5話 朝晴①
桜の蕾がまた一層、膨らんだように見える。
今日はあいにくの雨だった。
シトシトと降る雨が、蕾を濡らす。
外を行き交う人は少ないが、廊下を歩いている人は普段よりも多い。
「月の杜」の奈取、夜月が捕まった。
その出来事は「星の宮」にとって、とても大きな事件だった。
「星の宮」には牢屋がある訳がなく、捕まった2人は狭い個室に入れられているという。
監視員が付けられ、見張られているらしい。
人員確保や事務作業の対応に追われている者が慌てている。
―――
本当にあの日から耳鳴りが鳴らなくなった。
ひどい日には朝起きた瞬間から鳴っていた。
頭痛がする時もあった。
11年悩まされていたのに……
妹が「星の宮」にいる。
会いに行くか迷う。
会いには行きたい気持ちもあるが、何を話せばいいのだろう?
11年間の溝をどう埋めればいいのだろう。
怒られるかな……
泣かれるかな……
ぐるぐる考えていると、一宮の仕事部屋の前までやって来た。
「……」
何気なく、扉を叩く。
「はい」
いつもの、のんびりとした声が聞こえた。
朝晴がサッと部屋に入った。
一乃が窓際に座っている。
扉を開けた瞬間、紫色の鳥が窓から外へと飛んで行った。
「朝晴さん」
一乃が近づく。
朝晴の顔を覗き込んだ。
「……大丈夫ですか?」
「え?」
「まだ……音が鳴っていますか?」
「ううん、もう鳴らなくなった。本当に……無くなったよ」
「良かった」
「……」
「耳飾りはまだ付けますか?」
「……ああ、そうだね。せっかく一乃ちゃんからもらったし」
「寝てる時、邪魔じゃないですか?」
「大丈夫だよ、ずっと付けてるから慣れたよ」
「そうですか」
一乃が自分の椅子に座る。
朝晴は机を挟んだ向かいの椅子に座った。
机には大量の書類の束が置いてある。
朝晴が横目で見て言った。
「一乃ちゃん、これ、やらなきゃいけない仕事?」
「そうです」
「この量を?」
「はい」
「かなりあるけど……」
「大丈夫です。いつか終わります」
気にせず、一乃が言う。
「いつかは終わるけど……」
「朝晴さんは、何か考え事ですか?」
「え? ……ああ」
急に質問され朝晴は驚いた。
「妹さんですか?」
「……そうだね。会いに行こうか、迷ってるんだ」
「行かないんですか?」
「会って、なにを話せばいいのか分からなくて……それに、怒ってるかな……って思って」
「怒らせちゃったんですか」
「……うーん、本当に怒っているのかは分からないんだけど」
曖昧な回答に一乃が首を傾げる。
「?」
「悲しませたと思っているし、怒っているかもしれない」
「置いて来ちゃったんだ。頼れる人が俺くらいしかいないって分かってて。両親はいたけど別の所に住んでいたし……周りに同年代の子はあまりいなかったからね」
「そのまま11年も経った」
朝晴は窓の方を眺めている。
一乃がそんな彼を見て言った。
「朝晴さんは、どうしたいですか?」
朝晴が一乃に目線を移す。
「会いたいですか?」
真っ直ぐ見てくる一乃。
「……俺は……」
口籠る。
少し考えて言った。
「……うん、会いたいかな」
「それなら、会える時に会った方がいいと思います」
「そうだね」
朝晴が椅子から立ち上がった。
「今から、行ってくるよ」
扉に向かって歩き出した。
途中で何かに気づいて振り向く。
「あ、一乃ちゃん、終わったら、また来るよ」
「?」
「その仕事、一緒に終わらせよう。2人でやれば早いよ」
「……いいんですか?」
「よく手伝ってもらってるから、お礼だよ」
朝晴が部屋から出て行った。
一瞬、部屋が静かになる。
「……」
コンコン
扉を叩く音が聞こえた。
「はい」
扉が開くと、龍臣、明蘭、凪が入って来た。
3人が同時に来るなんて珍しい。
「そこで2人と会ったから来てみたわ」
「五宮とすれ違ったぞ」
「……朝晴は?」
「妹さんのところです」
「そっか」
明蘭は窓側の長椅子へ、凪が扉側の長椅子に、龍臣が一乃の机を挟んで向かいの椅子に座る。
「椎名様への報告は終わっているが……報告書は誰が作る?」
「……あ、俺が作るよ」
龍臣の質問に凪が答えた。
「……あの時、遅れちゃったし……」
申し訳なさそうに答える凪を見て龍臣が言う。
「……三宮、答えられなかったらいい。あの時、奈取に何をしたんだ?」
「ああ……別に大丈夫だよ。あれはね……」
「力を奪ったんだ」
「力を?」
「奪う?」
龍臣と明蘭が首を傾げる。
龍臣が続けた。
「そんな事が可能なのか?」
頭をぽりぽりかきながら凪が答えた。
「うん……前に一宮の力を引っ張り出したみたいにね。でも、かなり面倒な術式を組まなくちゃいけない。頭も使うし……時間もかかる……」
「俺も初めてやったけど……もう、やりたくないかな……」
「相手側にも負担が大きい……」
明蘭が質問する。
「じゃあ、あの人――奈取はもう力が使えない訳?」
「そうだね……あの人の力は使えない。誰が与えれば使えるようになると思うけど……」
「奪った力はどうなっているんだ?」
「もう、どこにもないよ。さっきも言ったけど、負担が大きい。俺は、あの人の力を持っていられない。……あの時、あの場で手放したんだ」
「なるほどな……」
龍臣が納得したのか呟いた。
今度は凪が龍臣に質問する。
「四宮の占いはどうだった? ……赤色に注意。だったんだよね」
「え? ああ……まぁ、これと言って何もなかった……か?」
「なんで疑問系なのよ」
「五宮とは何も無かった。でも……」
「妹さんですか?」
久しぶりに一乃が口を開けた。
「ああ……いや……なんか……」
「歯切れが悪いわね。どうしたのよ」
「『あいつと、随分仲が良いのね』って睨まれた」
「?」
「え?」
「あははは! 睨まれたの?」
一乃と凪は不思議そうだが、明蘭は大笑いする。
「なんで睨まれなくちゃいけないんだ……」
「分かってないわねー。乙女心よ、乙女心」
明蘭が笑って言った。
次回で第4章が終わりです。




