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二幕《狐と狸の馬鹿試合》⑩

 夜明けの鳥の(さえ)ずりと共に目覚めた狂士は、朝の身支度もそこそこに、ガタガタと何かの準備を始めた。

 大型の獣を捕まえる罠のようなケージを手際よく組み立て、それが終わると今度は境内の枯葉を集めてさつまいもを焼きだした。

 カンカンと響く金槌の音と芋の香りにより目を覚ました成弥は、まだ寝ぼけているのか目を擦りながら様子を見に来る。


「ほあぁ~あ……狂士さん? こんな早くから、焼き芋ですかぁ?」

 成弥は大きなあくびをこぼし、呆れたように声をかけた。

「おうっ、おはよ! ちょっと、イイコト、思い付いてよ」

「? イイコト?」

 話す合間に火を吹き起こし、見るからに忙しそうだが、狂士の表情はなぜか活気に満ちていた。

 成弥は不思議に思いながらも、石段に腰かけ、あくびをしながらその様子を見守るのだった。


「よし、後は焼けるのを待つだけだな」

 パンパンと手をはたき、狂士はやりきった顔で額の汗を拭う。

 すっかり居眠りをしていた成弥は、その音にハッと目を覚ました。


「あのー、いい加減何をしてるか教えてくれません?」

「ん? はは、悪い悪い」

 そう言うと、狂士は成弥のそばに近づき、何やらゴニョゴニョと耳打ちをする。


「ええーーー!? 玉太郎をおびき寄せるですってぇ!? ななななりません!! あの阿保狸をわざわざ招き入れるなど言語道断!」

 玉太郎の名を聞くや否や、成弥は急激に怒りを爆発させる。

「ま、まぁ落ち着けって。まだ続きがあるんだよ」

 そう言って成弥の耳を引っ張り、狂士は再び何かを伝えた。


「……そ、それは! けれど、あの狸が素直に聞き入れるかどうか」

「うーん、その時は別の作戦を考えてはいるんだが……もしかしたら成弥の助けがいるかもしれん」

 腕を組み悩む狂士の肩を、成弥はポンと叩く。

「ふ、私があの狸を陥れるために、協力しないわけないでしょう?」

 ニヤリと笑う成弥の表情は、昨夜とは別人のような邪悪なものだった。

「お、おう……期待してるぜ」

 自分で頼んだものの、あまりにも邪悪な表情に思わず身震いする狂士だった。


――――罠を仕掛けて数分後


 〈ガシャーーン〉


「かかったか!?」

 茂みに身を潜めていた狂士と成弥は、罠の掛かる音に勢いよく飛び出す。

 すると、罠の中にミチミチに詰まった玉太郎が夢中で焼き芋にかぶりついていた。


「はっ! 何か出られないっ!? えーん! ミチミチだよぉーー! わーーん!」

 焼き芋をあっという間に平らげた玉太郎は、ようやく罠に気づき今度は大声をあげて泣き始めた。

 耳と尻尾は出てはいるが、子供の姿なので一瞬可愛そうな気がした狂士だが、ケージに詰まった大きな玉袋が目についた途端冷静を取り戻した。


「ふ、情けねぇな玉袋。悪いが、お前の食い意地を利用させてもらったぜ」

「お、お前! なんてひどいヤツなんだ! こんなに可愛いおいらをミチミチにするなんて!」

 喚きながらケージごと跳びはねる玉太郎を、成弥はドカッと足で踏みつける。

「……黙りなさい。本当ならこのまま狸鍋にしてもいいんですよ?」

「ひぃっ」


 成弥は玉太郎を冷たく見下ろして言い放った。

 その姿は誰が見ても住職には程遠い。


 (コイツ……マジで二面性えぐいな。全く冗談に聞こえないぜ)


 狂士はそんな彼を頼もしく思ったが、やっぱり少しだけ引いていた。

 そして、ようやく玉太郎も諦めが見え始め、狂士は早速本題へ入る。


「今日はよ、お前に頼みがあるんだ」

 真面目な顔に戻った狂士を、玉太郎は少し恨めしげに見つめる。

「……頼みぃ?」

「あぁ……実は、お前の変化で、夜光の替え玉を頼みたい」

「? 替え玉?」

 玉太郎はまだよく理解出来ず、不思議そうな顔をしていた。

 

「えーっと、つまり、夜光の代わりに椿楼で働いてほしい。期間は一月ほどでいい」

 それを聞いて、玉太郎は驚愕の表情で叫んだ。

「えーーー!? やだやだ! 絶対やだ! 遊廓は遊ぶとこであって、働く場所じゃないんだい! それに、一月なんて長いよー。その間、自慢の玉袋も隠さなきゃならないし」

「そこをなんとか、頼む!」

 狂士は身を乗り出して語気を強めた。

「そうですよ、ここまで頭を下げてるじゃないですか。素直に引き受けなさい」

 そう言いながらも成弥はゲシゲシとケージを踏みつける。


「どこが頭下げてんだよー!? もう意味わかんない! そもそも、何でおいらがそんな事しなきゃいけないの?」

「俺は……夜光を自由にしてやりたい。椿楼は、別に悪いとこじゃないけど、夜光にはもっと、自由に暮らしてほしいんだ。だから……お前の力を貸してほしい」

 頼む。そう言って狂士は深く頭を下げた。

「狂士さん……あなた」

 しっかり玉太郎を踏みつけたまま、成弥は目を潤ませていた。


「夜光ちゃんは可愛いけど、おいらがそんな事する義理はない! だいたい、何で一月も!? 入れ替わるだけならその時だけでいいだろー?」

 玉太郎はまだ承諾できないようで、ブーブーと文句を垂れている。

「すぐにいなくなったことがバレたら、居場所が特定されやすい。夜光が落ち着くまで気づかれないために、代わりに働くやつが必要なんだ。だからよ」

「やだやだー! そんなの知らないよー! やりたいなら、お前が女装でもすればいいだろー!? おいらは関係ないー!」

 相変わらず納得できない玉太郎は、おもちゃ売場の子供みたいに駄々をこね続ける。

 しばらく下手に出ていた狂士だが、その姿にだんだんと苛立ちを覚え、こめかみには極太の血管が誇張し始める。


「くっ……やはりこの阿保には理解できないようですね。狂士さん、もう諦めて鍋にしましょうか?」

 成弥はいつから持っていたのか、帯の後ろから取り出した小太刀を光らせる。

「……ふ、まだだ、成弥」

 血管を浮き出したまま不適に笑う狂士に制され、成弥は小太刀をそっと帯に戻した。


「そうだなぁ――お前もタダじゃ引き受けられねぇよな」

「な、なんだよぅ」

 急に態度が変わった狂士に、玉太郎は得体の知れない恐怖を感じる。

「玉太郎、勝負をしようじゃないか――俺が勝てば、夜光の替え玉を引き受けてもらう。そしてお前が勝てば……」

「お、おいらが勝てば……?」


 狂士はここぞとばかりに声を張り、自信たっぷりに宣言する。

「一月の間、いつでも焼き芋食べ放題! サンマでも肉でも、お前が食いたいものをいつでも用意してやる! いいよなぁ? 成弥!」

「はぁ、致し方ありませんね」

 成弥は深いため息を吐き、困ったように笑う。


 玉太郎は黙ったまま、しばらく瞬きを繰り返していた。そして――


「うひょーー!! ほんとにほんと?? 嘘じゃないよな!?」

「あぁ、当たり前だ」

「やった、やったーー! サンマ、サンマ~、それに焼き芋食べ放だ~い!」

 玉太郎は罠に掛かったままユラユラ揺れて嬉しげに歌を歌い始める。


「その前に、しっかり勝負は受けてもらうからな?」

「わかってるよー。で? その勝負ってのは何だ?」

 狂士は待ってましたという表情で腰に手を当てると、極悪非道の表情で玉太郎を見下ろした。


「勝負は2日後――墨合戦で決めるっ!!」


「す、墨合戦だってぇーーー!?」 


 閑静な境内に玉太郎の驚きの声が響き渡り、辺りからは小鳥たちが一斉に飛び立っていった。 

  


 

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