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二幕《狐と狸の馬鹿試合》⑦

 周三郎の前に現れたのは、妖怪狸の玉太郎だった。

 玉太郎は遊廓には不釣り合いな子供の姿。周三郎は驚きつつも疑問をぶつける。


「お主、こんなところで何を? そんな子供の姿じゃ、怪しまれるぞ」

 たまたま出会った通りには人通りが少なかったが、周三郎は気が気じゃなくあたりを見回す。

「何って、お姉さんと遊びに来たにきまってるじゃん! それに、おいらには変化があるから心配ご無用~! こーんな風にね……」


 〈ドロロン!〉


 ボワンと煙に包まれると、玉太郎の体は若い侍の姿になった。


「うわっ……便利じゃな~」

 周三郎は目を真ん丸にし、ほほぉと声を上げながら玉太郎の回りをうろちょろとする。

「そ、そんなに見たら照れるだろー」

 頬を赤らめ、玉太郎は恥ずかしげにくねくねと体を動かす。

 侍姿のせいか、それは妙な気色悪さを感じさせた。


「……とまぁ、この変化のお陰で、怪しまれずに遊べるのだ!」

 自慢気に玉太郎がふんぞり返えると、着物の股間部分に誇張するような異常な膨らみがあった。

「んん? これはもしや」

 周三郎が勢いよく着物を捲ると、小振りのスイカほどの玉袋が二つぶら下がっている。


「……お主、ここの変化だけはヘタクソじゃな」

「てへっ」


 周三郎は呆れた顔でため息をひとつ吐く。

「まぁいいか……玉太郎も暇なら一緒に来るか? 賑やかな方が、夜光殿も喜ぶだろう」

「夜光ちゃん? 何々? その子かわいい? ねぇねぇ」

「あーもう、うるさいぞ!」


 このうるさい変態狸でも、少しは夜光の気も紛れるのではないか。

 周三郎はそう考え、二人はある場所へ向かった。 


――――


「おー、ここがお前の行きつけか?」

「べ、別に行きつけではない! 今日は知り合いに会いに来ただけじゃ」

 周三郎たちが訪れたのは《椿楼》、夜光の働く妓楼だ。


 入り口をくぐると、周三郎を見つけた番頭が驚いた顔で声をかける。

「あんた、周三郎さんじゃないか! 久しぶりだね、元気してたかい? いやぁ、あの絵を飾ってから客入りも良くてさ! ほんと感謝してるよー」

「そ、そうか、それは良かった……ところで、夜光どのは元気ですか? 用があって、少し話がしたいのじゃが」

 店が繁盛し、嬉しそうな番頭の勢いに押されながら、周三郎は本題に入る。

「夜光かい? 今日はもう客も帰ったね。周三郎さんは大事な絵師さまだから、話くらいならお代は無用だよ。呼んでくるから、中で待ってて」


 ご機嫌な番頭に案内され、夜光を待つ部屋へと通された。

「ひひひっ、お前、絵師だったのか。日に焼けて髪もボサボサだし、全然そんな風に見えねぇな!」

 玉太郎はよほど面白かったのか、部屋に入るなり腹を抱えて笑い出した。

「む、否定はせんが……玉太郎に笑われると、無性に腹が立つのー」

 ひぃひぃと笑う玉太郎を睨み付けていると、部屋の襖がスッと開いた。

 

「失礼します……ふふ、周三郎さん、お久しぶり」

 淑やかに座礼していた夜光はゆっくりと顔を上げ、以前よりも血色の良い明るい笑顔を向ける。

「夜光殿! 久しぶりだな!」

「おほぉー! これはこれは美しいお姉さんだ!」

 小躍りしながら喜ぶ侍姿の玉太郎に、夜光は不思議そうに首を傾げる。


「こちらのお侍さんは……周三郎さんのお知り合い?」

「う、まぁ、そんなところじゃ。玉太郎と言うのだ。ただの賑やかなヤツだから、全く気を遣わなくていいぞ」

「やっほー、夜光ちゃーん」

 玉太郎は侍姿であることを忘れているのか、大きく両手を振って挨拶をする。


「ふふ、玉太郎さんて、子供みたいね」

 クスクスと楽しそうに笑う夜光を見つめ、周三郎も安心したようにフッと笑った。

「……夜光殿が元気そうで良かった。狂士がいなくなって、気を落としているのではと思ったのじゃが」

 周三郎の話に、夜光は表情を変えず明るい声で答える。

 

「ううん、大丈夫よ、私には華世ちゃんもついてるし。頑張って働いて、早く年季明けないと。もしかしたら、今度は私から会いに行っちゃうかも」

「おぉ……夜光殿は凄いな! わしも負けてられん」

 笑い合う二人の様子を、玉太郎は交互に見やり「ふむ」と意味ありげに呟いていた。


 そして、しばしの談笑のあと、周三郎たちは夜光と別れた。

 夜光の元気そうな姿が見れて、周三郎は満足そうに吉原の町を歩く。

 そして意外にも大人しかった玉太郎を眺め、からかうように理由を尋ねた。

 

「興奮して暴れまわるのではないかと心配したが、やけに大人しかったな、玉太郎」

「えー? だってあの子、猫又付いてるじゃん」

 何気なく話す様子に、周三郎はぎょっと目を丸くした。


「ど、どうしてわかるのじゃ?」

「どうしてって……匂いがしたし、入った時から鋭い気配がムンムン。流石のおいらも、ここじゃ悪さできないよ」

 猫又は悪いモノが寄り付かぬよう結界を貼り、日々椿楼を守っていた。

 まがりなりにも500年生きている玉太郎は、その気配を敏感に察知し、自分の存在を隠していたらしい。

 さらりと言ってのける玉太郎に対し、周三郎は初めて深い感心を示すのだった。


「玉太郎でも、意外と考えておるのだな」

「なんだよー。馬鹿にするなよー?」

 口を尖らせて文句をたれる玉太郎は、「あっ」と何か思い出したように声を上げる。

 

「そういや、あの夜光ちゃん。だいぶ強がってたけど、放っておいていいのか?」

「え? 強がる、とは」

 まるで見当がつかないといった風な周三郎を見て、玉太郎は大袈裟に頭を抱えた。

「かーー! ダメだねぇ、絵を描くことしか考えてないお坊っちゃんは」

 その態度に周三郎は頬を大きく膨らませる。

「明るく振る舞ってたけど、声が少し震えてただろ? きっと本当は寂しいけど、心配させまいと笑ってたのさ。健気なイイコだねぇ、夜光ちゃんは」

「そう、じゃったのか……」

  

 玉太郎よりも付き合いがあるはずなのに、なぜ気が付かなかったのか。

 周三郎は己の鈍感さが情けなく、夜光の気持ちを察することが出来なかった事に悔しさを感じていた。


 〈人の感情や想い……それを視ようとした事は、案外なかったんじゃねぇか?〉

 

 俯き立ち止まると、洞和の言葉が頭に浮かんだ。

 その言葉の意味を、周三郎は今一度考えるのだった。


――――


『……夜光、そろそろ布団に入らなきゃ。風邪引くよ?』

「うん……そうだね」


 丑の刻。夜光は部屋の窓から静かに月を眺めていた。

 猫又の体を借りた華世は、机に乗って心配そうに夜光を見上げる。


『やっぱり、狂士のこと気になるの?』

 夜光は目を閉じると、フッと諦めたように悲しげに笑った。

「あんな大口叩いたけどね、年季明けなんてそうそう出来るもんじゃないのはわかってる……でも、ああでも言わないと、心配かけちゃうから。狂士には、もう十分救われた……だから、もういいの」

 

 静かに語る夜光の手の中には、小さなつげ櫛が握られていた。

 それは以前、狂士から贈られた櫛。

 夜光が贈り物を貰ったのは、それが初めてのこと。それも、信頼を寄せる大切な人が、自分のために思い巡らせ選んでくれた贈り物。

 そう思うと、夜光は今まで感じた事がないほど胸が締め付けられ、じんわりと心が温まった。

 照れくさそうに櫛を渡してくれた狂士の顔を思い浮かべると、どんな辛いことも頑張れる気がした。

 小さなつげ櫛は、夜光にとって大事な心の拠り所となっていたのだ。

 

 しかしそんな夢のような出来事も、今思い返すとただひたすらに切なかった。 

 

 

 

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