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アリスは不思議の国が現実であることを否定できない

これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。

セリーナの店は、いつも通りの匂いに満ちていた。

トラユダス 、オアハカのモーレ・ネグロ、オアハカのタマルとか

アキヒロ、ノムヴラ、ブルンヒルデ、そして顔なじみの面々。

同じ卓を囲み、同じ料理を分け合う。


それだけの、はずだった。



料理の話題は、平和だ。

日常の手触り。


だが、アキヒロの箸は、ときどき止まる。


――黒い黒板。

――「ヴォイド」という声。

――路地裏で殺された、ルネ・レクラウム。


(忘れたい……)


この場所に来たのは、それが理由だった。

人の声。

笑い。

温かい料理。


ここにいれば、現実は現実のままでいられる。

そう、思っていた。


「アキヒロ君、どうしたの?」


ブルンヒルデが、ワインを注ぎながら首をかしげる。


「いえ……ちょっと考え事を」


セレナ、いつもの柔らかな笑顔で頷いた。


「考えることは大切ですよ。

でも、胃袋が空では、良い思考も生まれません」


穏やか。

優しい。

カトラリーの音が、止んだ。


ノムヴラの手が、静かに止まっている。


「……ノムヴラ?」


返事がない。


彼女の視線は、どこか遠く。

この店の天井でも、壁でもない。


空気が、薄くなる。


「……彼が……」


声は、ほとんど息だった。


「……来ようとしている……」


アキヒロの背中に、冷たいものが走る。


「……ヴォイド……ヴォイド……」


誰も、口を挟めない。

料理の匂いだけが、妙に現実的だった。


「……ヤコブ=ダビデ防衛システム……」


その言葉を聞いた瞬間、

アキヒロの胸の奥が、きしんだ。


「……起動の時が……近い……」


――数秒。


ほんの、数秒。


ノムヴラは、はっと瞬きをした。


「……あれ?」


彼女は、周囲を見回す。


「みんな……どうしたの?」


何事もなかったかのように、

彼女はそこにいた。


セリーナが、ぎこちなく笑う。


「ちょっと、ぼーっとしてただけよ。変なことを言っていました。ビールを飲みすぎたですね」


「ごめんなさい……」


ノムヴラは、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


食事は、再開された。


会話も、戻った。


だが――


アキヒロだけは、もう否定できなかった。


これは、偶然じゃない。

疲れでも、夢でもない。


彼は、箸を握りしめた。


(……何かは始まってる)


静かに。

確実に。


この、何でもない食卓の上でさえ。

このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードはすぐにアップロードします。

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