5話 凪里①
結界が歪んでいるのが見える。
凪は屋根を滑り降りて庭に躍り出た。
鬼のような形。
鬼のような圧力。
本当にあの一宮家の時と似ている。
なぜ? ここに。
それよりも、誰が?
もう一度、妖が結界を叩く。
空気が揺れるような感覚がする。
「凪!」
後ろから朝晴がやって来た。
上を見上げ、ありえない物を見たという顔をしている。
「朝晴」
「……だ」
朝晴が呟いた。
「夜月だ……」
「? 夜月? 妹の? ……そんなまさか」
「真似て生み出したのか? すごすぎるだろ」
「妹の感心はいいから、どうにかするよ」
「妹のものなら、「月の杜」のものってことだ」
「……そうなるな」
「なにか得策はないの?」
「……全然、思いつかない」
「……」
朝晴が凪の顔を見る。
「……凪、お前、眼が黒いぞ?」
「黒?」
「初めて見た」
「?」
「いつも橙色か、青色だから」
「そうなの?」
「橙色は焦っている時、青色は冷静な時」
「……」
「じゃあ、今は?」
「さぁ?」
凪が少しニヤッと笑った。
前髪の間から、黒い眼が覗く。
「朝晴、俺がやる」
「は?」
「少しだけ、動きを止められる?」
「ああ」
朝晴が、懐から術符を取り出した。
フッと息を吹きかける。
何百枚もの紙が、一斉に吹き飛んだ。
紙が妖の足元に絡みつき、地面を這う。
おびただしい量だ。
朝晴が両手を地面に付ける。
途端、妖の足元にある紙が、生き物かのように動き出した。
妖の足に纏わりつく。
その光景を見た凪が、唖然とする。
「あの量を操るの?」
「造作もないぜ」
「恐ろしい……」
「どうにかしてくれ、凪」
「ああ、うん」
凪が両手を顔の前まで持ってくる。
滑らかに、印を結んでいく。
「どうするんだ?」
朝晴が地面に手を付けながら聞く。
「うーーん……封印したら、まずいよね」
「やめたほうがいいな」
「だよね、じゃあ……」
凪が印を結び終わった。
風が巻き上がる。
被っていた布も、眼を隠していた前髪も風で舞い上がった。
黒い眼が妖を見る。
妖も凪を見た。
手を伸ばす。
結界が邪魔をして入ることが出来ない。
もう一度、結界に向かって腕を振り上げた。
「やめろ」
凪が右手を妖に向かって突き出した。
猛烈な風と共に、力が放たれる。
それは、妖を貫いた。
ぽっかりと胸に穴が開く。
うめき声を出し、妖の体から黒い泡が出てきた。
泡がどんどんと空気に消えていく。
姿勢を崩し、背後からゆっくり倒れていく。
地面にぶつかるところで、妖の身体は完全にいなくなった。
―――
「凪」
「うん?」
凪が振り返った。
布がなくても、眼が隠れていなくても気にしていない。
「大丈夫か?」
「……うーん、疲れた」
「……あれは」
「後で調べてみようか」
「ああ……それはいいとして」
「?」
「眼、緑色になったな」
「え」
言った途端、あわあわと前髪を直し、布を被ってしまった。橙色の眼になる。
「……せっかく見えてたのに」
「見ないで……」
「もったいない」
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