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第一話

 午前零時。

 俺は残業を終え、帰宅する。

 一人暮らしを始めてはや五か月。家族…親や兄弟がいない環境での生活は、なんとも複雑な状況下であると、最近気が付いた。

 電気代や水道代、さらには自分一人の三食を新入社員である俺が全て(まかな)わなければならないのは、極めて簡単なものではなかった。

 少しでも早く昇格しなければ、こんな最低限の生活費で手一杯な生活から抜け出せる筈がない。なので、今日も日が変わるまで残業し、進捗を稼いだのだが…。

 などと考え事をしていると、すでに自分の住居の前まで来てしまっていた。

 築何年か分からない、木造の二階建てアパート。住人は一応はいるものの、俺ほど若い人は住んでいない。

 俺の部屋は二階の一番左。階段をのぼり、部屋までの廊下を歩くたび、ミシミシと木が傷む音がする。

 はっきり言ってかなり怖い。こんなアパート、地震が来れば一瞬で崩壊してしまうのではないかと。しかし、俺はまだ平社員にすらなれていない。節約できるところは節約しなければと思い、ここら一帯で一番家賃の安い部屋を借りたのだ。

 それが間違いだったのだろうか。

 ドアを開け、部屋に入る。中は、相変わらず真っ暗だ。月明りすら見えない宵闇に晒され、鏡すら反射光を出していない。

「帰ったぞー」

 部屋に入るなり、俺はそう言った。勿論、同棲する人間など俺にはいない。

 人間は、の話だが。

「おかえりー」

 明らかに木霊の類ではなく、トーンの高い女性の声が返ってくる。刹那、家の電気が一斉に光を出した。

 ドアを閉め、玄関で靴を脱ぐと、それをそろえる。そして、部屋の廊下を進んでまず先にあるリビングに入った。

 そこには、卓袱台の前で胡坐(あぐら)をかき、煎餅を貪っている女性がいた。


「遅かったじゃ~ん。今日も残業?」

 鼻につくような話し方をし、俺の部屋でくつろぎまくっているコイツは、幽霊だ。

 色白く美人な顔で、服は何故か高校生の制服を纏っている。これだけの情報だけなら、まだぎりぎり文化部のJKなのだが…。

「あぁ。…っていうか、そこどけてくれ。座布団は一つしかないんだぞ」

「……」

 彼女は身軽そうにジャンプし体を宙に浮かせる。

 胡坐の体制で空中をぷかぷか浮いているその姿は、悟っていっる仙人のようで少し面白い。

 俺は躊躇なくさっきまで彼女が腰かけていた座布団に座る。

「レディに座らせないのはどうかと思うけど~?」

「死人に口なしだ。それに、お前はそれができるから、尻も痛くならないだろ」

「…バカ」

 俺は卓袱台に肘をつき、彼女の方を見て鼻で笑った。

 何故、俺がここまで幽霊である彼女に慣れているのか、話すと少し長くなる。


 それはほんの四か月前、ここに住み始めて一か月が経とうとしていたころだった。

 入社して初めての仕事が終わり、その日は珍しく定時帰りだった。

 家に帰り、ドアを開けたところで俺は違和感に気づいた。

 電気が、付いていたのだ。

 俺は、過去に見たストーカーの話を思い出した。家に帰るとエアコンがついていたり、人形の向きが変わっていたりしたアイドルが昔居たそうだ。

 泥棒、ストーカー…

 俺の頭には、犯罪の二文字が浮かんでいた。同時に危機感を覚え、今日はホテルに泊まろうか、なんて思ったが、給料日前日、それだけは避けないと一文無しになってしまう。

 俺は、勇気を出してリビングに突撃した。手には、反撃するための鞄を握って。

 勢いよく扉を開ける。そして、鞄を闇雲に振りかざそうとした時、俺の目には不可解な光景が映った。

 一人の女性が、警戒心もクソもない態勢で寝転んでいたのだ。

 女子高生のような恰好をし、寝転んでいる女性。その時の俺は、その女性が部屋を間違えたぐらいにしか思っていなかった。

 軽く揺さぶり、声をかける。それだけで、厄介ごとにはならない。俺は、そのような結論に至った。

 そして、女性の方に触れた時だった。

 その体の冷たさに、思わず声が出た。

「ヒッ!」

「…うぅん…。」

 その声に驚いたのか、女性が少し動いた。

「!」

 女性は、大きく欠伸をし、ゆっくりと起き上がった。

 そして、目をこすりながら俺を見て…。

「キャアアァァァァァァ!」

 叫んだ。それにつられ、俺も大絶叫した。


 まあ、そのあと色々あり、その女性が幽霊だと分かり、じゃあ一緒にいないかみたいな話になり…。

 今に至る。

 まあ適当に説明したが、何故か記憶がないだけなので、本当に許してほしい。

「何考えてんの?」

 相変わらず、彼女…暁さんは、姿勢を崩しながら間抜けな声で訊いてくる。

「…なんでも。」

 暁さんと会ってはや一か月。今になっては、家に帰ったら美人でどこか抜けてる幽霊がいるのが当たり前となってきた。

 今は、こんな時間が、何もない日常が、ただ続けばいいなと思っていた。


  あんなことがこれから先に待ち受けるとは知らず。



 目の前には、深紅に染まった俺の部屋があった。

 窓、壁、卓袱台、キッチン、至る所に、真っ赤な液体が染みついていた。

 そして、部屋の真ん中には、血塗れになって倒れている女性と、銃を持った女性がいた。

  そんな夢を見た。


 【続く】

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