4話④
感情がままに言葉を吐き出した龍臣。
我に返り、視線が下を向く。肩で息をする。
一乃の腕から弱々しく手を取った。
「……すまない」
龍臣が部屋を出る。
「た、龍臣さん! どこへ!」
一乃は背中を追った。
龍臣が足早に移動していく。
足の遅い一乃は姿を追うので精一杯だ。
外は、まだ弱い雨が降っている。雨どいの音が廊下に響き渡たる。
「はぁはぁ……」
龍臣は庭にいた。雨に当たるのも気にせず、下を向いている。
一乃が龍臣に近づいた。
「龍臣さん……」
龍臣が一乃に気づく。
「一宮……雨が降っている。風邪ひくぞ」
「それはあなたもです。戻りましょう」
「少し、頭を冷やしたいんだ……お前にひどいことを言った……すまなかった」
いつもの龍臣ではない。いつも気難しく、真面目で真っ直ぐな人がどうしたのだろう。
「嫌だろう? 俺といるのは」
「なにも思いません」
「……なぜ? お前は悔しくないのか? みなから蔑まれ馬鹿にされ」
「そうですね……そうかも知れません。でも……分かりません」
「なんだそれ」
「よく分からないんです。蔑まれ、馬鹿にされなければ、あとは何をしてもらえるのですか?」
「……え?」
一乃が真っ直ぐ龍臣を見る。
「なければ……褒めてもらえる……とか」
「とか?」
「賞賛される」
「……龍臣さんはしてもらいたいですか?」
「……っ」
龍臣は目の前の少女から目が離せなかった。馬鹿になんかしていない。大真面目に自分を見ている。
馬鹿にしていた。無能だと。力もない。術の事も知らない。
けど、
自分は、
自分は……
してほしかった。
ずっと
母が亡くなってから、再婚相手が来てから、弟が産まれてから……
いつしか自分に向かなくなった目。
弟は簡単なことを成し遂げただけで、笑顔をもらう、頭を撫でられる。
認めたくなかった。
弱さだと思った。
素直に認めてしまうと……今までの人生が無駄なような気がしたから。
「!」
一乃が素早く反応した。
西の方向に目を向ける。龍臣もそちらに目を向けた。
何がいる――
「あれは……」
「龍臣さん、私から離れないでください」
何が近づいて来る。
黒い、かなりの大きさだ。
「龍? ……あんな生き物が……」
黒い龍がトグロをうねらせる。頭上3メートル程の高さに頭があった。目は白く光り、こちらに敵意を向けている。
龍臣の前に一乃が立った。龍を見上げる。
「! 一宮、どうするつもりだ?」
「大丈夫です。夜が来るので」
いつもの調子でのんびりと答える一乃。
「夜?」
確かに、日の入り時刻くらいなのは間違いはない。
龍が咆哮した。空に向かって頭を何度も回す。
空気を吸い込み狙いを定めた。
そして、一気に2人に向け、口から火を吹き出した――!
「!」
龍臣は堪らず一瞬、目を逸らす。
しかし、熱くならない体に不思議を覚え、前を見た。
一乃が右手を龍に向かって突き出す。
その手の先には――
薄い光で防護壁が出来ている。
「一宮……?」
龍臣の背中に悪寒が走る。
今までに感じた事もない力。
圧倒的な重力に体が支配される。
動けない……この力は……?
龍臣の視線の先には白い少女。
目が離せない。
頭上の龍の方が恐怖を感じるに決まっている。
なのに、
「!」
一瞬、一乃の力が揺らめいだ。
防護壁がふわりと消える。
その隙を狙って龍が片手を振りかぶった。
一乃の胸から腹を爪がかすめる。
赤い血が飛んだ。
「おい!」
龍臣が一乃の肩を掴んだ。
「大丈夫です」
一乃は言うが、白い着物は少しずつ赤く染まっていく。
「約束したんです。諦めないと」
一乃が振り返り龍臣を見た。
「私がもっともっと力を使えたら……先生は死ななかったんだろうなって思うんです」
「……」
一乃の言葉に龍臣の記憶が走馬灯のように頭を走る。
褒めてくれた母を、守れなかったのは、あんな最期にしてしまったのは……自分。
「あ……」
一乃は龍に向き直った。
右手を上に構える。
空気が揺れる。溢れる。今にも爆発しそうな力が一乃の右手に集中する。
「ごめんなさい」
右手を横に振った。
龍が唸る。
体をくねらせ、もがきながら、もう一度、腕を振りかぶろうとした。
しかし、その腕は宙を切り、龍は尾から霧のように消えていく。
静かに目に怒りを残しながら黒い龍は消えていった。
辺りが、シーーンと静かになる。
気に留めていなかったが、まだ小雨が降り続いていた。
「!」
一乃の体が後ろに傾く。
龍臣が小さな体を支えた。
「おい! 一宮!」
建物から騒ぎを聞きつけた人間達が集まって来た。中には桔梗もいる。
龍臣の一乃を呼ぶ声が雨の音と一緒に響いていた。
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次回から第1章 最終話の5話が始まります。




