1話③
春が来る。
気温も朝から緩く上がり、羽織をしていなくても過ごせるくらいだ。
桜の蕾もだんだんと大きくなり、少し顔を出している花びらたちが淡い桜色に染まっている。
「星の宮」の正面玄関から、出た5人一行は、そのまま正門をくぐり東側へ歩き出した。
道横に流れる用水路には、水がキラキラ流れている。
時折、小さな魚も見えた。
「星の宮」の東隣は、林が広がっており、所有者がいないのか、荒れ放題になっている。
雪が解けた今、踏み入るには苦労しないが、奥まで進むと迷子になりそうだ。
「初めて来たわ」
明蘭が木を見上げながら言った。
「こんな所、誰も来ないわな」
朝晴が応えた。
林に入ると、辺りが一気に暗くなる。
所々、地面から木の根っこが飛び出していた。
注意しないと、転んでしまいそうだ。
「特段、変なところはないな」
龍臣が辺りを見渡して言う。
「凪はなにか分かるか?」
朝晴の言葉に、凪は目を細めた。
青い眼が木々を見ていく。
「……ううん、何もないかな」
「そっか……」
「きっと"調査"だけじゃないわよね……今日だけで任務が終わるはずないものね?」
明蘭は考えながら言った。
「それはそうだな……」
朝晴が西側を見る。
木々の隙間から「星の宮」の塀が見えた。
以前、この林付近で巨大な妖が現れ、「星の宮」の結界を歪ませる事態が起きた。
あれは、紛れもない。
妹の、作ったものだ。
懐かしい感触がしたのを覚えている。
妹はここに来たのか?
あの後、凪と一緒にこの林に来た。
なにか痕跡がないかと。
もう、半年も前の話だ。
あの時は、なにも見つけられなかった。
だから今日も――
?
「あれ?」
「どうした? 五宮?」
「あそこ……」
朝晴が塀の方へ近づいていく。
他の人も不思議だと付いて行った。
薄く汚れた白い塀。
何か書いてある。
半年前に来た時は何も無かった。
無かったはずだ。
「どうしたの?」
明蘭が近寄って来た。
どれどれ、と塀の壁を見る。
「なにこれ? 落書き?」
墨汁のようなもので壁に絵が描いてある。
木? 花?
2本の縦棒が描かれ、上の方に丸のような泡のような線が描かれていた。
「凪……前、こんなのあったか?」
「ううん……あの時はなかったはず……」
「?」
一乃が振り向いた。
「どうした? 一乃」
林の奥を凝視している。
「……誰かいます」
風が抜ける。
耳がざわつく。
壁を見ていた朝晴が振り向いた。
臙脂色の肩まである髪を流し、こちらを見ている女性が1人。
息を飲んだ。
忘れもしない。
自分が置いて来たのだ。
見るのは11年ぶりだ。
あの頃となにも変わっていない。
髪も、目も、顔立ちも。
「…………夜月」
朝晴がポツリと呟いた。
「え――?」
凪が反応する。
臙脂色の女性がくるりとその場で回る。
人差し指を立て、口に近づけた。
フッと浮かび上がり、風が通ると同時にいなくなってしまった。
「……」
龍臣が、女性がいた場所に走る。
何もない。
ただ、風だけが通り過ぎていた。
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