表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

序幕 第零話:「古の神の囁き ― 風の導き」

夕暮れの風が囁く。

忘れられた誓いが目を覚ますとき、

龍神の血は、時を越える物語を紡ぎ始める──。

 県立白鳥(しろとり)高等学校の校門を出て歩き出した少年の背筋は、自然とまっすぐに伸びている。

 170センチの均整の取れた体躯は、鍛え上げた剣道部員らしい整いを備えていたが、決して筋骨隆々ではない。むしろ、しなやかさを秘めた線の細い体つきが、動きの軽やかさを際立たせている。

 表情は落ち着き、少し無口な印象を与えるが、その瞳の奥には何かを探し求めるような静かな光が宿っていた。肩から下げた鞄と竹刀袋が揺れ、夕陽の中でその影は長く伸び、舗道の先で夕闇に溶けていく。


 宇佐義輝(う さ よしてる)は、校門を出た途端に妙な肌寒さを感じた。

 足が自然と緩み、耳の奥に意識が向く。──言葉にならない声が、かすかに響いていた。


 ──(…り…け…)


 聞き覚えがあるのに、何故か誰の声か思い出せない。途切れ途切れのその声に、なぜか胸の奥がざわめく。

 その響きは、胸の奥をそっと撫でるような懐かしさを帯びていた。


 足は自然と、町の中心にある古い神社へ向かっていた。

 そこは、子どもの頃によく遊びに行った神社──境内の片隅に、祖母からもらったアベマキドングリをこっそり埋めた思い出の場所だった。




 今日は濃い雨雲に覆われているせいか、境内は昼なのにより一層薄暗く感じる。

 苔むした石段を上がると、空気は冷たく重く、息苦しさを感じる。耳の奥で何者かの低い唸りが響く。

 社殿の奥から、黒いもやが滲み出し、神社の奥行きが見えない。


 その社殿の中に──透けかけた白拍子の女性が立っていた。

 輪郭は水面に映る月のように揺らぎ、白い衣がかすかに光をまとっている。

 その胸元には、小さな朱の紐飾りが一筋だけ揺れていた。

 それは社殿に渦巻く邪気の中で淡い光を放ち、まるで助けを求める灯のようだった。

 その女性は懸命に念話を送ってくる。


 ──(…け…す…け…)


 …の後に、冷えた空気の中に温もりを残すような吐息が重なる。

 断片的な言葉の中に、切迫感と温かさが混ざっている。




 ふと、社殿横の木立の中へ引き寄せられる。

 そこには、幼い日に埋めたアベマキドングリが成長した若木があった。

 奇妙なことに、その周りだけは邪気が薄く、空気が澄んでいるように感じる。

 若木の根元には、艶やかなドングリがひとつ落ちていた。


 義輝はそれを拾い上げ、濡れた両手で胸の前に抱え込む。

 なぜか涙が込み上げてきて、無心で手を合わせる。




 祈りは静かに、しかし確かに境内へ広がっていった。義輝の胸の奥で灯った光が、雨粒に触れるたびに白銀に輝き、空気に溶けていく。

 やがてその光は若木から大地へ流れ込み、境内全体へと脈打つように広がった。


 突然、入口の鳥居の方から突風が吹き込んできた。

 突風だが、何故か肌触りが柔らかく、義輝を優しく撫でながら吹き抜けていく、不思議な感覚だった。その風の中に、かすかな誰かの息遣いを感じた気がした。

 突風が境内を包んだ瞬間、雨音が遠のき、世界が息を潜めたように静まり返った。風が雨粒を白銀に変え、光をまとって渦を描く。その渦が、社殿の周りに渦巻いていた黒いもやを天へと攫っていった。

 雨は冷たさを失い、どこか温かな匂いを帯びて降り注いだ。

 そして、雨なのに、小鳥達が一斉に囀り始めた。まるで何者かから解放された喜びを歌うかのように。




 もやが消えた後、天雅の輪郭がはっきりし、目に光が戻る。義輝の方を見て、深く礼をする。


「……お主には、その血が流れている……」


 白拍子の女性の表情が懐かしそうに緩み、微笑んでいるようだった。その笑みが、幼い日に見た笑顔と重なった気がした。その目には、安堵と、遠くを見つめるような切なさが同時に宿っていた。


 その言葉を残し、白拍子の女性の姿は淡く消えた。次の瞬間、義輝の脳裏に、幼い頃この神社で白拍子の女神と過ごした断片的な記憶がよみがえる。

 境内に響く笑い声、かくれんぼ、枝に腰掛ける天雅──神社での楽しかった思い出。そして「守ってやる」という幼い自分の声…。


天雅(あまのみやび)…?」


 しかし、義輝には、その言葉の意味は分からないままだった。雨音の向こうで、風が何かを囁いた気がした。


 小鳥の囀りが、ふと途切れた。境内に静けさが満ちる。

 義輝は握ったドングリに視線を落とし、ゆっくりと息を吐く。


「二度と……消えさせない」


 その誓いは、もう幼い日の遊びではなく、未来への約束となっていた。


 雲が切れ、社殿の屋根に一筋の光が差し込む。雨は止み、濡れた境内からは新しい風が吹き抜けた。その風は、境内の邪気を祓うだけではなかった。

 義輝の胸の奥で、何かが静かに目を覚まそうとしていた。


挿絵(By みてみん)

読んでくださり、ありがとうございます。

風が囁き、雨が光に変わる──それは遠い神代から届いた、目覚めの兆し。

義輝が耳にした声の正体は、まだ霧の向こうにあります。

けれど、その一歩がすでに物語を動かし始めました。

どうか、この先に続く光と影の旅路を、共に歩んでいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ