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三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑫

 吉原で出会った女の子の話から、一休のいる愛宕山へと急ぐ狂士。

 いつの間にか日は落ち、辺りは薄暗さを増していた。

 低い山ではあるが、暗い山道に人の姿は無く、何の獣かわからない鳴き声だけが聞こえてくる。


「チッ……暗すぎるっつーの! こんな中で人探しとか無理ゲーだろ」


 時折木の枝に引っ掛かりながら、狂士は一人文句を言いつつ夜の山を彷徨う。

 この山に足を踏み入れてから僅かながらも不穏な空気を感じていた狂士は、それを一休のものだと信じ、細い糸を手繰り寄せるように進んでいた。

 そしてその空気は、奥に進むごとに濃くなっていった。


 (……? 何か、聞こえる……お経?)


 突然に聞こえてきた男の声。それは、ブツブツと絶えず念仏を唱えるような声だった。

「まさか、本当に一休が……」

 暗い森の中、声のする方へ進んでいくと、一際濃い闇に包まれた横穴が見えてくる。

 狂士は慎重に近づき、壁にへばり付いた状態で穴の中を覗く。

 

 奥には蝋燭の明かりが小さく灯り、その前に座した男の後ろ姿が見えた。

 (……こいつが一休?)

 男の背中をじっと見つめていると、不意に経を読む声が止む。

 

「そんなに面白いか? 坊主が読経する姿は」


 振り返ることなく声をかけられ、狂士の心臓はびくりと大きく跳ねあがる。

 それでも、猫又を助ける本来の目的のため、狂士は息を整え、意を決して一休の背中に立ちはだかった。


「あんたが、一休って坊さん?」

 

 狂士は男を睨み付けるように見下ろした。

 男は喉の奥から洩れるような含み笑いで、座ったままゆっくりと振り返る。そして、胡座の上に頬杖をつき、狂士を見上げて不適に笑った。


「はて、どうだったかのぉ」

 男のとぼけたような態度に、狂士は大きく舌打ちをして怒りをあらわにする。


「玉太郎に話は聞いてんだ、惚けてんじゃねーよ――とにかく、猫又を返してもらおうか」

「お主、あの妖怪たちの知り合いか? 人間の癖に、変わった男よのぉ」

「うるせぇよ……チンタラしてんなら、ちょっと痛い目みてもらうぜ?」

 狂士は悪人のような笑みを浮かべ、手や首をボキボキと鳴らし始める。


「威勢がいいのぉ……せっかく最愛の女との再会が果たせると言うのに、いい所で邪魔が入ったもんだ――なぁ、地獄太夫?」

 一休は傍らにあった髑髏を持ち上げると、愛おしそうにその頬を撫でた。

「はぁ!? 地獄、太夫って……」

 本来の探し人だった地獄太夫の名を聞き、狂士は驚いて言葉に詰まった。


 そして、一休の言葉に反応するように、髑髏から放たれた黒い霧が横穴の中に充満していく。

「チッ……何だこのひでぇ臭い」

 霧とともに漂ってくる腐敗臭に狂士は顔を歪め、着物の袖で鼻と口元を覆う。


「わしの女に向かって、あまり失礼なことを言うなよ、小僧」

 冗談とも本気とも取れないような声色の言葉が聞こえ、次第に黒い霧は薄まっていく。

 霧の隙間から覗く、血のような真っ赤な着物。腰まで延びた艶やかな黒髪。

 薄れていく霧は徐々にそのシルエットを映し出し、地獄太夫はその妖艶な姿を現した。


 そして、深い眠りから覚めるようにゆっくりと瞼を持ち上げる。


「こいつが、地獄太夫」


 吸い込まれそうな赤い瞳の美しい女。

 しかし、地獄太夫はまるで自我を持っていないような無の表情で狂士を見つめる。

 一休はそんな彼女の体を抱き寄せ、耳元で何かを囁く。すると地獄太夫の赤い眼は怪しく光り、静かに挙げた掌を狂士に向けた。

 その瞬間、空気を裂くような衝撃が狂士をいとも簡単に吹き飛ばす。


「がっ……」


 バキッと鈍い音が響くほど木の幹に背中を打ち付け、狂士は気を失いそうな痛みに耐えるように、必死で拳に力を込めた。

 霞んでゆく視界に、黒いオーラを纏う地獄太夫の姿が揺らめく。

 地獄太夫はさらに追い討ちをかけるように、再び狂士に掌を向けた。


 (くそっ……ここでもまた、くたばんのかよ)


 江戸に辿り着く前、現代の海で命を落とした時の光景が、不意に頭に甦る。

 すでに一度死んだ身。だからいつ死んでもいい――そんな風に考えていたのに、その心は真逆の思いに溢れていく。

 

 (……夜光)


 そして、その脳裏には神社で自分を出迎え、屈託なく笑う夜光の姿が浮かんでいた。

  

――――同じ頃 稲荷神社


「……狂士?」


 障子窓を開け、白い息を吐きながら外を眺めていた夜光は、どこからともなく聞こえた声に反応する。

 慌てて外に出てみるも神社に人影はなく、さっきの声はもう聞こえない。


『コン!』


 頭の上に乗っていた子狐のテンは、夜光の髪を引っ張り中に戻るように促した。

「ごめん、寒いよね……でも……」

 夜光はまださっきの声が気になる様子で、暗い神社の外をじっと見つめる。


 すると、テンは頭の上から飛び下り、小さな腕を広げて夜光の前に立ち塞がる。

 少しムッとした表情で首を振り、テンはまるで夜光を引き止めようとしているようだった。

 夜光はしばらく真剣な顔でテンを見つめると、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「……私、いつも誰かに助けられてばかりなの。何の取り柄もなくて、何も返せないのに」

 話しながら俯く夜光を、テンは心配そうな目で見つめる。

「でも私、狂士たちが大変な時に、ここでじっとしてるなんて、やっぱり出来ない! 大事な人たちが頑張っているから……何も出来ないかもしれないけど、そばにいたいよ」

 夜光は涙を浮かべ、絞り出した声を震わせる。

 テンはそんな彼女の小さく震える指を見つめ、胸の中へと飛び込んだ。

 

「ひゃっ……テンちゃん?」


 テンは夜光の顔を見つめ微笑むと、コーンと一際大きな鳴き声を上げた。

 すると、空中に大きな丸い鏡のような物が突如浮かびあがった。


「な、なにこれ」


 口を開けて呆然としている夜光の着物を引き、テンは鏡の方へと誘う。

「え……この中に?」

 夜光の問いにテンは力強く頷く。

 事情は飲み込めないも、夜光はテンの事を信じ、大きな鏡にゆっくりと手を伸ばした。


――――愛宕山 山中


「い、石井殿! 本当にこんなところに一休が!?」

「えぇ、おそらく……まだ確定ではありませんがこの奇妙な気配、以前猫又さんが椿楼で感じたモノと同じかも知れない!」

 成弥と周三郎は暗い山道を息を切らして駆けていた。

 成弥の狐火で多少の明かりはあったが、それでも足元は真っ暗で、周三郎は何度も足を絡ませる。


「わわっ!」

 周三郎はバタバタと足を動かし、転ける寸でで踏みとどまる。

「大丈夫ですか!? 気をつけてくださ……」


 成弥は突然、何かに気を取られたように言葉を止めた。

 そして、ひとつの方向を鋭く睨みつけると、再び狐の姿に変化する。


「すみませんが先を急ぎます! 危険かもしれないので、周三郎さんはここにいてください!」

 そう言うと成弥は瞬く間に森の中を抜けていった。

 いつもの柔らかい雰囲気とは違い、緊迫した言動に周三郎は目を瞬かせ、しばらくその場に立ち尽くしていた。


「ここにと言われても……」

 周三郎は真っ暗な森をキョロキョロと見渡し、時折聞こえる獣の声に顔色を変える。

 

「……一人じゃ怖いではないかぁ! 石井殿ぉ〜〜!」

 周三郎は情けない声を上げながら、成弥の後を追うのだった。


  

 

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