで石田勇作のニュースか何かを見て、それが記憶に残っていただけだと思いたかったので。

結局得られたのは私の絶望だけでしたけどね。


一人目:小林隼人

二人目:不明

三人目:鈴木翔太

四人目:不明

五人目:伊藤亮

六人目:石田勇作

七人目:不明

八人目:不明

九人目:松本徹

十人目:井上誠


これが私の調べた情報です。

顔から名前を割り出したので間違っているかもしれませんが。


知らないんですよ。彼らのことなんて。

知らなかった、はずなんです。


それでも知っていた。


私は、おかしくなってしまったのでしょう?

誰か調べてこれは嘘偽りだったと言ってくれ。


間違った記憶に踊らされて、自死した変な男。

それがいい。俺にとってはそれが一番幸せな結末なんだ。


誰か。もう、何もする気が起きない俺の代わりに解決してくれ。

頼むよ。


この件に関わってはいけない。お前のためにも。


夜の神社に行ってはいけない。


――――――――――


不解決案件:神社現象.xlsxを開いています。


――――――――――


Passを入力


――――――――――


Pass:タナカケンイチ


――――――――――


不解決案件:神社現象.xlsxを開いています。


――――――――――


不解決案件:神社現象


当記録は田中健一の遺書によって判明した異常の記録。

判明している現象の情報を書き記すこと。

未確定情報の場合、情報の冒頭に(未)と記すこと。


▶該当案件一覧


▶未対応神社一覧


▼現象詳細

田中健一の遭遇した案件は神社のみで発生する。

丑三つ時(午前二時~二時半)の三十分間、神社の名称が変化する。

神額(鳥居の中央)、社号標(石柱)、扁額(本殿の正面)が変化する。

拝殿の扁額や社務所前の看板などの変化は確認できていない。

その時間に単独で神社に立ち入り、参拝することで修羅神社から異世界への道が開かれる。

単独だったとしても神社外から参拝の姿を見ている第三者がいた場合、神額、社号標、扁額のいずれかを見ている第三者がいた場合、この案件は発生しない。

また、神社外から見る時は変化している神社名が本来の神社名として視認することができる。

カメラを設置し、神社名の変化する箇所、参拝箇所を録画していた場合、同様にこの案件は発生しない。

ただし、録画機能がなくその映像を観測している人物がいない時、案件は発生する。

神社名の変化は肉眼でのみ観測可能であり、撮影の場合は通常の神社名が映し出される。


修羅神社から訪れることの出来る異世界。以下、修羅とする。

修羅では上記の案件によって、修羅へ訪れた人々が彷徨っている。

元の世界に戻るためには点在する神社に設置された賽銭箱に合計10人の遺体をいれること。

この際、神社は別の神社でもカウントは統一される。

(未)遺体は首のみである必要はなく、絶命しているかどうかが基準となる。

(未)修羅の物は基本的に破壊不可能である(C4爆弾にて木を破壊できず)。

→破壊可能物:落ち葉(落下した枝等も含む)、修羅に訪れた人が落とした物、修羅に訪れた人物

(未)修羅では朱色(F26649)の輝きが当たっているように地表の色が変化しているが、実際に光が当たっているわけではない。

(未)鳥居を境に神社の境内のみ夜の様相のまま変化しない。

修羅とこちらの世界の神社の様相はリンクしており、こちらで神社を破壊した場合、修羅にも影響が現れる。

賽銭箱を破壊した場合、修羅での賽銭箱は奉納不可となる。

修羅では本殿のみ開閉が可能であり、こちらの世界での戸締りは影響しない。

本殿内部の様相は変化し、田中健一が記載していた絵が描かれ、本殿内の御神体などは消失する。

(未)田中健一が訪れたと思われる神社以外では血文字を確認できず。

(未)修羅にある建物や景色は現実にあるもの、あったものが現れる。

(未)→こちらの世界で該当の建物を破壊しても修羅に影響はない。

(未)修羅の広さは測定不能

こちらの世界に戻った際、記憶は保たれる。

(未)戻される場所は自宅であり、自宅がない人物は何人奉納しても帰りの道が現れない。

こちらの世界では時間の経過がなく、瞬間移動のような事象が発生する。

修羅で銃を発砲した際、戻ったこちらの世界では硝煙の痕跡も弾丸の減少も確認できず。

(未)修羅では時間の経過による身体への影響、疲労の蓄積は起こらない。


修羅に行ったと思われる人物は「該当案件一覧」に記載すること。

修羅からの帰還者は自死、発狂、もしくは犯罪による投獄が多数。

修羅から帰還したと思われる人物のうち、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()は要注意人物とし、動向に注意すること。


実行可能な対策として。

・各神社に録画機能付きカメラの設置を進めること。

・本案件に関連する情報の規制を徹底すること。



本件を公表することで、興味本位から修羅へ向かう人物の抑制が困難な点。

全ての神社の破壊が現実的に不可能な点。

修羅での調査を進めることの難易度が高い点。


故に、本案件は解決が不可能。()()()()()として最高機密に指定する。

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