三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑪
狂士たちと時間差で一休捜索に向かった周三郎と成弥は、それぞれ江戸の町で聞き込みをして回っていた。
「ご主人、この辺で禅僧の男を見なんだか? 髑髏の飾りの杖を持っているはずなのだが」
周三郎は行きつけの茶店の主人に話を聞く。
そしてちゃっかりと、いつもの団子も注文していた。
「禅僧? わからんなぁー。髑髏の杖なんてもん持ってたら、覚えてると思うけど」
主人は思い出そうと目線を泳がせながら、腕組みをして首を傾げる。
「そうか……ありがとう!」
皿に残った団子をいっぺんに口に頬張り、周三郎はお代を置いて店を飛び出した。
「何だか、えらい慌ててんなぁ」
あっという間の出来事に、店主はポカンと口を開けて見送っていた。
――――
茶店を飛び出した周三郎は、町中を走りながら成弥とのやり取りを思い返した。
「私の記憶通りなら、一休は髑髏の杖を持っているはずです」
「髑髏の杖?」
「はい、髑髏の飾りの付いた特徴的なものです。しかし、300年以上は前の事なので、確証はありませんが、手がかりにはなるはず」
町に向かう道中、周三郎の前を走りながら、成弥は遥か昔の記憶を辿る。
「石井殿は、一休に会ったことがあるのか?」
「直接はありませんが、各地を転々としてた時に噂で聞いていました。しきたりに囚われない、禅宗の破戒僧がいると……なんでも一休は、仏教では禁じられている女性との交わりや、飲酒、食肉も堂々と行う。まぁ、かなりの掟破りの人物ですね」
成弥は当時を思い出しながら、一休の行いに頭を抱えていた。
「それは……何とも変わったお人だの〜」
成弥の話から一休の人物像を思い描きながら、周三郎は呑気な相づちを打つ。
「それでも、あの地獄太夫が弟子になった人物じゃ。ただ者ではないのだろうなぁ」
「えぇ、一休はただの生臭坊主だったわけではなく、その破天荒な言動に惹き付けられる人は多かったようです。地獄太夫も、その一人なのかも知れませんね」
周三郎は走りながら、画塾で地獄太夫について学んだ知識と、実際の事実を重ね合わせてしばし考え込んだ。
「周三郎さん、町に着いたら二手に別れましょう。私はとりあえず狐の姿で町中を探します。周三郎さんは聞き込みで情報を集めてくれますか?」
「わ、わかった! しかし、どうして狐の姿に?」
「まぁ、その方が速く動けますから」
成弥は目を細めてニヤリと笑うと、大きく前方に回転するように飛びはね、美しい毛並みの狐に姿を変える。
「では、夕刻に落ち合いましょう。それまでに何かあれば、すぐに駆けつけます」
そう言うと、成弥はまるで宙を舞うように駆け、あっという間に見えなくなった。
「おぉ〜! もう見えん……」
あまりの速さに、周三郎は大口を開けてしばらく呆然としていた。
――――吉原
玉太郎と別れ、狂士は吉原で一休の捜索を続けていた。
時折吹く冷たい北風に手元を袖で隠しながら、辺りを見渡し、人が隠れられそうな場所は一通り見て回る。
しかし、未だ手がかりは見つけられずにいた。
「……はぁー、くそ! どこにいんだよ、一休なんて坊さんっ!」
ムシャクシャと頭を掻き、狂士は一目も気にせず大声をあげる。
すると、背後から小さな叫び声が聞こえた。
「ひゃあっ」
「……ん?」
振り返ると、現代にしたら小学生くらいの女の子が驚いた顔でへたり込んでいた。
二人はしばらく無言でお互いを観察するように見つめ合う。
そして、狂士はその無言の空気に耐えられず、先に口を開いた。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん」
会話は終わり、再び沈黙が訪れる。
これまでグイグイと距離を詰めてくる者が多く気付いていないかもしれないが、狂士は若干の人見知りだった。
そしておそらく、相手も同じ人見知り。
人見知り同士のにらみ合いは、微妙な間合いを保ちながら続いていた。
「……お兄ちゃん、お坊さん探してる?」
「へ!?」
今度は女の子から声をかけられ、狂士はびっくりして間抜けな声を出してしまう。
「あ、あぁ、聞いてたのか……てかお前、何か知ってるの?」
「人間だけど、人間じゃない……変なお坊さん、見たよ」
女の子の言葉に不穏な空気を感じ、狂士はぐっと押し黙った。
「昨日の夜、ガイコツを撫でながら歩いてた……赤い目が光ってて、怖いから隠れた」
辿々しい言葉を、狂士は聞き逃さないよう耳を傾ける。
「その坊さん、何処へ行ったかわかるか!?」
前のめりで詰め寄ると、女の子はまた怯えたように「ひぃ」と小さく声をあげた。
「ご、ごめん……けど、急いでんだ! 早くそいつを探さないといけなくて、知ってることがあったら教えてくれ」
狂士の真剣な顔を見て、ようやく警戒心を解いたように女の子は立ち上がる。
そして、すっと腕をあげて遠くを指差した。
「吉原を出て、あっち、山の方に歩いてったよ」
「やまぁ!?」
女の子の指差す方をたどると、遠くに小さな山があった。
(あれは、周三郎の家からも見えた……確か、わりと低めの山だったか)
「あの山に向かったんだな?」
問いかけに女の子は小さく頷く。
「助かった! ありがとな」
軽く手をあげて去ろうとした時、女の子は小さな声で話し出す。
「お兄ちゃん、気をつけてね」
狂士は一瞬目を丸くしてニヤリと笑うと、その山に向かって走り去った。
女の子はその後ろ姿を見送り、しばらく無表情で立ち尽くす。
「……お兄ちゃん、どうして見えるんだろう、私の事」
女の子の姿は、その呟きと共に霧のように消えてゆくのだった。
――――
狐姿の成弥は、江戸の町を目にも止まらぬ速さで駆け回る。
家屋の屋根に軽々と登り、飛び移りながら、その鋭い瞳で一休を探していた。
(それらしい者は見当たらない、か……いや、そもそも気配すら……!?)
霊的な気配すら感じ取れない。そう思った時、成弥はわずかに一瞬だけ毛の逆立つような異様な空気を感じ取る。
成弥は屋根の上で立ち止まり、鼻先を小刻みに動かして周囲の気配を探る。
すると、町からほど近い愛宕山の方角に、これまで感じたことの無いような気配があった。
(これが……一休の気配なのか? 霊とも、妖怪とも違う。確証はないが、とりあえず周三郎さんの元に向かうか)
成弥は屋根を飛び移り、今度は周三郎の匂いを追って駆けていく。
空は茜色に光り、遠くからカラスの鳴き声が響く夕暮れ時。
それぞれの焦る気持ちを写すように、徐々に暗い夜の闇が近づいていた。




