彼と話しています。彼は魔王ですか、それとも善なる神ですか
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
アキヒロは、夢を見ていた。
闇でも、光でもない場所。
輪郭のない空間。
そこに――ボイドが立っていた。
以前と同じ姿。
しかし、今回は逃げなかった。
「……なぜ、ここにいる?」
アキヒロの声は、夢の中なのに、やけに現実的だった。
ボイドは静かに答える。
「見せるものがある」
次の瞬間、
アキヒロの意識が引き抜かれる。
身体の感覚が消え、
視点だけが、世界を貫いていく。
気づけば、そこは日本の外だった。
空には、歪んだ光の膜。
ルインズが張り巡らせた、巨大なエネルギー障壁。
その外側。
荒廃した大地。
異様な影が、蠢いている。
――クラフティッチ。
アキヒロは、本能的に身構えた。
(危ない……!)
だが、ボイドは一歩、前に出る。
ただ、それだけ。
次の瞬間、黒い閃光が走り――
クラフティッチの群れが、真っ二つに割れた。
爆発はない。
叫びもない。
ただ、切断。
地に崩れ落ちた残骸の中を、アキヒロは見た。
「……これは……」
内部は、肉ではなかった。
血も、臓器もない。
金属。回路。冷たい構造体。
「……ロボット……?」
クラフティッチは、生物ではなかった。
では――
誰が作った?
誰が、操っていた?
ボイドは答えない。
代わりに、
再び世界が反転する。
次に立っていたのは、
ルインズ本部。
無機質な廊下。
無音の空間。
ボイドとアキヒロは、鍵のかかった区画をすり抜け、
最奥の部屋へと進む。
――極秘資料室。
埃をかぶった、古い研究ファイル。
そこに記されていたのは、
「暗黒放射線」の観測記録。
地球に接近する、未知のエネルギー。
「……これが……?」
ボイドが言う。
「それが、私だ」
記録の末尾に、署名があった。
――ミマロ。
日付は、
クラフティッチ出現の十五年前。
アキヒロの思考が、凍る。
「……まさか……」
ボイドは、淡々と告げる。
「日本を支配しているのは、ルインズではない」
「ルインズは、表の顔だ」
「実際にすべてを動かしているのは――ミマロだ」
ルインズの理事たちは、
ただの囮。
彼の命令を、疑問も持たず、静かに実行する団体。
さらに、視界が引き裂かれる。
星々。
闇。
無限。
――太陽系の外縁。
そこに、巨大な壁があった。
見えないが、確かに存在する防壁。
ボイドのエネルギーが、それを押している。
軋むような振動。
「私は、存在しないものの神だ」
ボイドの声が、宇宙に響く。
「存在しないもの」
「存在しなかったもの」
「存在し得ないもの」
「そして――役目を終えた様々な宇宙を、破壊する者」
それが、ボイドの機能。
避けられない、宇宙的な終末。
「だが――」
ボイドは、わずかに間を置く。
「ミマロは、それを拒んだ」
人類が、
神様の命令のせいで消されることを。
だから彼は、二つの装置を作った。
一つ目。
太陽系全体を包む、巨大な防御シールド。
それは、長年、ボイドを退けてきた。
二つ目。
日本だけを覆う、小さな防壁。
「クラフティッチから守るため」と称されたそれは――
ボイドが、静かに言う。
「クラフティッチは、ミマロが作った」
沈黙。
理解が、追いつかない。
「……じゃあ……」
「そうだ」
ボイドは続ける。
「外側の防壁は、今、弱っている」
「だからミマロは、完成させた」
新・防衛システム――ヤコブ=ダビデ。
旧来の防壁を、完全に上書きする、
より強力な装置。
だが、その起動には――
「ノムヴラが必要だ」
アキヒロの胸が、締めつけられる。
「彼女は、人為的に作られた存在だ」
「ミマロが発見した、特殊な放射線を宿す身体」
「私の力を――無効化し、反発する性質を持つ」
ノムヴラは、
システムの核。
生きた装置。
「ヤコブ=ダビデが起動すれば、彼女は眠り続ける」
「永遠に」
「世界を支える、新たなアトラスとして」
――守護。
――拘束。
――永劫の奴隷。
ボイドは、アキヒロを見つめる。
「君一人では、彼女は救えない」
静かな断言。
「だが――」
「私となら、可能性はある」
ボイドの影が、わずかに揺らぐ。
「同盟を結ぶか、アキヒロ」
「私と」
「ノムヴラを、救うために」
問いは、
拒否も、強制もなかった。
ただ、選択だけが置かれていた。
――世界か。
――彼女か。
夢の中で、
アキヒロの心だけが、
目を覚ましていた。
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