4:男娼
王妃様のこと?
あんまり会わないからよくわからないや。
けどまあ、王様と似てるんじゃない?
妙に雰囲気あるところとか。
大きい声じゃ言えないけど……ちょっと怖いとことか。
■ ■ ■
人生は、何がどう転ぶかわからないものだ。
おれは父親の顔を知らない。娼婦だった女が、なんの気まぐれか堕胎しないで産み落とした子供がおれだ。愛されていたとは思わない。けどまあ、こうして三十を超えるまで生きてるってことは、母親が赤ん坊だったおれの世話を焼いてくれてたんだろう。物心ついてからは数年は、一日一個のパンはもらえてた。
もっとも、ある程度身体ができあがってからは、男娼になって、自分の食い扶持は自分で稼ぎ出したけど。学もなければ伝手もない。そんなおれにできる仕事といえば、母親と同じ仕事だ。男相手の時もあれば、女相手の時もあった。そこそこ見栄えのいい顔をしてるから、客が取れないって困ることはなかった。たまに『一緒に死んでくれ』とか『一緒に旦那から逃げて』とか迫られて困ることはあったけど。
まあ、ともかく――そんな感じで生きていたら、ある日、おれのいた国は隣の王国と戦争を始めて、よくわからない内にあっさり負けた。おれと同年代の、まだ十代の王子が率いる軍に一方的にやられたらしい。
そんなにミチタリタな生活ではなかったから、愛国心やら忠誠心なんてものは微塵もない。ショックだとかなんだとか思う以前に、敗戦国になったら底辺の生活でも何かが変わるのか……なんて、そんなことばかり考えてた。答えがわかるほどの学のあるやつは、残念ながらおれの住む路地裏にはいない。答えはその後、身をもって知ることになる。
上がバタついてるせいで、毎日の暮らしぶりが少しずつ変わっていった。パンの値段が上がるし、酒の値段も上がるし、路地裏にどんどん人が流れて来て商売敵が増えるし、金払いの良かった客が来なくなるし――歳を取ったからか、薬のせいか、若い頃からの無茶が祟ったのか、母親は客を取れなくなった。
こういう商売をしている以上、稼げなくなったやつは見捨てるのが鉄則なんだけどね。母親にもその覚悟はあっただろうし、実際、パンを持ってったら『アンタ余計なことするんじゃないわよ』って言われたし。でも、おれ、そこそこ稼げる男娼だ。それが選択肢を増やしていて、見捨てるのを躊躇させる。自分が生きるのに精いっぱいって状況じゃないから。頑張れば、つつましやかな生活だったら、母親ひとりくらいどうにかできるんじゃないかって思ってしまった。
で、そんな時――
「戦場への募集がかかってたよ」
同じ路地裏に立つ顔馴染みが教えてくれた。
この国を併合した王国は、また別の国に戦争を吹っかけるらしい。戦場では『欲』が溜まるから、発散させるために、おれたちみたいな人間の仕事がある。安い値段で買い叩かれることも少なくないし、命の危険があるからあんまり行きたくない。でも、顔馴染みの話によれば王国は戦場でのある程度の生活は保証してくれるし、金払いもすごくいいらしい。
少し悩んだけど募集に応募した。病気を持ってないかの検査をされて、どうやら大丈夫だったようで、戦場の後方に派遣され――そこでも、おれの顔の良さは役に立った。こぎれいだからって、一般の兵士の相手じゃなくて、肩書きや役職のある兵たちの相手をしろって言われたのだ。
そこで出会ったのが、おれと同年代の王子様。出会ったと言っても抱かれたわけじゃない。王子が『欲』を発散させるのは戦場の最前線で、血を浴びてる時なんだとか。普通に怖すぎる。できるだけ視界に入らないように気をつけて過ごした。まあ、基本的に王子は後方にいないから、会う機会もほとんどないんだけど。
評判通り、王国軍の金払いは良かった。おれは募集がかかる都度、応募しては、いそいそと出稼ぎへ行く。何度もそうしている内に――王子に顔を覚えられてしまっていた。
「仕事をやる」
仕事の内容を聞くよりも前に(怖すぎて聞けなかった)書類に血判を押させられて(字なんか書けないから)――気づけば、おれは王国で非公式の城勤めをすることになっていた。身ぎれいにされて、改めてもう一回検査をされる。結果が出て、そこでようやく仕事の内容を聞くことができた。
「は!? 前戯係!?」
王子様曰く――いずれ婚約者と結婚したのち、側妃を娶ることになる。しかし婚約者以外の女にはできるだけ触りたくないから、つっ込むだけでいい状態にしておいてくれ、とのこと。男だけでなく、女の相手もできることを調べられていた。
表情筋が死んだ王子様曰く――これは極秘任務らしい。断れば殺す。バラしたら殺す。逃げれば殺す。戦場で敵を焼き殺す姿も、切り殺す姿も見ているから、それがただの脅し文句ではないとすぐに理解した。
淡々と脅されて――同時に、請ければ莫大な金と保証をくれると、エサをぶら下げられた。王国内の風光明媚な場所に屋敷を建て、使用人と医者を置いてやるから母親を呼べと、王子は言う。どうやら母親のことも調べられていたらしい。永続的な衣食住の保証、薬から抜け出す治療、裕福な平民や商人並みの暮らしができるだけの金、それからもちろん、おれ個人への莫大な報酬――断る理由はない。
おれは王子の下で働くことになった。一年も経たない内に王子は結婚し――その五年後、王子は王になった。
本職はともかく、おれは表向きは国王の侍従だ。いつの間にかなんとかって男爵の養子になっていて(会ったことはもちろんない。書類上の関係だ)、出世も出世、大出世である。けど周りの正真正銘のお貴族様連中に、妬まれることはなく。国王陛下は畏怖されている。近くよりも遠くから崇めたい類いの対象で、すぐ傍で仕えるのは恐ろしいらしい。誰も好き好んで『戦争狂』の炎と刃が届く距離にいたくないんだろう。最近は『あの国王陛下』の侍従を何年も続けるなんてと、なんとなく、おれを慕ってくる侍従も増えてきた。
王になってすぐ、おれを勧誘した男は併合した国の王女を側妃として迎えた。派手なパレードが行われた夜――記念すべき『初仕事』の時間がやってきた。
後宮にある一室の中で、苦痛を和らげて気分を高め、性的な興奮状態にする『泥濘の花香炉』を焚く。娼館でよく使われるものだが、側妃となった高貴な王女様がそんなものを知っているはずがない。
王様が側妃に目隠しと手枷をすると、おれは隠し通路から出て、手技を駆使して前戯を施していく。路地裏で身体を売っていたおれが、まさか王族の女の柔肌に触れる日がくるなんて思ってもいなかった。王様は一旦部屋を出て行く――戻って来たのは一時間半後だ。
咽び泣くほど融けた女に、どこで何をしてきたのか、王様ははち切れんばかりに膨張した雄をつっ込む。正直、何人もの男に抱かれた経験のあるおれが逃げ出したくなるほど、凶悪なブツだった。腰を振るがなかなか子種を吐き出さないまま、限界を迎えた側妃は意識を飛ばし――しばらくのあと、王様が果てる。
「もういいぞ」
「あ、うす」
なんともあっさりしたものだ。おれは目隠しと手枷を回収して、秘密の通路から部屋を出た。通路はちょうど壁にかけられた絵(なんとかって有名な画家の花畑の絵だ)の裏を通っている。絵の一部分に小さく、特殊な硝子(魔鉱石をどうにかしているらしいけど、おれに仕組みはまったくわからない)をはめてあり、通路側から中を覗くことができた。とはいえ、見なくてもわかる。情緒や愛情の欠片もない、義務的な性行為を終えた王様も、侍女に片づけを任せて立ち去るんだろう。
自分に割り当てられた部屋へ戻ると、おれは自分自身を慰めた。花の甘い香りがする中、王族の柔肌を堪能して興奮しないはずがない。
王家に伝わるとかいう薬を飲んでから、前は機能しなくなった。問題を起こしたり、問題の火種になりそうだったりする、王家の籍から抜けさせられた元王族が飲まされる薬らしい。王様には、長い歴史上で平民に使うのは初めてだと言われた。そういうわけで前は使いものにならないから、後ろの穴を使って慰める。
この役目に従僕でもなんでもない、ただの男娼を選んだのは前が使えなくてもいいからなのかもしれない。それに人知れず姿を消したところでなんとも思われない最下層の――それも他国の平民であれば、存在を偽って城内に拘束できる。王国につれて来た母親は、おれが高貴な貴族に囲われているとでも思ってるんだろうな。数年の間に文字を学ぶこともなかったから、手紙も出せない。まあ、おれが出したところで、母親も読めはしないんだけども。
それからもおれは、二人目、三人目、四人目……と、八人の側妃全員の柔肌に触れた。妊娠するまで連日、王は側妃と『性行為』に従事する。種が優秀なのか、側妃は漏れなく全員妊娠した。王様は側妃が妊娠すると通うのをぴたりとやめる。不思議な話だけど、妊娠した側妃は誰も子を流すことなく出産した。だから側妃たちが王様と閨を共にするのは、一度目の妊娠までだ。それ以降は何もない。
王様が通うのは王妃様のところにだけだ――とはいえ、国王は一年のほとんどを戦場で過ごしているから、城にはほとんど戻って来ない。戻って来ても、すぐ新しい側妃が輿入れしてくるから、ふたりが毎晩一緒にいるってことはないんだが。
夫婦の形はそれぞれだ。他人がどうこう枠を作れるものじゃない。
これはおれの勘だけど、あの夫婦、世間や城内の人間が言う『戦争狂を王に頂くための犠牲になった王妃様』っていうのは、なんだか違う気がする。たとえばおれが『不在の間、王妃様のこと慰めておきましょうか?』なんてことを言えば、その場で丸焼きにされるだろう。反対に王妃様のほうは『おれが戦場に同行して慰めておきますよ』と言えば、微笑みながら『よろしくお願いしますね』とでも言ってのけそうだ。
戦いにしか興味のない王を、献身的な王妃が人生を犠牲にして支えている――本当にそうなのだろうかと、おれは思う。でも、それは口にしないほうがいいんだろう。何か察してる様子は絶対に表に出さないで、その他大勢の人間と同じ認識だと装っておかないとダメだって、本能が警鐘を鳴らしている。国王夫妻と接するお貴族様たちにはわからない――毎晩路地に立って、『商売道具』を傷つけない金払いのいい客を選んで、その日暮らしをしていた最下層の人間の、勘だ。
九人目の側妃が輿入れして、しばらく。どこかの小国の姫らしい。かわいい顔をしているそうだが、生憎とおれは目隠しで半分隠れた顔しか知らない。これまでの側妃たちと比べて性に対して肯定的なのか、濡れるのもとろけるのも受け入れるのも早かった。とはいえ王様のほうに変わりはない。通常通り、側妃を孕ませるための子種を吐き出すだけだ。
――そして、その日。
おれは隠し通路にいた。九人目の側妃が目隠しと手枷をするのを待っていると――悲鳴が聞こえたのだ。出て行くかどうか逡巡していると、鼻をつく臭い――戦場で嗅いだことのある、人が焼ける臭いがした。側妃の絶叫が続く。おれはそっと隠し通路から出た。
「え……何を……」
動揺して、つい言葉を漏らしてしまう。おれがいることを悟られないように、この部屋の中では決して声を出してはいけないと言い含められている。失態だ。でも王様は咎めたりしてこない。ベッドの上でのたうち回る側妃を、冷たい目で見下ろしていた。
側妃の、腕と、顔が、焼け爛れている。
「こ、殺す気、ですか?」
咎められなかったのをいいことに、おれは王様に尋ねた。
「愚問だな。死体は子を産めないだろう」
「そ……そうですけど……これ……」
殺すつもりがないのなら、治療をしないといけない。このまま放置していれば死ぬのは時間の問題だ。心臓がバクバクと嫌な音を立てる中、王様はベッドに背を向けて部屋を出て行こうとする。
「え!? どこ行くんです!?」
「医者が来る前にお前も出ろ」
「え……えー……」
ぜえぜえと荒い息を吐き、尿を撒き散らしながら苦悶し、声にならない奇声を発する女――側妃をしばらく見つめたあと、おれも隠し通路に向かった。ここにいてもできることはない。王様と側妃が閨を共にする部屋におれがいるのは不自然で、見つかるわけにはいかないのだ。
隠し通路に入って、それでも、なんとなく去りはしないでそこにいた。王様も出て行って、ひとり取り残された側妃が死んでしまわないか心配だった。こういうところが、おれの甘さなんだろうな。母親にも見捨てなかったことを感謝されるより、呆れられている気がする。こんなアマチャンが路地裏や戦場で生き残れたのは、奇跡なのかもしれない。
どのくらい時間が経ったのだろう。息を殺して身を潜めていると、部屋の扉が開いて医者が――ええ?
入ってきたのは医者じゃない。王妃様だ。白銀の髪をわずかに揺らしながら足早に、けれど足音なく前へ進むとベッドの傍らに立つ。そして――微笑みを浮かべたまま、側妃を見下ろしていた。
「――ごめんなさいね。彼、口よりも先に手が出る人なの」
動くことすらできず、虫の息の側妃。焼けたのであろう喉から、すでに声は出なくなっていた。引きつったような荒い呼吸音は苦しそうで、奇声を発しすぎたのか、血も吐いているんだろう。そんな人間を前に、いつもと変わらず穏やかな声音で、微笑みながら話す、王妃様。
怖すぎた。
わかりやすく危険な王様よりも、怖い。
「かわいそうに。今、楽にしてあげましょうね」
楽にって……殺す気か?
壁越しとはいえ、王妃様が手を下す場面に遭遇するのはマズい気がする。アマチャンでも、さすがにそれだけのものは背負えない。こっそり立ち去ろうとした時――絵にはめられていた、魔鉱石を素材にした硝子の向こう側が強く光った。
「っ、ぁ……息……でき……る……?」
それは側妃の声だ。
おれは、立ち去ろうとした足を止めて、中の様子を窺う。
ベッドの上に、裸の、肌が焼け爛れたままの側妃がいた。けれど瀕死の状態からは回復した様子だ。苦しげな引きつった呼吸ではなくなり、出血なども見当たらない。
おそらく、王妃様が魔法を使ったのだろう。そういえば、王妃様は珍しい『癒しの魔法』が使えると聞いたことがあった。病気や怪我を癒やす魔法は、非常に繊細で高度な魔法の技術と、潜在的な適性がなければ使えない。ちょっとした傷や病気を治せる者は百人にひとり程度――身体を焼かれた瀕死の状態から、喋れるまでに回復させられるのは、果たしてどのくらいだろう。広大で、高度に発展して、多くの人間が集まっているこの王国でも、数人しかいないに違いない。
「癒し、の……魔法……?」
「ええ。もう命に別状はありませんよ」
「ほ、ほんと、うに……?」
微笑を浮かべた王妃様が頷く。
「昔からこの魔法が一番得意でした。今ではあまり使うこともありませんが、全身をレア気味に焼かれた程度の状態であれば元の通りに回復させられます」
「じゃ……じゃあ……治る、の……?」
側妃が、焼け爛れた腕を、王妃のほうへつき出した。鏡のない部屋だ。本人が認識しているかはわからないが(腕の状態を見ればなんとなく察してそうだが)、側妃の顔も焼けている。金色の髪は半分以上がなくなり、元の可憐さは微塵も残っていなかった。さんざん、自身をかわいらしいと言っていた女だ。見ればショックで心臓が止まるかもしれない。
「早く……な、治して、よ……!」
だんだん側妃の声が大きくなっている。意外と側妃が元気なのは、王妃様の魔法がすごいのか、あるいは『泥濘の花香炉』の鎮痛効果がよく出ているのか。苦痛を和らげ、快楽へ繋げる効果のある香りだ。何日も何日も、夜毎吸っていた側妃の身体に影響が残っているのかもしれない。『泥濘の花香炉』を頻繁に使う娼館では、痛みに鈍くなった娼婦や男娼が『商売道具』の身体に傷をつける客を取るようになると聞いたことがある。
王妃様は、そっと、自身に伸ばされた手を取った。
「大丈夫ですよ」
やわく、穏やかな声――おれの背筋が、粟立つ。
「彼は美醜などにこだわりませんから」
「え……」
「そのままでもお役目は果たせますでしょう?」
バチバチと音を立て、繋いだ手に青白い閃光が走った。雷の魔法だ。側妃は身体を痙攣させると、そのままベッドに沈む。王妃様はそっと手を離して――
「覗くだけなら咎めません」
と、微笑む。
きゅっと、心臓を掴まれた気分だ。見るのは許すが、口外すれば命はない――そんな脅しに聞こえた。おれは足音が立つのを気にする余裕もなく、走ってその場を逃げ出した。
――そんなことがあっても、おれの日常は、何も変わらない。
後宮に閉じ込められて二度と外部に接触できないであろう九人目の側妃に対して、おれの仕事をする。外見は変わり果てても、生殖行為に必要な部分はそのままだ。女の身体をほぐし、とかし、しっかりお膳立てをして、王様が吐精する様子を眺め、自室に戻って自分を慰める。
間もなく、九人目の側妃は妊娠した。そしてその後、後宮の(おそらくおれと同じような境遇の)侍女らの手厚い看護により、無事に女児を出産――時を同じくして、後宮に十人目の側妃がやって来た。成婚のパレードが行われた夜、おれはまた、隠し通路を進むのだ――。




