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三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑥

「よいか? 模写は作品の時代背景や技法を学ぶだけではない。作者の思いや思考を読み解くこと、それを重点に置くのだ」

 洞白は教室で模写に励む生徒たちへ声をかける。

 

 洞和の師、洞白の画塾へと通うことになった周三郎は、数人の同郷の生徒たちとともに、まだ慣れない教室で熱心に絵と向き合っていた。


 (これは……地獄太夫か。先生の画塾(もと)でも描いたことがある。確か、先生の好きな題材じゃったな)


 骸骨や炎といった、地獄絵を模した着物姿の美しい女性。

 室町時代、武家の娘であった乙星(おとぼし)は、ある日山賊に襲われ、その美しさから遊女として売られた。

 乙星は突然にすべてを奪われ、それまでの恵まれた暮らしは一変する。

 しかし彼女は人を恨むことはなく、それを自身の前世の行いが悪いせいだと考え、自らを《地獄太夫》と名乗るようになった。

 そして、客として訪れた禅僧、一休宗純と出会い、彼女は遊女でありながらその弟子となる。一休との和歌を交えた禅問答と、日々欠かさず行った念仏や瞑想。それは、身分を失った自分の存在価値を確かめるため、彼女にとっての拠り所だったのかもしれない。


 (逆境を受け入れる強い心……もしも賊に襲われることなく、遊女にならずに済んだのなら、一体どの様な人生を歩んでいたんじゃろう)


 周三郎は模写をしながら、地獄太夫の生い立ちを思う。

 聡明で、自身の運命を受け入れ強く生きた地獄太夫。その姿に思いを馳せ、周三郎は亡き師の言葉を思い出す。


『地獄太夫は……強いんだ。抗えない運命を受け入れ、諦めることなく、自分に出来ることをなし続ける――そんな風に、俺もなりたいもんだよ』


 当時周三郎には、その言葉の意味を理解することが出来なかった。

 しかし洞和を失った今、それがようやくわかった気がした。


「……洞和先生」


 聞こえるか聞こえないかの小さな呟きが、教室の雑音にかき消されていた。


――――


 画塾の帰り、周三郎は稲荷神社に寄り道をする。

 洞和が亡くなってから、しばらく訪れていなかった遊び場。久しぶりに来た神社は懐かしく、石段を駆け上がる足も自然と浮き足立つように早くなった。


「狂士ー? 遊びに来たぞー!」

 縁側で勢いよく声を上げると、狂士が寒そうに手を擦りながら出てくる。

「さっむ! お前、元気ありすぎ」

 気だるげな態度が懐かしく、周三郎は鼻の下を擦り笑う。


「ふへへ、久しぶりに来てしもうた」

「ったく、遅ぇんだよ。ほれ、寒いから中入れ」

 周三郎は恥ずかしそうに笑うと、ペコリと頭を下げながら部屋の中へと入るのだった。


「……へぇ、地獄太夫って言うのか。しかし、ほんとうめぇな」

 周三郎の模写の下書きを見ながら、狂士は感心するように息を吐く。

 墨で描かれただけの線画であったが、頭から指先に至るまで繊細で躍動的。まるで生きているような地獄太夫の表情は、吸い込まれそうなほど美しかった。


 狂士が感心していると、成弥も興味を持ったようで周三郎の絵を覗き込んだ。

「綺麗ですね……地獄太夫は、その悲劇を描かれることが多いですが、周三郎さんの絵には、彼女の内面の強さを感じます」

「この人って、有名なの?」

 地獄太夫を知っているような口ぶりの成弥に、狂士は問いかける。

「そうですねぇ、実在したかはわかりませんが、絵や歌舞伎の演目になることもある、有名な遊女ですね」

「ふーん」

 狂士は成弥の話を聞きながら、周三郎の絵を見つめた。


「地獄太夫は、洞和先生が特に好きな題材じゃった。今日久しぶりに模写をしたが、わしも改めて惹かれるものがあったのぉ」

「あの先生がねぇ……確かに、綺麗な人だもんなー」

 何気無しにうった相槌に反応するように、狂士の背後から冷たい声が聞こえる。


「へー、狂士はこういう人が好きなんだ」

「げっ、夜光!?」


 夜光はじとっとした目で狂士を見つめ、抱きかかえられた華世までも同じように睨んでいた。

『夜光? 男なんて結局同じよ。ちょっと綺麗な人がいれば、すぐに目移りするんだから』

「ちょっ、好き勝手言うな! 別に、そんなんじゃねぇから」

 二人に詰められ、狂士は額に汗をかき動揺していた。


「狂士、恥ずかしがることはないぞ? 男なら綺麗なおなごを好きになるのは当然じゃ」

 周三郎は女子二人の冷ややかな目に動じる事なく、明るく笑っている。

「お前はほんと余計なことしか言わねぇなぁ!?」

「やっぱりそうなんだぁ〜!」

「あぁもう泣くんじゃねぇって……もー、面倒くせぇ」

「あら狂士さん、女性に面倒くさいなど禁句ですよ?」

『そうよ! 夜光はその面倒くさい所が最高に可愛いんだから!』

「か、華世ちゃん? それは喜んでいいの?」


 五人の興奮は収まらず、冬の寒さを吹き飛ばしそうなほどに騒ぎ回っていた。

 そして、皆が笑い疲れた頃、華世はふと周三郎の絵を目にする。


『……ん? わかった。ごめん、ちょっと猫又に変わるね』

 一瞬時が止まったように固まった華世は、静かに目を閉じてその魂を首の鈴にしまう。

 入れ替わった猫又は目を開けるなり、地獄太夫の絵に飛びついた。


「ど、どうしたの? 猫さん」

 夜光は普段と違う猫又の様子に戸惑い声をかける。


『……ずっと、探しておった……名前も知らなんだが、この絵……あの時、わしを看取ってくれた遊女そのものじゃ』


「え……地獄太夫が?」


 突然の告白に、狂士は驚き目を丸くする。

 猫又は生前、死の直前に遊廓に迷い込んだ。その時最期を看取ってくれた遊女を、猫又になった後も探し求めていたのだった。

 当然もう生きてはいない。けれども、一目でいい。どんな形であっても、もう一度会いたかった。

 それが今、目の前の絵の中にいる。猫又は絵の中の彼女を想い、その小さな瞳を潤ませていた。


 

    

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― 新着の感想 ―
面白かったです! 狂士や周三郎をはじめ、登場する人物たちが一人ひとりとても生き生きとしていて、物語の世界に引き込まれました。 中でも、夜光と華世のエピソードはとても印象的で、胸に深く響きました。
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