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三幕《破戒僧と地獄の花魁》②

「ふぃ〜、今日もよく働いたなぁ〜」

 

 真夜中、ほろ酔いの玉太郎は足で襖を勢いよく開け、部屋に入るなり布団の上に大の字で寝転ぶ。


『いい調子じゃの、狸や』

「うーん? ちゃんと働いてるでしょ、猫又」

 窓辺にちょこんと座る猫又を横目で見やり、玉太郎は気だるげに話す。


『はぁ、確かに働いてはいるようじゃが……お主、少々目立ちすぎじゃないか?』

 猫又は呆れた表情でため息をもらした。

 替え玉としての玉太郎のあまりに大胆な振るまいに、猫又は皆に怪しまれないか案じているようだ。

 

「そう? みんな喜んでくれてるよー。今日だっていい飲みっぷりだーって褒めてくれてぇ」

『お主なぁ』

「ふぁぁ……もう眠いや……おやすみ猫又ぁー」


 玉太郎はヒラヒラと手を振ると、すぐに豪快なイビキをかき始めていた。


『ふぅ、やれやれ』

 猫又はひとり呟くと、夜の闇に消えてゆく。

 その時、自身の張った結界に僅かな揺らぎを感じた。


 (……魑魅魍魎でも引っ掛かったか?)


 あまりにも僅かな反応に、猫又はそこまで気には止めなかった。

 

――――翌日 稲荷神社

 

 早朝、成弥は境内の掃き掃除をしながら、猫又の情報を共有していた。

  

「飲み比べとは、あの阿呆狸の考えそうな事ですね」

『うむ。今のところ怪しまれてはおらんようじゃが、妙に胸騒ぎがしてのぉ……』

 猫又はなにか気になることでもあるように、眉間に皺を寄せていた。


「胸騒ぎですか。しかし現状何もないとすれば、見守るしかありませんね」

『ふむ』

 相変わらず難しい顔の猫又に、成弥は話題を変えてみる。

「そうだ、今日は夜光さんに会われないんですか?」

『……そうじゃな。華世も会いたがっておるし、後で様子を見にいくよ』


 その後、猫又は夜光のいる部屋を訪れる。

 夜光は日当たりの良い窓辺に座り、何やら小さな紙を熱心に折っていた。

 猫又は静かに目を閉じ、鈴の中にいる華世の魂と入れ替わる。


『何してるの?』


 華世の声に、夜光はパッと顔を上げて嬉しそうな笑顔を向ける。

「華世ちゃん!」

 夜光は猫の姿の華世を抱きしめ、頬をすり寄せた。

 

『あっはは! 夜光、くすぐったいよー』

「えへへ、だって嬉しいんだもん」


 ふわふわとした毛並みに顔を埋め、その暖かみを堪能した夜光は「はぁ〜」と満足気に息を吐いた。


『ね、一生懸命何作ってたわけ?』

「これ? おみくじだよ。何かお手伝いしたくて、狂士に聞いて作ってみたの」

『へぇ〜』

 小さな紙には可愛らしい狐の印が押してあり、〈大吉〉やら〈小吉〉など種類によって狐の表情も違っていた。


『可愛いじゃん! これ、狂士が考えたの?』 

「ふふふ……そう、意外だよね」

 夜光はクスクスと笑い、少し前の出来事を思い返す。


――――数日前


 その日、成弥の提案でおみくじ作りを始めた夜光は、狂士と共に思考を凝らしていた。

 

「えぇ!? 狂士が、別の時代の人!?」

 驚き目を丸くする夜光に、狂士は少しばつが悪そうに話し始める。

「あー、すまん。別に隠してた訳じゃないんだけど、いつ言い出せばいいかわかんなくてさ……あ、ちなみに成弥と周三郎も知ってる」

 夜光はまだ信じられないようで、言葉なくパチパチと瞬きを繰り返していた。

 

「まぁ、結局未だに何で江戸に来たのかわかんねぇんだけどな……あ、さっきの続きだけど、俺のいた時代だと、もっと見た目がかわいいおみくじがあってだな、おみくじの種類によって狐の印を変えてみるのはどうだ?」

「えっ!?」

 急におみくじの話しに戻り、夜光もようやく我に返った。

「いや、だからよ……大吉だったら笑ってる顔とか、凶なら泣き顔、みたいなさ」

 真剣に考える狂士のそばで、夜光は物言いたげな表情でプルプルと体を震わせる。


「なぁ、聞いてる?」

「……ない」

「あぁ?」


「おみくじどころじゃなーーーい!!」


 夜光の渾身の叫び声は、午後の鐘の音と共に響き渡っていた。

   

――――


 夜光はそんなやり取りを思い出し、しばらく顔を背けるようにして笑う。

『なによー、思い出し笑いなんてしちゃってぇ』

「ふ、ふふふ、何でもない」

『もう、夜光ってば』

 華世は呆れながらも、楽しそうな夜光の様子を見て、心からの幸せを感じていた。


『そう言えば、狂士は何してんの?』

 姿が見えないのを不思議に思い、ふと華世が尋ねる。

「あ、朝から周三郎さんの家に行ったよ。私がここに来てから、全然姿が見えなくて……」

『……そうなんだ。何かあったのかしら』


 夜光は俯き、「うーん」と心配そうに悩むのであった。


――――河鍋家 辰の刻(午前9時頃)


 久しぶりに河鍋家を訪れた狂士は、こそこそと壁に隠れて様子を窺っていた。


「……家まで来てみたはいいが、あの怖い親父さんいねぇかな」

 格子窓から中の様子を覗いてみるもよく見えず、しばらくその場をモタモタとしていると、後ろから静かに近づく人影が狂士に声をかける。


「何してるんですか、そんなところで」

「わっ……トヨさん!?」


 驚き振り返ると、静かに微笑む母トヨの姿があった。

 久しぶりに会ったトヨは相変わらず冷めた印象があるが、狂士はそれが懐かしく思えた。


「……あの子に会いに来たんでしょう? そんなとこで覗いてないで、中へどうぞ」

「え、けど、親父さんは」

 父、記右衛門に家を追い出されて以降、苦手意識のあった狂士は気まずそうにトヨに尋ねる。

「あの人なら、今は組の寄り合いでしばらく戻りませんよ」

 そう言ってトヨは少し意地悪げな笑みを浮かべた。

「あはは……お邪魔します」


 玄関をくぐると、トヨは少し暗い表情で狂士に話しかける。

「狂士さん……周三郎のこと、よろしく頼みますね」

「え? あ、はい」

 なにか様子のおかしいトヨに戸惑いつつ、狂士は曖昧に言葉を返した。


「周三郎? 入るぞー」

 周三郎の部屋の襖を開けると、目の前の布団にこんもりと山が出来上がっていた。

 狂士は特に躊躇いなくその山を足で踏みつける。すると「ぐえ」っと小さな呻き声が聞こえた。

「……何してんだ、こんなとこで丸まって」

 狂士はその布団のそばにドカッと胡座をかいて座る。

 そして、返事のない布団に向かって、狂士は一人話を続けた。


「全然顔見せないし、何してるかと思ったら家で昼寝なんて……今日は画塾行かねーのか?」

 画塾の言葉に、少しだけ布団がピクリと動く。


「……またあの生徒と何かあった?」

 狂士は前の墨合戦で周三郎に絡んでいた生徒の事を思い返していた。

 あの後、洞和先生たちと湯屋に行って、周三郎は皆と打ち解けていたように見えたが。


 しかし、周三郎の反応はまたなくなってしまった。

 狂士はその姿に徐々に苛立ち始め、勢いよく布団をめくる。


「お前、いい加減なんとか言えっつーの!」


 周三郎は亀のように丸まり、目は赤く腫れ、涙と鼻水を垂れ流していた。

 狂士はその姿にギョッとして、思わずめくった布団をまた元に戻す。

 そして、布団の上から周三郎にもたれ掛かるように座り、静かに話を続ける。


「……何があったのか、言ってくれなきゃわかんねぇだろ?」


 少しの間沈黙が流れたが、周三郎はようやく言葉を返した。


「……昨日……先生が、死んでしもうた」


「え……」


 予想していなかった言葉に、狂士は目を見開いて固まってしまった。


 

 

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