ドッペルゲンガーの少女は溶け込みたがっています。
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
チャックの後援が始まってからというもの、
ヒナタ、ラウラ、ワンユー、セリーナの店には、少しずつ、しかし確実に人が集まるようになっていた。
一気に行列ができるわけではない。
だが、昨日はいなかった顔が、今日はいる。
その積み重ねが、店の空気をゆっくりと変えていった。
その日の昼下がり。
休憩時間、ラウラとワンユーは、店の奥で小さな端末を並べ、明治時代を舞台にした時代劇ドラマを観ていた。
「この時代の言葉遣い、きれいよね」
「うん。でも、ちょっと芝居がかってる」
そんな会話をしながら、二人は画面を眺めている。
そこに映っていたのは、凛とした佇まいの女優だった。
――ティファニー・ブラック。
一方、表では秋広が黙々とテーブルを拭いていた。
そのとき、店の前に数台の黒い車が止まる。
数人の男たちときれいな女性が降り立った。
全員が同じように落ち着いた歩き方をし、同じように無駄のない身のこなしをしている。
(……どこかで見たことがある……)
秋広は手を止め、記憶を探った。
そして、はっとする。
(ニュースで……)
彼らは、巨大企業連合「ルインズ」の取締役たちだった。
顔出しは少ないが、記者会見や資料映像で見覚えがある。
その中心に立っていたのが、先ほどドラマで見た女優――
ティファニー・ブラック本人だった。
ルインズは彼女を、新たな資金調達キャンペーンの「顔」に起用するらしい。
簡単な挨拶を終えると、取締役たちは車に戻り、その場を去っていった。
だが秋広は、彼らの背中から目を離せなかった。
なぜか胸の奥に、小さな引っかかりが残ったからだ。
やがて、ティファニーは一人でワンユーの店に入ってきた。
「失礼いたします」
完璧な丁寧語。
発音も、間の取り方も、まるで教科書のようだった。
* * *
ティファニー・ブラックは、ハリウッド女優エレイン・ブラックの娘である。
クラフティヒによって世界が侵入した後、エレインは日本へ逃れ、娘と共に生き延びた。
幼いころから、ティファニーは気づいていた。
日本には、「和」と呼ばれる、目に見えない調和があることを。
空気を読むこと。
場に溶け込むこと。
自己主張よりも、全体の安定を優先すること。
彼女はそれを愛し、同時に、恐れた。
だからこそ、必死に学んだ。
日本語。礼儀作法。着物の着方。
公の場では常に丁寧語を使い、外国人を指すときには無意識に「あなたたち外人は」と口にしてしまうほどだった。
共演する日本人俳優たちは、内心うんざりしていた。
「日本人以上に日本人らしくあろうとする外国人」
それは、少し息苦しかった。
しかし、時代は変わっていた。
日本は今、地球最後の人類の国だ。
様々な文化、言語、宗教が流れ込み、「日本人とは何か」という定義そのものが揺らいでいる。
ラウラたちの店も、その象徴だった。
異なる文化の料理が並び、それを日本人の老人たちですら「うまい」と笑って食べている。
――それを、ティファニーはテレビで見た。
(私も……行ってみるべきよね)
完全に日本人であろうとする女優。
それでいて、国際感覚も持ち合わせている“理想の存在”。
そのイメージを保つため、彼女は今日、この店に足を運んだのだった。
ワンユーが料理を運ぶ。
湯気の向こうで、香りが立ち上る。
ティファニーは、一瞬だけ言葉を失った。
(……これは……)
和でもあり、和だけではない。
混ざり合い、しかし崩れていない。
その光景を、店の隅で秋広が静かに見ていた。
彼の胸にあった「引っかかり」は、まだ正体を見せていない。
だが、この日を境に、
人と人、文化と文化、
そして“何か大きなもの”が、確実に交差し始めていた。
このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードもすぐにアップロードします。




