3話③
敵襲。
外は既に慌ただしい。
逃げ惑う人がほとんどだ。
5人は、勢いよく庭に飛び出した。
そこにいたのは――
「!? ……トラ?」
「生で初めて見ました……」
環奈が逃げ腰になりながら言う。
置いてあった花瓶や植木鉢は割れ、粉々になっていた。トラは地面の石や枝をくわえては投げ、咆哮し暴れまわる。
桔梗がいち早く気が付いた。
「あれを!」
トラの背中に術符が貼ってあるのが見えた。しっかりとは確認できないが、サルの時と同じ紋様に違いない。
もう夕方も終盤、あたりが段々と暗くなってきている。トラの目がギラッと光り、こちらを向いた。
「お前はここにいろ」
龍臣は一乃に言う。
「でも……」
「出て来ても仕方がない。お前になにが出来るんだ?」
「……」
龍臣たちが暴れまわるトラの近くへ移動する。距離を置きながら周囲に立った。
抜いた刀の光に反応したのか、トラが真っ先に環奈に飛び掛かる。
「!!」
五宮がすかさず前に立ち、攻撃を弾いた。
「おう、大丈夫か?」
「五宮様! ありがとうございます!」
「やっかいだな。こうも暴れまわると……」
「どうしますか?」
「最終的には……全員で封印してしまったほうがいい。環奈ちゃんはあれか? 術は組めるのか?」
「高度なもの以外でしたら」
「おう、それでいい。あのトラ囲ってこの土地に封印する」
「そうしてしまうと……」
「ああ、この土地に限りなく負荷がかかっちまうな。最悪「星の宮」が終わる」
「!!」
環奈がトラを見た。龍臣・桔梗と交戦している。さすが二宮家の2人。武術に精通しており、トラに隙を与えない。
龍臣がトラの爪を刀で弾くと、桔梗がトラの首元に蹴りを入れる。
トラは飛び上がり、地面に着地すると同時に2人目掛けて飛び込み腕を振るいあげた。
龍臣が舞を踊るかのようにヒラリとかわす。トラはそのまま塀の壁に突っ込んだ。
「桔梗、このままでは埒が明かないぞ」
「そうですね……」
トラがむくりと立ち上がり、こちらに向き直る。なにも怯んでいない。
「恐ろしい体力です」
そんな様子を、少し離れているところから眺める一乃。
お前になにが出来る?――本当にその通りだ。昔からずっと、そう言われてきた。
優しく接してくれる人もみな、そう思ってる。無能だと。無力だと。
先生がいなくなってから、生活が一変した。家も無い。家族もいない。
自分は――
空は西が橙色に染まり、反対側は紫色に変わってきた。
どんどんと暗くなる。
辺りにはもう人はいない。みな、もう逃げたのか、応援を呼びに行ったのか。
一乃がトラを真っ直ぐ見る。胸の前で握っていた手を、もう一度、強く握りしめた。
「日が落ちる」
突如、トラの周りに大量の白い花びらが出現した。
「!!」
「なっ!」
白い花びらはトラを取り囲む。トラはあまりに突然のことで、挙動不審になった。周りが見えずもがく。
4人の周りも白い花びらが囲う。
「な、んにも見えない!」
「環奈ちゃん! こっちだ」
朝晴が環奈の手を引っ張った。
「なんだ……これは? 桔梗無事か?」
「はい、ここにおります」
花びらがグルグルと、トラの周りを舞い続ける。周りに砂煙が舞うほど、風が強い。
花びらの塊が動き出した。
ゆっくりと、建物の方へ動いていく。
「どこに行くんだ?」
龍臣が進もうとするが、花びらで止められてしまう。
少しずつ、少しずつ動いていくその先に、立っている一乃。
「一宮!」
動かない一乃。長い髪が風に舞う。
近づいてくる花びらを纏ったトラ。もはや、トラにも見えない。
トラが一乃の前で止まる。ゆっくり傾いたかと思うと、そのまま横に倒れた。
花びらが風に舞って、頭上へと消えていく。
見る見るうちに、花びらは消えていき、残ったのは地面に丸まっている小さなトラ。
「え? あれ?」
風が止み、環奈たちがトラに近づいてきた。
子トラが地面で丸まっている。
スースーと寝息が聞こえてきた。