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三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑤

「え? 今日も飲み比べ!?」

 妓夫(ぎゅう)から話を聞いた番頭は驚きの声をあげる。

「なんでも、お客さんからの希望だそうで」

「まぁ、売り上げはいいから問題はないけど……この稼ぎ方って、遊廓としてどうなのかねぇ」

 

 玉太郎は夜光の替え玉として、食べ比べや飲み比べで荒稼ぎをしていたのだが、番頭はその妓楼らしからぬ稼ぎ方に頭を悩ませていた。

 そんな番頭の悩みなど当然気にする様子もなく、玉太郎は呼ばれた座敷へ意気揚々と入っていく。


「お待たせしましたー!」


 元気よく襖を開けて入っていった玉太郎は、客の隣にドシンと座り名乗りを上げる。

「夜光といいまーす!」

「ガハハ! 元気の良いおなごよ。しかし見るからに可愛らしいが、本当に酒など飲めるのか?」

 男は明らか馬鹿にしたような口ぶりと目線で玉太郎を煽っていく。


「お客さん、舐めちゃダメよ。うちの夜光は、こう見えてスッゴいんだから!」

「そうそう、今まで負け無しなんだよ。ねぇ?」

 遊女たちは口々に、まるで自分の事のように玉太郎を自慢する。

 大好きなお姉さんたちに褒められて、玉太郎は上機嫌で鼻の下を伸ばしていた。


「いやだなぁ、そんなに期待されたらぁ、私頑張っちゃうわよ〜? おほほほほ〜」

 玉太郎は上品ぶって口元を隠し、おかしな女言葉で笑う。

「ほう? それは楽しみだ……では、早速お相手してもらおうかな?」

「望むところだー!」


 男は下手に出ながらも、どこか油断できない雰囲気を醸し出す。

 しかし玉太郎はそんなことなど気にする様子もなく、元気にポキポキと首を鳴らしていた。

 そして、いよいよ謎の男と玉太郎の飲み比べ勝負が始まる。


「じゃあ、二人とも準備はいい? よーい……始め!」


 遊女の合図と共に、二人は大きな盃を傾け、グビグビと水でも飲むように流し込んでいく。


「おかわり!」

「わしも頂こう」


 二人はほぼ同時に飲み終わり、注がれた次々と酒を飲み干す。

 そしていつの間にか、2本の酒瓶が空になっていた。


 (ん? いつもならもう終わる頃なのに……コイツ、しぶといなぁ)


 玉太郎は飲みながら横目で男をチラリと見る。

 しかし男は顔色一つ変えず、玉太郎に怪しい笑みを返した。


 (うげぇ……おっさんの笑い気色わりぃー……ゾゾゾ)


 男から笑いかけられ、全身の毛が逆立つような薄気味悪さを感じる玉太郎だった。

 それからも飲み比べは続き、気付けばそれぞれ5本の酒瓶が空になっていた。


「ふぃ〜……もう眠ぅ〜……」


 勝負の時は突然に訪れ、玉太郎は急激な眠気に耐えきれず、ドンと目を回して倒れてしまった。


「夜光!? 嘘っ、この子が負けるなんて……」

 遊女たちは驚き、信じられない光景に悲鳴をあげる者もいた。

「おや? もう終わりかな。ふふふ、可愛い顔で眠っておるわ」

 男は飲みかけの酒を置き、倒れた玉太郎の体をヒョイと抱きかかえる。


「お客さん?」

「共に酒を酌み交わした仲だ。この者が目を覚ますまで、見届けさせてもらう。寝床はどこかな?」

 遊女は男の圧に押され、床入りの部屋を案内する。


――――


「うぅん……はっ!?」


 暗い部屋の中、目を覚ました玉太郎。

 布団を被せられたままキョロキョロと部屋を見渡すと、隣には肘をついて横になる男の姿があった。


「ぎゃあ!!」

「色気の無い声を出すな。せっかく添い寝してやったというのに」

 玉太郎は布団から飛び出し、男と距離を取るように壁に張り付く。

「頼んでない! お前みたいなハゲ親父と添い寝なんて嬉しくないよ!」

 男はガハハと豪快に笑い、胡座をかいて顎をさする。


「ハゲ親父とは言ってくれる。しかし、お前さん……今自分がどんな姿をしておるか気付いてないのか?」

「……え?」

 男に言われて、玉太郎は自分の頭やら体やらを手探りで確認していく。すると、側頭部にはやわらかい耳、お尻にはフサフサの尻尾が飛び出ていた。


「うぎゃ! 変化が解けてるぅ!?」

 いつもの子供の姿に戻っていた玉太郎は、目玉を飛び出させ大口を開けて驚いた。

「ガッハハ! まぁ落ち着かんか。とりあえずほれ、ここに座れ」

 男はポンポンと布団を叩き、玉太郎を呼ぶ。

 玉太郎は警戒するように男を睨みつつ、そーっと布団の上に座った。


「……お前、一体何者? 人間じゃないんだろ?」

 玉太郎の問いかけに、男はニヤリと口角を上げた。

 

「くく、失礼な。わしは見ての通り、ただの人間。強いて言うなら……()()は違うのかもしれんがな」

「中身? まさか……取り憑いてるのか?」

「ふ、ご名答。流石は化け狸と言ったところか」

 自分の正体を見破られ、玉太郎は悔しそうにギリギリと歯を噛み締める。


「いい加減白状したら? 自分が何者か」

 焦りと怒りから、玉太郎は男の核心を突く。

 男は髑髏の杖を手に持ち、見せつけるようにその装飾を撫でた。

 

「一休と言う禅僧、聞いたことは無いか?」


 聞いた瞬間、玉太郎は不思議そうな表情を浮かべるが、すぐに何かに気付いたようにハッとする。


「一休ってまさか……あの一休宗純!?」

「ふふ、ようやく思い出したようじゃなぁ、玉太郎よ」

 笑いながら髭を撫でる一休の姿に、玉太郎は目をしばたかせる。


「まさかあんたと再会するなんて。てっきり成仏してるもんだと思ってたけど」

「水くさいのぉ。生前は女遊びに明け暮れた仲じゃないか。それよりお前さん、なぜ遊廓で働いておる? まさか、男色に目覚めた訳ではなかろうな」

 馬鹿にするような笑いに、玉太郎は怒りを露にする。

「そんなわけないだろ!? おいらは若いお姉さんが好きなの! それに、これには事情があってだな」

 勢いよく言い返した玉太郎だが、人間に勝負に負けて仕方なくなどと言えばまた馬鹿にされかねないと口ごもってしまった。


「ふん、まあよい。ところで、そんなお前さんに、一つ頼みがあるのだが」

「なんだよ、頼みって」 

「なあに、簡単なことよ……断れば、お前の正体をバラすことになるがな?」


 一休の脅すような口ぶりに、グッと歯を噛み締める。

 数百年ぶりに出会った禅僧に完全にペースを握られ、玉太郎は身動きが出来なくなっていた。

  

 

 

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