女の哲学者は「世界」と呼ばれる毛糸玉を見つめている
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
大学でのその日の講義がすべて終わり、
アグネス・アンゲロプロスはキャンパスから数ブロック先にある自分のアパートへと歩き始めた。
夕方の東京は、相変わらず忙しそうで、しかしどこかゆるい。
自転車がすり抜け、学生たちが笑いながら通り過ぎ、コンビニの前では缶コーヒーを片手に立ち話をする会社員がいる。
アグネスはそれらをぼんやりと眺めながら、いつものように考えごとをしていた。
――世界は、ぜんぶ「愛し合う」ことでできている。
彼女の哲学は、少し変わっている。
けれど本人にとっては、ごく自然なものだった。
太陽は空と愛し合う。
光を注ぎ、影を生み、昼と夜を分け与える。
空はそれを拒まず、雲や風という形で応える。
カモメは魚と愛し合う。
追いかけ、捕まえ、食べる。
そこに残酷さはあるけれど、それでも関係性は確かに存在している。
食べる側と食べられる側、どちらが欠けても成り立たない。
戦争中の二つの国も、実は愛し合っている。
ぶつかり合い、憎み合い、理解できないからこそ相手を強く意識する。
無関心よりも、ずっと深く、ずっと濃い結びつき。
「愛し合う」という言葉を使うと、人はすぐにロマンチックなものを想像する。
恋人同士、家族、友情。
でもアグネスにとっての愛は、もっと雑多で、もっと物理的で、もっと生々しい。
触れること。
影響し合うこと。
相手を変え、自分も変わること。
それが愛し合うのだ。
道端の植え込みに目をやると、雑草がアスファルトの隙間から顔を出している。
踏まれ、抜かれ、それでもまた伸びてくる。
「あれも愛ね」
誰に聞かせるでもなく、小さくつぶやく。
アスファルトと雑草は、毎日、全力で愛し合っている。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にかアパートの前に着いていた。
古い建物で、壁の色も少しくすんでいるが、アグネスはこの場所が気に入っている。
鍵を取り出し、ドアを開ける前に、彼女はもう一度だけ空を見上げた。
夕焼けが、建物の隙間から差し込んでいる。
今日も、世界の全部はあちこちで愛し合っている。
それだけで、なんだか十分だと思えた。
アグネスはドアを開け、静かに部屋へと戻っていった。
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