第二章:知識ゼロの才能
さて、転入生が来て学年中が盛り上がるなんてのは最初の数日だけだ。物珍しさ、そしてお近づきになりたい連中が騒ぎ立てても上手くいかず、結局普通の生活に戻るのだ。
……と思っていた一真だったが、現実はなぜかそうはいかない、なぜなのだろう。
心音が転入してきてから、最初の一日はクラス中が騒ぎ、次の日は学年中が。さらに次の日には、別の学年の生徒までが心音を一目見ようとクラスを覗きに来た。ここまで彼女が学校中で有名になったのは、あのインパクトのある自己紹介だけではなく、その容姿も大きな要因だったのだろう。最初は「すげぇインパクトのある子が来た」から「すげぇかわいい子が来た」、そして「すげぇかわいい子が別の学年に来た」へ。そんなふうに噂が進化して、気づけば学校中の話題になっていた。
おかげさまで、一真はここ数日休み時間と昼休みを、トイレまたは体育館倉庫で過ごすという何ともみじめな生活を繰り返すこととなっていた。
心音が転入してきてから今日で4日目、昼休みをいかに過ごしたものかと一真は今日も苦悩し、思いついたのは屋上で有意義にご飯を食べることだった。
この学校は屋上が常時解放されている。柵も高く設置されているから、万が一にも生徒が落ちる心配も無く良い景色を味わえるため、生徒の間でも利用するものは少なくないのだが……生徒の間では専ら心音への関心が高まっているため、今なら屋上がガラ空きなのではないかと思った一真の予感は的中していた。
購買で買ったパンを頬張りながら、初夏の生ぬるい風を感じる。高校の建つ山間部から、盆地の街並みへと抜ける景色の片隅には入道雲が出来上がっている。風情がある、悪くない。
設置されたベンチに横たわる一真。幸い今は人ひとりいない最高の状況である。目を瞑っても日差しは眩しいものの、食後の微睡には勝てるわけもなく、そのまま夢の世界へと意識が遠のいていく。吹き抜ける風に意識を時折起こされかけながらも、ウトウトする感覚に心地よさを覚え始め、気が付けば昼寝で昼休みをすべて使い果たしていた。
眠そうな目でよたよたと教室へ戻ると、心音の周囲の机は連結されていた。おそらく何名かで一緒にご飯を食べた後だと思われる。
チャイムが鳴り、それぞれ自分の机へと散っていく。「(元に戻せ、机を……)」と一真の席をそのままにしていくクラスメイトに心の中で悪態をつきつつ、一真も席へ戻る。
しかしながら、心音はなんだかんだクラスに馴染めているように思い、一真は少し安心する。初日から「VTuberになります」なんて公言するヤツのことを、普通だったら変わった奴としか思わないものだが、案外心配はいらなかったのかもしれない。
そうこうしているうちに気だるげに教室に入ってきた担任、柊詩織によって授業が開始されていった。
そこから数日、同じようなことが続いていた。昼休みになれば一真は屋上へ行き、一人ご飯を食べた後に睡眠。心音もクラスメイトとの仲は良好なのか、お互いの席は近いが初日に軽く話して以来、特に関わることもなかった。
いや、むしろ一真が無関心を貫いているだけである。一真は一貫して”目立たない存在”を心掛けて、心音の周りにはいつでも人が押し寄せる。そんな二人が久々に会話を交わすのは心音が転校してきて約2週間が経ったころだった。
いつもの通り、ご飯時に屋上で昼寝をしていた一真はふと、ブツブツと何かを呟く声に気が付いた。目を覚ませば別のベンチに心音が座っていて、ノートに一生懸命何かを書いている。その集中力は相当なもので、一真が起きたことにも気づいていないようだった。声をかけるべきか、迷ったものの邪魔するのも悪いと思い、一真が教室へ戻ろうとベンチから立ち上がろうとしたところ、一真の耳にありえないほどデカい腹の音が聞こえた。一真の僅かに残った睡魔を吹っ飛ばしたその音の犯人はやっぱり心音だった。心音は少しばかり顔を硬直させてキョロキョロとあたりを見回す。「聞かれてないよね!?」と確認する素振りなのだろうが、ばっちりと一真と目線が合ってしまった。
「えっと……聞いた?」
「ばっちり」
心音の顔がみるみる赤く染まっていく。なんともまぁ、一真も少しいたたまれなかったが、そんなとき「あっ」と一真はつぶやいてポケットからラムネを取り出した。
「ほら。固形物じゃないから誤魔化し程度だけど」
「え! いいの! ありがとー!」
ラムネに目をキラキラさせた彼女を見て、一真はなぜお菓子一つに一喜一憂できるんだと思いつつ、パクパクとそれをおいしそうに食べる心音を見て、癖で持っていただけのただ単なるラムネがこんな役に立つとはと思いもしなかった。
「……飯食わずに何してたんだ?」
「いやー、VTuberのデザインを考えてたんだけど、なかなか上手くいかなくてね」
「教室だと人気者だしな」
「いやいやそれほどでも~……まぁ落ち着かないのは本当だから、どこか静かそうな場所を探してここへ」
VTuberには立ち絵が必要だ。普通の顔出し配信者とは違い、その立ち絵がその人の”顔”となる。それを考えるのは活動するうえでとても重要な工程。創作に集中したかったわけだ。
「……見てもいいか」
「えぇ!? ぜ、全然上手く描けてないよ?」
と言いながらもノートを差し出してくる。彼女のノートを少し見ると、茶色い髪をし、音符を散らしたアクセサリーや装飾が施されたキャラクター。なんというか、いかにも……。
「……普通すぎるな」
「あはは……そうなんだよねー。実はなかなかキャラクターの案が思い浮かばなくて」
VTuberというのは、視聴者の心を掴む事で絶大な人気を得ることができる。声、トーク力、企画力、技術力など、VTuberの数だけそれぞれの個性があるといっても過言ではない。しかし、その中でも一番と言っていいほどそのキャラクターを左右するのは間違いなくVTuberの立ち絵である。SNSのアイコンはもちろん、動画のサムネイルや複数VTuberの参加企画の集合絵などでは必ずその立ち絵が必要となる。言ってしまえば、先天的な”武器”でもあるのだ。
その”武器”が『普通』だと、視聴者の興味などを引くことは出来ず、たとえ自分の声に自信を持っていたとしても、その声すら視聴者には届くことはない。
「もう少しインパクトのある配色と、アイテムにしておけ」
「イ、インパクト……」
「あと、余裕があったらキャラを描くならバストアップじゃなくて、全身を描くんだ。それでいて正面、横、背後をどんな装飾になっているかの三面図にすると、動かすときに色々と楽になる」
「わぁ~ありがとう。冬木君ってもしかしてVTuberに詳しかったりするの?」
能天気でいそうで、案外するどいのかもしれないなと思った一真であるが、明らかに今のアドバイスを聞いて勘ぐらない奴はいないか、と自分の失言を後悔した。
今までは気を張ってこういった話題は基本的には避けるようにしていた一真だったが、睡眠後の眠気も相まってか判断力が低下していたようだ。
「……昔、そこらへんに詳しい奴が知り合いにいてな。そっから聞きかじった知識だ」
「そうなんだぁ! 冬木君の知り合いが配信者って、身近にそんな人中々いないかもね」
「いや、意外といると思うぞ」
「ふぇ、どうして?」
今やSNSで誰でも気軽に発信できる時代だ。配信も編集も、やろうと思えば誰にだってできる。実際、こっそり配信している人なんて、案外すぐ近くにいたりする。まぁそれでも、VTuberは未だに変な目で見られるが。
「なるほどねー」
「じゃあ、俺はもう行くぞ。あんま邪魔するのも悪いしな」
昼休みはまだ時間があるが、創作意欲のある心音を気遣って一真はその場を後にしようとした。
ただ、心音は少し迷った後に「あの!」と思わず声に出していた。
「その……冬木君が嫌じゃないければだけど、私に少し配信について教えてくれないかな?」
「はぁ? なんで俺なんだ。お前今めちゃめちゃ人気者じゃんか、その中に詳しい奴いるんじゃないか」
「いやー私自身で『VTuberが夢です!』なんて言った手前、いろんな人が話をしに来るんだけど、大体は面白がってる人か、物珍しさで話しかけてくるかだけだし。すごいねーとか、頑張ってねーとかしか言われないから、専門的なこと話せそうな人もいないし」
「……」
「あと、たまーにだけど茶化しに来る人もいるんだよ。変な夢だねーって。もう失礼だなー!っていつも返してるんだけどさ……ちゃんと真面目にアドバイスくれたの冬木君だけだから……ね? 教えてくれないかな?」
VTuberとは、昨今ではよく名前を耳にするようになったコンテンツの一つだ。VTuberが好きだという人は世界に沢山いるが……その逆も存在する。やっていることは配信者と何ら変わらないその人たちを”絵だから”という理由だけで、暴言を吐いたりして一時の快楽を得る輩もいる。そして、一真は目の前でその片鱗に触れてしまった心音という人物に、少しの心配と、それを言ってくる輩に憤りを覚えていた。
このまま見捨てることも、もちろん出来たはずだ。彼女と関わらなければそういった世界に足を踏み入れなくて済む。しかし、この純粋に夢を見て追い続けようとする彼女に対して、その行いは明らかに違う気がした。
「……あくまで知ってる範囲だけだぞ、教えられるのは」
それを言うと心音の顔は曇り顔から、ぱぁっと晴れた顔となり、「やったー!ばんざーい!」と飛び跳ねながら、嬉しさを全身で表現する。
「……で、活動するってんだから色々と準備してんだろ?」
「準備?」
「ほらあるだろうが、SNSとか、PCに必要なソフト入れたりとか」
「……何のこと?」
「は? いやだってVTuberやるなら色々……ってまさか」
一真は「そんなバカな」と思ったが、念のため本人に確認する。
「VTuberのモデルを動かす方法は知ってるか」
「いやー、実は知らないんだよねー」
「……配信の方法は」
「えっと……知らない……」
「必要な機材は!?」
「え、何か特別なのいるの!? 携帯あればいいんじゃ!?」
一真は絶句した。
まさか、完全に”ゼロから”の状態からVTuberを目指そうとしていたとは思わなかった。
この先の苦難を思い浮かべると、一真はため息が出るのをこらえられなかった。
リアルの仕事が忙しく、この第二章を書くのに4か月近くかかってしまいました。
先日の第一章にブックマークをしてくださった方々ありがとうございます。この話の構想はかなり先まで練ってあるので、よろしければまだまだお付き合いください。
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