2話③
廃寺へ。
春も段々と深まり、建物の外に出ても暖かく感じるようになった。
吹く風も優しく、髪を揺らす。
太陽は丁度、頭上に来る辺り。少し眩しく感じるくらいだ。
そんな陽気に似合う元気な声が響く。
「いやー、もうほんますいまへん! 一宮さん、二宮さん達に来てもらうことになってしもうて!」
くりくり髪をぴょこぴょこ跳ねながら、両手を左右に振る長身の男。
「俺ら調査班がしっかりせえへんから……ほんま面目無いわ~」
「やかましい、自己紹介でもしろ。今月から来たばかりだろ」
「あーん、痛いわー、依田さんやめて~」
依田と呼ばれた男が、長身の男の脇腹に肘を入れる。
「俺は芹川です。よろしゅうお願いします」
芹川が挨拶を終えると、依田がこちらを向いた。
「二宮様、桔梗様、お久しぶりでございます。一宮様、環奈様、初めまして。依田と申します」
「ああ、久しいな。今日は例の廃寺の案内、よろしく頼む」
「はい、もちろんでございます。時間も勿体無いですので、歩きながら話しましょう。道中の道は決して大変な道のりではございません。特に廃寺に着くまでは心配はないとお考えください。ですが……」
依田が一呼吸置いた。
「廃寺へ着いたらご自身の身はご自身で守って頂くことになります」
「なにか危険なことがあるのですか?」
桔梗が依田に質問した。
「今はなにも、お答えは出来ません。しかし、宝物庫でのネズミが出てきた際、目撃した人間は多かったはずなのに、誰も異変を感じ取れませんでした。自然現象とは説明がつきません。そうなると、かなりの手練れの仕業であると考えるべきです」
依田が一乃を見る。
「そうなった場合、一宮様は大丈夫ですか?」
一乃が静かに依田の目を見る。
「一乃様は大丈夫です」
答えたのは付人、環奈。
「大丈夫ですよ」
「おわーーー!」
ピリッとした空気とは真逆の素っ頓狂な声が響き渡る。
「なんだなんだ?」
「見てください! みなさん! ここに新しいお団子屋さん出来てはりますよ」
芹川が子供のように、はしゃぎながら目を輝かせた。
依田が冷えた目で言う。
「芹川、今は仕事中だ。有給でも取って、後から行け」
「はいはい……も〜依田さん怖いわぁ」
「返事は1回な」
「はい!」
「おわ! 見て! あのひとの服! どこの呉服屋で買うたんやろ? おしゃれさんやわ〜」
「おわ! ほら、あれ! 珍しい蝶々やで! すごない? 初めて見たわ」
「おわー! おばあちゃんそんな荷物持って大丈夫なん? 方向一緒やし、途中まで持って行くで?」
龍臣が芹川を見ながら依田に話しかける。
「あの人は最初から、ああいう感じなのか?」
「いや……初めはあのような感じでは無かったと思います……もっと物静かだったような」
「人は変わるんだな」
「物静かとは正反対に変わりましたね」
「今月から来たばかりなのに」
様変わりしたという男の行動を見ているうちに、例の廃寺に着いた。
石段の階段は、あちらこちらが崩れ、苔が生え、雑草も覆い茂っている。見上げれば、手入れのされていない木々が、太陽を遮っている。そのためか、廃寺周辺だけが、昼にも関わらず薄暗い。
「ここか……みんな、慎重にな」
「はい、龍臣様もお気をつけて」
6人は列を成して崩れかけている階段を登って行く。優しかった風も、ここで吹く風は何処となく強い。
少し息を切らしながら、全員が上まで登り切った。登った先の中央に寺らしき建物がある。障子は破け、瓦は落ち、扉も壁も穴が空いていた。
龍臣が芹川に聞く。
「ネズミは何処まで行ったんだ?」
「はい、左手の開けたところですわ」
芹川が左手を挙げて促した。先には庭だったのか開けた場所がある。池らしきものも発見された。
芹川は先を歩き、真ん中辺りで地面を指差す。
「ここに、ちょうどここにおりましてん。俺のこと、ジーっと見とった……それで、ふわっと消えてしもうたんです」
「消えたというのは、どんな風に?」
「あの時と同じですわ。あの宝物庫。ピカッと光ってネズミがいっぱい出て来て、こっちに逃げて来て、ふわーと消えてしもうた。あんな感じでしたわ」
「なるほどな」
「あの時は、太陽の光に当たったために消えたのかと思っていましたが、ここまで走って来た、と考えると違うようですね」
龍臣と桔梗が、顎に手を当て考え込む。
「一乃様、ここは……特別、悪い気が漂っている訳では無さそうですね。廃寺と聞いて、少し怖かったですが……」
「環奈、怖かったの?」
「え、まあ、廃墟系は……苦手でして……」
「そうだったんだー」
一乃が小さく深呼吸する。
「確かに、ここには悪い気はないね」
「はい。あ、見てください。このお地蔵様、とてもかわいいですね、にっこり笑ってます」
「ほんとうだ」
のんびりとした2人の様子に、やれやれと依田が息を吐く。
「芹川、ネズミがいた時の状況は? 今と異なる点はあるか?」
依田の質問に、芹川が、そうですねーと言いながら頭をかく。
周囲を見渡しながら、言いにくそうに口を開いた。
「正直に言って、なんも変わったことはありまへん、空気もこんなんやったし……」
「そうか」
依田はそう言うと、近くにある比較的大きな木に近づく。
袖から右手を出すと木に触ろうとした。
その時――
「環奈」
一乃が呼んだ。
周囲にいた人間が振り向く。
「来ます」
「?」
龍臣が聞こうとした時、環奈が持っていた刀を抜刀した。
「!」
途端、木々からおびただしい数の気配が湧き出てきた。
黒い、悪意のある気配。
「なんだ?」
上を見上げる。黒い気配が一斉に鳴きだした。木々が揺れる。
龍臣が持っている刀に手をかける。
その行動に怒りを持ったのか黒い気配が威嚇してくる。
「一乃様、お下がりください」
環奈が刀を構えたまま言った。
黒い気配が飛び出す。地面に降り立ち、こちらを見た。
「サル?」
黒いサルらしきものは、威嚇しながらジリジリ近づいてくる。今にも飛びかかってきそうだ。
「下がってろ、俺がやる」
龍臣が一乃と環奈に言い、前に出た。
一番前に立っているサルとにらみ合う。
木に登っているサルが龍臣に向かって何かを投げた。
桔梗が左手を上げ、光の防護壁を出す。投げられたものは防護壁に弾き飛ばされ、地面に転がった。
一番前のサルが龍臣に向かって飛びかかった。それを合図に周りのサルたちも一斉に飛びかかる。
龍臣は素早い動きで、刀を抜いた。
「龍臣様!」
サルたちが龍臣に飛びつく瞬間――
「!」
ザァッとその場にいたサルが霧となって消えた。
龍臣が刀をしまう。
「龍臣様、ご無事ですか?」
桔梗が龍臣に駆け寄った。
「ああ、これは……」
龍臣が自身にくっついている、紙切れを見る。
長方形の形をした薄い紙で作られており、なにやら紋様が描かれていた。
依田も龍臣に近づいた。
「これは……二宮様、一枚お預かりしてもよろしいでしょうか」
「ああ、よろしく頼む」
紙切れを依田に預けようとした。が、
「!」
紙切れが先ほどのサルのように霧となった。
「これは……」
龍臣にくっついていた紙切れたちも次々と霧になって消えていく。
芹川が紙が飛んで行った方を見ながら言った。
「もう一度やつらが来るかも知れへん、今のうちに戻りましょう」
「……そうだな」
6人がやって来た石段を下りる。
道に出ると、なにも変わらない日常があった。