3:九人目の側妃
わたしから見た王妃?
清貧と言えば聞こえはいいけど、地味な女だわ。
銀の髪は老婆みたいだし。
王妃なのに子供を産めていないんでしょう?
もう二十八歳だっていうし、今後も無理だと思う。
有能な王妃なのは知っている。
でも、一番大切なお役目を果たせないなら意味ないわよね。
■ ■ ■
わたしが生まれたのは大陸の中でも小さな国。ただ質のいい魔鉱石が眠る鉱山があることで、それなりに豊かな暮らしができていた。
魔鉱石は武器に魔法を付与する時に必要な素材らしい。よくわからないけど、普通の武器だと魔法に耐えられなくて壊れちゃうんだって。近隣諸国を相手に次々戦争を起こして戦いに明け暮れる王国にとって、魔鉱石のあるわたしたちの国は価値があったみたい。だから攻め込まれて、あっけなく負けたけど、王侯貴族が滅ぼされることはなかった。うちの国を属国にするから、王族の姫を輿入れさせるように通達があったって、お父様が言っていた。
お父様は何人もいるお姉様たちの中の誰かを嫁がせるつもりだったみたい。王国の王様には王妃様がいるし、側妃も八人いて、これからも増えるだろうから――かわいい娘を渡したくない、ですって。そう。お父様にとってのかわいい娘はわたしだけ。わたしは、真実に愛するお母様が産んだ姫だから。
お母様は田舎の子爵家の娘だったけど、夜会でお父様――国王に見初められて側妃になった。燃えるような恋だったんですって。政略で結ばれた王妃様と違って、お互いの心で結びついて愛を育んだふたりは、いつも仲睦まじくて幸せそう。
わたしと弟は愛の結晶だから、お父様はとっても大切にしてくれる。お姉様やお兄様たちと扱いが違うことは、子供の頃から気づいてた。お父様は、わたしとお母様にいつもドレスや宝石をプレゼントしてくれて、わたしたちはそれ着てお父様と会うの。お姉様たちは嬉しそうに笑うお父様の顔なんて知らないんでしょうね。弟はドレスや宝石に興味なんてないから、新しい剣だとか、子馬だとか、そんなものをプレゼントしてもらっていた。政務以外の時間はいつも家族四人で過ごしたわ。花が咲き乱れる庭園でのお茶会も、家族の大好きな料理が並ぶ晩餐の時間も。
そんなに大切な娘だから、お父様はわたしを嫁がせたくなかったんですって。でも、わたしは自分から、王国へ行きたいってお願いしたの。だって、王国は大きいし、きっともっと大きくなるし、その国の王族になれるのなら側妃でもかまわなかった。お母様は側妃でも幸せそうだもの。最初は何人もいる側妃の中のひとりでも、わたしならすぐに寵愛を得ることができると思う。
だってわたしは、かわいいお姫様で、幸せなふたりの愛の結晶だもの。王国の王妃はもうすぐ三十歳なのに子供はいないって聞くし、側妃たちの中に寵妃がいるって話は聞かない。国王は三十歳を超えた、わたしの倍くらい歳の離れた相手だけど、見目麗しい人だっていうのは有名な話だから心配はいらない。
「お父様、大丈夫よ。わたしは幸せになるわ」
――春を待って、わたしは王国に嫁いだ。
成婚のパレードが行われる前日、初めて会った国王陛下は、わたしが想像していた以上に素敵な男性だった。夜空を融かしたかのような髪に、星のような薄青の瞳は鋭く、鼻梁のすっと通った、精悍な顔つき。戦場で戦っているからか身体はたくましく、背も高い。国王陛下は凛々しくて雄々しいのに暑苦しさはなく、むしろ涼やかな雰囲気を纏った男性だった。美しく、強く、権力も財力もある、この方が、わたしの伴侶なのだと思うと胸が高鳴った。
顔合わせはすぐに終わって、わたしは男の政務官に言われるがまま書類へ記名をする。何枚も何枚も、こんなに自分の名前を書いたのは初めてのこと。随分と時間がかかってしまった。男の人はこれだからダメなのよ。明日の成婚のパレードと初夜のために、花嫁であるわたしは身体を磨かなければならないのに。その日は用意されていた貴賓室で持て成されながら一夜を過ごした。貴賓室なのに、わたしの国の王族が過ごす部屋よりも豪華で、出された食事も美味しくて。国の規模の違いって、こういうことなのかもしれない。
だったらやっぱり、わたしは嫁いで正解だったわ。
翌日のパレードでは黄金の馬車が用意されていた。馬車を引く馬たちは金の鎧で装飾されて、屋根のない馬車は黄金と花で飾り立てられている。見た目だけじゃなくて座り心地もいい。
そして、沿道にはこれまでに見たことないくらい、たくさんの人が集まっていたの。平民たちはわたしに向けて手を振って、みんな笑顔だったわ。若くてかわいいお妃様が嫁いできて、喜んでいるのね。この分だったら、わたしが産む子も王国の人たちに歓迎してもらえる。それどころか、わたしと国王陛下の愛の結晶――見目麗しい子は、王国の玉座に望まれるかもしれない。
王妃には子供がいないんだから、側妃の産んだ子供の誰かが次の国王になるわ。もう産まれてる子供がいるかもしれないけど、そんなことは関係ないのは、お父様たちを見ていたからわかる。だって、お父様はわたしの弟を王太子にしようとしていたもの。お姉様もお兄様もいるのに、至高の座を明け渡すと決めたのは、十歳になったばかりの末の息子なのよ。寵愛があれば産まれ順なんて関係ないわ。何年も一緒にいるのにひとりしか子供を産めない他の側妃なんて相手じゃないし、公務に精を出してばかりの王妃なんて論外よ。
実際に顔合わせをした王妃を見て、余計にそう思ったわ。老婆みたいな髪の、地味な女。国王でもないのに謁見の間を持っていて、高いところに玉座みたいな席があった。王国の跡継ぎを産めない女だから、せめて見栄だけは張りたいんでしょうね。上からものを言えば、見下されることはないもの。笑ってはいるけれど、内心は焦っているんだって、すぐにわかった。
「王妃陛下の代わりはわたしが立派に務めますわ」
そうよ。王妃の代わりに、わたしが王国の後継者を産んであげるの。みんなから愛される、美しい子供を。できれば男の子がいいけど、女の子でも大丈夫。王国は王女にも王位継承権があるって話だから。その子が立太子されたらわたしが国母ってことになるわ。
その時、王妃はどうするつもりなのかしら? 政務は続けてもらわなくちゃいけないから、側妃になるのかもしれない。そうなったらこの謁見の間も使えないし、わたしを見下ろしたりできないわよね。まあ、その辺の決定は国王陛下や宰相たちに任せておけばいいわ。あっ、でも、宰相は王妃の父親だって話だから反対するかも。そうなったら国王陛下にお願いして罷免してもらいましょう。
「子供を産むのなら若いほうがいいでしょう? ですから今回、末の姫であるわたしが手を上げたのです。わたしと陛下の子供ならきっと愛らしいと思いますのよ。強大な王国の後継者であるなら、美しいほうがいいでしょうし……ええ、わたしに万事、お任せください。代わりはわたしが務めます」
わたしがそう言うと、王妃は「そうですか。お励みになって」ですって。それが強がりだってことは、すぐにわかった。だって、妃っていう同じ立場の人間だもの。有能だとか、慈悲深い王妃だとか言われていても、一番大切な役目を果たせないのなら、毎日が惨めでしょうね。褒められれば褒められるほど、自分の至らなさを痛感するんじゃないかしら。
ああ、なんて哀れな人――そう思うと、笑みが漏れてしまった。
その日の夜――花びらが撒かれた大きな寝台で、わたしは国王陛下に処女を捧げたわ。
最初に目隠しと手枷を出された時にはビックリしたし、正直、怖かった。国王陛下は「動けなくなった処女を犯すのを好んでいる」だなんておっしゃるし。お父様は国王陛下のことを『戦争狂』って言っていたし、こういう乱暴な癖があってもおかしくない。初めての経験がそんなのは嫌だけれど、彼がそれを望むなら、わたしは受け入れるしかなかった。どんな酷いことをされるのかしら。こんなのが愛なの――なんて不安は、すぐに消えた。
国王陛下がわたしに触れる手は優しくて、肌を撫でられる度に声が漏れてしまう。指と、たぶん舌。わたしの肌を余すことなく愛撫してくれる。もしかして目隠しをするのは、国王陛下が自分のこんな姿を見せたくないからかもしれない。だって、これじゃあまるで奉仕だもの。時間の感覚がなくなるくらい、ぐずぐずになってしまって、自分のものとは思えないほど甘えた声が漏れて――大きな何かに身体の中心を貫かれても、痛みなんてまったくなかった。濃厚な花の香りが漂う中、わたしは国王陛下に、愛されたの。
翌日はお昼に目が覚めたけど動けなかった。国からついて来た侍女たちが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。国王陛下の姿はとっくにない。侍女たちの話によるとまた戦争を起こすんですって。そのための準備で忙しいのかもしれない。
だけど、そんな中でも夜になると国王陛下はまた来てくださった。昨日のように目隠しと手枷。怖さはまったくない。国王陛下に与えていただける快楽を、わたしの身体はたったひと晩で覚えてしまった。腰を撫でられるだけで達してしまうほど、今日もまたぐずぐずにされてしまう。
何日も何日も、国王陛下はわたしの元へ通ってくださった。
何日も何日も、愛してくださった。
わたしが寵愛を受けていることを、王妃にも知ってもらわないといけない。あの人はいつでも声をかけてって言っていたから、ティータイムに誘ってあげた。返事はすぐに来て、後宮の温室でふたりだけのお茶会をすることになったの。
相変わらず地味な装いで王妃は来た。生地は上等なものみたいだけど、デザインはまったくダメ。
「王妃陛下はドレスがお好きではないのですか?」
「? 何故です?」
「だって……ねえ? 色味も落ち着いているし、まるで王妃様よりも上の世代の方が着ているようなドレスなんですもの。もっと明るくて華やかなものはお召しにならないのですか?」
そう問いかければ、わたしの侍女たちがくすくす笑った。わたしは「ダメよ、笑ったりしたら」と侍女たちをちゃんと窘める。王妃にも「申しわけありません。お気に障られました?」と言えば、彼女は微笑みながら「いえ、そんなことはありませんよ」ですって。なんでもないような顔をしているけど、王妃の侍女はうしろで眉を寄せていた。あんなにわかりやすい表情をするなんて、いい歳をした貴族の女性として、どうなのかしらね。
王妃のドレスは上品って言えば聞こえはいいけど、可もなく不可もなくな装い――流行を生み出さないといけない王族の女性としては、失格な格好だわ。わたしの国では、お母様やわたしが着ていたドレスが、社交界ですぐに人気になったんだから。
「王妃様はせっかくお綺麗なんだから、ドレスにもこだわったほうがいいですよ。そうすれば、国王陛下も王妃様のところに立ち寄ってくださるかもしれませんわ」
「お気遣いはありがたいですけれど、心配はいりません。陛下とは毎日顔を合わせておりますので」
カップに口をつける王妃は微笑んでいた。ムリしてるのね。笑っちゃうわ。
「いやですわ、王妃様。そういう意味じゃないとおわかりでしょう? 陛下との夜のお話しです。申しわけありませんわ。せっかく戦場に出ていらっしゃらない貴重な時だといいますのに、陛下は毎晩、わたしの元へいらっしゃるのです」
「ええ、そのようですね」
「きっと今宵もいらっしゃいますわ。でも……たまには王妃様の元へ行ったほうがいいと、わたしのほうから進言いたしましょうか?」
お母様は言っていた。お父様が王妃の元へ行くのはしかたのないことで、そんなことに目くじらを立ててはいけないって。お父様は愛していない王妃を抱くことで、本当に愛しているお母様への愛を再確認なさるの。愛だけに生きるではなく、政略の理に背かないように時に王妃を立てること。それは王族の、高貴なる者の義務なんだって。
国王陛下は嫌がるかもしれないけど、しかたないから今夜は王妃に譲ってあげましょう。若くて、かわいらしい、このわたしの身体のあとだから、物足りないでしょうね。王妃の顔を見れば、目を細めて微笑んでいる。必死に表情を取り繕うにしても、その顔しかできないのかしら?
「いえ、けっこうです。今宵も陛下のことは、あなたに任せます」
「ええ? いいのですか?」
強がって、そんなこと言って。
「もちろんです。立派にお役目を果たしてくださいね」
「もう、果たしてるかもしれませんよ?」
お役目――わたしは陛下の子供を産む。大きな国の後継者を。素晴らしい愛の結晶を。まだなんの変化もないお腹を撫でて言えば、王妃は微笑んだまま、じっとわたしを見た。この人、紫の目をしてたんだって、そんなどうでもいいことを思いながら、わたしは紅茶を飲んだ――
――その日の夜。
予想通り、国王陛下はわたしの元へいらっしゃった。いつものように目隠しと手枷を渡されたけれど、今日はとても気分が良かったの。貧相な王妃の姿を間近で見て、陛下の寵愛がわたしにあるって確信したからかしら。気持ちを高めてくれる甘い花の香りがする中、わたしは目隠しと手枷を寝台に置く。そして国王陛下の身体に火照った肢体を寄せて、太い首に腕を回すように絡めた。
「もう、このような無粋なものがなくてもよろしいのではありませんか?」
見つめ合う、薄青の瞳がわたしを映している。
「今夜は陛下のお姿を見ながら、愛でていただきとうございます」
急なことだからしかたないけれど、悩んでいるのか陛下は何もおっしゃらない。でも否と言わないということは、目隠しと手枷をしなくてもいいかもしれないってお考えなのよね。だとしたらもう少し言葉を、そして身体を重ねればいいわ。わたしは寄せた身体を密着させて、首に絡めていた腕を動かす。少し力を込めて、陛下の美しい顔をこちらへ引き寄せる。
「あの方と違って、わたしの顔を隠すのはもったいないでしょう?」
「………………」
「見つめ合って、愛し合えばすぐに、子も宿りますわ。王国にとって一番大切な子が――だって、わたしはあの方のような石女ではありませんもの」
囁いて、陛下と唇を合わせようとした時――
「……え?」
身体を押され、寝台に倒れ込み――陛下に触れていた、わたしの腕が、燃えた。




