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三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑦

「……猫さんが探してた人って、地獄太夫だったの?」

「けど、かなり昔の人だろ。幽霊にでもなってなきゃ会うのは無理じゃ」

 何気なしに話す狂士の背中を、夜光はバシッと叩いた。

「いってぇ」

「もう、そんなこと言っちゃ駄目だよ」

 わけがわからないといった様子の狂士を、夜光は小声で注意する。


『よい……わかっていた事じゃ。この世におらぬなら、せめて安らかに眠っておるのを願うのみ。絵の中だけでも、再びその顔を拝めてわしは幸せじゃ』

 その言葉とは裏腹に、猫又の声は寂しさを宿していた。

「しかし、幽霊となっていないとも限らんのではないか? もしかしたら、ひょっこり狂士のもとに現れるかも」

「……確かに、無いとも言いきれませんね。いずれまた出会える事を願うのも、悪いことではありませんよ、猫又さん」

 周三郎と成弥は、元気のない猫又を励ますように優しく声をかけた。


『ふ、意地の悪い狐じゃ。そのような事を言われたら、いらぬ期待してしまうではないか』

 猫又は目を閉じて静かに笑う。そして、ひょいと飛び跳ね、大きな化け猫の姿に変化した。

『悪いが、今日はもうお暇する。少し昔を思い出しすぎてしもうたのでな』

 そう言って、猫又は夜の闇に消えていった。


「……あんな寂しそうな猫さん、初めて見た」

 夜光は猫又の消えた先を見つめ、ぽつりと呟く。

「えぇ……すこし、心配ですね」

 自分の言った言葉を気にしてか、成弥は複雑な表情をしていた。


「はぁー……しょうのないヤツだな。明日から、ちょっと探してやるか」

「ん? 何をじゃ?」

「地獄太夫だよ。お前の絵のお陰で顔はわかったし、もしかしたら、江戸の町をうろついてるかもしれんだろ?」

 狂士は深いため息の後、面倒くさそうに話した。

「おぉ、さすが狂士だ! わしも画塾が終わったら、協力するぞ?」

「おう、頼んだぜ」

 そう言って、二人は息ぴったりに拳をつき合わせる。

 しかし、目的が定まり意気揚々の二人の様子を、成弥は申し訳なさそうな顔で見つめていた。


「あのぉ……申し上げにくいのですが、彼女は堺の生まれですよ」

「え、堺って、あの堺?」

「えぇ、大坂ですね」

「大阪ぁ!? 関西じゃねぇか!」

 狂士は目と口を大きく広げて驚きの声をあげる。

 

「まぁ、あくまで言い伝えですが。亡くなった場所は定かじゃありませんが、おそらく同じ堺かと……霊となっていても、江戸に現れる可能性は低いでしょうね」

「なんじゃ、せっかく盛り上がって来たのに」

 成弥の話しに周三郎はすっかり肩を落とすのだった。 


「で、でもよ、遊女なんだろ? 案外ふらふらと吉原あたりに迷い込んでるんじゃねぇか?」

 狂士の苦し紛れの提案に、成弥はしばし頭を悩ませる。

「そうですねぇ……それは、ありえるかも知れません」

「だろ!? やっぱり探してみる価値はあるって」

「おぉ! また吉原探索が出来るのか!」

 成弥の言葉に狂士はすっかり調子を取り戻し、一方周三郎は全く別の事に喜んでいるようだった。


「ふふふ、ほんとお人好しなんですから。でも、今回ばかりは吉原へ出向くことも仕方ありませんね。私も、出来ることなら協力します」

「おう! とりあえず、やれるだけやってみるさ」

 顔を見合わせ意気込む狂士たちに、夜光はおずおずと声をかける。


「あ、あの……私は、やっぱりここに居るほうがいいんだよね?」

「だな。夜光はまだ外に出ない方がいい……心配すんな、大丈夫だから」

 狂士の明るい声に、夜光は心配そうな表情のまま「うん」と小さく頷いた。


――――椿楼 戌の刻(20時頃)


 椿楼に戻った猫又は、入り口から漂う異様な空気に顔を歪めた。


『何か……おる』


 自身の貼った結界が揺らぎ、中からは玉太郎とは別の気配が確かにある。

 猫又は妖怪とも霊ともわからぬその気配に一瞬たじろぐが、急いで中へと入っていった。


『……!? これは!』


 中に入ると、座敷には数人の遊女が横たわり、番頭や妓夫たちが慌ただしく動いていた。

「駄目だ、お京も眠って起きない……すまんがお客さんには帰ってもらってくれ」

「は、はい」

 騒ぎの中、猫又は倒れた遊女たちの様子を見て回るが、どうやら皆眠っているだけのようだった。


「あ、猫又さん! 実は、遊女たちが突然皆眠ってしまって……声をかけても全く起きないんです。お客さんの指名もほとんど取れないし、今は夜光が対応してるお客さんしかいないけど……中はどうなっているのか」

 番頭は言葉の通じない猫又に必死に事情を説明する。

 その異常な事態に、猫又は静かに頷き、夜光(玉太郎)のいる座敷へと駆けていった。


『おい、狸! 一体何が起きておる!』

 化け猫の姿ですり抜けるように座敷へ入り、猫又は声を荒げる。

 そこには玉太郎と一休が佇んでいた。


「ね、猫又」

 玉太郎は猫又を見て気まずそうに顔を背ける。

「驚いた……ここには猫の妖怪までおるのか。ガハハ! まるで化物屋敷のようじゃのう」

 一休の不遜な態度に、猫又は全身の体毛を逆立て怒りを露にした。


『お主……何者か知らぬが、このわしの結界の中で、よくも好き勝手やってくれたものよ』

「ほう、このチンケな結界はお前さんのものじゃったのか。あまりに薄っぺらいので気がつかなんだわ!」

 一休の煽り言葉は一瞬で猫又の怒りに火をつける。

 猫又はその大きな口をいっぱいに広げ、獰猛な息を吐きグルルと喉を鳴らした。


「お、おい! あんまコイツを怒らすんじゃねーよ。もう用は済んだはずだ……ほら、さっさと帰れ!」

 一触即発の空気に、玉太郎は慌てて一休を追い返そうとしていた。

 しかし、猫又はそれを許さず、その大きな体で一休の行く手を遮る。


『まさか、逃げられると思うとらんわなぁ?』

「ふ、残念だが、こちらさんは帰してくれないらしい」

 

 一休が言い終わるの待たずして、猫又は一休の体に鋭い爪を振り下ろす。

「猫又! やめろって!」

 玉太郎の制止は届かず、一休はその攻撃をすんでのところで受け止めた。

 髑髏の杖は振動でビリビリと震え、余裕だった一休の表情も苦しいものへと変わっていく。


〈グルルルルル――〉


 唸り声を上げ、腕に力を込める猫又。

 食い止めきれない勢いに、一休は苦し紛れかニヤリと口角を上げた。


『何がおかしい……気でも触れたか』

「いや? ただ、想像以上の力に感心していただけじゃ」

 そう言うと、一休は懐から瓢箪の形をした古めかしい容器を取り出し、上部の蓋を親指でポンと開けた。


「しばらくここで眠っておるがいい」

『なんじゃと?』

 一休がニヤリと笑った次の瞬間、猫又の大きな体はその瓢箪の中へ空気のように吸い込まれていく。

『……くそっ!』

 吸い込まれる直前、猫又は首に付いている鈴を咄嗟に引きちぎった。


「猫又っ!」

 玉太郎の叫びは届くとなく、一休は猫又が吸い込まれた瓢箪にきゅっと蓋をしてしまった。

「ふふ、邪魔が入ったが、用事は済んだ……玉太郎、協力感謝するぞ」

 ピクリとも動かない瓢箪を肩にぶら下げ、一休は何食わぬ顔で椿楼を去っていった。


「うぅ……大変な事になっちまった」

 玉太郎はその場にへたり込み、呆然と呟く。

 するとふと、畳に転がる小さな鈴が目に入った。


「これ、確かアイツの」


 鈴を拾い上げ、玉太郎は真剣な顔で思い悩む。

 そして、それを懐へ大事そうにしまうと、番頭の元へと駆けていった。


 

   

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