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微笑みの王妃様  作者: 光延ミトジ
本編

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2/6

2:宰相


 私から見た王妃陛下か。

 あの御方は――否、不敬を承知で父の立場で答えよう。

 あの子は優秀な子だ。

 父親としての愛情を与えられるだけの時間はなかった。

 だからその分、私は宰相として王妃陛下をお支えせねばならない。


 ■ ■ ■


 我が一族は代々宰相の任に就き、王国の繁栄を支えている。宰相という役職は本来ならば世襲制ではないが、引き継ぎにおける効率や幼い頃からの教育の必要性を鑑み、また、反対する勢力がほとんど存在しないことから、もう長いことこの重要なお役目をまっとうしていた。


 東の公爵家――我が家門の領地は王国内でも群を抜いて恵まれている。土地は肥沃で広大、掘っても掘っても資源が出る金鉱山があり、海に面しているため海路をも有しているのだ。領民は真面目に働けば働くだけ富み、多くの商人がこぞって足を延ばし――我が公爵家が治める領地は、いつしか『黄金の都』と呼ばれるようになった。王国の四大公爵家の中でも突出して栄華を誇っている。


 資源があり、真面目な領民があり、陸路も海路もあり、家門には有能な人間が溢れている。領地を差配するのは宰相の任を息子に譲った『元宰相』と、宰相の任をこなせる程度の教育を施された『第二子以下の子供たち』のため、人や物を使う術を心得ていた。


 私の父も、祖父も、曾祖父も、その先の先祖たちも、王都で宰相を務めて国のためにひたすら働き、残りの人生は領地に捧げた。東の公爵家の第一子として生を受けた以上、私の人生もそうなのだと思っていた。宰相の任を務め上げ、長男が役目を担える目途が立てば領地へ戻るのだ、と。


 しかし、今代の国王陛下が立太子なさろうという頃――およそ二十五年前、予想が覆されることを悟った。


 我が国の王家には、稀に『始祖の血』の濃い人間が生まれる。


 建国の雄である初代国王陛下は、戦闘を得意とする一族の長の子として生を受けた。その頃は国という概念が希薄で、無数の領地が点在し、奪い奪われの戦いが日々続いていた。初代は幼い頃からひと際、身体が大きく、力が強かったそうだ。好戦的な性格で血を好み、求め、十歳になる頃には戦場で暴れ回っていたとされる。彼は近隣の領地を次々に併合していき、国を興した。


 始祖の血が濃い人間とは――血に飢えているかのように、好戦的で暴力的な王家の血筋の人間を差す。生まれた頃から普通の赤子よりも大きかった、第一王子殿下。赤子の頃には何人もの乳母の乳頭を噛みちぎり、歩けるようになってからは守役に暴力を振るうようになり、どこで覚えたのか、五歳になる頃には炎の魔法で獣を焼き殺して遊ぶようになった。


 第一王子殿下を恐怖し、不気味に思う者もいた。大臣の集まる非公式な会議の場では、第一王子殿下を排す案まで出たほどだ。しかし殿下以外に王子はまだないこと、始祖の血が濃い王族を排す前例を作ることへの躊躇、また、歴史を見れば血に飢えた国王の治世では例外なく国土が広がったことから、その案はすぐに消えた。


 結局、誰もが期待と不安を抱える中、殿下は七歳で王太子として立つこととなったのだ。立太子の礼を挙行した際の殿下は到底、七つの子には見えなかった。ここ何代か穏健な王だったこともあり、威風堂々とした立ち姿に魅せられた者は少なくなかった。


 果たして、いずれ宰相となる私の息子――第一王子殿下と同年代の者に、血に飢えた殿下を支え、御すことができるだろうか。領地に戻ったばかりの先代宰相の父と何度も話し、息子は学びを続けながらも側近として殿下の傍に置いた上で、私は父や祖父よりも長く宰相の座にいるべきだと結論づけた。そして同時に、宰相という名の相談役と、同年代の側近だけでは足りないと判断したのだ。


 私には息子がふたりと娘がひとりいる。王太子殿下よりも四歳下の娘。私と父は、三歳になったばかりの娘を、殿下の婚約者に据えて、国王を支えさせる王妃とすることを決めた。


 王太子殿下が戦場を好まれるであろうことは予測がついた。そのため王妃となる娘には、国王に代わって国を治める能力を身につけさせる必要があった。娘が物心つく前から教育を始める。それは宰相になるべく学ぶ息子よりも厳しく、難しい勉強だ。政治や経済、帝王学、魔法、歴史、外交、福祉衛生に関する知識、兵法――挙げればキリがない。一流の教師を揃え、時には私自ら教鞭を執ることもあった。


 他家が王妃を輩出できると思う余地がなくなるほど苛烈なカリキュラムを組んでいたことで、娘は十歳になる頃にはその辺の国の王族と遜色ない――むしろ、それ以上に高い能力を有するようになった。民心を掴めるよう美しくあれ、貴族に侮られぬよう賢くあれ、神職の者が認めるほど清廉であれ――制限ばかりの過酷な日々だ。大人の私ですらそう思い、妻に至っては我が子が何故これほどの辛苦をと涙していた。


 貴族の令嬢は淑女としての教育を受け、高貴な男に嫁ぎ、家同士の仲を取り持ち、子を成して次代へ繋ぐことが役目とされている。公爵家の姫となれば王族に嫁いでもおかしくないが、現状受けている教育や環境は異常だ。貴族の令嬢としての教育を受け、我が家に嫁いできた妻にはそれがわかるのだろう。だから、私とふたりだけになった寝室で静かに涙を流すのだ。


 けれど、普通の貴族の令嬢としての教育を受けず、物心ついた時から異常な教育を科されてきた娘が――異常を異常と知らぬゆえか、涙を流すことはなかった。


 娘は、優秀だ。決して天才でない。天才というのは私の弟――娘にとって叔父にあたる者のことを言うのだ。一度見ただけで全てを暗記し、凡人では理解できない発想をする。そんな弟を知っているから、私は娘が天才でないと早い段階でわかっていた。娘は努力と、効率を上げる器用さや要領の良さで、必死に――しかしその姿を見せないように言っているため実際に目にしたことはない――食らいついていたのだ。


 娘がさまざまなことを学んでいた、その間――想定通り、王太子殿下は近隣諸国の平定を始めた。責任者として後方で構えているのではなく、殿下は前線に出ることを好んだ。強力な炎の魔法で戦場を火の海にし、逃げ出そうとする敵兵を剣で容赦なく切り殺していく。炎で焼くことよりも切り捨て血を浴びることを悦楽としているようだと、殿下の傍に侍る騎士が報告してきた。


 その頃からだ。殿下は『戦争狂』と呼ばれるようになり、国王夫妻は本格的に自身の息子を恐れるようになった。我らはすでに『始祖の血』が濃い殿下を次代の君主として頂く方針でまとまっている。国王陛下の独断で覆すことはできないが、波紋を広げるような真似をさせるわけにはいかない。王室の内部の機運が変わるのを防ぐべく、娘の輿入れを予定よりも早めることにした。


 十五歳。


 想定よりも三年早く、娘は王家の人間になった。


 王太子妃殿下となった娘は、こちらが思っていた以上によくやってくれる。じわじわと内部での影響力を高め、王太子殿下とも良好な関係を築いた。常に微笑を浮かべる王太子妃殿下は、立場に驕らず、誠実で慈悲深い女性だと評判だ。妻に似た美しい相貌は民衆の心を掴み、一流の教えにより育まれた才知は貴族に信頼される要因となり、福祉や教育の政策に尽力する姿勢を神職に就く人間は評価し認めた。


 その後の五年間で、王太子殿下は戦場で功績を挙げ続け、王太子妃殿下は王宮内で確固たる地位と勢力を築くことに成功した。国王夫妻は第二王子殿下と水面下で余計なことをしようとしていたが、彼らの主要な派閥である穏健派の貴族が、その手の計画に乗ることはない。理に沿わぬ過激なことを嫌うからこその、穏健派なのだ。四大公爵家と『戦争狂』を敵に回して争うはずもない。


 先祖代々仕え、守り育ててきた王国のため、国王夫妻には退いてもらうことにした。


 そして、弱冠二十四歳の国王が誕生し、娘は二十歳で王妃となった。


 それから八年――王妃陛下は、我が娘と呼ぶのも烏滸がましく思えるほど、内外で評判の王妃となられている。婚約者だった頃から夫婦となった今まで、戦争にしか興味のない陛下と衝突することはなかった。また、閨を共にしていることから関係も決して悪くはないのだろう。それでも王妃陛下に――子は、ない。


 国王陛下は八年の間に、八人の側妃を娶った。全て属国か敗戦国の者だ。政略上必要な措置で、私は宰相として側妃を受け入れた。一年の間に一気に三人の側妃を輿入れさせたこともある。侵攻する王国に対し、三国で同盟を組んで相対した小国の姫たちだ。彼女たちはそれぞれ男児を出産し、後宮で暮らしている。側妃の生活の差配をしているのは、王妃陛下だ。王妃陛下は、他国から来た側妃たちが心穏やかに過ごせるように気を配っていると、後宮に勤める者たちは口を揃えて言う。


 自身に子がない中、輿入れしてくる側妃たちは皆ひとりずつ子を生している。側妃の妊娠の報せを聞く度に、ふと思う。果たして王妃陛下は――娘は、自分の人生に、俗な言い方になるが、幸福を感じているのだろうか。


 私は――否、王家に『始祖の血』が戻ったと理解した有力者たちは、齢三つの子供を利用することを決めた。国の発展と安定のため、娘を生贄としたのだ。多かれ少なかれ誰もが道筋の修正をした。温厚な王が続いていた王国が、覇王を頂く王国へ転換するのだから当然だ。しかしそんな修正ごときは、人生のほとんど全てを捧げた王妃陛下がしてきた苦労の足元にも及ばない。


 王国の有力者、権力者たちは、皆そのことを理解している。だからこそ、戦場にしか興味がなく国内に目を向けない国王陛下に代わり、国内を治められている王妃陛下を身命を賭してお支えしているのだ。若いからと、王族の生まれではないからと、侮ることはない。足を引っ張ることもない。領土拡大が続くからこそ、内部の安定と迅速な平定が重要なのだ。


 だからこそ――目に余る言動を見過ごすことはできなかった。


 王妃陛下に面会の申し入れをする。許可はすぐに下りた。場所は王妃陛下の管理下にある『踊る妖精』の庭園だ。成婚のパレードから一夜明け、王妃陛下の顔にはわずかに疲労の色が見えた。それでも微笑みを浮かべて、当たり前のように、私が好む茶葉で紅茶を用意してくれる。侍女と護衛官が下がるのを待って紅茶をひと口飲み、王妃陛下がカップを置くのを待って口を開いた。


「陛下、九人目の側妃殿下をいかがなさるおつもりでしょうか」

「いかが、とは?」


 陛下は静かに笑みを浮かべたままだ。


「謁見の間での不遜な態度は許されません。側妃殿下の無礼は多くの者の耳目に触れました。御咎めなしとすれば王妃陛下の権威に傷がつきかねません」

「権威に傷……宰相閣下は本当にそう思われますか?」


 王国の、王妃の権威があれしきのことで傷つけられたと思うのかと、彼女は言外に語っている。微笑を湛えて私を見つめる姿は、娘が父に向けるものではなく、王妃が臣下に向けるものだ。


「……いえ、決してそのようなことはありません。差し出がましいことを申しました」

「そんな風におっしゃらないでください。わたくしを心配してのことだと、ちゃんとわかっておりますわ」

「はい……しかし、やはり側妃としての振る舞いは教えておくべきでしょう。私のほうで教育係を手配いたしましょうか?」

「宰相閣下。異国に来たばかりの若い娘に目くじらを立てずとも良いでしょう。それに……あまり早くから学ばせる必要もないと思うわ」

「それは……」


 幼い頃から学ぶことを宿命づけられていた自身のことを思っての言葉なのか。真意を問うことはできない。私と王妃陛下が築いてきた関係は、それを問えるようなものではない。幸せなのかという問いを投げられないように。


 王妃陛下は、努力によって得た学びの通りの、真意を悟らせぬ微笑みを浮かべてカップに口をつける。指の角度から佇まい、表情管理まで、ケチのつけようがない――美しい王妃の姿だ。常に心を乱してはならないという教えには微塵の綻びもない。国王に『戦争狂』の印象がある分、世間には宰相である私や大臣らの力をもってして、伴侶である王妃陛下は『慈愛の国母』だという印象を植えつけた。


 権勢を誇る公爵家の姫として、何不自由なく人生を送れるはずだった、娘。戦場に生き甲斐を求める伴侶と結びつけられ、そのために自分の時間などないほどの教育を施された。その果てに今、我が子を抱かないまま側妃たちが子を生す姿を――微笑みを浮かべて受け入れる、人生。


 ――罪悪感など抱いてはいけない。そんな権利もないのだろう。私は、彼女の苦悩になど気づかないフリをして、なんとよくできた王妃陛下なのだと胸を張り、お支えしなければならない。それが、娘の人生を犠牲にすると決めた私がすべきことだ。


 おとうさま、と。


 舌足らずな、甘く愛らしい声で父を呼ぶ三歳の娘を――私が消し去ったのだから。





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