三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑬
「地獄太夫、早くその小僧を片付けて、二人で静かなところへ行こうぞ」
傀儡のような地獄太夫に、一休は背後から声をかける。
物言わずコクりと頷いた地獄太夫は、目を閉じて集中するように手を合わせる。そして、何処からともなくドス黒いトゲのついた棍棒を出現させた。
(……くっそ! ヤバイだろ、あんなのでボコられたら……早く、動けよ体!)
狂士は何度も地獄太夫に吹き飛ばされ、全身を殴打して動けなくなっていた。
地面に横たわり、僅かに開けた視界から覗く女の姿は、まさに地獄から迎えにきた花魁のように、狂気と美しさが混同していた。
地獄太夫は容赦なく棍棒を振り下ろさんとし、狂士は寸前まで必死に体を捩るが、ついに覚悟するようにギュッと目を閉じた。
衝撃を覚悟していた狂士だが、突然吹き抜けた突風に目を見開く。
「……狐っ!?」
風とともに目の前に現れた狐は、空中で地獄太夫の棍棒を咥えて食い止めると、頭を振りかぶって棍棒を吹き飛ばした。
「遅くなってすみません!」
「その声……もぉー、マジで終わったと思ったぁ〜……」
狐から聞こえる成弥の声にホッとしたのか、狂士は拍子抜けしたような声をあげる。
「ふふ、そんな事を言えるなら、大丈夫そうですね」
成弥は目を細めて笑うと、くるりと宙を回転し、耳と尻尾の出たいつもの姿に変化した。
狂士を守るように立ち、対峙する地獄太夫を警戒しつつ、成弥はその背後にいる一休に視線を移す。
「……私の友人たちに無礼を働いてくれたようですが……当然、覚悟はできているんでしょうね? 一休宗純」
言葉と共に目を細め、成弥は一休を睨み付けた。
「おやおや、今度は狐の登場か? ほんにまぁ、この短い間にこうも妖怪に巡り合うとは」
一休はその視線を気にする様子もなく、成弥を蔑むように笑う。
そんな挑発を無視するように、成弥は冷徹な表情で掌から青白い狐火を繰り出し、一休に向けて迷いなく打ち放った。
狐火は地獄太夫の頬を掠め、一休の顔めがけて瞬く間に飛んでいく。
「……くっ」
突然の事に一休も反応が間に合わず、慌てて腕で自身を庇う。
冷たい目で見つめていた成弥だが、次の瞬間驚きに目を見開いた。
〈バシュ!〉
まるで糸のついた人形のように一休の元へ飛んでいった地獄太夫は、直撃の寸前で狐火を棍棒で打ち消したのだった。
「あぁ……わしを守ってくれたのかっ! ありがとう、ありがとう乙星よ」
一休は感動して涙を流しそうな勢いで、無表情のままの地獄太夫の髪や頬を撫でる。
(乙星……やはり、あれは地獄太夫か……しかしあの様子、まるで傀儡のよう。それに)
「成弥っ! 避けろ!」
「……はっ!」
考え込んで呆然としていた成弥は狂士の声にハッとして顔をあげる。
次の瞬間、狂士に体当たりで吹き飛ばされ、寸でのところで地獄太夫の攻撃を躱した。
成弥はそのまま狂士を抱え、咄嗟に茂みの中へと身を隠す。
「はぁ……気をつけろ! あいつ、遠くからすげぇ勢いで吹き飛ばしてくんだよ」
「す、すみません、少し考え事をしてしまって……あの女、本当に地獄太夫なのでしょうか。核となる魂の周りに、様々な者の気配がします」
「けど、一休は確かに地獄太夫って言って……」
成弥の話を聞き、狂士はしばし考え込み状況を整理する。
「……椿楼の遊女たちは、あいつに精気を吸われて眠り込んでる……それが、地獄太夫を甦らせるために必要だったのかも」
「遊女の精気……そうか、それが混じり合って、自我を失って」
成弥は何かの糸口を掴んだように顔を上げる。
「あ! 猫又が華世と同化してた時みたいに」
狂士の言葉に、成弥は静かに頷いた。
「どうにか、地獄太夫の意識を取り戻す事が出来ないものか……誰か、彼女の事を知る存在がいれば、もしかしたら」
「……地獄太夫を知る存在? そんなの、一休じゃないのか?」
「中身は一休でも、姿の違う今の彼を認識できていないのでしょう。おそらく彼に従っているのも、呼び出された術者だからに過ぎない」
狂士たちを探す地獄太夫を、茂みから警戒しつつ成弥は話す。
「それじゃあ無理じゃね? 猫又は一休に捕まってるんだし」
「……そうか、猫又さん」
成弥は閃いたようにハッと顔をあげる。
そして、狂士の肩をガシッと掴み真剣な表情を向けた。
「狂士さん……お願いがあります!」
「な、何」
成弥の真剣な顔に、狂士はゴクリと息を飲む。
そして続けられた話に、驚き目を見開いた。
「ま、待て待て! そんなん無理じゃね!?」
「危険なのは承知です! しかし、今はそれしか……出来る限り急ぎます! 何かあればすぐ引き返しますからっ」
狂士は成弥を無言で見つめると、「はぁ〜」と大きな息を吐く。
そして気合いを入れるように、自分の足を一発殴った。
「3分……それ以上はどうなるかわかんねぇからな」
茂みから地獄太夫を睨み付け、狂士はポツリと言い放つ。
成弥はそんな彼を頼もしそうに見つめ、力強く頷いた。
「えぇ、十分です。では……始めますよ!」
「……おう!」
手を打ち鳴らした成弥の合図で、二人は茂みから別々の方向へ勢い良く飛び出した。
成弥は走り出すと同時に狐に変化し、一休の元へ疾風の様に駆けてゆく。
しかしそれに反応した地獄太夫は、すぐさま成弥を追おうとする。
「お前は、こっちだ!」
狂士の叫びで、地獄太夫は一瞬目的を失ったように辺りを見渡す。
その瞬間、狂士は地獄太夫の背中に飛びかかり、足を絡めた勢いのまま地面に倒し込んだ。
しかし地獄太夫は全く痛みを感じていない様子で、無表情で倒れたまま、押さえ込む狂士から抜け出そうともがき続ける。
「悪いけど……はぁ、女相手とか言ってらんねーからなっ」
狂士は息を切らしながらも、地獄太夫を必死に押さえ込むのだった。
一方、一休の元へ迫った成弥は、狐姿のまま口から勢い良く狐火を吐いた。
「くっ、何度も突っかかってくるとは、陰湿な狐だな」
一休は悪態をつきながら、持っていた杖で狐火を払う。
「減らず口を……陰湿さなら、あなたの方が上ではないでしょうか」
目を細めていやらしく笑い、成弥は俊敏に移動しながら狐火を何度も放っていく。
しかし、一休はそれを杖や体術を使い、ギリギリの所で全て避けていた。
「ふふ、同じことを何度も、芸のないヤツめ」
「黙りなさい」
一休の煽りを受けてなお、成弥は攻撃を止めなかった。
そして、狙っていた瞬間は訪れる。
(……あれかっ!)
避け続けていた一休の着物の隙間から、チラリと瓢箪が覗く。成弥はそれを瞬時に見つけると、一気に距離を詰める。
「何っ!?」
一瞬で目の前に現れた成弥に反応が遅れ、一休は体を硬直させた。
成弥は一休の腰についていた瓢箪を引きちぎり、再びサッと距離を取る。
(……確かにいる、この中に)
咥えた瓢箪からは、猫又の鼓動が感じられた。
そして、成弥はその瓢箪を天高く舞い上げると、精神を集中するように目を閉じた。
(こんな場面で申し訳ありませんが……出てきて下さい、猫又さん!)
成弥はカッと目を光らせ、一際大きな狐火を瓢箪目掛けて吐きつける。
「地獄太夫! 頼む、瓢箪を取り戻してくれ!」
一休の呼び掛けに答えるように、地獄太夫は体に力を込め、狂士をはねのけて起き上がる。
そして、言われた通りに瓢箪目掛けて駆け出してしまう。
「チッ! 待ちやがれ!」
狂士はその場からすぐに立ち上がり、必死で地獄太夫を追う。しかし、その距離は縮まらなかった。
(くっそ! 間に合わねぇ……)
地獄太夫が瓢箪目掛け飛び上がろうとした瞬間、突如聞き馴染みのある叫び声が聞こえてきた。
「はわわわーー! でっかい人魂じゃーー! 助けて石井殿ーーー!?」
「しゅ、周三郎!?」
茂みから飛び出してきた周三郎は、交通事故のように地獄太夫にぶち当たった。
「ぶふぅー!!」
二人はその場にパタリと倒れ、しばらく動かなくなった。
呆然としていた狂士はハッと我に返り、周三郎のもとへ駆け寄る。
「お、おい、大丈夫か!?」
「うー……狂士? わしの鼻、付いておるかの?」
顔面を強打したらしく、周三郎は鼻を押さえながらゆっくりと頭を上げた。
「一応な……しかしお前は、ほんと予想できねぇな」
まるで状況をわかっていない周三郎の様子を見て、狂士は拍子抜けしたように笑うのだった。
その時、バンッと何かが破裂するような音が辺りに響き渡る。
「!? 何じゃ、今の音は!」
目覚めた瞬間響く轟音に、周三郎はキョロキョロと周りを見渡す。
「……猫又が、出てくる」
狂士は夜空を見つめ静かに呟いた。
その視線の先には大きな体を丸め、フサフサの白い毛並みをした化け猫の姿が浮かぶ。
そして猫又は、ゆっくりとその金色の目を開けるのだった。




