かぐや姫の秘密
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
ルバンジ・ムングニの家は、いつも静かだった。
沈黙が、安心の形をしている場所。
アキヒロは、何かが胸に引っかかるたび、ここを訪れてきた。
答えというより、重さを受け止めてくれる場所だったからだ。
――だが、その日は違った。
玄関のドアが、わずかに開いている。
風が、室内のカーテンを揺らしていた。
(……おかしい)
靴も脱がず、アキヒロは中へ踏み込む。
「ルバンジさん? メロクレさん?」
返事はない。
居間の中央で、二人は膝をついていた。
床に崩れるように座り込むメロクレ。
その肩を、必死に抱くルバンジ。
彼女の嗚咽だけが、空間を満たしている。
「どうしたの」
声が、震えた。
メロクレは、赤く腫れた目で顔を上げる。
「……連れて行かれたの……アキヒロ君……」
言葉が、喉で砕ける。
「……私の……大切な女の子を……」
世界が、一瞬、無音になる。
「……誰が?」
アキヒロは、すぐに続けた。
「警察を呼びましょう。今すぐ――」
「無駄だ」
ルバンジの声は、低く、重かった。
「警察では、どうにもならない」
アキヒロは、理解できずに首を振る。
「どういう……」
ルバンジは、ゆっくりと顔を上げる。
その目は、何年も前から覚悟していた人間の目だった。
「君に、話さなければならないことがある」
一拍。
「……ノムヴラは、私たちの実の娘ではない」
アキヒロの呼吸が、止まる。
――世界が、ひび割れる音がした。
ルバンジは、語り始める。
クラフティッチが現れた直後。
世界は、恐怖で満ちていた。
日本は、まだ侵略されていなかった。
だからこそ、すべての生存者が、日本を目指した。
国境は意味を失い、
秩序は、悲鳴に飲み込まれた。
そんな混乱の中、
一人の男が、彼らに接触してきた。
「日本へ行かせてやる」
その声は、静かだったという。
「安全に。確実に」
ただし、条件があった。
――西アフリカ、南アフリカ西部の秘匿基地へ行け。そこに女の赤ちゃんを見つけます
――そこにいる少女を、日本へ連れて行け。
――名は、ノムヴラ。
それが、すべて。
拒否すれば、道は閉ざされる。
受け入れれば、生き延びられる。
彼らは、選んだ。
「……あの子は……最初から、普通じゃなかった」
ルバンジの声は、ひどく遠い。
「だが、子どもだった。
泣いて、笑って……それだけの存在だった」
日本に渡り、
彼らは彼女を娘として育てた。
真実を隠したまま。
そのとき。
足音。
複数。
揃ったリズム。
アキヒロは、背筋が凍るのを感じた。
「……もう、時間がない」
メロクレが、必死にアキヒロを見る。
涙で濡れた顔。
「お願い……アキヒロ君……!」
「彼女を助けて……!」
「あの男が考えていることは……きっと、とても恐ろしい……!」
次の瞬間。
扉が、壊れる。
黒い装備の兵士たちが、なだれ込んできた。
叫ぶ暇もなかった。
銃声。
短く、乾いた音。
メロクレの身体が、前に崩れる。
ルバンジが、彼女を抱こうとして――
二つ目の音。
床に、血が広がる。
赤が、日常を侵食する。
アキヒロは、反射的に動いていた。
倒れた家具の影。
割れた窓。
闇。
奇跡のような偶然で、
彼は、外へ転がり出た。
――走る。
――息が切れる。
――心臓が、壊れそうだ。
やがて、彼はゴミ捨て場に身を潜める。
腐臭。
金属。
湿った紙。
世界の裏側。
身体が、震え続ける。
理解が、追いつかない。
ノムヴラ。
Void。
あの男。
ヤコブ=ダビデ防衛システム。
(……全部、繋がっている)
そう思った瞬間。
意識が、闇に沈んだ。
――ショックと疲労が、彼を眠りへ引きずり込む。
黒い夢の、さらに奥へ。
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