二幕《狐と狸の馬鹿試合》②
(おいおいおい……なんだあのデカ過ぎる金玉はっ!!)
「お姉さーーん!」
米俵ほどの大きな玉袋を広げ、笑顔で駆けてくるその子供は、狼狽える狂士の元にどんどんと近づいてくる。
「狂士! なんじゃ、あの股間から広がる巨大な袋は!?」
「知らんっ! けど、たぶん金玉だ!」
「き、金玉だと!? あの大きさ、常軌を逸しておるぞ!」
「はぁぁ、近づいてくるぅ! あの子、迷子かと思って声を掛けたら、突然、大きなアレを広げて追いかけてきたんですっ!」
周三郎の後ろに隠れたまま、女は小さく身を屈め、余程恐ろしいのかブルブルと震えていた。
そして、あと数メートルと迫った時、子供だったはずのその姿が、ぼわんと、まるで信楽焼の狸のような見た目に変化するのだった。
「「狸ぃ!?」」
狂士と周三郎は突然の変化に驚き、同時に声をあげた。
一方の狸は姿が変わったことに気づいていない様子で、相変わらずの勢いを保ったまま駆けてくる。
「子供じゃねぇなら、遠慮はいらねーよなぁ!」
狂士はぐるっと一度肩を回すと、狸の勢いに会わせ、腹を狙って思い拳を叩き込んだ。
「ぶふぅーーー!」
その衝撃で、狸の目玉は漫画みたいに飛び出た後、一瞬で気を失い、バタリとその場に倒れてしまった。
「ふ……金玉破れたり」
綺麗に決まって気持ちが良かったのか、狂士はしばらく拳を上げて格好を付ける。
「こ、こやつ、狸が化けておったのか?」
周三郎の声に、ハッと我に返った狂士は、幸せそうな顔で倒れている狸をマジマジと観察する。
「んーー、普通の狸より、なんか、キャラクター寄りだな……たぶん、妖怪じゃね?」
「なんと! また妖怪とな!?」
妖怪と聞いた途端、周三郎はキラキラと目を輝かせる。
「きゃっ、た、狸!?」
混乱の中、うずくまっていた女もようやく狸の存在に気づき、今度は驚きの声をあげた。
狂士は面倒くさそうに頭を掻きながら、女に声をかける。
「あー、あんた。後はこっちで何とかするから、今のうちに逃げといて」
「あ、はい! ありがとうございましたっ」
着物に付いた砂ぼこりを払い、女は軽く会釈をして去っていった。
「さてと……どうするかなぁ」
大きな玉袋を広げたまま、よだれを垂らして気絶している狸と、その回りをハエみたいにチョロチョロ動き回り観察している周三郎を眺め、頭を抱える狂士だった。
――――
「はっ!」
江戸の町を離れ、人気の無いのどかな河原。
ゴツゴツとした石の上に転がされた狸は、突然カッと目を見開いた。
「ようやく起きたか」
いつの間にか日は落ちかけ、馬鹿にするようにカラスが鳴いている。
「はて……オイラのお姉さんはどこに?」
狸はキョロキョロと辺りを見渡すと、開口一番、女の心配をしていた。
「お前なぁ、もっと他に言うこと無いのかよ」
狂士が呆れていると、川縁で魚を観察していた周三郎が気づいて走ってくる。
「目が覚めたのか!? 狸殿!」
「狸?……うわっ! 変化が解けてるっ」
狸は自分の手や体を見て、ようやく自分が獣の姿になっていることに気づいたらしい。
そして、「ふんっ」と息むように力を入れ、再びぼわんと子供の姿に戻ってしまった。
茶色いくるんとしたクセ毛に、丸く大きな目。黙っていればどう見ても可愛らしい子供で、あんな凶悪な玉袋を持っているとは、誰も想像も出来ないだろう。
「あぁー、人間に戻ってしもうた……」
周三郎はひどく残念そうに肩を落とす。
「オイラの変化を解くなんて、あんたら何者だ?」
「あ? 別に、ただの人間だけど……それよりお前、何であんな物騒なもんぶら下げて女追っかけてたんだよ」
狂士は狸に向かい胡座をかくと、ムスっとした表情で問い詰めた。
「えへへ……あのお姉さん可愛かったからさぁ、つい、オイラの自慢の玉袋を見てもらいたくなっちゃって……てへっ」
狸に反省の色は全くなく、ペロッと舌を出しウインクをして見せた。
「てへっ……じゃねーのよ」
「狂士、もしかしてこやつ、変態なんじゃないか?」
「いやお前が言うんじゃねーよ」
「な、失礼な、わしは変態ではないぞ?」
いつもの調子で二人がやり合っていると、突如轟音が鳴り響く。
〈ぐぅおおおおおーーー!〉
「な、なんじゃ今の音は!?」
驚いた周三郎が辺りを見渡していると、狸が恥ずかしそうな顔で腹を撫でる。
「へへっ、オイラの腹の音だ」
「お前、色々デカ過ぎるわ……」
「てへっ」
――――
パチパチと音を鳴らし、枝に刺された魚が香ばしい匂いを漂わせる。
腹を空かせた狸は、あっという間に川から魚を調達すると、手際よく火を起こして魚を焼き始めたのだ。
「オイラは心が広いから、お前らにも分けてやる」
狸はそう言うと、それぞれに焼き魚を手渡した。
「わぁー、うまそうじゃ! ちょうど腹が減っておったのだ、感謝するぞ狸殿」
「ふふん、崇め奉れぇー」
狸は嬉しそうに鼻を高くしている。
(調子いい奴……)
狂士は呆れながらも、ありがたく魚にかじりついた。
「うまっ」
その後、三人は食べながらお互いの事を語り合った。
「ふむ、玉太郎という名前なのか……なんか、ピッタリじゃの」
「はは、ホントにな。それより、火は怖くねぇの? 獣なのに」
「オイラはこれでも500年は生きてるからな。火などとうの昔に克服したのだ!」
「ひえ、500年も」
周三郎は目をぱちくりさせて驚いていた。
「ガキみたいな見た目して、ジジイなんだな」
狂士の失言も気にすることなく、玉太郎は満腹になった腹をポンと叩き、狂士にある提案をする。
「ところで狂士とやら……住む所を探してるんだったな?」
「あ、ああ」
「それならオイラ、いい場所を知ってるぞ? 案内してやるから、これから付いてこい」
「おぉ、何から何まで、頼りになる狸殿じゃ。良かったな、狂士!」
「うーん……まぁな」
ニヤリと笑う玉太郎に不安を感じつつも、狂士たちは誘われるままに歩いていくのだった。




