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微笑みの王妃様  作者: 光延ミトジ
本編

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1/6

1:侍女


 わたくしから見た王妃陛下にございますか?

 あの御方は、春の好き日のひだまりような御方でございます。

 穏やかで、優しく、あたたかい……。

 侍女としてお仕えできることは、わたくしの誉れにございますれば。


 ■ ■ ■


 もうじき春を迎える季節、今日の王都の空は眩いばかりの快晴でございます。


 王都の中心――王城を起点とした円形の区画では、国王陛下の九人目の側妃殿下をお迎えするパレードが開催されておりました。九度目のこととはいえ、栄華を極める王国の国家主催の行事でございます。華やかに飾られた王都には、王都住民はもちろん、近隣の地から多くの民衆が集まっておりました。実際にその場へ行かずに王城に残っていても、とても賑わっていることがわかりました。音楽隊が朝から祝福の曲を奏で続け、空には花を撒くために動員された飛竜隊の精鋭らが飛び、魔法師団による花火が打ちあがっているようです。


 王国の貴族も民衆も、国王陛下が九人目の側妃殿下をお迎えすることを喜んでおります。この度お輿入れなさった方は、先だって我が国が平定した小国の末の姫殿下なのです。同様に八人の側妃殿下も、王国の属国となった国々の姫君、あるいはそれに準ずる御方でございます。つまるところお輿入れのパレードには、戦勝パレードの側面もあるのです。領土を広げることに成功なさった、我らの偉大な国王陛下。そのお姿を目にしようと、民衆は押し寄せているのでございます。


 わたくしはその偉大な国王陛下の正妃であらせられる、王妃陛下にお仕えしております。


 領地を持たない、しがない伯爵家の娘には過分なお役目です。わたくしの母が、王妃陛下の御生家である東の公爵家の寄り子の家の出であることから繋がった縁でございました。


 王妃陛下は今から十三年前、十五歳でお輿入れなさいました。五つ年上のわたくしは二十歳で王妃陛下付きの侍女となり、誠心誠意お仕えしてまいりました。恐れ多くも、今にちでは厚い信頼を寄せていただけていると自負しております。


 しがない伯爵家の娘でありますし、家名を継ぐ兄もいる上、受け継ぐべき領地などもありませんから、両親はわたくしに子を産めとは申しませんでした。あるいは王妃陛下のことを考え、言えなかったのやもしれません。


 とはいえ未婚の侍女は外聞が悪いというのも事実です。伯爵家や侯爵家などの高位貴族が娘を王妃陛下に仕えさせるというのは、王家に良縁を結んでもらいたいという下心があります。もちろん、決してそれだけが理由ではないでしょう。しかし綺麗事ではなく、王家に子を預けるという行為にはそういった思惑があり、結婚や事業などにおいて便宜を図ってもらう意図は、確かに存在しております。


 なのでわたくしが未婚のままお仕えするのは、少々外聞が悪くございました。ゆえに、わたくしはすでに跡取りの子供がいて、領地経営の必要がない、宮廷貴族である伯爵の後妻として結婚しました。わたくしよりも十歳ばかり年上の旦那様は、侍女としての仕事を尊重し、理解してくださる善き御方です。縁を取り持ってくださったのは、王妃陛下の御実家である東の公爵家で、しがない伯爵家の娘には過分なお祝いをいただきました。


 三十三歳――宮廷という場所におりますと、若い令嬢たちを前に歳を取ったと思うことも、年かさな官僚や大臣を前にまだまだ経験が足りないと思うこともございます。十三年の月日をつみ重ね、わたくしは王妃陛下のお傍に常に侍ることを許され、時には意見を求められる立場となりました。


 窓を閉じていても、パレードの音は聞こえてきます。


 王妃陛下はご自身の執務室で政務をなさっておりました。左手の羽ペンは淀みなく動き続け、陛下が空いた右手をかざせば未処理の書類が手元へ飛んできます。さすが『魔法』を司る東の公爵家のお血筋です。魔力のコントロールの繊細さにおいて、王妃陛下の実力は魔法師団所属の魔法使いよりも上だとの評判でございます。


 東の公爵家の御当主様は、我が国の宰相も兼任していらっしゃいます。領地のほうは先代当主――先代宰相であらせられる御方です――と第二子以降の御子様方や一族の方々にお任せし、ご自身と後継者である御長男は王都にて、王妃陛下共々、政治の中枢を担っておられるのです。


 聞くところによると、王妃陛下は幼い頃、まだ公爵令嬢であらせられた頃から宰相閣下から政治の手ほどきをされていたとか。戦争で王国を不在になさることの多い国王陛下に代わり、大臣や官僚の方々、力のある商人、魔塔の魔法使い、教会と渡り合えていらっしゃるのは、幼き頃から研鑽を積んでこられたからなのかもしれません。


 それだけを聞くと、王妃陛下が類まれなる女傑のように思われますが、そうではないのです。


 陛下は政治や経済、農水産業、医療、軍事などさまざまな分野に携わっていらっしゃいますが、特に力を入れていらっしゃるのが、子育てや教育に関連するもの。国王陛下が戦争を推進されていることもあり、寡婦、孤児などの問題は常に喫緊の課題となっております。王妃陛下による見舞金を含む保障制度の充実、養護施設の拡充と教育施設の増設、指導者の増員政策により、兵士の士気が上がったとか。後顧の憂いなく戦えると、戦争に従事する者たちからの絶大な支持を得ました。


「歓声が近づいて来ていますね」


 部屋を同じくする、配属されたばかりの官僚――王妃陛下の専属補佐官の青年がふと呟きました。


 まあまあっ、なんて無遠慮なことを言うのでしょう。わたくしはその青年補佐官を睨みつけます。王妃陛下の御心を乱すような言葉をわざわざ口になさる無神経さに腹が立ちます。わたくしをはじめ、室内にいる他ふたりの補佐官の方が、憤らないはずがありません。


「私語を慎みなさい」


 年かさの補佐官の方が眉を寄せて叱責なさいました。もっと言ってやってくださいまし。若き御方はハッとしたあと青い顔で「も、申しわけございません」とおっしゃられましたが、一度発した言葉は戻ってこないのです。浅慮な己を恨みなさいと、まさにそんなことを考えておりますと、王妃陛下が羽ペンを置かれました。


「少し休憩にしましょうか」


 微笑を湛えた王妃陛下がおっしゃられます。


「お茶を用意してちょうだい」

「かしこまりました」


 わたくしの気持ちと致しましては、もう少し年かさの御方に小言を言っていただき、若き補佐官には自身の浅慮への反省を促したいところです。けれど王妃陛下がお茶を御所望とあれば、いつも通りに美味しいお茶を淹れることこそが、わたくしの役割にございますれば。


 すぐに準備に取りかかります。南の公爵家より献上された、最高級の茶葉を使用しました。こちらは王妃陛下がお好みの種類でスモーキーな香りが特徴でございます。常に微笑みを湛えた美貌の王妃陛下は、その風貌から甘いお菓子などをお好みと思われがちですが、その実、あまり糖類は口になさいません。お茶会でお付き合い程度に味わわれるくらいです。


 もしかすると、お好みの問題ではなく、わたくしの知らない理由があるのかもしれません。たとえばお医者様に止められている、とか。


 王妃陛下には――御子がいらっしゃいません。


 およそ年に一度の頻度で増えていく側妃殿下方には、皆様、おひとりずつ御子がいらっしゃいます。王妃陛下と国王陛下のご関係は決して険悪ではなく、むしろ、良好なものだとお見受けします。戦争で国を空けることの多い陛下におかれましては、国内に留まる冬の期間はほとんど王妃陛下の傍にいらっしゃるのです。夜のお渡りも、王妃陛下の元へばかり通っておられるほど。


 それなのに、王妃陛下には御子がおられないのです。


 その事実が意味するところを、誰もがわかっております。しかし、決して口にはしません。王国に古くからある四大公爵家のお血筋で、宰相閣下の御息女。政治の手腕に長け、大臣や官僚からの信頼が厚く、国民に慕われる慈愛の人で、国王陛下からの寵愛もある、御方。それが今代の王妃陛下にございます。


 御年三十二歳になられる国王陛下は、ひと度戦場に立てば比類なき力を振るわれます。在位十五年の間に周辺の諸国を平定し、我が国は今、王国史上もっとも広大な国土を有しているのです。お味方からは勇猛果敢な覇王と褒め称えられ、敵からは戦争狂と恐れられていらっしゃいます。そのような御方ですから、国内の政治にはあまり興味がないご様子。


 ゆえに今代の『王妃陛下』には『国王陛下』としての役目も担っていただかねばなりません。重圧の中、万事を上手く整え、導く――王国の舵取りを担える『王妃陛下』は、この御方を措いて他にいらっしゃらないのです。


 午前中の間、王妃陛下は執務をこなされました。その後、軽食を召し上がられ――そうすると、ちょうど成婚のパレードが終わる時刻となります。国王陛下と側妃殿下を乗せた黄金色の馬車は入城を果たされました。それを待って王妃陛下は移動をお始めになります。


 顔合わせが行われるのです。


 成婚のパレードを終えられた側妃殿下は、そのまま後宮に入るのが習わしでございます。そして後宮を差配する権限を持つ王妃陛下に謁見するのです。場所は後宮の謁見の間。高きに座すのは唯一、王妃陛下であらせられます。


 他の側妃殿下方はこの場にいらっしゃいません。他の方々への顔合わせは別日に予定されております。新たに入られた妃の、ひとり前の側妃殿下がお茶会を主催し、全ての側妃殿下がお集まりになるのです。その場には王妃陛下は顔をお出しになりませんので、わたくしも実際に見聞きしたことはございません。


 九人目の側妃殿下は、パレードの時のままの華美なドレスを纏って、謁見の間に現れました。うしろには自国からつれて来ることが許された三名の侍女が控えております。


 我が国でも王妃陛下の指示の元で働く使用人はいますが、側妃殿下方は国元から信頼の置ける人間をつれてお輿入れなさるのが慣例でございます。他国の人間を、と顔を顰める者はおりません。あくまでもあちらは敗戦国、あるいは属国の人間です。下手な真似をしてそれが露見した時、祖国がどのような憂き目に遭うか、王族やそれに準ずる姫君方がわからないはずもありません――少なくとも、これまで嫁いでこられた方々はそうでした。


 しかし、こちらの姫君はどうやら少々違うご様子です。


 十六歳――今年の夏で十七歳になられる姫君は、大変愛らしいお顔立ちをなさっております。真っ白な肌、赤く色づいた頬、艶やかな金色の髪、碧色の大きな目は若さゆえの輝きが見て取れました。彼女は挑戦的な表情で、高い場所に座す王妃陛下を見上げて笑っております。


 王妃陛下も気づいていらっしゃるでしょうが、表情には出されません。気品に満ちた御尊顔に、普段通りの微笑を湛えて、穏やかな雰囲気のまま九人目の側妃殿下を見つめていらっしゃいます。


「遠いところ、よく来てくれましたね」


 柔らかなお声が謁見の間に響きました。


「慣れない地での生活は大変でしょうが、何かあれば、いつでも相談してください。わたくしに言いにくいことであれば、他の妃たちにでもかまいません。どうぞ心穏やかに過ごされて、お役目を果たしてくださいませ」


 お役目――そうです。


 お輿入れなされた側妃殿下方には、大事なお役目がございます。それは、偉大なる国王陛下の血を継ぐ子供をもうけることです。自らに御子がいらっしゃらない王妃陛下が、側妃殿下方にそれをお任せすることに対し、どのように思っていらっしゃるのか。察するに余りありますが、わたくしや他の者たちがそれを口にすることは決してございません。


 これまでの八人の側妃殿下方も、同じ女性として、同じ男性に嫁いだ者として、王妃陛下のお気持ちを察していらっしゃったのでしょう。側妃殿下方はよく弁えておられます。皆々様、御子ができても居丈高になることなく、後宮で――言葉を選ばないのなら、おとなしくしていらっしゃいます。


 しかし、九人目の側妃殿下は違いました。


「はい、お任せください!」


 耳に響く声で側妃殿下はおっしゃいます。


「王妃陛下の代わりはわたしが立派に務めますわ」

「?」


 王妃陛下はわずかに首を傾げられました。


 側妃殿下が碧の目を細められると、唇が弧を描きます。瑞々しい赤い唇が嘲りを孕んで歪むのが見えました。なんと無礼なのでしょう。わたくしのみならず、その場にいた者たちが一気に殺気立ちます。しかし側妃殿下や彼女のうしろの侍女たちはそれに気づきません。


「子供を産むのなら若いほうがいいでしょう? ですから今回、末の姫であるわたしが手を上げたのです。わたしと陛下の子供ならきっと愛らしいと思いますのよ。強大な王国の後継者であるなら、美しいほうがいいでしょうし……ええ、わたしに万事、お任せください」


 代わりはわたしが務めます、ともう一度繰り返し、小国の姫君は頭をお下げになりました。


 その下げた顔がどれだけ醜い表情を張り付けているのか、見ずともわかります。子供がいない王妃陛下に対し、直接このような言葉をかけるなど無礼千万。何人もいる姫の中から、この方を差し出してきた小国はいったい何を考えているのでしょう。それも敗戦国の、でございます。


 王妃陛下は、さぞかし御心を痛められているのではないか、と――わたくしは、高きところに座す陛下の顔を窺いました。王妃陛下はいつもと変わらない穏やかな表情のまま、静かに側妃殿下を見つめておられます。その麗しいお貌には憤りも不快さも見当たりません。


「そうですか。お励みになって」


 そう言って、王妃陛下は微笑みを深くなさいました。


 そんな穏やかな笑みをお浮かべになる王妃陛下が――不遜ながら、わたくしには、とても哀しく、憐れに見えたのでございます。





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