表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/49

三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑮

「お、お前……何で」


 唐突に現れた夜光に、狂士は驚きと混乱で言葉に詰まっていた。


「ごめんなさい、外出ちゃいけないのに……でも、どうしても心配で」

 俯いて話す夜光を見て、狂士は大きなため息を漏らす。

「ご、ごめんね! せっかく、みんなが私のために考えてくれてたのに……」

 狂士のため息に慌てるように、夜光は言葉を取り繕った。

 

「もういいって……おかげで、助かった。ありがとな」

「狂士……ふふ、うん!」

 頭を掻き、照れながら話す狂士に、夜光は明るく笑い返した。

 しかし、一瞬の和やかなひと時は長くは続かず、緊迫した叫びによって破られる。


「狂士! 夜光殿を守るんじゃ!」

 周三郎の叫び声で振り返ると、地獄太夫が宙を舞い、夜光に狙いを定めるように棍棒を振り上げていた。

 

「くそっ!」

「ひゃ、狂士!?」

 狂士は咄嗟に夜光に覆い被さり、身を呈して守ろうとする。


「テン! 夜光さんを守りなさいっ!」

 成弥は足を引きずりながら必死にテンに呼び掛ける。

 しかし、テンは金的で倒れた一休の下敷きになり気絶してしまっていた。


「やだ! どいてよ狂士! わたしの事はいいから!」

「うるせぇ、黙ってろ!」


 夜光は狂士の胸を必死で押し返そうとする。

 それでも狂士はその場に止まり、意地でも動こうとしない。そしてついに地獄太夫は狂士たちに迫っていた。


〈ドスン〉


 確かに響いた衝撃音。しかし、狂士と夜光の身には何も起きていない。

 狂士はゆっくり後ろを振り返ると、そこには何故か倒れる猫又の姿があった。

 猫又は小さな白猫の姿に戻り、地面に力なく倒れていた。

 まるで自分の行動に驚く様に、地獄太夫は脱力して棍棒を落とす。棍棒はガランと大きな音を立て、跡形もなく消えていった。


「猫又!」

「いや……猫さん、しっかりして」

 二人は猫又のもとへ駆け寄り、夜光は優しく猫又を抱き上げる。

 猫又は目を閉じたまま動かず、夜光はその体を労るようにゆっくりと撫でていた。


「……!」


 その光景を目にした地獄太夫は動きを止めて大きく目を見開く。

 夜光の姿はいつかの自分と重なり、両目からは涙が溢れだしていた。  


「お主……あの時の」


 初めて耳にした地獄太夫の言葉に、狂士はハッと顔を上げる。

 そこにいたのは、ボタボタと涙を流し、悲しそうな瞳で猫又を見つめる女の姿。

 今まで対峙していた無感情で鬼のような姿とは、明らかに違っていた。


 地獄太夫は猫又を抱える夜光のそばで両手をついてしゃがむ。

 夜光はそんな彼女の姿に戸惑うが、何かを察したように声をかける。

「……お願い、猫さんを抱いてあげて?」

 夜光の真っ直ぐな目と、差し出された猫又の体を戸惑うように見つめ、地獄太夫はおずおずとその両手を伸ばした。  


 何百年ぶりに抱き上げたその猫の体はほんのりと暖かく、あの時と同じように、徐々に冷たくなっていくようだった。

「猫、猫……お願いじゃ、目を開けてくれ……わたしは、お主になんと酷い事を……」

 震える涙声は途切れ途切れに、その場に居る者の心を締め上げるように響く。

 溢れ落ちた涙は猫又を濡らし、目元に溜まり、まるで共に泣いているようだった。

 そして、その涙に反応するように、猫又はうっすらと目蓋を持ち上げる。


「猫!? すまなかった……わたしは、どうして」

 猫又は地獄太夫の顔を見上げると、笑うように目を細めた。

 

『……なぜ、泣いておる?……ほら、笑っておくれ……あの時のように……』

「お主……」


 大きく開かれた目は戸惑いに揺れる。それでも、地獄太夫はぎゅっと口を結ぶと、涙を堪えて懸命に笑ってみせた。

 猫又は満足そうに笑うと、体に添えられた地獄太夫の手に頬をすり寄せる。


『ありがとう……あなたと出会えて……わたしは、幸せじゃ……本当に、ありがとう』


 振り絞るように言い終え、猫又は再び目を閉じる。

 猫又の体は暗闇でぼんやりと光り、綿毛のように夜空に舞い上がり消えていく。


 その最後の光が空に消えるまで、誰一人言葉を発さず、そうしなければいけないように猫又の最期を見守っていた。


――――


 猫又が消えてから、森の中は驚く程に静まり返っていた。

 地獄太夫は猫又を抱いていた格好のまま俯き、未だ微動だにしていない。


「……猫又は、ずっとあんたを探してた」

 狂士の声に、地獄太夫は一瞬肩を震わせた。

 

「妖怪になって、何百年もずっと、名前も知らないあんたの事を……もう死んじまってるってのに、それでも会いたかったんだよ」

「……どうして……そんなにも」

 地獄太夫は小さく声を発すると、涙に濡れた瞳で狂士を見上げた。

「さぁ……でも、嬉しかったんじゃねぇの? 最期をあんたに見つけてもらえて」

 その言葉に、地獄太夫はまた涙を溢し出す。

 

「地獄太夫さん……」

 夜光は涙する地獄太夫を悲しそうに見つめ、震える肩に手を伸ばそうとする。

 

 その時、ようやく目を覚ました一休は、フラフラとおぼつかない足取りで歩み寄る。

「ふん、あの猫又は消えたのか……地獄太夫、早くそいつらを片付けてしまおうぞ」

「お前……」


 事態を理解しようとしない一休の不遜な態度に、狂士は怒りを露に睨み付けた。

 しかし一休は気にもせず言葉を続ける。

「どうした? 地獄太夫、わしの声が聞こえぬか?」

 一休の声にピタリと動きを止めた地獄太夫は、下を向いたままゆらりと立ち上がる。


「うぅ……狂士、だ、大丈夫かの?」

 周三郎は心配そうに狂士を見る。

 しかし狂士は表情を変えずに地獄太夫の動向を見守っていた。


「ん? どうした?」

 ゆっくりと歩み寄る地獄太夫を、一休は満足げに笑いながら見つめる。

 そして次の瞬間、パーンと大きな音が辺りに響く。


「あ!」

「な、なんと!」

 周三郎と夜光は突然の事に驚きの声を上げる。


「……乙、星?」

 平手打ちで赤く腫れ上がった頬に手を当て、一休は驚いた表情で地獄太夫を見返した。

 地獄太夫は悲しみと怒りを滲ませて一休を睨みつけ、静かに口を開く。


「自分のした罪がわからぬか、一休宗純……人に取り憑き姿を変え、関係の無いものを傷つける……それが、僧侶のすることか!」

 地獄太夫は次第に声を強くする。

 そして、一休は徐々に顔を歪ませて声を荒げる。

「仏の道に反することなど、とうに覚悟の上。それでもわしは、乙星……お前に会いたかった! 死の直前に痛感したのだ、わしにはお前しかおらぬと……ただもう一度愛したいと、そう思うことの何が悪い!」


 一休の威勢のいい告白に、狂士と周三郎、それに成弥は気まずそうに目を逸らし、夜光は何故か頬を赤らめていた。


 しかし当の地獄太夫は、一休の告白に全く表情を変えていない。

「……阿呆」

「なっ!?」

 拍子抜けしたように口を開けた一休の頬を、地獄太夫はもう一度スナップを効かせて力強く叩いた。

「ぶふぅ!」

 今度は反対側の頬に平手打ちを食らった一休は、勢い余って地面に倒れ込む。

 地獄太夫はそれを見下ろし、一休の体を足で踏みつけた。


「ぐっ……何をするんじゃ乙星!」

「憐れな男……今のお主は、ただ自分の欲望を押さえられない化物……奢り高ぶり、世の中を嘲笑い、自分の信念を貫き通す……わたしが愛していたのは、そんな男。こんな化物ではない」

「乙星……」

 その言葉に一休は表情を変え、ゆっくりと体を起こす。

「だが、同じ化物同士……共に地獄に堕ちようぞ」


 地獄太夫は目を閉じて念仏を唱え出す。すると、一休の体は青白く光り、半透明の霊魂が抜け出した。

 依代の体は力なく倒れ、一休の霊は生前の無精髭でボサボサ頭の姿に戻っていた。


 地獄太夫は狂士たちの方を見つめ、そして深く頭を下げた。

「すまなかった……この者はわたしが連れて行く。もう、お前たちの前に現れることはない。本当に……世話をかけてしまった」

 そう言うと、地獄太夫は一休の袖を強く引っ張る。

 

「お主も謝らんか!」

「うぅ……す、すまなかった」

「もっと頭を下げろ!」

 地獄太夫は鬼の形相で一休の頭を押さえつけた。

 

「なぁおっさん、椿楼の人たちは本当に大丈夫なんだろうな? それによっちゃ、許さねぇぜ」

 狂士は一休をじっと睨みつける。

 一休は頭を押さえられたまま顔だけを見上げ、これまでと違い真剣な表情を向ける。

「……あの者たちなら、そろそろ目覚める。本当に、申し訳ない事をした」

 その言葉に偽りはなく、狂士はそれが本心の謝罪のように感じられた。


「では、失礼する……もしも地獄に堕ちたなら、その時は案内して差し上げようぞ」


 地獄太夫は哀しみの混じる笑みを浮かべ、一休を引きずるように闇の中へと消えていく。

 引きずられながらも何故か幸せそうな笑みを浮かべる一休の姿に、狂士たちは呆れつつホッと胸を撫で下ろしていた。


 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ