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三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑯

――――大晦日


 その日、稲荷神社では朝から大掃除が行われていた。

 押し入れにしまわれた古めかしい書物や怪しげな小道具。狂士は口元に手拭いを巻いて、うっすらと積もったほこりをはたきで払っていた。


「ふぇ……ふえっくしょい!」

 響き渡ったくしゃみに、成弥は縁側から顔を覗かせる。

 

「……大丈夫ですか? ほこりっぽいなら、外の掃除と交代しますよ?」

 疲れた顔で鼻水をすする狂士を見て、成弥は思わず苦笑いを浮かべた。

「やだ。外さみぃから無理」

 じとっとした目で見つめられ、成弥は呆れたように笑い掃除に戻っていった。


 狂士は「ふぅ」と軽くため息をつき、本のほこりを軽く手で払う。

 数日前の慌ただしさが嘘のような穏やかな日々。

 積み上げられた本を見つめながら、狂士はぼんやりと猫又の事を思い出していた。


――――数日前


 地獄太夫と一休が消え、狂士たちは稲荷神社に戻ることにした。

 事態は解決したが、猫又が消えてしまった事で、皆どこか静かな空気のままだ。


「……お茶でも淹れてきますね」

「あ、私も、手伝います」

 しばらくして成弥は腰を上げ、夜光と共に台所へ向かう

 そして部屋に残った狂士と周三郎は、同じく部屋にいるもう一人の人物を神妙な顔で見つめていた。


「この者……一体誰なんじゃ?」

「知らねぇよ。一休が取り憑いてる所しか見てねぇし」

 戸惑う周三郎に対し、狂士は頬杖をついたまま面倒くさそうに話す。


 地獄太夫によって一休の魂が抜け出た後、この坊主の男は脱け殻のようにその場に残された。

 素性の知らぬ者だがそのままには出来ないと、成弥が背負いここまで運んできたのだった。

 男は未だ一度も目を覚まさないものの呼吸はある。成弥の話では、一休に取り憑かれていた事で消耗し、今は昏睡状態にあるのではとの事だった。


「椿楼の次は、こやつが眠ったままか……」

「だな……そうだ! 玉太郎のヤツに一休の事伝えねぇと」

 周三郎の言葉で玉太郎の事を思い出し、狂士は慌てて立ち上がる。

 すると、狂士たちの話を聞いていたのか、成弥が台所からひょっこり顔を覗かせた。

 

「それなら大丈夫ですよ。山を出る時に、テンに伝言を頼みましたから」

 微笑む成弥に、狂士は不思議そうな顔を見せる。

「テン? そういや、夜光も言ってたけど……あのちっこい狐の事か?」

「そう言えば、狂士は知らんのか。あれはの、石井殿の尻尾の毛じゃ!」

「はぁ?」

 得意気な周三郎の説明は全く訳がわからず、狂士はポカンと口を開けた。


「あっはは……まぁ、簡単に言えばそうなのですが、あれは私の分身のようなもの。ここを留守にする間、夜光さんのお守りをお願いしていたのです……まぁ、結局危険な目に遭わせてしまいましたが」

 話しながら、成弥はしょんぼりと肩を落とす。

「ごめんなさい……テンちゃんは止めようとしていたんだけど、私がどうしてもって無理を言ったから」

 お茶を運んできた夜光は、申し訳なさそうに俯いていた。


「まぁいいじゃん、夜光のお陰で助かったんだし。なぁ?」

「うむ。あの金的は見事だった! 思わずわしまで気絶しそうだったぞ?」

「ふふ……確かに、あれは凄かったですね」

「わ、私がやったんじゃないよ!? あれは、テンちゃんが……」

 狂士たちは慌てふためく夜光を笑い、ようやく穏やかな時が戻った気がしていた。

 すると成弥はハッと何かに気付き、目を閉じて静かに微笑む。


「……どうやら、戻ってきたようです」

「あぁ?」

 狂士が首を傾げると、突然夜光の頭の上に手のひら程の小さな狐が降ってきた。


「コン!」

 テンは夜光の頭の上で元気よく一鳴きする。 

「テンちゃん! おかえり」

「むふふ、テンは夜光殿の頭がお気に入りのようじゃな」

「テン? 終わったらちゃんと報告でしょ?」

 注意されたテンは慌てて成弥のもとへ走り、肩へよじ登ると耳元で何かを話し出した。


「ほぉ、そうですか……それはそれは」

 意味深な相づちを打つ成弥に、狂士はじれったくなって声をかける。

「おい、なんだよニヤニヤして」


「ふふ、どうやら皆さん、目を覚まされたそうですよ。ぐっすり眠って、すっかり元気になられたようです」

 成弥の報告に、狂士たちは顔を見合わせて微笑んだ。

「良かったぁ、本当に」

「おう」

「これでひと安心じゃな!」


「ですね……あの阿呆狸も椿楼の為に頑張ったようですし、今回はハッカ油の刑は許してやりましょうかね」

「はは……アレはもうやめてやれ」

 意地の悪そうな成弥の笑顔を見て、狂士は呆れるように笑うのだった。

 

――――少し前、椿楼では


「ん……う〜ん……」


 行灯(あんどん)の薄明かりの中、一人の遊女はわずかに眉を動かし、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 ぼんやりと暗い天井を見ていると、隣から優しい声が聞こえた。


「おはよ……お京ちゃん」

「……夜光? あれ、ここ私の部屋じゃ……」

 夜光は添い寝をするようにお京の隣に寝転んで、ホッと安心したような笑顔を向けていた。


 お京は少し体を起こし、まだハッキリとしない頭で不思議そうに回りを見渡す。

「……えっ、なんで皆寝てるの!?」

 部屋の中で眠っている遊女たちを見てお京は驚き、まるで一気に眠気が吹き飛んだように目を見開く。 

「うーん……わかんない。でも、きっと疲れが溜まってたんだよ」

 夜光の姿に化けた玉太郎は、苦笑いでその場を誤魔化した。

 

「いや、疲れっていったって……うーん、いつから眠ってたのか全然思い出せない」

 お京は首を傾げ、難しい顔で考え込んでしまった。

「ま、まぁいいじゃん! ほ、ほら、まだ夜中だし、朝までゆっくり休みなよ!」

 そう言うと、玉太郎は無理矢理にお京を寝かせ、顔まで布団を被せた。

「ちょ、ちょっと! もう眠くないってばー」


 すると、二人の声を聞いてか、他の遊女たちもゴソゴソと布団をめくり、長い眠りから目を覚まし始める。

 

「うーーん! よく寝たぁーー」

「……え? なんで皆いるの?」

「ふぁぁぁ〜……私なんか変な夢見た。大きな狸の毛皮に包まれる、みたいな」

「あぁ! 私も! 同じの見たよ」


 遊女たちは目を覚ますやいなや、口々に話を始めた。よく眠っていたからか、皆スッキリとした顔をしており、まるで子供のようにお喋りを楽しんでいるようだった。


「ねぇ、夜光も見たでしょ? 大きな狸の夢!」

「そうそう、皆同じ夢見てるなんて、絶対おかしい! もしかして……お化け?」

 遊女たちに詰め寄られた玉太郎は、無言のまま曖昧な笑顔を浮かべる。


「お、おいら知らなーい!!」

 そして逃げるように自分の部屋へと走っていくのだった。


「……おいら?」

「おかしな夜光〜」


 遊女たちは大して気にすることなく、その後も賑やかなお喋りを続けていた。


――――


「はぁ……目を覚ました途端にうるさいんだから」

 後ろ手に襖を閉めながら文句を言う玉太郎だが、その口元はニヤニヤと緩んでいた。


 しばらくすると、障子窓をポンポンと叩く音が部屋に響いた。

 玉太郎は不思議に思いながら窓を開けると、そこには一匹の小さな狐、テンの姿があった。


「ん? なんだお前」

 首を傾げると、テンは「コン」と一声鳴き、玉太郎の肩に飛び乗った。

 そして耳打ちをするように玉太郎に話をする。 


「ほ、本当か!? 一休のヤツ、成仏したんだな……良かった〜。こっちもさ、皆無事に目を覚ましたんだぞ!」

 玉太郎の報告に、テンはとび跳ねて喜びを表していた。

「あ、そうだ! 猫又も無事だったんだよな?」

 当然の事と確信するように尋ねた玉太郎だったが、テンの反応は予想に反して暗いものだった。

 その反応に、玉太郎の表情にも一気に不安が押し寄せる。


「……何か、あったの?」

 恐る恐る口にすると、テンは暗い表情のまま玉太郎の耳に近づいた。


「猫又が……消えた」


 テンに耳打ちされた玉太郎は、ポツリと呟き呆然とした表情のまま立ち尽くすのだった。

 

   

 

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