4話 龍臣 ①
椎名照星のいる奥の間はいつも薄暗い。
大きな椅子に腰を掛け、机にはいつも書類が山積みになっている。
両脇には秘書2人がおり、男性と女性が1人ずつ座っている。
今日は男性が筆を執り、女性の方は小さな子トラを膝に乗せ頭をなでていた。
「そうか……大体分かった」
照星が低い声で言う。
「このトラにも、廃寺のサルと同じような文様が書かれた術符が貼ってあったと」
「はい」
答えたのは二宮龍臣。右隣には付人の桔梗。その隣に五宮朝晴が正座している。
「その大量の花びらというのも気になるが……」
と言いながら、龍臣の左隣にいる一宮一乃をチラリと見た。
「サルとトラを操っていたのは同一犯と考えて良さそうだな」
「この術符の文様を使う集団がかつて「星の宮」にいたと分かりました。椎名様は彼らをご存じですか?」
「ああ……俺も、もうここで働いていたからな。あの時は今よりももっと治安が悪かった。妖だけじゃない、鬼も出て来ていた時だ」
「鬼……」
鬼はもうこの世には存在しないことになっている。昔、人間を襲い食べていたとされる邪鬼。そのほとんどが、退治されたと聞いている。
「ここ「星の宮」は、なにも妖を祓うだけの集団ではない。1つ大きな理念があった。目標というべきか」
「目標ですか」
「そうだ。『人間と妖が手を取り、共存する社会を作る』それが「星の宮」が誕生した目的だった。」
秘書の2人は、静かに目を閉じて話を聞いている。
「しかし、人間と妖、違う生き物同士、とても難しい目標だった。昔、一乃が言ったな『犬や猫は共に住んでいるのに妖は出来ないのはなぜなのか』と」
全員の目線が一乃に向く。
「言いましたっけ?」
きょとんと一乃が答える。
「小さいときだ。忘れているだろう」
(今も小さいです)という言葉を、その場にいたほとんどの人間が飲み込んだ。
「この目標に動く「星の宮」を良く思わない人が出てきた。妖は倒すべきもの、消すべきもの、使えるものは使役するもの、1人の考えがやがて2人、3人、そしてどんどん増え、1つの集団を作れるほどの人数が集まった」
「そして、その集団は「星の宮」から脱退した」
朝晴が言う。
「その集団が、10年前に脱退した者たちが未だに敵対しているということですか?」
「そうなるな」
「ネチネチしていますね。嫉妬深い女子のようです」
環奈が一乃にヒソヒソ言った。
「あら? 嫉妬深い男子だっているわよ? その集団だって、ほとんどが男で構成されていたんですから」
さっきまで目をつぶって、子トラをなでていた女の秘書が環奈に笑顔を見せる。目は何も笑っていない。
「あ……はーい、すみませーん」
「牛、ネズミ、サル、トラ……この一連が、脱退したやつらの仕業と考えるのは容易いが、なににしろやつらの目的が不明確だ。次に何かをしてほしいとは思わない。しかし、なにかあったとき迅速に動けるようにしておいてくれ」
5人が部屋から退出した。
一乃と環奈の2人はのんびり歩いていく。
角を曲がって姿が見えなくなったところで朝晴が口を開いた。
「不思議に思っていたんだけどよぉ。あの時……あのトラが現れた時、初めに気が付いたのって一乃ちゃんだよな?」
確かにそうだ。周りの人間は気配を感じ取るまでに少し間があった。あの時、誰よりも早く窓の外を見た。
「私も思っていました。廃寺の際にも、一宮様が一番初めに気付かれたご様子でした」
「力はないはずだよな?」
「俺、見たことあるんだ」
朝晴が、2人がいなくなっていった角を見つめながら言う。
「一乃ちゃんが、5~6歳かな? 俺はもう、ここで働いていたんだけど、力の判定に来ていて……」
一宮から五宮に生まれた者は、一度「星の宮」に来て、力の判定をしてもらう。なにが得意で、なにに精通しうる要素があるのか確かめるのだ。本来なら赤ん坊の時に、力の判定を行うはずだが、一乃は力が見受けられず何度も足を運んでいたらしい。
「彼女がどんなにがんばっても、集中しても、なにも起きない。体内で力が動いている、湧き出ている、そんな気も感じられない。周りからは落胆の声、呆れたため息、嘲笑う声……とにかく見ていて嫌なものだったな」
「……」
朝晴は一度、目を閉じてから、振り切ったように目を開ける。
「まぁ考えても分からないし、しゃーないわな。んじゃ、お疲れさん~」
左手をヒラヒラさせて、朝晴も歩き出した。2人が曲がっていった角を曲がって行く。
「我々も、戻りましょう」
「そうだな……」




