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二幕《狐と狸の馬鹿試合》③

 玉太郎に連れられ、狂士たちは道沿いにある細い通りに入っていく。

 そこから数分ほど歩くと、控えめな赤い鳥居が見えてきた。


「ん、ここは……」

 周三郎は何か思い出したように呟く。

「着いたぞ! さ、遠慮せず中に入ってくれ」

 玉太郎は数段ほどの階段をひょいと駆け上がり、自分家のようにズカズカと入っていく。


「ここ、神社か?」

 入り口には薄汚れた狐の像が置かれ、境内は枯れ葉にまみれており、人がいる気配もない。

 (……まさか、ここで野宿か?)

 それでもいいかと、野宿を覚悟しながら階段を上っていると、周三郎が大きな声をあげる。


「あぁ! 思い出した……ここ、石井殿の神社じゃないか」

「なんだ、知ってんのか?」

「うむ。幼い頃に時々遊びに来ておった。ここでよく狐を見かけたから、その観察にな! 石井殿はここの神主なんじゃ」

「へぇ、今度は狐ねぇ……けど、人がいるようには見えないぜ?」


 話の通りなら、その石井とやらがいるはずだが、境内の中に入っても、人が住んでいるような気配もしない。

 その時、突然後方からガタガタと何かが揺れるような音が聞こえ出す。


「なんだ?」

 振り返ると、さっきの狐の像がひとりでにガタガタと激しく揺れだしている。


 〈臭い……臭い臭い臭い臭いっ……狸臭い!!〉


 静かな怒りのこもった声は、どんどんと大きくなり、激しい憎悪を滲ませていく。


「な、なんじゃ……この声、あの狐の像からか!?」

「みたいだな……おい、来るぞ!」


 〈クソ狸がぁーーー!!〉

 

 怒りを爆発させるような声と共に、ぼわんと大きな音が辺りに響く。

 やがて煙が薄らいで、徐々にシルエットが露になる。スラリとした長身の人間のように見えるが、頭には獣の耳、そして背中からふさふさの尻尾が見え隠れしている。


「あぁ、やっぱりだ!! 狸! 貴様、どの面下げて来やがったぁ!!」


 激しい口調と共に姿を見せたのは、美しく長い金髪を後ろにまとめ、中性的な顔立ちをした人間だった。ただし、獣の耳と尻尾が生えてはいるが。

 それはまさに狐が人間に化けているような姿だった。

 狂士たちが口を開けて呆然としていると、狐はキョロキョロと見渡し、気まずそうに咳払いをひとつした。

 

「あ、あの、もし? ここに、狸はいませんでしたか?」

 狐はさっきまでとはまるで別人のように穏やかな口調で、狂士たちに話しかける。

「……あっち」

 あまりの人の変わりようにポカンとしつつも、狂士は奥で賽銭箱を漁っていた玉太郎を指差す。

 狐は鬼の形相で振り向くと、玉太郎を目掛けて猛ダッシュで駆けていく。


「おのれ狸ぃ!! 貴様、私の家で何をやっとんじゃワレェーー!!」

「ひぇっ! 成弥(なりや)!?」

 玉太郎は狐の姿を見て、驚いた表情で成弥と叫ぶ。

 その言葉に、周三郎は我に返ったように声をあげた。


「な、成弥? よく似てるとは思ったが、まさか、石井殿か!?」

「えっ、こいつが?」

 (まさか、狐が化けて神主やってたってのか?)


 二人が話している間に、成弥はどこから持ってきたのかわからない縄で玉太郎をぐるぐる巻きにし、何度も足で踏みつけていた。


「お前は、どうして、いつも、いつも、私を、不快に、させるのですっ!」

 一言喋るごとに、げしげしと玉太郎の玉袋を踏みつける成弥。

 その度に玉太郎の目玉は飛び出て、情けなく泣き叫ぶ。


「やめてぇ、もうやめてぇ! 自慢の玉袋が潰れちゃうよぉー!」

 どう見ても賽銭箱を漁っていた玉太郎が悪いのだが、つい自分のモノまで縮み上がりそうなほど踏みつけられていたので、二人はさすがに居たたまれなくなり口を挟んだ。

「お、おい、そろそろやめてやらねぇ? なんか俺のまで痛くなってくる」

「そ、そうじゃ、石井殿、少し落ち着いて……」

 周三郎は凶暴な成弥の様子に完全に怯えているようだった。


「石井?……あなた、なぜ私の名を?」

 成弥はようやく足を止め、落ち着きを取り戻したようだ。しかし、縄はしっかりと握っている。

「えっと……昔、よくここの神社に遊びに来ておったのじゃ。けど、まさか石井殿が狐だったとは……」

 周三郎は萎縮しながらも、成弥の耳や尻尾を改めてじっくりと見つめる。

 

「そうですか……へ? 狐!?」

 成弥は慌てて自分の頭やお尻を触る。どうやら、半分狐になっていたとは思っていなかったらしい。

 

「ずっと出てだぞ。気づいてなかったのか?」

「……はい。面目ないです」

 成弥はガックリと肩を落とすが、気持ちを切り替えるようにハッと顔をあげる。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。せっかく来ていただいたのです。お詫びに、お茶でもお淹れしますよ」

 ニッコリと微笑み、成弥は狂士たちを神社の中へと案内する。

「おぉ、いつもの石井殿だ……」

 周三郎は安心したようにホッと息をついていた。


――――


「ほぉ……身寄りがなく、泊まるところもない、ですか」

「はぁ、まーそんな感じ。そんで、そこの玉袋がここに連れてきてくれたんだよ」

 狂士はそう言うと、大きな木にくくりつけられている玉太郎を指差した。

「そうだったのですね……うぅぅ」

「お、おいっ、何泣いてんだよ……」

 成弥は突如涙を流し、静かに泣き始めた。


「うぅ……すみません、つい。若いのに苦労されているのだと、不憫に思ってしまい……ずびぃぃ」

 泣き声混じりに話し終わると、成弥は豪快に鼻をかむ。

「おいおい」

「石井殿、相変わらずお優しいな!」

 周三郎は茶をすすり、すっかり落ち着いているようだ。


「はぁ……すみませんでした。そう言うことでしたら、心置きなくここにいてください」

「え、いいの?」

「えぇ。どんな時にも、困っている方には手を差しのべる。それが、神に仕える者の努めですから」

 そう言うと成弥は静かに手を合わせ、優しく微笑む。


「おぉ! 良かったの、狂士!」

「あぁ……よろしく、お願いします」

「えぇ、こちらこそ」

 狂士は辿々しく頭を下げ、成弥はニッコリと微笑み返した。


 何とか野宿は免れたようで、その点は安心できたのだが。この成弥という狐を信用しても良いものか、狂士は少しだけ不安を感じていた。


 (今は穏やかだけど……さっきの凶暴性があるからなぁー。そもそも、女か男かもわかんねぇし)


 怪しむようにじっくりと見つめる狂士の視線に、成弥は誤魔化すように笑うのだった。

 


 

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